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第三章 常州騒乱
鳴動(5)
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那津の婚儀の日は、この季節にしてはうららかな穏やかな日だった。白絹の綿帽子を被った義姪は、日頃の御転婆を包み隠し、鳴海も思わず目を細めるほどの淑やかな花嫁姿であった。
「父上、母上。ここまで慈しみ育てていただきまして、まことに有難うございました」
三つ指をついて父母に挨拶する那津の声は、さすがに涙混じりだった。
「夫君や春山家の父母に、よくよくお仕えせよ」
そう声を掛ける水山の声からも、娘を嫁がせる感慨が感じ取られた。水山に取っても、那津は嫁にやるべき最後の娘である。那津が三春に嫁げば、大谷家の若い女性はりんだけとなるのだった。
「なっちゃん。幸せにな」
「はい、志摩様。必ずや……」
志摩の励ましに那津が頭を下げたところで、衛守が花嫁用の輿の戸を開けた。彦十郎家の門前には、昨年秋に内藤家に嫁いだ志津と、その夫である四郎の姿もあった。
「那津。しっかりね」
姉の言葉に、那津もうっすらと微笑み返した。
「そろそろ参るぞ」
鳴海が声を掛けると、那津が再度彦十郎家、そして本家の皆に頭を下げる。衛守が開けた輿に那津が乗り込むと、すっと輿の戸が引かれた。同時に下人等が輿を担ぎ、鳴海と衛守、そして水山が馬に跨る。その後に、玲子の乗った籠が続き、彦十郎家を後にした花嫁行列一行は三春への道を辿り始めた――。
三春で行われた三々九度の席の後、大層な歓待を受け引き止められた鳴海だが、鳴海一人は彦十郎家一同に三春の歓待役を任せ、その日の晩のうちに二本松の屋敷に戻ってきていた。家長である鳴海も本来であれば三日三晩続く婚礼の席に侍らなければならないところだが、丁度五番組が二月の城下番に当たっていたこともあり、一人戻ってきたのである。鳴海は翌朝も早くから登城して、そのまま城で泊まり込む予定になっていたのだった。番頭である鳴海が城を離れる事自体、あまり褒められたものではないというのが、鳴海の考えである。
翌朝登城し番頭ノ間に向かう大廊下で、鳴海はひょいと内藤四郎と顔を合わせた。
「鳴海殿。三春でお泊りではなかったのですか?」
四郎の顔は、半ば感心しているような半ば呆れているような、複雑な面持ちである。
「城下番の番頭が城を留守にするのは、まずかろうと思いましてな」
そう答える鳴海に、四郎は苦笑いを見せた。
「姪御様の御婚儀のときくらい、構いますまい。我が父も大城代として控えておりますれば」
四郎の父は、大城代である内藤四郎兵衛である。城を預かる総責任者であり、籠城戦となればその総指揮を取ることもある。確かに通常の番頭であれば、冠婚葬祭のときくらいは大城代などに留守を頼むこともあるのだろう。だが、番頭に就任してまだ間もない鳴海としては、着任後早々と私事の為に城下を留守にするような真似はしたくなかった。
「真面目でござるな、鳴海殿。殊勝なお心がけではござるが」
割って入ってきたのは、新十郎である。その顔にも、微苦笑が浮かんでいた。
「ですが、その鳴海殿のお心がけに甘えさせて頂き、一つ御報告したき儀がござる」
新十郎の言葉に、鳴海は口元を引き締めた。新十郎がわざわざ鳴海に報告したいというのは、水戸や守山藩絡みの件に違いない。
「郡代ノ間で宜しいか」
和左衛門の耳が気になるところではあるが、他の郡代らとも、情報を共有しておいた方が良いかもしれない。
「お呼び立てして、申し訳ござらぬ」
鳴海に軽く頭を下げると、新十郎は郡代ノ間へ鳴海を誘った。そこには、既に源太左衛門や羽木、植木の姿があった。
「――して、報告の儀とは?」
鳴海が尋ねると、新十郎は一枚の書面を広げた。それは、城下より二里半ほどのところにある十文字嶽温泉の逗留願である。郡代はこのような細々とした事務処理まで把握しているものかと、鳴海は半ば感心した。
「ここをご覧下され」
新十郎が人差し指で指し示した一点に、鳴海の目も惹きつけられた。
岡村球三郎、高野東八郎、小林権蔵、三本松鎗三郎。
一見、何ら変哲もなさそうなありふれた名前である。問題は――。
「……守山藩の者らでござるか」
鳴海が呟いた言葉に、源太左衛門が眉根を寄せた。
「十文字嶽の出湯は、確かに方々から湯治客が来るからな。ただの湯治であれば、騒ぎ立てるほどのことはあるまいが……」
「だが、守山とはこれまで諸々の因縁がござる。まして、今は水府浪士らが関東各地で乱暴を働いているというではございませぬか。それに守山から嶽までは左程遠くないにも関わらず、長期逗留したいとの願いが出されることこそ、不審でござる」
羽木の言葉に、鳴海も考え込んだ。羽木の述べるように、守山から嶽まではそれほど遠くない。徒歩での日帰りは厳しいが、せいぜい四里ほどの距離である。馬を使えば、決して日帰りできない距離ではなかった。
「如何ほど滞在する予定と、彼らは申し出ておられる?」
鳴海は、問いを重ねた。
「凡そ五十日逗留したいとの由でござる。それも、この岡村という者の背に腫れ物が出来ていて、その者の治療が本来は目的であったようでござるが……」
植木も、困惑している様子だった。
「岡村と申す者の背の治療のためだけであったならば、そもそも集団で嶽に参る必要はございますまい。しかも、逗留の延長願いが出されておる。まるで、我が藩が京や富津へ出兵しておる隙を伺っているようではございませぬか」
新十郎の声色は硬かった。なるほど、新十郎らが神経を尖らせるのも無理はない。さらに、鳴海は改めてその逗留願の名前を眺めて気付いたことがあった。
「この、高野東八郎と三本松鎗三郎という御仁。確か水戸の黄門公上洛の折、付き従っていた者のはずでござるな」
昨年三月将軍家茂の上洛に際し、水戸藩公の慶篤もそれに付き従った。その時、水戸藩では尊攘の志士が大勢上洛一行に加わっており、御連枝である守山藩からも護衛の人員を出していた。その六人の中に、この高野と三本松の名前が含まれていたと、黄山はかつて説明していた。
「――やはり、三浦平八郎殿が仕掛けて参ったのでしょうか」
新十郎は、目を吊り上げた。新十郎も、平八郎とは多々因縁がある。だが、鳴海は首を横に振った。
「まだ分かりかねまする。仮に平八郎殿が仕掛けて来るならば、この中に名を連ねているはずと拙者は思う」
「ふむ……」
源太左衛門も、じっと逗留願を見つめている。
「確かに……。それにあの御仁は、守山藩の御目付。確か守山は、近日中に水戸より二十二麿君をご養子にお迎えするとかで、今はてんやわんやのはず。御目付ともあろう御仁がこのような処に参っている暇はございますまい」
羽木がきっぱりと述べた。二十二麿君の守山藩への養子入の話は鳴海は知らなかったが、要するに現在の守山藩主である松平頼升の養子に、水戸本家から亡き斉昭の末子を養子に迎えようということになっているのだった。守山藩は水戸藩と同じように定府藩であり君主が守山に来た試しはないのだが、その慣例を破って二十二麿君を守山の地に招こうという動きがあるらしい。当然、目付である平八郎もその準備のために追われているはずであり、二本松藩領の嶽の出湯に来ている暇はないだろう。
「拙者が、嶽の出湯にて確かめて参ります」
鳴海は、決断を下した。話は限りなく疑わしいが、これだけでは何とも言い難い。それに今までとは異なり、今回は仮に守山藩の者らを詮議したとしても、「城下番の番頭として領内の不審者を詮議した」という名分が立つ。万が一守山から因縁をつけられたとしても、理は二本松側にある。
「よかろう。嶽より城に戻られたら、拙者のところへも使番を寄越されよ。何時でも構わぬ」
源太左衛門も肯いた。
「拙者らにも、ぜひお知らせ願いたい。事と次第によっては、兵を差し向ける手配を致しまする」
新十郎も、真剣な面持ちで鳴海に肯いた。
「然らば、宜しくお頼み申し上げる」
鳴海は次の間にいた小姓役の一人を手招くと、長柄奉行の丹羽権太左衛門及び五番組の使番を務める松井政之進に、「嶽の出湯にて不審の儀有る故同行せよ」との命令を伝えさせた。
「父上、母上。ここまで慈しみ育てていただきまして、まことに有難うございました」
三つ指をついて父母に挨拶する那津の声は、さすがに涙混じりだった。
「夫君や春山家の父母に、よくよくお仕えせよ」
そう声を掛ける水山の声からも、娘を嫁がせる感慨が感じ取られた。水山に取っても、那津は嫁にやるべき最後の娘である。那津が三春に嫁げば、大谷家の若い女性はりんだけとなるのだった。
「なっちゃん。幸せにな」
「はい、志摩様。必ずや……」
志摩の励ましに那津が頭を下げたところで、衛守が花嫁用の輿の戸を開けた。彦十郎家の門前には、昨年秋に内藤家に嫁いだ志津と、その夫である四郎の姿もあった。
「那津。しっかりね」
姉の言葉に、那津もうっすらと微笑み返した。
「そろそろ参るぞ」
鳴海が声を掛けると、那津が再度彦十郎家、そして本家の皆に頭を下げる。衛守が開けた輿に那津が乗り込むと、すっと輿の戸が引かれた。同時に下人等が輿を担ぎ、鳴海と衛守、そして水山が馬に跨る。その後に、玲子の乗った籠が続き、彦十郎家を後にした花嫁行列一行は三春への道を辿り始めた――。
三春で行われた三々九度の席の後、大層な歓待を受け引き止められた鳴海だが、鳴海一人は彦十郎家一同に三春の歓待役を任せ、その日の晩のうちに二本松の屋敷に戻ってきていた。家長である鳴海も本来であれば三日三晩続く婚礼の席に侍らなければならないところだが、丁度五番組が二月の城下番に当たっていたこともあり、一人戻ってきたのである。鳴海は翌朝も早くから登城して、そのまま城で泊まり込む予定になっていたのだった。番頭である鳴海が城を離れる事自体、あまり褒められたものではないというのが、鳴海の考えである。
翌朝登城し番頭ノ間に向かう大廊下で、鳴海はひょいと内藤四郎と顔を合わせた。
「鳴海殿。三春でお泊りではなかったのですか?」
四郎の顔は、半ば感心しているような半ば呆れているような、複雑な面持ちである。
「城下番の番頭が城を留守にするのは、まずかろうと思いましてな」
そう答える鳴海に、四郎は苦笑いを見せた。
「姪御様の御婚儀のときくらい、構いますまい。我が父も大城代として控えておりますれば」
四郎の父は、大城代である内藤四郎兵衛である。城を預かる総責任者であり、籠城戦となればその総指揮を取ることもある。確かに通常の番頭であれば、冠婚葬祭のときくらいは大城代などに留守を頼むこともあるのだろう。だが、番頭に就任してまだ間もない鳴海としては、着任後早々と私事の為に城下を留守にするような真似はしたくなかった。
「真面目でござるな、鳴海殿。殊勝なお心がけではござるが」
割って入ってきたのは、新十郎である。その顔にも、微苦笑が浮かんでいた。
「ですが、その鳴海殿のお心がけに甘えさせて頂き、一つ御報告したき儀がござる」
新十郎の言葉に、鳴海は口元を引き締めた。新十郎がわざわざ鳴海に報告したいというのは、水戸や守山藩絡みの件に違いない。
「郡代ノ間で宜しいか」
和左衛門の耳が気になるところではあるが、他の郡代らとも、情報を共有しておいた方が良いかもしれない。
「お呼び立てして、申し訳ござらぬ」
鳴海に軽く頭を下げると、新十郎は郡代ノ間へ鳴海を誘った。そこには、既に源太左衛門や羽木、植木の姿があった。
「――して、報告の儀とは?」
鳴海が尋ねると、新十郎は一枚の書面を広げた。それは、城下より二里半ほどのところにある十文字嶽温泉の逗留願である。郡代はこのような細々とした事務処理まで把握しているものかと、鳴海は半ば感心した。
「ここをご覧下され」
新十郎が人差し指で指し示した一点に、鳴海の目も惹きつけられた。
岡村球三郎、高野東八郎、小林権蔵、三本松鎗三郎。
一見、何ら変哲もなさそうなありふれた名前である。問題は――。
「……守山藩の者らでござるか」
鳴海が呟いた言葉に、源太左衛門が眉根を寄せた。
「十文字嶽の出湯は、確かに方々から湯治客が来るからな。ただの湯治であれば、騒ぎ立てるほどのことはあるまいが……」
「だが、守山とはこれまで諸々の因縁がござる。まして、今は水府浪士らが関東各地で乱暴を働いているというではございませぬか。それに守山から嶽までは左程遠くないにも関わらず、長期逗留したいとの願いが出されることこそ、不審でござる」
羽木の言葉に、鳴海も考え込んだ。羽木の述べるように、守山から嶽まではそれほど遠くない。徒歩での日帰りは厳しいが、せいぜい四里ほどの距離である。馬を使えば、決して日帰りできない距離ではなかった。
「如何ほど滞在する予定と、彼らは申し出ておられる?」
鳴海は、問いを重ねた。
「凡そ五十日逗留したいとの由でござる。それも、この岡村という者の背に腫れ物が出来ていて、その者の治療が本来は目的であったようでござるが……」
植木も、困惑している様子だった。
「岡村と申す者の背の治療のためだけであったならば、そもそも集団で嶽に参る必要はございますまい。しかも、逗留の延長願いが出されておる。まるで、我が藩が京や富津へ出兵しておる隙を伺っているようではございませぬか」
新十郎の声色は硬かった。なるほど、新十郎らが神経を尖らせるのも無理はない。さらに、鳴海は改めてその逗留願の名前を眺めて気付いたことがあった。
「この、高野東八郎と三本松鎗三郎という御仁。確か水戸の黄門公上洛の折、付き従っていた者のはずでござるな」
昨年三月将軍家茂の上洛に際し、水戸藩公の慶篤もそれに付き従った。その時、水戸藩では尊攘の志士が大勢上洛一行に加わっており、御連枝である守山藩からも護衛の人員を出していた。その六人の中に、この高野と三本松の名前が含まれていたと、黄山はかつて説明していた。
「――やはり、三浦平八郎殿が仕掛けて参ったのでしょうか」
新十郎は、目を吊り上げた。新十郎も、平八郎とは多々因縁がある。だが、鳴海は首を横に振った。
「まだ分かりかねまする。仮に平八郎殿が仕掛けて来るならば、この中に名を連ねているはずと拙者は思う」
「ふむ……」
源太左衛門も、じっと逗留願を見つめている。
「確かに……。それにあの御仁は、守山藩の御目付。確か守山は、近日中に水戸より二十二麿君をご養子にお迎えするとかで、今はてんやわんやのはず。御目付ともあろう御仁がこのような処に参っている暇はございますまい」
羽木がきっぱりと述べた。二十二麿君の守山藩への養子入の話は鳴海は知らなかったが、要するに現在の守山藩主である松平頼升の養子に、水戸本家から亡き斉昭の末子を養子に迎えようということになっているのだった。守山藩は水戸藩と同じように定府藩であり君主が守山に来た試しはないのだが、その慣例を破って二十二麿君を守山の地に招こうという動きがあるらしい。当然、目付である平八郎もその準備のために追われているはずであり、二本松藩領の嶽の出湯に来ている暇はないだろう。
「拙者が、嶽の出湯にて確かめて参ります」
鳴海は、決断を下した。話は限りなく疑わしいが、これだけでは何とも言い難い。それに今までとは異なり、今回は仮に守山藩の者らを詮議したとしても、「城下番の番頭として領内の不審者を詮議した」という名分が立つ。万が一守山から因縁をつけられたとしても、理は二本松側にある。
「よかろう。嶽より城に戻られたら、拙者のところへも使番を寄越されよ。何時でも構わぬ」
源太左衛門も肯いた。
「拙者らにも、ぜひお知らせ願いたい。事と次第によっては、兵を差し向ける手配を致しまする」
新十郎も、真剣な面持ちで鳴海に肯いた。
「然らば、宜しくお頼み申し上げる」
鳴海は次の間にいた小姓役の一人を手招くと、長柄奉行の丹羽権太左衛門及び五番組の使番を務める松井政之進に、「嶽の出湯にて不審の儀有る故同行せよ」との命令を伝えさせた。
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