鬼と天狗

篠川翠

文字の大きさ
上 下
119 / 196
第三章 常州騒乱

筑波挙兵(7)

しおりを挟む
 四人が霞ヶ城に戻ったときには、丁度丹波と源太左衛門、一学、そして内藤四郎兵衛が小書院の間にて何やら打ち合わせ中だった。
 その膝下に散らばった紙にちらりと目をやると、どうやら江戸からの知らせらしかった。その内容について、たまたま城番に当たっていた家老らが、何やら顔を突き合わせて話し合っていたようである。
 鳴海はちょっと頭を下げ、丹波の前に座った。
「御家老方に申し上げまする。今朝方、郡山宿に宿泊中の宇都宮藩の商人より、筑波で水府浪士共が挙兵して下野へ進軍中との報告がありました。今ほど、それがしや大谷志摩、五番組の使武者や長柄の者、そして郡山組の代官である錦見殿らと共に受けた知らせにございます」
「何!?」
 案の定、頭上から丹波の怒声が降り注いだ。それに怯むことなく、鳴海は郡山で聞き込んできた話を一同に伝えた。みるみるうちに、丹波の顔には憤怒の色が浮かび、顔を真赤に染めていく。一方丹波とは対象的に、源太左衛門は表情は硬いものの、取り乱した様子はない。
「鳴海殿。それは今朝伝えられた話、ということでしたな?」
「左様にございます」
 源太左衛門はいつもの癖で、扇子の先を顎の下につけて何やら考えている。
「今すぐ戦の支度を命じるべきであろう、源太左衛門殿」
 半ば腰を浮かしている丹波は、本当に全軍を招集して出兵を命じかねない勢いだった。その様子をちらりと横目で見て、源太左衛門は「落ち着かれよ、丹波殿」と宥めている。
「鳴海殿。それについてはいかに?」
 一学の顔も、強張りを隠せない。
「使武者の井上に既に宇都宮への出張を命じており、探らせる所存にございます。何卒、井上の宇都宮までの道中手形の御裁可を頂きたい」
「良かろう。拙者からも先に探索に出した味岡殿を同行させる。して、守山は?」
 源太左衛門の落ち着いた声は、丹波と対照的である。鳴海は首を振ってみせた。特に目立った動きはない、との意味である。鳴海の様子を見た源太左衛門も、「そうか」と肯いたのみである。
「丁度先日水戸より守山藩の若殿が到着されたというのでな。それ故、二本松としても慶賀の使いを正式に出すか否かを話し合うておったところでござった」
 内藤四郎兵衛の声にも、特に乱れた様子はない。そして、鳴海の床に落とされた視線の先に気づくと、口元が微かに歪められた。
「京より江戸藩邸経由で知らせが参った。我々が都を出立した後に、帝から大樹公や一橋中納言らに攘夷の問題について御下問があったそうな。何でも、一橋中納言公は他の参預の方々と遂に袂を分かち将軍後見職を辞し、禁裏守衛総督及び摂海防衛職に就かれるとのことだ」
 やや落ち着きを取り戻したらしい丹波が、皮肉をたっぷりと含んだ声色で説明を加えた。丹波が激昂したのは、この知らせのせいもあったに違いない。先程よりは幾分落ち着きを取り戻してはいるものの、丹波の右手の人差し指は、苛々と己の膝を叩き続けている。
「まことでございますか……」
 鳴海も家老一同の面前であるにも関わらず、思わず天井を仰ぎたくなった。少し前に黄山と顔を合わせた際にも出た話だが、とうとう別離が決まったのか。京都の情勢がそのように不穏である中で、藩公や丹波らはよく京都警衛から無事に帰ってきたものだとも思う。第一、禁裏守衛総督及び摂海防衛職などという役職など聞いたことがなく、その名称からしても一橋公の関心が幕政よりも朝廷にあるのは確実であった。おまけにその出身地の水戸領内では、浪士共が「義挙」と称して下野に進軍中である。
 そして帝からの御下問を受けて、遂に大樹公は腹を括られた。結果、横浜鎖港はほぼ決定であるというのが、京藩邸からの知らせだった。それが実現されれば、二本松の生糸産業は大打撃を受けるだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

処理中です...