鬼と天狗

篠川翠

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第二章 尊攘の波濤

竹ノ内擬戦(9)

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 講評は、皆が郭内に戻ってから学館の庭先で行われた。言うまでもなく、勝利は六番組である。それも、志摩の作戦立てや指揮が見事だったということで、六番組には報奨が出た。
 対して、五番組は戦略自体は悪くはなかった。だが、六番組の作戦を見抜けなかったのは事前の偵察の甘さにあると、与兵衛は手厳しく断じた。その後も六番組の挑発に乗せられた者が多く、兵力が分散させられて当初の目的を遂行出来なかった。それが、身を隠しながらも両軍を観察していた軍目付いくさめつけからの報告を受けた、浅尾や掃部助による評価である。
 全く、ぐうの音も出ない。鳴海としても、講評はもっともであると感じられたので、大人しくその評価を受け入れて部下らを労うことしか出来なかった。
 双方の組の者同士でわだかまりが残ってはということで、鳴海と与兵衛で話し合い、擬戦の数日後、彦十郎家の茶園で五番組と六番組の者らを招いて宴が開かれた。費用は両家の負担という建前にはなっているが、自軍が負けた手前もあり、鳴海は多めに払ったのだった。宴席には、今回の企画に賛同した家老二人も招かれている。
「此度の擬戦では、鳴海殿と志摩殿のご気性がよく表れていましたな」
 浅尾は、そう言って笑った。
「いや、面目ござらぬ」
 鳴海としては、赤面するしかなかった。定石を踏み真っ向勝負を好む猪突型の鳴海に対して、定石に捕らわれず綿密な作戦を立てる志摩。「兄上の怖さは固陋や因習に捕らわれずに行動できるところだ」という右門の言葉を実感した擬戦でもあった。
 それにしても、志摩はいつの間にあのような戦法を身に着けたのか。その疑問をぶつけると、浅尾と掃部助、そして与兵衛は顔を見合わせて忍び笑いを含ませた。
「鳴海殿も、気になりますか」
 掃部助が、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「昨年の夏に、幕命によりさまざまな改革が行われたでしょう。その一つに、兵制を西洋風に改めよというものがありました」
 確かに、それは擬戦の打ち合わせの席でも志摩が述べていたことでもある。鳴海が注目していたのは参勤交代の緩和だったが、志摩は兵制改革に興味を抱いていたらしい。
「それを受けて、我が手元にある西洋の兵法書を志摩殿にお貸ししていた次第でござる。志摩殿は従来の兵学と、その兵法書の知識を上手に組み合わされたというところでしょうか」
 掃部助の説明に、鳴海は納得した。どうやら掃部助は庭いじりなどに精を出しているだけでなく、西洋書を取り寄せるのにも熱心らしかった。今回鳴海を始めとする五番組の面々で不思議がっていたのが、少人数にも関わらず、あのように散開させた志摩の手法だった。日頃より部下との信頼関係が築けているからこそ取れた手法だったのだろうが、あの方法は各部隊の指揮官自身にも高度な戦略観が求められ、大将と情報共有されていなければならない。従来のように家格や兵組織に拘る老兵らには、受け入れるのが難しいのではないか。それを鳴海が指摘すると、浅尾は苦笑を浮かべて肯いた。
「鳴海殿の仰る通りです。それ故今回の擬戦は、西洋の兵法が必ずしも悪いものではないと、頭の固い者らを説得する格好の材料となりましょう」
「なるほど……」
 志摩に負けた鳴海としては、あまり気分のいいものではない。だが、己の感情は感情として、浅尾の説明は納得できるものがあった。
「国防は、我が藩としても取り組まねばならない課題ですからな。ただ、幕命だからといって必ずしも皆が即座に受け入れるわけではございませぬ」
 ここだけの話だが、と嘆息する浅尾や掃部助の言葉は身に沁みた。鳴海もゆくゆくは番頭として、それらの課題と向き合っていかねばならないだろう。尊攘派が現在主張している「鎖港」を貫こうとすれば、国防に必要な物資も知識も入ってこなくなるに違いない。これまでの守山の三浦らとの対峙や、藩内で蠢く尊攘派に思いを馳せ、鳴海は眉根を寄せた。
 そこへやってきたのは、志摩である。擬戦が終わった後の志摩はけろりとしたもので、即日、彦十郎家に右門を迎えに来たのだった。

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