上 下
195 / 221
オリエント編

抱きしめあう二人

しおりを挟む
 メーリングの不満そうに膨れた顔。

 彼女は、昔はバルトロによって支配され、自身の手で未来を切り開くことをあきらめていた。
 しかし、サラが必死に戦っている姿を見て、彼女自身も戦おうと決心した。

 そしてサラと一緒に、困っている人たちのために戦おうと決心したのだ。

「幸一君。あの時はありがとうね。私一人だったら、立ち上がることもなかっただろうし、街を守ることも出来なかったと思う」

「まあ、メーリングが、喜んでいるなら、こっちも嬉しいよ」

 メーリングは星々がよく見える夜空を眺めながら、今の気持ちを語る。その笑みを見ながら、幸一は彼女のとある変化に気付く。

「あとさ、何か、明るくなったよね。笑う場面が増えたよね」

 以前より笑顔を見せるシーンが増えた。やさぐれた、あきらめたような感じがなくなり、明るい雰囲気が増えた。幸一は彼女をそんな風に見ていたのだ。

「それ、私も思ってた。メーリングがちゃん、すごい、明るくなった」

 サラも、ふっと笑いながら同調。メーリングは、照れ隠しで横を向き、顔を赤くする。

「ありがとう──」

 バルトロという、一つの呪縛が解けたのだろう。今の彼女が、本当のメーリングなのだ。
 女神のような、美しい笑みを見ながら、幸一はそう考えた。

 次はサラ。

「サラ、最後の戦い。一緒に戦って──勝とう!」

「うん!」

 にっこりと明るく、しかし強くてはっきりとしたサラらしい返事。

 サラは、貧弱な体力、文官向きな魔法。幸一やメーリングの様に戦場で戦うことはできない。

 仮に戦ったとしても、間違いなく足を引っ張ってしまうだろう。

 それでも、サラは自分にできることを考え、幸一達をサポートし続けた。できることをして、戦っていた。その姿を見て、メーリングは自分の意思で立ち上がることを決めたのだ。

「サラ、最後の戦い、よろしくね」

「うん! 私、絶対に力になるから!」

 拳を強く握りながら、サラの力強い掛け声。

 そして三人は部屋に戻っていく。絶対に勝つという覚悟を胸に刻みながら。





 部屋に戻った幸一。

 イレーナがベッドに座っている。

「ただいま」

「──お帰りなさい」

 どこかそっけない返事。幸一はそんな口調にすぐに気づく。

「やっぱり、意識しているんだね。明日が決戦という事」

 その言葉に、イレーナは体を震わせ、幸一を見つめ始めた。


「私、心配なの。幸君に、もしものことがあったら……」

 イレーナの瞳にうっすらと涙がともり始める。自分の前から、最愛の人物がいなくなってしまったらと考えると、自然と涙が出てしまうのだ。

 幸一は、イレーナのそんな思いを感じ始める。


 今までの強敵だって、十分強かったし、幸一の実力に疑問はない。日ごろから二人でトレーニングをしていた自分だからわかる。

 それでも、最悪の結末を考えられずにはいられないのだ。
 彼に勝てなかった自分が、何を言っているのかと、彼女自身も考える。

 脳裏をよぎってしまう。愛する人、最も想いを告げる人物がいなくなったらと──。

 理屈ではなく、本能から──。
 そこから湧き上がってくる恐怖に、イレーナは身を震わせた。
 すると──。

「幸君?」


 幸一は、イレーナの震える肩に手を優しく添える。そしてそのまま彼女を抱き寄せた。

「ありがとう、そこまで俺のことを心配してくれて。けれで、俺がこの戦いをやめるなんて選択はとらない。イレーナのためだけでもない、勇者なんてどうでもいい。ただ、俺自身がこの世界も守りたいって思ったから。だから、約束だ。俺は負けない、勝ってもう一度イレーナを抱きしめる。絶対約束する」

 幸一は、この世界に来てから様々な人たちと出会った。イレーナ、サラ、メーリング、青葉。それだけじゃない、出会った人たち。彼らを思うと、自然にそんな回答が出たのだ。

 約束する。
 そんな彼の言葉に、イレーナは思う。

(ずるいよ、わたし)

 最愛の人を失う怖さは、互いに同じだ。
 けれど、この戦いから逃げるなんて選択はない以上、絶対に生き残るなんて可能性はどこにもない。

 それでも、イレーナは抱きしめるのをやめない。


 ただ、甘えたかったのだ。目の前にいる愛する人の前にだけは。自分のすべてをさらけ出して、弱みも、すべてを見せたかった。
 他人には、こんな情けたくはない姿は、決して見せられない。

 皇女として、弱い民たちを守るべき存在として、

 しかし、幸一にだけは、弱い自分も、自分のすべてを見てほしい。そんな思いで、イレーナが幸一と唇を重ね合わせる。

 全てを受け入れて優しくしてくれる彼が好きだ。
 唇を重ねているだけでわかる。自分の中の恐怖が、消えていくと。
 優しく、温かい感情に包まれる。

 二人は、同じ考えを持った。

(信じよう──)


 もっとも強くて、信じられる人がいる。
 同じ志を持った友がいる。

 絶対に勝とう。誰一人失うことなく、ここに帰ってこよう。



 強く抱きしめあい、唇を交わし、愛を確かめ合う二人。

 さらに、ぎゅっと抱きしめる。筋肉質ながらも、滑らかで柔らかい肌。
 彼女の髪についている甘い香水の香りが、幸一の鼻腔を強く刺激する。

 そしてその髪を優しくなでながら告げる。

「絶対に、生き残ろう!」

 背中を優しくポンポンと撫でる。彼女の背中が、プルプルと震えているのがわかる。

「大丈夫。どれだけ敵が強くても、絶対勝つから。勝って、もう一度帰ってこよう」

 短波なんてない、根拠なんてない。でまかせだ。それでも、イレーナが安心するというのなら、全力で言葉をかける。

「わかった。──幸君」

 イレーナも、心の底では理解している。証拠なんてない。か細いわらのような存在。それでも、必死に縋り付き、信じる。

「私、頑張るから、絶対に帰ってこよう」

 そう深く誓い、身体を離す。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

知らない異世界を生き抜く方法

明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。 なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。 そんな状況で生き抜く方法は?

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

スライムと異世界冒険〜追い出されたが実は強かった

Miiya
ファンタジー
学校に一人で残ってた時、突然光りだし、目を開けたら、王宮にいた。どうやら異世界召喚されたらしい。けど鑑定結果で俺は『成長』 『テイム』しかなく、弱いと追い出されたが、実はこれが神クラスだった。そんな彼、多田真司が森で出会ったスライムと旅するお話。 *ちょっとネタばれ 水が大好きなスライム、シンジの世話好きなスライム、建築もしてしまうスライム、小さいけど鉱石仕分けたり探索もするスライム、寝るのが大好きな白いスライム等多種多様で個性的なスライム達も登場!! *11月にHOTランキング一位獲得しました。 *なるべく毎日投稿ですが日によって変わってきますのでご了承ください。一話2000~2500で投稿しています。 *パソコンからの投稿をメインに切り替えました。ですので字体が違ったり点が変わったりしてますがご了承ください。

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

山田みかん
ファンタジー
「貴方には剣と魔法の異世界へ行ってもらいますぅ~」 ────何言ってんのコイツ? あれ? 私に言ってるんじゃないの? ていうか、ここはどこ? ちょっと待てッ!私はこんなところにいる場合じゃないんだよっ! 推しに会いに行かねばならんのだよ!!

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

処理中です...