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オリエント編

死んでも、恨むなよ

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 そしてイレーナ。

 彼女は、魔王ノーデンスに対して絶望的な戦いを強いられていた。



(さすがは、魔王。今までの敵と、全然違う──)

 イレーナ自身も感じていた。エーテル体と化し、圧倒的な力によって強化された肉体。
 その威力は、いままでより何十倍も強力。この力を持って、今まで戦ってきた敵と戦うことになっても、数十秒で勝利をもぎ取れるだろう。

 それほどに、今までとは比べ物にならない強力なパワー。
 しかし、それでも、それでも絶対的な差を感じてしまうのだ。

 仁王立ちしている魔王。イレーナは何度も立ち向かい、全力でパワーを込めて斬撃を見舞う。

 正直、立ち向かうことすら恐ろしい。戦おうとするだけで、足が恐怖で震えだし、逃げろ逃げろと叫びだす

 しかし──。

(私は、逃げたくない!)

 イレーナは勇気を振り絞り、心の中で叫ぶ。
 そして逃げしたいと叫ぶ両足に聞かせる。

(絶対に、逃げるわけにはいかない!)

 ──と。

 受け流すわけでもなく、かわす動作すらせずにただ手をかざす。
 真正面から、攻撃を受け止める。

 受け止めて、なおも揺るがない。

 それでもイレーナはあきらめず、一歩引いた後、自身の槍に、最大限の魔力を込める。



 世界を創造する六根清浄の力、今
 真如なる輝き照らし、暗き道にさまよい歩く世界を照らし出せ!!

 クリスタルスターライト・ワンドカッシーニ

 確かに今のイレーナならば、本気の一撃をたたけば、大地を揺らし、周囲を破壊する。



 しかし、海全てを爆発させるような、山全てを破壊するような一撃にはならない。
 あくまで局地的な話だ。

 イレーナと魔王の間にはそれくらいの、絶対的な勢いや流れではうめられない差があるのだ。

 立ち向かうたびに、イレーナは何度も手痛い逆襲を受け、身体が投げ出され、大ダメージを受ける。

 魔王ノーデンスは全身を一歩も動かさず、立ち向かってくるイレーナだけが吹き飛ばされ、ダメージを受けていく。

 そんな一方的な展開に、イレーナの心に絶望感が広がっていく。

 築けばイレーナの姿はボロボロ。

 イレーナ自身も内心理解している。目の前に戦っている敵、魔王は自分とは実力が圧倒的に違うと。

 今回も仁王立ちした魔王に攻撃を受け止められた。

「確かに貴様の実力は素晴らしい。敵ながらその強さ、何度も立ち向かってくるその不屈の精神はほめたたえよう」


 魔王の余裕の言葉。そしてそれを証明するように、イレーナの心を打ち砕く一撃を受ける。
 彼女はそのまま自然を数十メートル程転がった後、また立ち上がる。

 自身の槍で、身体を抑えながら、ゆっくりと。
 すでにボロボロの、その姿。

 全身から痛みを襲い、足取りがおぼつかない。
 それでも、イレーナは立ち向かう。

「だが、いくら強くても、私の存在はこの世界そのもの。貴様の強さは世界の一部を揺らしても、世界そのものを破壊することはできない。これが、魔王と人間の差なのだ。貴様はまだ若い。殺すには惜しい存在だ。命が惜しくば、ここでその槍を下ろせ」

 その言葉に、イレーナは答えない。
 たどたどしく、おぼつかない足取りで、魔王の元へ向かっていく。

 すでに槍を持ち上げる力さえないのか、槍を引きずりながら。


 それでも立ち向かっていくイレーナ。



 魔王の問いに彼女は答えない。というより──。

「フフフ。その眼、決して折れないという目をしているな」

 戦う当初は、強気でまっすぐ魔王を見つめていた眼の光。それが消えかかっているのだ。

(──が、最後の光が、消えない)

 それでも、その眼に、闘志は完全に消えてはいない。魔王を倒す、という意思を持っているのが理解できる。
 その言葉通り、ゾンビのように、何度吹き飛ばしても、挑みかかってくるのだ。

 今回も──。

 ズサッ──。

(この女。まだ我と戦うつもりか……)

 またしてもイレーナは立ち上がってくる。
 よろよろした歩き方。まっすぐに歩けないほど消耗している。そんなボロボロの格好で、イレーナは魔王に立ち向かってくる。
 そんな有様で、まともに勝負になるはずがない。

 勢いだけで、技術も駆け引きもない。ふらふらと、槍の重さを支えきれず、雑になったモーション。

 そんな幼稚な攻撃、打ち破ることなど、安易だ。魔王はその攻撃を軽くステップを踏んでかわす。

 そして、空振りしたイレーナの背後を取り、彼女の体に、魔剣を振りかざす。まだ魔力は切れていないので、出血こそしていないが大ダメージを受ける。それこそ、あと2,3発もくらえば、魔力を尽きてしまうだろう。

 そこからは、先ほどまでの焼き増しのようだった。よろよろになりながら、再び立ち上がる。

 一方的な勝負。
 しかし、イレーナはそれでも、勝負を捨てていなかった。

 そんな姿勢を見た、魔王ノーデンス。苦渋ながら一つの決断をする。

「仕方あるまい。これほどの力と精神の持ち主を失うのは忍びないが。もともと命がけの勝負。死んでも、恨むなよ」

 魔王は、剣を交わえながら、相手の性質が理解できるのだ。強さだけではなく正義感、倫理観などすべてが。
 イレーナは、人間としては破格の強さに、正義感のある心、そしてゆるぎない信念を持っている正しき人間だと理解していた。

(こいつが俺の配下だったら、最高幹部にしてもいいくらい素晴らしい人材なんだけどねぇ)

 そして、今ここで殺すのに惜しい人間だとも。
 そう、イレーナを「殺す」という選択だ。

 そして、再び向かってきたイレーナに対し、思いっきり手に持っていた魔剣を振りかざす。
 今までのような手加減した一撃ではない、全力で彼女を一刀両断するために。

「さらばだ嬢ちゃん。今まで、良く戦った。その勇気に免じて、全力で、切り刻んでやるよ!」

 そして魔剣にただならぬ魔力を込める。
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