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第二章 尊攘の波濤
西の変事(3)
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さらに水無月に入って数日が過ぎた。再び大書院に主だった家臣らが集められ、江戸藩邸から早馬が来たと告げられた。
去る五月十日、下関で長州藩がアメリカ商船ペンブローク号に向かって攻撃を仕掛けたというのである。
「馬鹿なことを!」
案の定、丹波は顔を真赤にして怒った。鳴海も、顔から血の気が引くのを感じた。
「何でも、幕府の命令に従って攘夷を実行しただけだと、開き直ったそうでございます」
江戸本占の一人である中野弥十郎は、なりふり構わず急遽江戸から二本松まで馬を飛ばしてきたのだった。その顔には、苦々しさが貼り付いている。
長州藩は現在尊攘派が藩論の主流を占めており、そのため馬関海峡(現下関海峡)を封鎖して砲台を設えていたのだった。そこを守備していたのは長州藩の支藩である長府藩だったが、長州の久坂玄瑞らの主張に押され、毛利元周は攻撃の命令を下したというのである。
「何故一月も前に起こった戦の知らせを、もっと早くに知らせなんだ」
丹波が、皆の前で中野を叱責した。
「そう単純な話ではございませぬ」
丹波の叱言にめげずに、中野は説明を続けた。
何でも、ペンブローク号は元々長崎に向かう予定の船であった。だが、砲撃を受けて周防沖へ逃れ、そのまま航路を変更して支那の上海に向かったという。そこで初めて、上海経由で横浜のアメリカ領事館に下関事件の詳細がもたらされたのだった。あろうことか、下関襲撃事件について朝廷から長州藩に対して褒勅があったという。だが、当然アメリカ側は激怒した。折も折、このときアメリカは南北戦争の真っ最中で、太平洋を超えて南軍のアラバマ艦を追ってきていた北軍のワイオミング号が、横浜に駐留していた。ワイオミング号の司令官であるマクドゥガルは、「幕府が事後処理に当たる」という幕府側の意向を無視し、下関海峡に向かった。
六月一日マクドゥガルは、下関砲台及び長州藩海軍を砲撃し、長州藩の海軍はほぼ壊滅状態に陥ったという。その知らせは、横浜の商人たちの間で噂になっているのだと、中野は報告した。
あまりの事の重大さに、重い沈黙が広間を支配する。そろそろと息を吐き出したのは、日野源太左衛門だった。
「……幕府の動きは、どうなっておる?」
中野は、首を振った。
「これもはっきりいたしませぬが、どうも小笠原図書頭(長行)殿が、兵を率いて大坂に向かったらしいと。これが、先月二十九日のことでございます」
「悪い夢を見ているようでござるな……」
日頃冷静沈着である源太左衛門ですら、呻くような事態である。老中の小笠原がわざわざ兵を率いて大坂に向かったのは、我が身を顧みず、人質状態になっている将軍家茂を奪還するために、朝廷に武力を以て脅しをかけるつもりだったからに違いない。
そのような状態の中で、二本松藩は「京都警衛」の名目で上京を命じられているのだった。
「これが、尊攘の姿というわけでござるな」
丹波が口元に皮肉な笑みを浮かべ、吐き捨てた。さしもの和左衛門も、目を伏せている。今まで口では尊皇攘夷を唱えてきた男が、だ。長州藩の海軍壊滅という結果は、西欧諸国と日本の兵力に圧倒的な差があることを示していた。
「止めよ、丹波」
長国公が、静かに告げた。その声に、丹波が身を固くした。
「今までのことをとやかく申しても、埒が明くまい。また、京都警衛の命が幕府からにせよ朝廷からにせよ、拒めば今度は我が藩が攻められる。京都警衛は、謹んで承るしかなかろう。違うか?」
珍しく強い物言いの主君に、さしもの丹波も黙って頭を下げた。その主の顔にも、困惑と苦渋の色が滲んでいた。
「たかが百日であろう。その程度であれば、引き受けて我が藩の忠義と懐の広さを、他藩にも知らしめようではないか」
無理に浮かべた主の笑顔が、痛々しい。皆を安心させるために、長国公はわざとおどけてみせたのだった。だが、すぐに顔を引き締めた。
「国政のことについては、次の出府の折りに私が将軍公にお伺いしてみる。そなたらは、各々の職務に励んでほしい」
公の言葉に、一同は頭を下げた。だが、尊攘派が暗殺や謀略を繰り返している京都での警衛は、今までの富津在番や江戸警衛と違い、実質、戦場に投入されるようなものだった。
ちらりと上席を見てみると、丹波がいつになく真剣な面持ちで何かを考え込んでいる。そして、時々源太左衛門や浅尾数馬介と小声で何かを話しているのが聞こえてきた。
やがて、丹波が思い切ったように口を開いた。
「安部井殿。先程申し付けた京都警衛にかかる費用は、如何ほどになった」
又之丞はしばし黙っていたが、やがて諦念したように、重々しく口を開いた。
「――凡そ五万両になり申した」
「五万両だと!?」
素っ頓狂な声が、どこからともなく上がった。ほぼ天文学的な数値と言っても良い。
再び、広間は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。その費用をどこから捻出するのか。先の江戸警衛でも多大な出費を行い、今また京都で期限付きとはいえ、警衛を命じられた。かかる費用は単純な往復の旅費だけではない。京都警衛というからにはまた千人前後の大所帯を引き連れていかねばならないだろうし、京での寝食の滞在費も入用である。
「左様か」
丹波は、軽く肯いたのみであった。
「民に才覚金を課すことと致したい。一度には無理であろうから、二度に分け、初回は十五日を供出期限と致す。それぞれの組の代官は、そのように触れを出されよ」
暴論であった。第一回の期限が今月十五日といえば、すぐではないか。
「丹波殿。驕りにも程がござる」
和左衛門が、怒りの色を露わにした。郡代である彼は、代官を束ねる長でもある。短期間でそれだけの金額を集めるのは無理だと踏んだに違いなかった。
丹波も負けじと、和左衛門を睨み返した。
「手元不如意を理由に京都警衛を断り、我が藩がお取り潰しになっても良いと申されるか」
うっ、と和左衛門が言葉に詰まる。それに畳み掛けるように、丹波は皮肉を重ねた。
「そもそも尊攘派が京都で狼藉を働いておるのが、我が藩が京都警衛を命じられた遠因でござろう。儂が何も知らないとお思いか?」
じとりと睨まれた和左衛門は、視線を逸らせた。和左衛門が尊攘派に接近していたのは、お見通しだと言わんばかりである。実際、丹波は和左衛門の暗躍を強いて見逃していた部分も多かったのだろう。
だが、他の家老らがそれをどう思っているのかまでは、伺い知ることができなかった。
丹波は、改めて上座に座る長国公に軽く頭を下げると、京都警衛についての話を続けた。
「詳細は後で決めますが、京へは拙者と掃部助殿が参ります」
「ほう……」
公も、何とも言えない顔で丹波を見つめた。丹波自身が直接京へ向かうというのは、自分の目で京の政局の様子を伺い、今後の藩政の行く末の判断材料としたいのだろう。また、掃部助が同行するというのは、ある程度西洋事情に通じている者を同行させることで、海外の動向についても分析させたいに違いなかった。
「承知した。良きようにはからえ。また、詳細が決まり次第、忌憚なく私にも申し述べよ。遠慮は無用ぞ」
公は、丹波にくどいほど念を押した。幼い頃から丹波を頼ってきた公ではあるが、必ずしも丹波の言いなりになっているわけでもなさそうである。二人の間の機微は、第三者には理解し難い。
はっ、と丹波は頭を下げて、広間から退出しようとした。だが、ふと思いついたように、番頭の席を見回す。その視線が、鳴海をちらりと見たように思われ、鳴海は焦った。が、視線の先にいたのは与兵衛だった。与兵衛は鳴海の左斜め前方に、座っている。
「与兵衛殿。この後、少しよろしいですかな?」
穏やかに尋ねているが、家老座乗である丹波の言葉は、実質命令に等しい。与兵衛は、首だけを後ろに向け、志摩に肯いてみせた。志摩も、それに対して軽く頭を下げる。あっ、と鳴海は思った。
(与兵衛様が京へ……)
去る五月十日、下関で長州藩がアメリカ商船ペンブローク号に向かって攻撃を仕掛けたというのである。
「馬鹿なことを!」
案の定、丹波は顔を真赤にして怒った。鳴海も、顔から血の気が引くのを感じた。
「何でも、幕府の命令に従って攘夷を実行しただけだと、開き直ったそうでございます」
江戸本占の一人である中野弥十郎は、なりふり構わず急遽江戸から二本松まで馬を飛ばしてきたのだった。その顔には、苦々しさが貼り付いている。
長州藩は現在尊攘派が藩論の主流を占めており、そのため馬関海峡(現下関海峡)を封鎖して砲台を設えていたのだった。そこを守備していたのは長州藩の支藩である長府藩だったが、長州の久坂玄瑞らの主張に押され、毛利元周は攻撃の命令を下したというのである。
「何故一月も前に起こった戦の知らせを、もっと早くに知らせなんだ」
丹波が、皆の前で中野を叱責した。
「そう単純な話ではございませぬ」
丹波の叱言にめげずに、中野は説明を続けた。
何でも、ペンブローク号は元々長崎に向かう予定の船であった。だが、砲撃を受けて周防沖へ逃れ、そのまま航路を変更して支那の上海に向かったという。そこで初めて、上海経由で横浜のアメリカ領事館に下関事件の詳細がもたらされたのだった。あろうことか、下関襲撃事件について朝廷から長州藩に対して褒勅があったという。だが、当然アメリカ側は激怒した。折も折、このときアメリカは南北戦争の真っ最中で、太平洋を超えて南軍のアラバマ艦を追ってきていた北軍のワイオミング号が、横浜に駐留していた。ワイオミング号の司令官であるマクドゥガルは、「幕府が事後処理に当たる」という幕府側の意向を無視し、下関海峡に向かった。
六月一日マクドゥガルは、下関砲台及び長州藩海軍を砲撃し、長州藩の海軍はほぼ壊滅状態に陥ったという。その知らせは、横浜の商人たちの間で噂になっているのだと、中野は報告した。
あまりの事の重大さに、重い沈黙が広間を支配する。そろそろと息を吐き出したのは、日野源太左衛門だった。
「……幕府の動きは、どうなっておる?」
中野は、首を振った。
「これもはっきりいたしませぬが、どうも小笠原図書頭(長行)殿が、兵を率いて大坂に向かったらしいと。これが、先月二十九日のことでございます」
「悪い夢を見ているようでござるな……」
日頃冷静沈着である源太左衛門ですら、呻くような事態である。老中の小笠原がわざわざ兵を率いて大坂に向かったのは、我が身を顧みず、人質状態になっている将軍家茂を奪還するために、朝廷に武力を以て脅しをかけるつもりだったからに違いない。
そのような状態の中で、二本松藩は「京都警衛」の名目で上京を命じられているのだった。
「これが、尊攘の姿というわけでござるな」
丹波が口元に皮肉な笑みを浮かべ、吐き捨てた。さしもの和左衛門も、目を伏せている。今まで口では尊皇攘夷を唱えてきた男が、だ。長州藩の海軍壊滅という結果は、西欧諸国と日本の兵力に圧倒的な差があることを示していた。
「止めよ、丹波」
長国公が、静かに告げた。その声に、丹波が身を固くした。
「今までのことをとやかく申しても、埒が明くまい。また、京都警衛の命が幕府からにせよ朝廷からにせよ、拒めば今度は我が藩が攻められる。京都警衛は、謹んで承るしかなかろう。違うか?」
珍しく強い物言いの主君に、さしもの丹波も黙って頭を下げた。その主の顔にも、困惑と苦渋の色が滲んでいた。
「たかが百日であろう。その程度であれば、引き受けて我が藩の忠義と懐の広さを、他藩にも知らしめようではないか」
無理に浮かべた主の笑顔が、痛々しい。皆を安心させるために、長国公はわざとおどけてみせたのだった。だが、すぐに顔を引き締めた。
「国政のことについては、次の出府の折りに私が将軍公にお伺いしてみる。そなたらは、各々の職務に励んでほしい」
公の言葉に、一同は頭を下げた。だが、尊攘派が暗殺や謀略を繰り返している京都での警衛は、今までの富津在番や江戸警衛と違い、実質、戦場に投入されるようなものだった。
ちらりと上席を見てみると、丹波がいつになく真剣な面持ちで何かを考え込んでいる。そして、時々源太左衛門や浅尾数馬介と小声で何かを話しているのが聞こえてきた。
やがて、丹波が思い切ったように口を開いた。
「安部井殿。先程申し付けた京都警衛にかかる費用は、如何ほどになった」
又之丞はしばし黙っていたが、やがて諦念したように、重々しく口を開いた。
「――凡そ五万両になり申した」
「五万両だと!?」
素っ頓狂な声が、どこからともなく上がった。ほぼ天文学的な数値と言っても良い。
再び、広間は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。その費用をどこから捻出するのか。先の江戸警衛でも多大な出費を行い、今また京都で期限付きとはいえ、警衛を命じられた。かかる費用は単純な往復の旅費だけではない。京都警衛というからにはまた千人前後の大所帯を引き連れていかねばならないだろうし、京での寝食の滞在費も入用である。
「左様か」
丹波は、軽く肯いたのみであった。
「民に才覚金を課すことと致したい。一度には無理であろうから、二度に分け、初回は十五日を供出期限と致す。それぞれの組の代官は、そのように触れを出されよ」
暴論であった。第一回の期限が今月十五日といえば、すぐではないか。
「丹波殿。驕りにも程がござる」
和左衛門が、怒りの色を露わにした。郡代である彼は、代官を束ねる長でもある。短期間でそれだけの金額を集めるのは無理だと踏んだに違いなかった。
丹波も負けじと、和左衛門を睨み返した。
「手元不如意を理由に京都警衛を断り、我が藩がお取り潰しになっても良いと申されるか」
うっ、と和左衛門が言葉に詰まる。それに畳み掛けるように、丹波は皮肉を重ねた。
「そもそも尊攘派が京都で狼藉を働いておるのが、我が藩が京都警衛を命じられた遠因でござろう。儂が何も知らないとお思いか?」
じとりと睨まれた和左衛門は、視線を逸らせた。和左衛門が尊攘派に接近していたのは、お見通しだと言わんばかりである。実際、丹波は和左衛門の暗躍を強いて見逃していた部分も多かったのだろう。
だが、他の家老らがそれをどう思っているのかまでは、伺い知ることができなかった。
丹波は、改めて上座に座る長国公に軽く頭を下げると、京都警衛についての話を続けた。
「詳細は後で決めますが、京へは拙者と掃部助殿が参ります」
「ほう……」
公も、何とも言えない顔で丹波を見つめた。丹波自身が直接京へ向かうというのは、自分の目で京の政局の様子を伺い、今後の藩政の行く末の判断材料としたいのだろう。また、掃部助が同行するというのは、ある程度西洋事情に通じている者を同行させることで、海外の動向についても分析させたいに違いなかった。
「承知した。良きようにはからえ。また、詳細が決まり次第、忌憚なく私にも申し述べよ。遠慮は無用ぞ」
公は、丹波にくどいほど念を押した。幼い頃から丹波を頼ってきた公ではあるが、必ずしも丹波の言いなりになっているわけでもなさそうである。二人の間の機微は、第三者には理解し難い。
はっ、と丹波は頭を下げて、広間から退出しようとした。だが、ふと思いついたように、番頭の席を見回す。その視線が、鳴海をちらりと見たように思われ、鳴海は焦った。が、視線の先にいたのは与兵衛だった。与兵衛は鳴海の左斜め前方に、座っている。
「与兵衛殿。この後、少しよろしいですかな?」
穏やかに尋ねているが、家老座乗である丹波の言葉は、実質命令に等しい。与兵衛は、首だけを後ろに向け、志摩に肯いてみせた。志摩も、それに対して軽く頭を下げる。あっ、と鳴海は思った。
(与兵衛様が京へ……)
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