直違の紋に誓って

篠川翠

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第一章 二本松の種子

青田ヶ原

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 剛介たちの撃ち方の腕前は、みるみるうちに上達した。全員がある程度の腕前になったと見ると、銃太郎は狭い城下ではなく、砲の撃ち方の実演も兼ねて、青田ヶ原の馬場に演習に行くことにした。青田ヶ原は、二本松城下から三里ほどのところにある、開けた台地である。
 朝早く、門弟たちが北条谷の道場に集合すると、銃太郎は下男に言いつけて、既に四斤山砲を大八車に乗せて出発の準備をしていた。
 今日は、鼓手の小沢幾弥も一緒である。
「よし、城下の者たちを驚かせてやろう」
 すっかり木村道場の一同とも馴染みになった幾弥が言い出した。体は剛介たちよりも既に一回り大きいが、まだ心は成熟しきっていないのかもしれない。どこか、無邪気なところがあった。
 当の剛介たちの出で立ちは、全員が銃を肩に、刀を背にしていた。服装は、木綿の筒袖にだん袋か義経袴を着け、髪は打糸でたぶさに結って背に下げている。その額には、きりりと白木綿の鉢巻きが巻かれていた。
 砲が据え付けられた大八車を力のある者が二人でゴロゴロと引き、その前後を残りの少年たちで挟んで隊列を組む。行列の先頭には幾弥が立ち、トン、トンと少年たちの歩みに合わせて一定のリズムで太鼓を叩いた。さながら、ちょっとした武者行列のようである。中には、本当に甲冑をまとって道場の門前に現れた者もいて、銃太郎は苦笑いした。
 城下の目抜きに出ると、商人やその家族たちが「何だ、何だ」とわらわらと道端に出てきた。どうやら、木村道場の方々らしいぞ、と誰かが言う。その言葉が耳に入り、自分たちは注目されていると分かると、剛介はぐいっと胸を反らした。いつの間にか人垣が出来ていて、その人垣の中には婦女子の姿もちらちらとあるようだった。
「凛々しいものだ」
 また、誰かがつぶやく。いつの間にか、やんややんやと囃し立てられながら、一行は奥州街道を賑やかに進んでいった。
 一刻ほどかけて進み、青田ヶ原の馬場に到着した。
「よし、今日は砲を撃ってみせる」
 銃太郎はそう言うと、手早く砲身に弾丸を詰め、火薬をサラサラと注ぐと、火種から素早く点火した。
 ドオンと腹に響くような大きな破裂音がして、五町程先のところに土煙が上がった。続けて、ドオン、ドオンと銃太郎はつづけざまに砲を発射した。その音に驚いたのか、水鳥の一群がばさばさと飛び立つのが見えた。
 少年たちは、目を丸くするばかりである。
「さあ、お前たちも撃てるようになるんだぞ」
 そう言うと、銃太郎はずしりと重たい砲弾の詰め方を教えてくれた。
 何でも、小銃と異なり砲弾は緩やかな弧を描いて落下する。そのため、砲の向きが重要で、どれくらい飛ばすかは、概ね火薬の量を調整するのだということだった。
 交代でひとしきり撃った後、気がつくと火薬で手が黒ぐろと汚れていた。
 そのままでは昼飯が食えないな、と銃太郎は笑い、近くを流れる小川で手を洗うよう命じた。
 小川の水は温く、剛介は手だけでなく足も川の中へ入れた。その足元を、小鮒がすいっ、すいっと、すり抜けていく。
 初夏の陽気に軽く汗ばんでいた顔も洗い、小ざっぱりとしたところで昼食となった。剛介は、先生の脇に陣取ると、そっと訊ねた。
「先生、西軍では元込めの銃も求めているというのは、本当なのですか?」
「誰から聞いた」
 銃太郎は真面目な顔を剛介に向けた。
「父上からです」
 小声で答える。してはならない質問だっただろうか。
「本当らしい。私も、黄山殿から同じような報告を受けている」
「すると、西軍は……」
「我々よりも、素早く撃てるということだな」
 剛介は黙った。やはりそうなのか。
「でも先生。鳥羽伏見の戦いでは、幕府は薩長の三倍も兵がいたのですよね」
 剛介の隣で、もぐもぐと握り飯を口に運んでいた水野が横から口を挟んだ。
「そうだな。だが負けた」
 銃太郎は口を真一文字に結んだ。
 重い沈黙が流れる。
「それは、やはり銃や砲の違いが大きいということでしょうか」
 たまらず、剛介は訊ねた。
「それもあるだろうな」
 手についた米粒をねぶりながら、銃太郎はぽつりと言った。
「だがそれだけではない。事実、その後に土方歳三様が率いる新選組は、元の幕府の方々と協力して、宇都宮城を奪っている。銃は遠くにいる者に対しては有効だが、弾をくぐり抜けて近くまで接近されると、こちらが弾を込めている間に斬られてしまう。だから、刀槍の術も疎かにしてはだめだ」
 剛介と水野は顔を見合わせた。そういえば、近頃は日夏道場へはやや足が遠のいていた。
 砲術師範である銃太郎が「刀槍の術も大切にせよ」というのは意外だったが、なるほど、弾丸は無尽蔵に手元に置ける訳ではない。打ち尽くしたら、それまでである。
 戦は水物である。
 そう締めくくると、銃太郎は立ち上がった。
「さて、坊主ども。腹は満たされたか?」
 くるりと向けたその顔は、もう、いつもの先生に戻っていた。
「はい!」
 残りの握り飯を慌てて咀嚼し、水で流し込むと、剛介は勢いよく立ち上がった。

 昼飯の後は、模擬戦となった。
 青田ヶ原のところどころにある丘を敵の胸壁に見立て、そこを目掛けて砲弾を打ち込む。まだ先生のように早撃ちは出来ないが、ドオン、ドオンと轟音が響くたびに、小山がえぐられた。その後、敵兵が出てきたと仮定し、樹木を敵兵に見立てて小銃を撃つ。敵の小銃が鳴り止んだ頃を見計らって、抜刀して突撃した。
「必ず、突くのだぞ」
 銃太郎は口を酸っぱくして指導した。彼は、知っていた。最近は幾分筋肉がついてきたものの、まだ、この子たちの膂力で相手を切り下げるのは無理だ。突きの方が、無理なく相手を倒せるのである。
「もう駄目だあ」
 誰かが弱音を吐いた。城下から二里の行進に加えて、砲術、模擬戦と一日中走り回っている。
「こら、たつ。武士たるもの、弱音を吐くな!」
 叱責されたのは、高橋辰治のようだった。
 ぎくりと身を強張らせ、辰治は立ち止まった。
「そんな体らくでは、殿をお守り出来ぬぞ」
 銃太郎の怒声が追い打ちをかけた。
「殿だけではない。民を守ることもできないだろう。岩井田昨非いわいださくひ様の戒石を述べてみよ」
 銃太郎に叱られ、辰治が大声で張り上げた。

  爾俸爾禄(なんじほう 爾が禄は)
  民膏民膏(民のこう 民のあぶらなり)
  下人易虐(下民かみんしいたげやすきも)
  上天難欺(上天は欺き難し)

「爾らの俸禄は、臣民の血肉である。下民を虐げるのは簡単だが、それを天は見ているぞ」という意味だった。銃太郎は言葉を続ける。
「いいか。今日お前たちが使った砲の購入費用も、鉄砲も、その大本を辿れば民らが血肉を絞って税に変え、その金子を以てやっとのことで、藩の方々が買い求めたものだ。その民らを守るのは、我々武士の本領である。それを忘れるな」
 剛介は、その言葉を噛み締めた。
 殿の前で弓馬を駆るのは当然である。だがそれだけではない。我らは領民を守る義務も背負っているのだ。
 銃太郎の言葉に、身が引き締まる思いだった。

 午後、一刻程野山を駆け回ってから剛介らは城下への帰路についた。立身での銃撃だけではなく、叢中に身を隠して敵の方陣に接近したり、崖をよじ登ろうとしたために、体のあちこちが傷だらけである。
 北条谷の道場へ戻り、解散した後に、剛介は箕輪門近くにある戒石の前に立った。
 石には辰治が唱えた文言が、くっきりと刻まれていた。
(民を守るため、か……)
 それも、武士道の一つなのかもしれない。
 帰宅後、自室で文机に向い、硯で墨を摺り下ろして筆を取った。墨のつんとした匂いを吸い込むと、昼間の教練の興奮が、嘘のように静まっていく。
  
  爾俸爾禄
  民膏民膏
  下人易虐
  上天難欺

 自分はまだ子供かもしれない。だが、武士の子だ。剛介は、その思いを新たにした。
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