直違の紋に誓って

篠川翠

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第二章 焦土

城下戦

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【サブタイトル】
城下戦 (1)

【本文】
 時間は若干遡る。供中で渡河に成功した長州兵の一部は、左折して高田口に向かった。ここは高根三右衛門たかねさんえもんが守っていたが、西軍の勢いは止まらない。
 朝五つ時(午前八時)、川向うからしきりに発砲してくる。官軍は川向うから押し寄せてくるものと思い、三右衛門は兵を激励して回った。だが、そのうち発砲が止み訝しんでいると、今度は背後から銃撃された。
(敵は後ろに回ったか!)
 供中口ぐちゅうぐちで渡河した隊は、高根隊の背後に回っていた。止むを得ず、三右衛門は兵を引き揚げさせようとしたが、それもままならずどうしようもない。
「各自、城下へ引き返して思う存分戦え!」
 もはや、隊を立て直すのは不可能だった。後は、各自に任せて二本松武士の本領を示してもらうしかない。そういう三右衛門自身も、馬に飛び乗ると塩沢方面へ向かった。奥田午之助はこの状況の中で高田口を脱出し、大壇口へ向かったのである。
 高田口を破った西軍(薩摩・長州・備前兵)は、一気に亀谷へ向かう。
 一方、愛宕山を破った西軍(薩摩・長州)は、三森町で上田清左衛門と仙台兵の連合軍を破り、根崎から亀谷、本町と進軍し、坂下門から郭内に侵入しようとした。
 坂下門では日野大内蔵おおくらが守っていたが、この中に木瀧幸三郎きたきこうさぶろう(十五歳)がいた。ここにも供中の砲撃戦の音を聞いて戦闘準備を整え、社殿の石段の上の鳥居に横木を渡し、そこに畳を立てかけて胸壁にしていた。社殿を城郭と間違えたのか、西軍が弾丸の雨を降らせたと証言している。午前八時頃には敵軍が本町に侵入し、この頃には大壇口の方からも砲声が聞こえ始めた。
 このような状況の中でも、両社山の安藤神官は、斎服を身に着けて祈祷を行っていたとは、木瀧の証言である。両社山を守っていた大内蔵は兵を激励しながら防御していたが、敵弾に当たって重傷を負い、壮烈な最期を遂げた。このとき、日野の介錯をしたのは銃太郎の父、木村貫治だったという。

 竹田門には、前日、二本松の急変を聞いて夜を徹して本宮から戻ってきた大谷志摩しまがいた。勇猛さを買われて遊撃隊の隊長を任せられていた人物である。
 竹田門が敗れたとなれば、敵はすぐさま城を目指すに違いない。
 志摩はそう直感し、配下の者に命じた。
「各自、郭内を守れ!」
 郭内には、多くの武家屋敷がある。まだ避難していない者もいるのではないか。二本松を空けていた志摩は、それが心配だった。
 志摩らは刀槍を振るって、郭内のそこかしこで凄絶な白兵戦を演じた。西軍の方でも多くの犠牲者が出て、あちこちに西軍兵の死体が転がった。
 この大谷志摩隊の中には、十六歳の根来梶之助ねごろかじのすけ上崎鉄蔵こうざきてつぞうが加わっていた。二人は大谷志摩隊の大砲方、井上権平の門下にあったため、剛介らよりも一足早く戦場にあった。
 城に火が上がったのを見たが、あちこちから敵が湧いて出てくる。城がどうなったのか、志摩隊の者たちは気にしている余裕はなかった。
 だが、数では遥かに及ばない。志摩自身も重傷を負い、自刃した。
 根来梶之助の実父は、大城代の内藤四郎兵衛である。父の死を知らぬまま、梶之助は敵の刃の前に斃れ、そしてまた鉄蔵も斬られて命を散らした。
 
 ***

 大隣寺で散り散りになった一行の中で、最も早く松坂門に辿り着いたのは、成田才次郎だった。
(このままで終われるか)
 先生を殺し、大隣寺で好き放題していた西軍の奴等を、一人でも斃してやる。
 そして、松坂門の近くで見知った顔に出会った。
「才次郎ではないか」
 母方の叔父の、篠澤弦之介しのざわげんのすけだった。
「このようなところで、何をしている」
 そう言いながらも、弦之介は既に事態を察していた。大壇口が破れ、才次郎はそこから命からがら辿り着いたに違いない。
「お前はまだ若い身だ。ここは一度落ち延びて、再起を図れ」
 叔父としては、まだ童顔の才次郎をこれ以上戦わせるのは、あまりにも忍びなかった。
 だが、才次郎は首を横に振った。その髪は乱れ、目には狂気にも似た色が浮かんでいた。
「いいえ、叔父上。どうしてこのままおめおめと逃げられましょうか。必ず、敵の一人でも斃してから死にます」
 才次郎の気迫に呆然としている叔父をその場に残して、才次郎は一ノ丁の方へ駆け出した。
 それぞれの屋敷の陰や生垣に身を隠しながら進むと、向こうから長州兵の隊がやってくる。この頃は既に城下は西軍の手に落ちつつあった。先頭を行くのは、隊長の白井小四郎だった。
(こいつを斃す)
 目標を定めた才次郎の目が据わった。素早く、出陣前に教えられた父の言葉を復習する。
 敵に遭ったのならば、敵を斬ろうとするな。必ず刺せ。
 それが、父の最後の教えだった。
 才次郎は隠れていた生垣から飛び出し、大刀を構えて飛び出した。思いがけない伏兵に、長州の隊が乱れる。
「待て!子供だ」
 白井に、ほんの少し憐憫の情が沸いた。だが、彼に取ってはそれが命取りとなった。
 才次郎は周りの兵に構わずに、まっすぐ白井の脇を刺した。白井が斃れた。
 隊長の死に怒り狂う長州兵らは、それでも「子供だ」という隊長の言葉が頭から離れず、才次郎を生け捕ろうとした。だが、もはや鬼のように刀身を振るう才次郎は、手に負えない。
 止むを得ず、長州兵は才次郎に銃弾を放ち、やっと斃した。



 ***

 やっとのことで新丁まで戻ってきた徳田鉄吉は、自宅近くにいた。喜び勇んで家を出たものの、ふと家が恋しくなったのかもしれない。
 ぼんやりとした頭で彷徨っていると、向こうから西軍の兵がやってくるのが見えた。
 はっとして、物陰に身を隠す。先立って、西軍の兵は二度も見逃してくれた。三度目はあるだろうか。
 そんなことをちらりと思ったが、頭を振った。
 それでも、二本松の武士の子か。
 亡き父上の分まで、忠勤に励まなければなりません。出陣前の母の言葉が、蘇る。
 鉄吉は生垣を飛び出して、兵に斬り掛かっていった。
「うわっ!」
 兵が慌てて、避けようとする。さらに斬りかかろうとした鉄吉の背後から、別の兵が襲いかかり、鉄吉は絶命した。

 鉄吉の遺体は、城下戦から数日して発見された。誰が掛けてくれたものなのか、その顔には白布が掛けられていたと言う。
 そこから幾らも離れていないところからは、松の根元に遊佐辰弥の体が横たわっていた。辰弥の背には、袈裟懸けに斬られた跡があった。
 また、遊佐辰弥の遺体から一〇メートル程離れたところで、やはり大壇口で戦っていた木村丈太郎の遺体が後日、発見された。城下の砲撃戦に巻き込まれて吹き飛ばされたらしい。それでも死にもの狂いで切り結んだのか、腐り掛けていた遺体の右手には、脂の滲んだ大刀がしっかり握られていた。

 *** 

 二ノ丁では、大桶勝十郎が敬学館の近くで斃れていた。そして、剛介たちが会津へ向かうために、滝沢街道入口での邂逅をした頃、大壇口から逃れてきた高橋辰治は、二ノ丁の浅見邸内を流れる小川にかかる、石橋の下に隠れていた。
 大壇口で顔面に重傷を負った辰治は、どうやって大壇口から逃れてきたのかすら、記憶になかった。ただ、せめて死ぬにしても、一目城を見てから死のうと思っただけだった。
 もう、道を歩いているのは西軍の兵ばかりである。
 ここに至って、身を隠していても仕方がない。
 元より、助かろうとは思っていなかった。
 ふと見ると、屋敷の前を、三人の西軍兵が通りかかろうとしている。
 辰治はよろめきながら刀を振りかざした。
「うわ、まだ鼠が隠れていやがったか」
 兵の一人が煩わしそうに抜刀した。辰治は、力を入れて抗うことも叶わず、たちまち斬り伏せられてしまった。

 ***

 同じ頃、城下にある称念寺は、包帯所(野戦病院)として西軍の物になっていた。そこに、一人の少年が収容されていた。
 大隣寺で二発の銃弾を浴びた、篤次郎である。
 大小を帯びているとは言え、まだほんの子供である。憐れに思ったのか、土佐兵は熱心に篤次郎の看護をしていた。
「健気なものよ」
 ある隊長が、そっと眦を拭った。国元には、この少年と同じ年頃の我が子がいる。敵とはいえ、このようにいたいけな少年を傷つけてしまったことに、苦々しさも感じ始めていた。
「……銃を……早く、銃を持って来い」
 少年は、まだ夢の中でも戦っているのだろうか。先程から、ずっとうわ言を呟いている。それがまた、痛々しかった。
「交代しましょう」
 部下の一人が、そっと申し出た。彼も、この少年に憐憫の情を感じ始めているのだろう。隊長は、首を横に振った。
「この子供が無事であったなら、ぜひとも養子にしてやりたいものだ」
 上官の言葉に、部下は目を見張った。どうも、本気のようである。だが、気持ちは分からないでもなかった。目鼻立ちのくっきりとした、気の強そうな顔をしている。元気であれば、きっと紅顔の美少年であろう。
 不意に、少年が目を開いた。
「気が付いたか」
 隊長は、思わずその手を握ってやった。だが、篤次郎の目には、もはや何も見えていなかった。
「……悔しい……情けない」
 声は、弱々しい。
「しっかりしろ」
 隊長の声も、聞こえていない様子である。
「……母上」
 それだけ呟くと、隊長が握りしめてやった手が、だらりと落ちた。慌てて脈を取ると、既に少年の拍動は止まっていた。
 隊長はしばし呆然としていたが、やがて着物を整えてやろうとして、襟を裏返すと、何か書いてあるのが見えた。
 岡山篤次郎十三歳。
「十三だと……?」
 大壇口で、さんざん我々を苦しめた者たちが、このような少年たちばかりだったとは。
 思いもかけない事実に、隊長は悄然とうなだれた。
「隊長……」
 側にいる部下も、涙を拭っている。
「……この者に、せめて黄泉への餞(はなむけ)を贈ってやろう」
 隊長は、咄嗟に一種したためた。
 
  君がため二心なき武士の
  命は捨てよ名は残るらん

 反感状(かえりじょう)と呼ばれる、敵への称賛の歌である。
「後日、ぜひこれを岡山篤次郎少年の身内に届けてやってくれ」
 隊長は、側にいた地元の老婆に反感状を託した。老婆も、涙を浮かべた。

 
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