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第一章 義士
律の調べ(4)
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御前会議が終わって邸宅へ戻ると、いつものように彦十郎家の面々が鳴海の帰りを出迎えてくれた。義父の水山、義母の玲子、妻のりん。そして、鳴海より一足先に城から帰宅していた義弟の衛守や志津、那津の姿もある。その中に、実父の養泉の姿はなかった。
「父上は?」
「また頭痛がすると仰って、臥せっておいでです」
玲子の言葉に、鳴海は思わず眉を顰めた。
遅くに出来た子である鳴海は、実質的には水山夫妻に育てられたようなものである。養泉は実父というより祖父のような存在だったが、それでも、鳴海を可愛がってくれたには違いない。やはり実父の病状は気にかかった。
「せめて、志津の晴れ姿はお目に掛けたいな」
鳴海の独り言に、当の志津もこくりと首を縦に振った。
「四郎様も、お祖父様には、できることならば祝言に出席して頂きたいそうです」
まだ嫁入り前であるが、志津はこのところしばしば内藤家に足を運び、嫁としての心得を教わってきているのだった。実質的には既に嫁扱いなのだが、大身同士の縁組であるから、両家で申し合わせ、きちんとした祝言を執り行うことになっていた。どうにか金銭のやりくりをつけて頼んだ志津の嫁入り道具も、既に彦十郎家に届けられていた。志津の祝言の日は数日後に迫っている。
それにしても、少し前までは、鳴海のりんへの扱いに容赦なく駄目出しをし、跳ね駒のようだった義妹が他人の妻になるのかと思うと、不思議な気分である。
「私は、娘が片付いてほっとしていますけれどね」
夕餉の後の団欒の席で、玲子はそう述べた。その席にりんはいない。今頃、隠居部屋のある離れで養泉のための粥を拵え、一匙ずつ食べさせているのだろう。りんの言葉数が少ないのは相変わらずだが、嫁としては完璧である。
「四郎殿は、優しくしてくれるか?」
「もちろん。四郎様は、鳴海兄様よりも素直な御方ですから」
長いこと妻に優しくしてやれなかった鳴海をからかうように、志津が笑った。
「生意気を言いおって」
義妹を軽く睨む鳴海の傍らで、衛守がぷっと吹き出した。今では、ようやく家族の面前でもりんに対して優しくできるようになった鳴海だが、かつては不器用そのものの接し方だった。他の家族に対しても、以前は食事が終わるとさっさと自室に引き取っていたのだが、この頃は、家長となるという自覚も手伝って、できるだけ彼らとの会話の機会を設けるようにしている。
話題はそのまま、長国公の話題に移っていった。
鳴海自身も、義妹を嫁がせようとしていることや、自身が思いがけず彦十郎家を継ぐことになったなど、公の家庭事情に、自分の身も重ね合わせずにはいられなかった。
「鳴海兄様は、照子姫にお目もじしたことがあるんでしたっけ?」
「いや。ほとんどないな」
「そうですか……。ですが、女の定めとはいえ、遠くに嫁がれるのは寂しいでしょうね」
その言葉に、那津が肯いた。
「私共家臣らは同じ家中へ嫁ぐか、せいぜい隣藩への輿入れですけれども、公の御息女となると、遠くへの縁組が当然ですものね。御降嫁でない限りは」
那津がしみじみとそう言うと、水山が咳払いをした。
「そうは言うがな、那津。お前も、そろそろ十五だ。相手を見つけねばならぬだろう」
その言葉に、那津がきょとんとした表情を見せた。まだ、自分が嫁に行くとは想像してなかったという顔である。
「水山様の仰る通りだな、那津」
鳴海はそう言いながらも、困惑した。果たして、現在の二本松家中に那津と釣り合う年頃の男がいただろうか。そもそも、水山も隠居の身であるから、那津の相手探しは自分か衛守の役割である。それを思うと、何やらこそばゆい。
「お言葉ですが。那津の縁組よりも、鳴海さんとりんさんの御子の方が先だと私は思いますよ」
玲子の言葉に、鳴海は飲みかけていた茶に噎せた。一体何を言い出すのか。目を白黒させ、鳴海は顔を真っ赤に染めた。
「は、義母上……」
この義母はからかっているのか、本気なのか。だが、その義母の側にいる水山も、「そういえば」と表情を改めた。
「縫殿助のように、跡継ぎを残さずにこの世を去ってしまうのは、親不孝であろう」
それを言われると、鳴海も弱い。だが、こればかりは鳴海一人でどうにかなる問題ではないのだ。
「まあまあ、父上。りん様はまだお若いのですから、兄上の頑張り次第ではないでしょうか」
軽く流した衛守のことも、鳴海は睨みつけた。その言い方は、まるで鳴海が不甲斐ないような言い草ではないか。憎たらしいことに、衛守は澄ました顔をして、自分の茶を啜っている。
そこへ当のりんが顔を覗かせた。
「鳴海様。お父上がお呼びです」
「父上は?」
「また頭痛がすると仰って、臥せっておいでです」
玲子の言葉に、鳴海は思わず眉を顰めた。
遅くに出来た子である鳴海は、実質的には水山夫妻に育てられたようなものである。養泉は実父というより祖父のような存在だったが、それでも、鳴海を可愛がってくれたには違いない。やはり実父の病状は気にかかった。
「せめて、志津の晴れ姿はお目に掛けたいな」
鳴海の独り言に、当の志津もこくりと首を縦に振った。
「四郎様も、お祖父様には、できることならば祝言に出席して頂きたいそうです」
まだ嫁入り前であるが、志津はこのところしばしば内藤家に足を運び、嫁としての心得を教わってきているのだった。実質的には既に嫁扱いなのだが、大身同士の縁組であるから、両家で申し合わせ、きちんとした祝言を執り行うことになっていた。どうにか金銭のやりくりをつけて頼んだ志津の嫁入り道具も、既に彦十郎家に届けられていた。志津の祝言の日は数日後に迫っている。
それにしても、少し前までは、鳴海のりんへの扱いに容赦なく駄目出しをし、跳ね駒のようだった義妹が他人の妻になるのかと思うと、不思議な気分である。
「私は、娘が片付いてほっとしていますけれどね」
夕餉の後の団欒の席で、玲子はそう述べた。その席にりんはいない。今頃、隠居部屋のある離れで養泉のための粥を拵え、一匙ずつ食べさせているのだろう。りんの言葉数が少ないのは相変わらずだが、嫁としては完璧である。
「四郎殿は、優しくしてくれるか?」
「もちろん。四郎様は、鳴海兄様よりも素直な御方ですから」
長いこと妻に優しくしてやれなかった鳴海をからかうように、志津が笑った。
「生意気を言いおって」
義妹を軽く睨む鳴海の傍らで、衛守がぷっと吹き出した。今では、ようやく家族の面前でもりんに対して優しくできるようになった鳴海だが、かつては不器用そのものの接し方だった。他の家族に対しても、以前は食事が終わるとさっさと自室に引き取っていたのだが、この頃は、家長となるという自覚も手伝って、できるだけ彼らとの会話の機会を設けるようにしている。
話題はそのまま、長国公の話題に移っていった。
鳴海自身も、義妹を嫁がせようとしていることや、自身が思いがけず彦十郎家を継ぐことになったなど、公の家庭事情に、自分の身も重ね合わせずにはいられなかった。
「鳴海兄様は、照子姫にお目もじしたことがあるんでしたっけ?」
「いや。ほとんどないな」
「そうですか……。ですが、女の定めとはいえ、遠くに嫁がれるのは寂しいでしょうね」
その言葉に、那津が肯いた。
「私共家臣らは同じ家中へ嫁ぐか、せいぜい隣藩への輿入れですけれども、公の御息女となると、遠くへの縁組が当然ですものね。御降嫁でない限りは」
那津がしみじみとそう言うと、水山が咳払いをした。
「そうは言うがな、那津。お前も、そろそろ十五だ。相手を見つけねばならぬだろう」
その言葉に、那津がきょとんとした表情を見せた。まだ、自分が嫁に行くとは想像してなかったという顔である。
「水山様の仰る通りだな、那津」
鳴海はそう言いながらも、困惑した。果たして、現在の二本松家中に那津と釣り合う年頃の男がいただろうか。そもそも、水山も隠居の身であるから、那津の相手探しは自分か衛守の役割である。それを思うと、何やらこそばゆい。
「お言葉ですが。那津の縁組よりも、鳴海さんとりんさんの御子の方が先だと私は思いますよ」
玲子の言葉に、鳴海は飲みかけていた茶に噎せた。一体何を言い出すのか。目を白黒させ、鳴海は顔を真っ赤に染めた。
「は、義母上……」
この義母はからかっているのか、本気なのか。だが、その義母の側にいる水山も、「そういえば」と表情を改めた。
「縫殿助のように、跡継ぎを残さずにこの世を去ってしまうのは、親不孝であろう」
それを言われると、鳴海も弱い。だが、こればかりは鳴海一人でどうにかなる問題ではないのだ。
「まあまあ、父上。りん様はまだお若いのですから、兄上の頑張り次第ではないでしょうか」
軽く流した衛守のことも、鳴海は睨みつけた。その言い方は、まるで鳴海が不甲斐ないような言い草ではないか。憎たらしいことに、衛守は澄ました顔をして、自分の茶を啜っている。
そこへ当のりんが顔を覗かせた。
「鳴海様。お父上がお呼びです」
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