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第三章 常州騒乱
筑波挙兵(7)
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四人が霞ヶ城に戻ったときには、丁度丹波と源太左衛門、一学、そして内藤四郎兵衛が小書院の間にて何やら打ち合わせ中だった。
その膝下に散らばった紙にちらりと目をやると、どうやら江戸からの知らせらしかった。その内容について、たまたま城番に当たっていた家老らが、何やら顔を突き合わせて話し合っていたようである。
鳴海はちょっと頭を下げ、丹波の前に座った。
「御家老方に申し上げまする。今朝方、郡山宿に宿泊中の宇都宮藩の商人より、筑波で水府浪士共が挙兵して下野へ進軍中との報告がありました。今ほど、それがしや大谷志摩、五番組の使武者や長柄の者、そして郡山組の代官である錦見殿らと共に受けた知らせにございます」
「何!?」
案の定、頭上から丹波の怒声が降り注いだ。それに怯むことなく、鳴海は郡山で聞き込んできた話を一同に伝えた。みるみるうちに、丹波の顔には憤怒の色が浮かび、顔を真赤に染めていく。一方丹波とは対象的に、源太左衛門は表情は硬いものの、取り乱した様子はない。
「鳴海殿。それは今朝伝えられた話、ということでしたな?」
「左様にございます」
源太左衛門はいつもの癖で、扇子の先を顎の下につけて何やら考えている。
「今すぐ戦の支度を命じるべきであろう、源太左衛門殿」
半ば腰を浮かしている丹波は、本当に全軍を招集して出兵を命じかねない勢いだった。その様子をちらりと横目で見て、源太左衛門は「落ち着かれよ、丹波殿」と宥めている。
「鳴海殿。それについてはいかに?」
一学の顔も、強張りを隠せない。
「使武者の井上に既に宇都宮への出張を命じており、探らせる所存にございます。何卒、井上の宇都宮までの道中手形の御裁可を頂きたい」
「良かろう。拙者からも先に探索に出した味岡殿を同行させる。して、守山は?」
源太左衛門の落ち着いた声は、丹波と対照的である。鳴海は首を振ってみせた。特に目立った動きはない、との意味である。鳴海の様子を見た源太左衛門も、「そうか」と肯いたのみである。
「丁度先日水戸より守山藩の若殿が到着されたというのでな。それ故、二本松としても慶賀の使いを正式に出すか否かを話し合うておったところでござった」
内藤四郎兵衛の声にも、特に乱れた様子はない。そして、鳴海の床に落とされた視線の先に気づくと、口元が微かに歪められた。
「京より江戸藩邸経由で知らせが参った。我々が都を出立した後に、帝から大樹公や一橋中納言らに攘夷の問題について御下問があったそうな。何でも、一橋中納言公は他の参預の方々と遂に袂を分かち将軍後見職を辞し、禁裏守衛総督及び摂海防衛職に就かれるとのことだ」
やや落ち着きを取り戻したらしい丹波が、皮肉をたっぷりと含んだ声色で説明を加えた。丹波が激昂したのは、この知らせのせいもあったに違いない。先程よりは幾分落ち着きを取り戻してはいるものの、丹波の右手の人差し指は、苛々と己の膝を叩き続けている。
「まことでございますか……」
鳴海も家老一同の面前であるにも関わらず、思わず天井を仰ぎたくなった。少し前に黄山と顔を合わせた際にも出た話だが、とうとう別離が決まったのか。京都の情勢がそのように不穏である中で、藩公や丹波らはよく京都警衛から無事に帰ってきたものだとも思う。第一、禁裏守衛総督及び摂海防衛職などという役職など聞いたことがなく、その名称からしても一橋公の関心が幕政よりも朝廷にあるのは確実であった。おまけにその出身地の水戸領内では、浪士共が「義挙」と称して下野に進軍中である。
そして帝からの御下問を受けて、遂に大樹公は腹を括られた。結果、横浜鎖港はほぼ決定であるというのが、京藩邸からの知らせだった。それが実現されれば、二本松の生糸産業は大打撃を受けるだろう。
その膝下に散らばった紙にちらりと目をやると、どうやら江戸からの知らせらしかった。その内容について、たまたま城番に当たっていた家老らが、何やら顔を突き合わせて話し合っていたようである。
鳴海はちょっと頭を下げ、丹波の前に座った。
「御家老方に申し上げまする。今朝方、郡山宿に宿泊中の宇都宮藩の商人より、筑波で水府浪士共が挙兵して下野へ進軍中との報告がありました。今ほど、それがしや大谷志摩、五番組の使武者や長柄の者、そして郡山組の代官である錦見殿らと共に受けた知らせにございます」
「何!?」
案の定、頭上から丹波の怒声が降り注いだ。それに怯むことなく、鳴海は郡山で聞き込んできた話を一同に伝えた。みるみるうちに、丹波の顔には憤怒の色が浮かび、顔を真赤に染めていく。一方丹波とは対象的に、源太左衛門は表情は硬いものの、取り乱した様子はない。
「鳴海殿。それは今朝伝えられた話、ということでしたな?」
「左様にございます」
源太左衛門はいつもの癖で、扇子の先を顎の下につけて何やら考えている。
「今すぐ戦の支度を命じるべきであろう、源太左衛門殿」
半ば腰を浮かしている丹波は、本当に全軍を招集して出兵を命じかねない勢いだった。その様子をちらりと横目で見て、源太左衛門は「落ち着かれよ、丹波殿」と宥めている。
「鳴海殿。それについてはいかに?」
一学の顔も、強張りを隠せない。
「使武者の井上に既に宇都宮への出張を命じており、探らせる所存にございます。何卒、井上の宇都宮までの道中手形の御裁可を頂きたい」
「良かろう。拙者からも先に探索に出した味岡殿を同行させる。して、守山は?」
源太左衛門の落ち着いた声は、丹波と対照的である。鳴海は首を振ってみせた。特に目立った動きはない、との意味である。鳴海の様子を見た源太左衛門も、「そうか」と肯いたのみである。
「丁度先日水戸より守山藩の若殿が到着されたというのでな。それ故、二本松としても慶賀の使いを正式に出すか否かを話し合うておったところでござった」
内藤四郎兵衛の声にも、特に乱れた様子はない。そして、鳴海の床に落とされた視線の先に気づくと、口元が微かに歪められた。
「京より江戸藩邸経由で知らせが参った。我々が都を出立した後に、帝から大樹公や一橋中納言らに攘夷の問題について御下問があったそうな。何でも、一橋中納言公は他の参預の方々と遂に袂を分かち将軍後見職を辞し、禁裏守衛総督及び摂海防衛職に就かれるとのことだ」
やや落ち着きを取り戻したらしい丹波が、皮肉をたっぷりと含んだ声色で説明を加えた。丹波が激昂したのは、この知らせのせいもあったに違いない。先程よりは幾分落ち着きを取り戻してはいるものの、丹波の右手の人差し指は、苛々と己の膝を叩き続けている。
「まことでございますか……」
鳴海も家老一同の面前であるにも関わらず、思わず天井を仰ぎたくなった。少し前に黄山と顔を合わせた際にも出た話だが、とうとう別離が決まったのか。京都の情勢がそのように不穏である中で、藩公や丹波らはよく京都警衛から無事に帰ってきたものだとも思う。第一、禁裏守衛総督及び摂海防衛職などという役職など聞いたことがなく、その名称からしても一橋公の関心が幕政よりも朝廷にあるのは確実であった。おまけにその出身地の水戸領内では、浪士共が「義挙」と称して下野に進軍中である。
そして帝からの御下問を受けて、遂に大樹公は腹を括られた。結果、横浜鎖港はほぼ決定であるというのが、京藩邸からの知らせだった。それが実現されれば、二本松の生糸産業は大打撃を受けるだろう。
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