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第二章 尊攘の波濤
竹ノ内擬戦(2)
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二人の間に、志摩が割って入ってきた。
「何か面白そうな話をしていますねえ、鳴海殿」
志摩も、よほど鬱憤がたまっているのだろうか。
「いっそ擬戦でもやらせてもらえれば、我々も経験が積めると思うのですけれど」
「擬戦?あの青田ケ原の演習のようにか?」
志摩の言葉に、心が動いた。現代風に言えば、模擬戦である。確かに志摩の言うように、二本松藩では安政二年から三年にかけて青田ケ原の演習場で大規模な演習を行った事例があった。一度につき千人ほどが参加し、そのときは先代の長富公や今は結城藩主となられた裕吉君の観覧があったと記憶している。
「あれほど大規模なのは無理でしょう。ですが小競り合いくらいの規模だったら、留守居役の者らでも演習できると思うんですよねえ」
そこへ志摩の背後の襖が開けられ、家老や番頭らが姿を見せた。途端に、与兵衛がぽかりと志摩の頭を殴る。
「あいたっ!父上、何をするんですか」
若干涙目になりながら、志摩が与兵衛に逆らった。
「痴れ者!お主という奴は……。藩兵の半数が出張している今、そのような余裕があるものか。全く、禄なことを考えぬ」
与兵衛が怒気をにじませた。鳴海も、思わず身を竦める。
「いやいや、与兵衛殿。ご子息のご提案は、悪しくはござらぬ」
意外にも、笑顔を作っているのは家老の一人である浅尾数馬介だった。
「昨年の夏に、幕命として我が藩にも西洋式の戦法を身に着けよとのお達しがございましたからな。追々切り替えて行くつもりではござるが、何分、西洋式戦法が如何様なものか拙者も掴めておらぬ部分が多い故、ご子息らに藩の研鑽に協力していただけるならば有り難い」
与兵衛が考え込む素振りを見せた。幕命によるお達しといえば、流石の与兵衛も、志摩の提案を考慮せざるを得ないのだろう。だが、その西洋の兵法とは如何なるものか、鳴海も雲を掴むような話である。
「丹波殿や和左衛門殿らが、また一説打たぬか?」
なるほど丹波はともかく、和左衛門はまたしても反対しそうではあった。
「恐らく丹波殿は反対するまい。和左衛門殿は、我らが説得致しまする」
普段は庭いじりや小鳥の飼育に精を出している丹羽掃部助も、脇から言い添えた。家老二人が後ろ盾となってくれるのであれば、心強い。掃部助は彦十郎家の隣人だが、擬戦に興味を示したのは意外でもあった。
「志摩殿。して、お相手は誰をご所望で?」
浅尾がにこやかに志摩に問うた。
「そりゃあ、鳴海殿に決まっているでしょう」
笑顔を向けられて、鳴海の心も浮き立った。家督を継いで以来兵学書は折々に目を通してきたが、それらの知識がどれほど我が身となっているのか、鳴海もそろそろ実感したいところである。
「こちらに異存はない」
からりと答える鳴海に、志摩は珍しく影のある微笑を向けた。
「右門にも、戦というものを覚えてもらわねば困りますから。ねえ、父上」
「それもそうか」
ようやく得心したのか、与兵衛も志摩の言葉に肯いた。志摩の弟の右門は、やはり五番組の配属となったのである。
「決まりでござるな。学館の兵学の調練ということで話を進めましょうか。場所は、竹之内の兵学調練所及びその周辺を手配すればよろしいでしょう」
浅尾は、てきぱきと段取りを決めていった。双方の準備期間は一旬余り。詳細が決まり次第、後で二人を学館に呼んで段取りを伝える。間もなく田植えの時期を迎えることから、農民らの迷惑とならぬように、田植えの始まる前に演習を済ませてしまうのが良いのではないか。浅尾が告げたのは、そのような内容だった。
「鳴海殿。手加減は無用ですからね」
真顔でそう告げた志摩に、鳴海はややたじろいだ。鳴海より年下の志摩は、幼い頃から鳴海の後をついて回って育ち、また、本家の総領という気安さから、鳴海は志摩に弟のような親愛の情を抱いている。だが、武将としての能力は気にしたことがなかった。どこかで、自分の方が優れているという自負があるのかもしれない。
「手加減などするものか」
内心の戸惑いを押し殺して負けじと言い返した鳴海に、志摩は再びいつも通りの笑顔を開いた。
「何か面白そうな話をしていますねえ、鳴海殿」
志摩も、よほど鬱憤がたまっているのだろうか。
「いっそ擬戦でもやらせてもらえれば、我々も経験が積めると思うのですけれど」
「擬戦?あの青田ケ原の演習のようにか?」
志摩の言葉に、心が動いた。現代風に言えば、模擬戦である。確かに志摩の言うように、二本松藩では安政二年から三年にかけて青田ケ原の演習場で大規模な演習を行った事例があった。一度につき千人ほどが参加し、そのときは先代の長富公や今は結城藩主となられた裕吉君の観覧があったと記憶している。
「あれほど大規模なのは無理でしょう。ですが小競り合いくらいの規模だったら、留守居役の者らでも演習できると思うんですよねえ」
そこへ志摩の背後の襖が開けられ、家老や番頭らが姿を見せた。途端に、与兵衛がぽかりと志摩の頭を殴る。
「あいたっ!父上、何をするんですか」
若干涙目になりながら、志摩が与兵衛に逆らった。
「痴れ者!お主という奴は……。藩兵の半数が出張している今、そのような余裕があるものか。全く、禄なことを考えぬ」
与兵衛が怒気をにじませた。鳴海も、思わず身を竦める。
「いやいや、与兵衛殿。ご子息のご提案は、悪しくはござらぬ」
意外にも、笑顔を作っているのは家老の一人である浅尾数馬介だった。
「昨年の夏に、幕命として我が藩にも西洋式の戦法を身に着けよとのお達しがございましたからな。追々切り替えて行くつもりではござるが、何分、西洋式戦法が如何様なものか拙者も掴めておらぬ部分が多い故、ご子息らに藩の研鑽に協力していただけるならば有り難い」
与兵衛が考え込む素振りを見せた。幕命によるお達しといえば、流石の与兵衛も、志摩の提案を考慮せざるを得ないのだろう。だが、その西洋の兵法とは如何なるものか、鳴海も雲を掴むような話である。
「丹波殿や和左衛門殿らが、また一説打たぬか?」
なるほど丹波はともかく、和左衛門はまたしても反対しそうではあった。
「恐らく丹波殿は反対するまい。和左衛門殿は、我らが説得致しまする」
普段は庭いじりや小鳥の飼育に精を出している丹羽掃部助も、脇から言い添えた。家老二人が後ろ盾となってくれるのであれば、心強い。掃部助は彦十郎家の隣人だが、擬戦に興味を示したのは意外でもあった。
「志摩殿。して、お相手は誰をご所望で?」
浅尾がにこやかに志摩に問うた。
「そりゃあ、鳴海殿に決まっているでしょう」
笑顔を向けられて、鳴海の心も浮き立った。家督を継いで以来兵学書は折々に目を通してきたが、それらの知識がどれほど我が身となっているのか、鳴海もそろそろ実感したいところである。
「こちらに異存はない」
からりと答える鳴海に、志摩は珍しく影のある微笑を向けた。
「右門にも、戦というものを覚えてもらわねば困りますから。ねえ、父上」
「それもそうか」
ようやく得心したのか、与兵衛も志摩の言葉に肯いた。志摩の弟の右門は、やはり五番組の配属となったのである。
「決まりでござるな。学館の兵学の調練ということで話を進めましょうか。場所は、竹之内の兵学調練所及びその周辺を手配すればよろしいでしょう」
浅尾は、てきぱきと段取りを決めていった。双方の準備期間は一旬余り。詳細が決まり次第、後で二人を学館に呼んで段取りを伝える。間もなく田植えの時期を迎えることから、農民らの迷惑とならぬように、田植えの始まる前に演習を済ませてしまうのが良いのではないか。浅尾が告げたのは、そのような内容だった。
「鳴海殿。手加減は無用ですからね」
真顔でそう告げた志摩に、鳴海はややたじろいだ。鳴海より年下の志摩は、幼い頃から鳴海の後をついて回って育ち、また、本家の総領という気安さから、鳴海は志摩に弟のような親愛の情を抱いている。だが、武将としての能力は気にしたことがなかった。どこかで、自分の方が優れているという自負があるのかもしれない。
「手加減などするものか」
内心の戸惑いを押し殺して負けじと言い返した鳴海に、志摩は再びいつも通りの笑顔を開いた。
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