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第三章 常州騒乱
討伐(6)
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翌十五日、太田へ帰陣すると大勢の兵が闊歩していた。聞けば、水戸から鵜殿平七が七百名、菊地善左衛門が百名の兵を率いてきたのと同時に、平藩や松岡藩の家老らも太田に兵を派遣したのだという。さらに、明後日には二本松の援軍として成田又八郎らが到着することになっており、元々棚倉街道の宿場町として殷賑の街だった太田は、住民よりも駐留している兵の方が多いくらいになっていた。
後続の兵らはとても宿に泊まれるようなゆとりはなく、近隣の村まで出向いたり、庄屋を借り上げて宿泊したりしていた。
前日、石名坂で散切隊が出没した報告をするために鳴海が太田御殿へ出向くと、戸祭も戻ってきていた。その顔には、やや誇らしげな色が浮かんでいる。
「鳴海殿。茅根貞蔵をようやく捕えましたぞ」
聞けば戸祭は寺門隊の者らを使って、茅根が大橋宿に潜伏中との風聞を耳にし、それこそ草の根をかき分けるように探索させた。そして今朝方、ある農家の納屋に茅根が潜んでいたところを見つけたのだという。さらにその場で茅根に対して尋問を重ね、散切隊の行き先を吐かせた。聞けば、散切隊はどさくさに紛れて田中内村を焼き、その勢いで河原子へ向かったという。
「河原子に向かった……ということは、やはり奴らの狙いは助川城でござるか」
鳴海は眉を顰めた。山野辺氏の脅威が消えたものの、助川城は現在空城となっている。いずれ攻めることになるだろうが、付近の住民の不安の種は取り除いてやらねばならなかった。
そこへやってきたのは、寺門だった。
「大将、あっしが参りましょうかね?」
「寺門殿。いつの間に……?」
寺門は十二日には額田に向かっていたはずだが、いつの間にか太田へ戻ってきていたらしい。聞けば額田方面は市川勢に幕軍が続々と合流し、言われた役目も果たしたので、さっさとこちらへ戻ってきたのだという。
「戸祭様。あの生意気な散切共に、一泡吹かせてやりましょう。なに、悪いようには致しませぬ」
唇の片端に残忍な笑みを浮かべる寺門を見て、鳴海は却って不安を覚えた。できれば自ら赴いて住民らの不安を取り除いてやりたいところだが、河合方面の戦闘が一段落したことから、水戸藩との連絡を取りつつ再度軍の編成を見直したいと、源太左衛門から申し付けられていた。
「九右衛門」
鳴海は九右衛門を手招き、先に歩兵らを連れて下孫方面に向かうように指示を与えた。九右衛門には、連絡役として井上をつける。続けて、小声で九右衛門と井上に囁いた。
「寺門隊の者の乱暴が行き過ぎるような真似があれば、止めよ。地元の者の恨みを買うようなことがあれば、再び内通者が出るやもしれぬ」
鳴海の言葉に、井上が顔を曇らせた。
「十四日の石名坂の待ち伏せも、大和田村の者の仕業だということでしたな」
「左様。だが、住民にしてみれば、いずれも迷惑な存在であろうよ」
九右衛門の顔つきも、厳しい。
「承知いたした。鳴海殿は如何なされる?」
「成田殿らの到着及び再編が終わったら、直ちに拙者も下孫に向かう」
その言葉に、二人は力強く肯いた。
十七日、鳴海は太田で成田又八郎らの到着を待ち受けた。又八郎は二本松から百名ほどを引き連れてきており、これから助川城総攻撃に備える先発隊にとっては有り難かった。打ち合わせの席では、成田隊はひとまず源太左衛門付きということになり、太田守備の分を残し、いずれ本隊も助川方面に向かうということになった。
それらを確認すると、鳴海は再び下孫へ向かった。下孫から散切隊の駐屯する河原子は、十丁余りしかない。目と鼻の先の距離であり、散切隊が街道沿いに助川を目指すならば、二本松軍を破らねばならない計算だった。
が、散切隊は奇策に出た。河原子から一旦南下し、水木方面を目指し始めたのである。
「あそこは、寺門殿が向かわれたはずでござる」
下孫で鳴海の帰りを待ち受けていた九右衛門が、きつく眉根を寄せた。水木にはかつて海防陣屋が置かれていたものの、現在は廃されたはずだった。だが散切隊は、なぜかそこを目指したというのである。
「奴らは何を考えている」
苛立つ鳴海の声に応じるように、井上が絵図に視線を落とした。助川城の背後は、切り立った山崖が広がっている。
「山伝いに迂回し、大手口と搦手口双方から助川の城に入るつもりかもしれませぬな」
助川城には、諸生党のわずかな守兵しかいないはずであった。
「奴らが迂回するとなると、森山村から金沢村を街道沿いに北上するでしょう。我らは森山へ向かい、寺門殿らを援護しに参ります」
九右衛門はきっぱりと述べた。
「任せる」
後続の兵らはとても宿に泊まれるようなゆとりはなく、近隣の村まで出向いたり、庄屋を借り上げて宿泊したりしていた。
前日、石名坂で散切隊が出没した報告をするために鳴海が太田御殿へ出向くと、戸祭も戻ってきていた。その顔には、やや誇らしげな色が浮かんでいる。
「鳴海殿。茅根貞蔵をようやく捕えましたぞ」
聞けば戸祭は寺門隊の者らを使って、茅根が大橋宿に潜伏中との風聞を耳にし、それこそ草の根をかき分けるように探索させた。そして今朝方、ある農家の納屋に茅根が潜んでいたところを見つけたのだという。さらにその場で茅根に対して尋問を重ね、散切隊の行き先を吐かせた。聞けば、散切隊はどさくさに紛れて田中内村を焼き、その勢いで河原子へ向かったという。
「河原子に向かった……ということは、やはり奴らの狙いは助川城でござるか」
鳴海は眉を顰めた。山野辺氏の脅威が消えたものの、助川城は現在空城となっている。いずれ攻めることになるだろうが、付近の住民の不安の種は取り除いてやらねばならなかった。
そこへやってきたのは、寺門だった。
「大将、あっしが参りましょうかね?」
「寺門殿。いつの間に……?」
寺門は十二日には額田に向かっていたはずだが、いつの間にか太田へ戻ってきていたらしい。聞けば額田方面は市川勢に幕軍が続々と合流し、言われた役目も果たしたので、さっさとこちらへ戻ってきたのだという。
「戸祭様。あの生意気な散切共に、一泡吹かせてやりましょう。なに、悪いようには致しませぬ」
唇の片端に残忍な笑みを浮かべる寺門を見て、鳴海は却って不安を覚えた。できれば自ら赴いて住民らの不安を取り除いてやりたいところだが、河合方面の戦闘が一段落したことから、水戸藩との連絡を取りつつ再度軍の編成を見直したいと、源太左衛門から申し付けられていた。
「九右衛門」
鳴海は九右衛門を手招き、先に歩兵らを連れて下孫方面に向かうように指示を与えた。九右衛門には、連絡役として井上をつける。続けて、小声で九右衛門と井上に囁いた。
「寺門隊の者の乱暴が行き過ぎるような真似があれば、止めよ。地元の者の恨みを買うようなことがあれば、再び内通者が出るやもしれぬ」
鳴海の言葉に、井上が顔を曇らせた。
「十四日の石名坂の待ち伏せも、大和田村の者の仕業だということでしたな」
「左様。だが、住民にしてみれば、いずれも迷惑な存在であろうよ」
九右衛門の顔つきも、厳しい。
「承知いたした。鳴海殿は如何なされる?」
「成田殿らの到着及び再編が終わったら、直ちに拙者も下孫に向かう」
その言葉に、二人は力強く肯いた。
十七日、鳴海は太田で成田又八郎らの到着を待ち受けた。又八郎は二本松から百名ほどを引き連れてきており、これから助川城総攻撃に備える先発隊にとっては有り難かった。打ち合わせの席では、成田隊はひとまず源太左衛門付きということになり、太田守備の分を残し、いずれ本隊も助川方面に向かうということになった。
それらを確認すると、鳴海は再び下孫へ向かった。下孫から散切隊の駐屯する河原子は、十丁余りしかない。目と鼻の先の距離であり、散切隊が街道沿いに助川を目指すならば、二本松軍を破らねばならない計算だった。
が、散切隊は奇策に出た。河原子から一旦南下し、水木方面を目指し始めたのである。
「あそこは、寺門殿が向かわれたはずでござる」
下孫で鳴海の帰りを待ち受けていた九右衛門が、きつく眉根を寄せた。水木にはかつて海防陣屋が置かれていたものの、現在は廃されたはずだった。だが散切隊は、なぜかそこを目指したというのである。
「奴らは何を考えている」
苛立つ鳴海の声に応じるように、井上が絵図に視線を落とした。助川城の背後は、切り立った山崖が広がっている。
「山伝いに迂回し、大手口と搦手口双方から助川の城に入るつもりかもしれませぬな」
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「奴らが迂回するとなると、森山村から金沢村を街道沿いに北上するでしょう。我らは森山へ向かい、寺門殿らを援護しに参ります」
九右衛門はきっぱりと述べた。
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