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第一章 義士
北条谷談義(5)
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辻まで来ると、十右衛門は後ろをちらりと振り返って、歩みを止めた。
「先程の清介殿のあれは、我々への牽制だな」
十右衛門の言葉は、鳴海にとって意外だった。鳴海は、眉を上げた。
清介が鳴海に牽制を仕掛けたのは、まだわかる。恐らく清介は、鳴海が丹波の命を受けて芳之助の周辺を探っていたのを知っているだろう。また清介は、芳之助とも勤皇思想の点では交わりがあったに違いない。勤皇思想の持ち主らは、身分の差を超えてつながりが強いのは、鳴海もよく知っている。清介と芳之助が結びついていても、何ら不思議ではない。だが、十右衛門に対する牽制というのは、どういうことか。
「我が甥の義彰は、先程兄上が仰っていた忿速、廉潔、愛民の士のところがある。愛民は我が父の影響もあろうが、守山の平八郎殿も、確かに我が家にも顔を出したことがある。義彰がかの御仁に、水戸の愛民謝農の考えを吹き込まれていても、おかしくない」
自身の甥だからか、十右衛門はあっさりと甥の諱、そして批判を口にした。番頭や詰番らが集められた席で、樽井が「二本松の三浦と守山の三浦が遠い親戚だ」と述べていたのは、やはり事実だったのか。先日、和左衛門は「三浦権太夫は江戸に行っているのだから無関係」と述べていたが、あの言葉はやはりそのまま受け取るわけにはいかないだろう。
それにしても、十右衛門の甥に対する態度は、案外そっけない。
「お主は、甥御を庇ってはやらぬのか」
「あれは、やりすぎだ。二月の殿への直訴は、単純に義彰の義憤からのものだとは思う。だが、裏で守山の三浦が糸を引いている可能性も、否定できぬ。それを制御できない儂をも、清介殿は責めたかったのだろう」
十右衛門の言葉は、まだ鳴海が知らない事情があることを、匂わせていた。
「さすがに清介殿も、二本松が滅びて良いとは考えておらぬからこそ、儂を牽制したのと見受けた。今のうちに、身内で何とかせよと。清介らは、勤皇党は勤皇党だ。だが、義彰のような無鉄砲な真似は慎む知恵はあり、もう少し穏やかに事を変えていきたいと考えているのだろう」
苦々しげに、十右衛門が吐き捨てた。
やはり、藩内の勤皇党の中には過激派もいるかもしれないということか。
親子でありながら、父子で思想が異なる丹羽和左衛門と新十郎。さらに、同族であり、一見共に丹波を見限っているようでありながらも、その行動を異にする三浦十右衛門と権太夫。
これらの対立を影で操っているとしたら、守山の三浦平八郎は、相当に手強い人物だ。振り返ってみれば、あの脱藩騒ぎのとき、三浦平八郎はまださほど外部に知られていない鳴海の名を知っていた。その一事を取っても、早くから二本松に間を入れていたに違いない。それこそ、「戦わずして勝つ」ために。そして、自分らの同士を増やすために。
そこまで考えて、鳴海ははたと行き詰まった。仮に、守山の三浦平八郎、もとい水戸の勤皇党が二本松の勤皇党を引き入れたいとしたならば、その目的は何なのか。最終的な政治判断は家老らに任せるとしても、その目的を知り、備えを万全にする必要はある。万が一に備えて組の者らを率いるのは、鳴海の役割だ。
水戸が藩是として幕府を見限り、尊皇に傾いたとしたら、二本松はどうなるか。それを読むためには、まだ情報が足りない。
考え込んでいる鳴海を、十右衛門は興味深く見つめていた。
先程の平助との会話ではないが、今までの鳴海は武勇ばかりが喧伝されがちだった。だが、兄との会話を通じて鳴海が洞察力にも優れているのを目の当たりにしたとき、確かにこの男は将に向いていると感じた。もっとも、まだまだ足りないところはある。
「鳴海殿。一つ、儂からも忠告しておこう」
からかいを含んだ旧友の言葉に、鳴海は顔を上げた。
「先程のお主の清介殿に対する言動は、まだ嫌悪の感情が剥き出しだったぞ。あれは、兄者に直してもらうが良い」
そう言われては、是非もない。鳴海も、十右衛門の言葉に苦笑いで答えた。
「先程の清介殿のあれは、我々への牽制だな」
十右衛門の言葉は、鳴海にとって意外だった。鳴海は、眉を上げた。
清介が鳴海に牽制を仕掛けたのは、まだわかる。恐らく清介は、鳴海が丹波の命を受けて芳之助の周辺を探っていたのを知っているだろう。また清介は、芳之助とも勤皇思想の点では交わりがあったに違いない。勤皇思想の持ち主らは、身分の差を超えてつながりが強いのは、鳴海もよく知っている。清介と芳之助が結びついていても、何ら不思議ではない。だが、十右衛門に対する牽制というのは、どういうことか。
「我が甥の義彰は、先程兄上が仰っていた忿速、廉潔、愛民の士のところがある。愛民は我が父の影響もあろうが、守山の平八郎殿も、確かに我が家にも顔を出したことがある。義彰がかの御仁に、水戸の愛民謝農の考えを吹き込まれていても、おかしくない」
自身の甥だからか、十右衛門はあっさりと甥の諱、そして批判を口にした。番頭や詰番らが集められた席で、樽井が「二本松の三浦と守山の三浦が遠い親戚だ」と述べていたのは、やはり事実だったのか。先日、和左衛門は「三浦権太夫は江戸に行っているのだから無関係」と述べていたが、あの言葉はやはりそのまま受け取るわけにはいかないだろう。
それにしても、十右衛門の甥に対する態度は、案外そっけない。
「お主は、甥御を庇ってはやらぬのか」
「あれは、やりすぎだ。二月の殿への直訴は、単純に義彰の義憤からのものだとは思う。だが、裏で守山の三浦が糸を引いている可能性も、否定できぬ。それを制御できない儂をも、清介殿は責めたかったのだろう」
十右衛門の言葉は、まだ鳴海が知らない事情があることを、匂わせていた。
「さすがに清介殿も、二本松が滅びて良いとは考えておらぬからこそ、儂を牽制したのと見受けた。今のうちに、身内で何とかせよと。清介らは、勤皇党は勤皇党だ。だが、義彰のような無鉄砲な真似は慎む知恵はあり、もう少し穏やかに事を変えていきたいと考えているのだろう」
苦々しげに、十右衛門が吐き捨てた。
やはり、藩内の勤皇党の中には過激派もいるかもしれないということか。
親子でありながら、父子で思想が異なる丹羽和左衛門と新十郎。さらに、同族であり、一見共に丹波を見限っているようでありながらも、その行動を異にする三浦十右衛門と権太夫。
これらの対立を影で操っているとしたら、守山の三浦平八郎は、相当に手強い人物だ。振り返ってみれば、あの脱藩騒ぎのとき、三浦平八郎はまださほど外部に知られていない鳴海の名を知っていた。その一事を取っても、早くから二本松に間を入れていたに違いない。それこそ、「戦わずして勝つ」ために。そして、自分らの同士を増やすために。
そこまで考えて、鳴海ははたと行き詰まった。仮に、守山の三浦平八郎、もとい水戸の勤皇党が二本松の勤皇党を引き入れたいとしたならば、その目的は何なのか。最終的な政治判断は家老らに任せるとしても、その目的を知り、備えを万全にする必要はある。万が一に備えて組の者らを率いるのは、鳴海の役割だ。
水戸が藩是として幕府を見限り、尊皇に傾いたとしたら、二本松はどうなるか。それを読むためには、まだ情報が足りない。
考え込んでいる鳴海を、十右衛門は興味深く見つめていた。
先程の平助との会話ではないが、今までの鳴海は武勇ばかりが喧伝されがちだった。だが、兄との会話を通じて鳴海が洞察力にも優れているのを目の当たりにしたとき、確かにこの男は将に向いていると感じた。もっとも、まだまだ足りないところはある。
「鳴海殿。一つ、儂からも忠告しておこう」
からかいを含んだ旧友の言葉に、鳴海は顔を上げた。
「先程のお主の清介殿に対する言動は、まだ嫌悪の感情が剥き出しだったぞ。あれは、兄者に直してもらうが良い」
そう言われては、是非もない。鳴海も、十右衛門の言葉に苦笑いで答えた。
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