さかな人間

ふわってィ

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終わりから始めよう

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 薄暗い月明かりの中、激しく息をあげる若い女がいた。腕を振り、足を振り上げ、立ち止まりそうになりながら必死に『生』に食らいついていた。
 今はまだに追いつかれてはないものの、そう簡単にうまくいかないのが人生というものだ。必死で『死』から逃げ続けていると、そのうち気が付けば角に追い込まれていた。
「なんでよっ! なんで私なのよ!」
 追ってくる影に背を向け、壁を叩き続ける。腕の振動に合わせて、溜まった涙が零れ落ちる。
「ありがとう……」
 初めて聞いた声に驚嘆し、振り返る。
「私の……」
「い……いやだ……た、助け……!」
「栄養になってくれて!」


 四奈川中学校、潔白の校舎に設置された数々の教室の一室。ここでも、多種多様な人の声で、騒がしかった。
「……ねっ! 聞いた? 今朝のニュース」
「あ? なんだよ宇生太うおた
 彼の名は信乃しのうけん。四奈川中学の一年生。頬杖を付いて眉をひそめているのがそうだ。先程、非常に良い眠りだったのを無理に起こされたので、機嫌が悪い。
 起こしたのは坂奈さかな宇生太うおた。賢とは小さい頃からの顔馴染みで、いわゆる幼馴染みというやつだ。
「なんか、昨日の夜にジョギングしてたJC……あ、女子中学生ね? うん。が、何者かに殺されたらしいんだ」
「ふーん」
「まだ続きがあってね? ……その子、何故か身体中の血液という血液が丸々無くなってたんだ……一滴たりとも」
「……なんだそれ。犯人、趣味わりーな」
「わくわくしんね?  鳥肌立つう!」
「今の話のどこにわくわく要素があるんだよ」
「むう……。……まあ、賢が興味あるのは染香ちゃんだけ、だもんねー」
「んなッ!」
 大きな声と大きな椅子の音を立てたからか、静まったクラス中が賢に注目する。決まり悪そうに、椅子に腰掛けながら頬を染める。
「あッ! 照れてる? 照れちゃってるー?」
「うるせぇ!」
 本気で殴りにかかったその拳は、見事なまでに風を切った。
「でもさあ、染香ちゃん……モテるよね」
「え」
「今のうちに、ゲェッッツ! しとかないと」
「ゲッツって……」
「ゲェッッツ」


 家に帰り、誰も居ない空間に「ただいま」と伝え、二階の自分の部屋へ移動した。
 鞄を投げ出し、脱力感とともに背面からベッドに沈む。深いため息を立て、天井とにらめっこをしていると、今日の会話が蘇る。
『染香ちゃん……モテるよね』
『今のうちに、ゲェッッツ! しとかないと』
『ゲッツって……』
『ゲェッッツ』

 結局その日も、その次の日も悩んだ。このまま誰かのモノになってしまっていいのか、自分以外の誰かに汚させていいものか。
 だがその翌日、賢は決めた。
 士昌ししょう 染香せんかうことを。朝一番で伝えることを。
 朝からの曇天は、彼をより不安にさせた。
 だが、それでも震えた足を押し出す。前へと進むしかないのだ。


 玄関先、下駄箱に勢いよく靴を入れ、音良く蓋を閉じる。自分を元気付けるのだ。いつでもえるように。
 よし、と左を向くと、まさか。
 まさか、もう早速出くわすとは思わなかった。
「……染香」
「ん? ああ賢。おはよ、どしたの」
「え? あっいや……その」
 見つけた反動で彼女に声を掛けたものの、どう話を切り出せばいいのか分からない。
 焦りに身を任せることもできない、そんな賢をじっと見つめているのは何かを待たされる染香。
 他生徒から、二人は奇妙な目で見られていたのだが、お互い二人だけの世界観に浸っていたため、殆ど気付かなかった。
「あの……さ」
 そこで先に切り出したのは、賢だった。
「うん」
 唾を飲み込む。
「実はっ!」
『おはようございます、今日の朝会は、体育館で行います。校内の生徒は直ちに全員、体育館に集合してください』
 失敗した。
 なんだか少したどたどしい空気が。
「……あー行かないと。後でいいっ?」
「……おう」
 返事も聞かず走り出す後ろ姿に、掻きむしること数秒。
「──ッあのさっ!」
 走り出して自分から三mか四m程離れた少女を引き留める。
「あの……さ、ほ、放課後! 放課後、話あるから……教室で待っとけよ」
「……うん」
 振り向かずに走っていったその背中を見つめ、心配になりつつも、賢もそのあとを追った。


 大きな体育館に多少の余裕を持って敷き詰まる、大勢の生徒。目線が高いステージに上がっているのは校長と見知らぬ男が一人。他の教師は生徒と同じ目線でいる。
「ねぇ、何があるのかな、賢」
「知らね。またハゲタヌキが偉い人に媚び売るんだろ」
「プッ!」
「そこおッ! 静かにせんかい!」
 思わず吹き出した宇生太は、指差しで叱られた。
「すいませーん!」
宇生太が大きな声を上げるその隣で、賢は笑いをこらえるのに必死だった。
「……怒られてやんの」
「賢がハゲタヌキなんて言うからーッ」
 内緒話をするくらいの大きさで宇生太は抗議をするが、それを隣で悪びれた感じもせずにはにかむ賢。
「……それにしても、また今回は大層なお方ですなぁ」
「あの人か?」
「うん」
「そうなのか? よく知らねえけど……知ってんの?」
「え、あ、うん、ちょっと……ね」
 すぐにその話題の人物が咳払いをする。教壇にあるマイクを手に取ると、少し息を吸いこんだ。
「えー、私の名は遡名さかな硫黄いおう。この校長先生の紹介通り、見た目通り、さかな人間だ」
 長々と、興味も無い設定話を聞かされ、欠伸が出そうだ。ちらと宇生太に目をやると、宇生太も怪訝な、複雑な顔で眺めていた。
「──して我々は、種族の違いの壁等、乗り越えて見せようと思うのだ」
 校長だけが拍手喝采、ちらほらと教師、そして生徒も空気を読んで拍手を送った。
 ほとぼりが冷めると、硫黄は指を鳴らした。指パッチンで呼び出されたのは、どこに隠れていたのか、ステージいっぱいのさかな人間。
「紹介しよう。私の部下だ。まあそれで……何故、私がここに来たのかと言うとだね? まあ……手短に言えば……」

 静かな体育館に響き渡る何かの効果音。

 椅子ごと後ろに倒れたのは、一番前列、右から二番目の男子生徒だった。
「え……」
 即死だった。脳味噌を撃たれ、死因は紛れもなく拳銃。効果音の正体でもある。
「これから、この体育館を美しく染め直そうと思ってる。……貴公達の、鮮血で」
 瞬く間もなく大勢の生徒と校長以外の全教師が撃ち殺された。
 頭を抱えた女子生徒が悲鳴を上げ、撃たれる。
「ちょっ、ちょっと遡名さん!? 生徒になんてことをッ……! 貴方は一体何を考えて──」
「撃て」
「んなっ……!」
「……魚意」
 批判した校長にまで弾丸を浴びせる。
「ああ……言ってないから、な」
 ステージの上に新鮮な死体が一体、生まれた。じわじわと広がる黒ずんだ赤い血をその黒い革靴の踏み場にしている。
「汚い。汚いぞ……こんな汚い血は、生まれて初めて見たぞ。……こんなのは、飲む気になどなれぬ」
 鈍く深いため息混じりに呟きながら、死骸のスーツに足裏を擦り付ける。青黒いスーツに、靴底の柄の血がこびりついた。
 そしてまた指を鳴らし椅子を持ってこさせるように顎で促す。

「に……」

「逃げろおおおッ!」
 我に返った誰かが叫んだ。
 その誰かの掛け声で一斉に生徒達は走り出した。
 賢もその内の一人だった。賢の後ろから悲鳴と生温い液体が飛び散る音がする。耳を塞ぎたい。聞きたくない。あんなになりたくない。──死にたくない。
 賢は、なんとか振り向かないようにして走る。そしてふと、見覚えのある隣に声を掛ける。
「大丈夫かッ? 染香!」
「あったりまえじゃない! こんなの! ……じゃなきゃバスケ部なんてやってられっか! 絶対……生き延びる──」
 この時の銃声は、これまでで一番体育館内に、脳内に鳴り響いた気がした。
 崩れたのは、隣を走っていた染香だった。
「……染香!?」
 足が立ち止まる。
「染香ッ! ……おいッ……おいいッ!!」
 何度問いかけても染香は答えない。心臓を撃ち抜かれ、即死だった。賢の手の中には亡骸となってしまった染香とその染香の赤い遺品が残っていた。
 首が項垂れ、反応を示さない、染香の変わり果てた姿に、涙が止まらない。それでも、賢は諦めない。諦めたくなかった。その現実を受け入れたくなかった。
 揺さぶり続けて数秒、耳障りな音が頬を掠める。それでも揺さぶるのを止めることができなかった。
「けーーん! 逃げろッ!」
「うるせぇ! 染香がッ! 染香がいるんだ! 置いていくわけにはッ!」
「染香ちゃっ……?」
 その時、を目の当たりにした宇生太の目が泳ぎ、言葉が途切れた。
「……染香ちゃんはッ! ……染香ちゃんは……」
「うるせぇ! ……分かってる……分かってる……ッ」
 その先を言わせたくないとばかりに、駆け寄った宇生太はその頬を弾いた。その手は、震えていた。
 次の瞬間、我に返ったように目が冴える。涙を擦り、賢は走り出す。
「……すまねえッ」
 置き手紙のように、謝罪を告げて。


 幸いにも、さかな人間はその時は体育館外までは追ってこなかったし、体育館外にもまだいなかったので、校舎外へは簡単に出られた。そして校舎から出られたのは、賢を含む五人の生徒だった。
 ひとまず移動しようという賢の判断で、グラウンドの隅の体育倉庫の裏に移動した。
 思えばその判断は正しかったと思う。直後、さかな人間達がこぞって校舎から出てきた。
 体育倉庫の裏、沈黙の間が続くこと数分。
「もう……なんで殺されかけなきゃなんないの?」
 一際目立つ女が沈黙を破った。
「あと……誰よアンタら!」
 交互に賢と宇生太を指した。その様子だと、女は三人とも顔見知りなのだろう。
「まず自分から名乗れ」
「……アタシは、大内おおうち花奈はな、一年。はい!」
「僕は遡名宇生太、同じく一年でありますっ!」
「俺は信乃賢。俺も一年」
桜良さくら二凪にいな、一年」
「えっ……と、古西野ふるにの愛央あおで、あの、一年です」
「さて、どうする?」
「決まってんだろ……あれを倒す!」
「……キミ何言ってんの? 自己紹介が済んだ、じゃあ倒すって。段階ってモノを知らないの? 大体あいつらの何も分かってないのに、倒すだ? 無茶にも馬鹿にも程がある。信乃……だっけ。死にたいの?」
「いや、死にたくない」
「はあ? 何それ意味わかんない」
「……染香の……仇だ」
「はあ。好きな子死んじゃったんだ。ふーん……今関係ないよね? 恋心に駆られて無駄死にするのは止めて。今は情報や人手が欲しいんだから。まあそれでも、今からそれやるって言うなら……キミひとりでやって? キミの自己満足に、こっちまで巻き込まれたんじゃ溜まったもんじゃないし」
「ああ……そのつもりだ、桜良」
「良かった、じゃあどうぞ」
「無茶だッ! 賢ッ!」
「うるせえ宇生太……ッ」
 その震えた声と目と腕にはもう、打倒の念が燃え上がってしまっていた。
「俺は……あいつの……仇を……ッ!」
「賢ッ!!」
 止めようと伸ばす手は彼には届かず、彼は、叫びながら飛び出した。目標ターゲットを決め、そして真っ直ぐに特攻。手のひらサイズの石ころ片手に。
 振り返るさかな人間は、彼を恐れるどころか両手を広げ、受け入れようとして。石ころを持った手を強く掴み、思いっきり噛み付き、引きちぎった。
「ぐああああああああああああああッ!!」
 すかさず振りほどき、しゃがみ込んだがもうその腕はない。
 賢の右腕を美味しそうに咀嚼し味わい、分厚い唇をなぞるように舌なめずりする。
「んわあ……こんなに美味しいって……もしやアンタ、恋してたの?」
 そんなさかな人間を鋭く睨む片腕のない人。
「いやーんこっわーッ……はあ、そんなにみつめられたら……」
「もっと食べたくなっチャァアウゥウ!」
「そうはさせるかッ!」
 二人の間に、無謀の拳に出た、男がいた。拳一つで乗り込んできたのだ。振り向く隙も与えずに何かをし、さかな人間を倒した。
 分からない。ただ、目の前の欲情に塗れたゲスが倒れたとしか……分からない。
「宇生……太?」
「……実はね? さかな人間は……この背骨に強い衝撃を受けると、動けなくなるんだ。一時的だけど」
 目の前にいるさかな人間の背骨に指を置き、解説する。白と黒の瞳と重い口を運んで。
「あと……」
 そう呟いて、さかな人間の腰にある拳銃を奪い、何かを確認して、引き金に手を掛ける。そして、まだ少し動くさかな人間へ向けて引き金を引いた。これまでで一番近くで聞く銃声は、痛かった。
 自分の頭に響くのと、自分の親友が殺しを犯したのとで……。
「さかな人間って、どこを損傷してもすぐ回復するんだけどね、ここを少しでも損傷すると回復できなくなって……死んじゃうんだ」
 最初と最後を強調して、真っ赤に染めたその右手で背骨を指す。
「理由は分かんないけど……」
「……なんで、知ってんだよ」
「……仇を取ろう!」
「えっおい!」
 止めようと伸ばす手は彼には届かず、彼は一人でグラウンド中のさかな人間を一掃すると、何個か奪った拳銃を、賢へと渡した。飛んできた二本の拳銃をなんとか受け取る。
 何か悩んだ様子だったが、覚悟を決めた。宇生太と共に行く道を選んだのだ。そんな様子を眺める女子三人組。
「きっと、大丈夫だよね……」
「知らない! あんな奴ら!」
「別に関係ないから」
 だが、二人は着実に駒を進めていた。やはり校舎内には信じられないほどいたが、最低限の殺傷に留めておいた。
 二人は廊下を駆け抜ける間に、少しだけ話をした。
「日本中大パニックだったりするのかな」とか。
「ここだけだろ」とか。
「もう僕達だけだったらどうしよう」とか。
「どうもしねえよ」とか。
「もうそろそろ体育館だな」とか。
「そうだね」とか。
「……生きるぞ。生きて帰るぞ」とか。
「……そうだね」とか。
 最期だと思うと、やはりそんな話しか出てこない。
 そして、勢いよくドアの先へと足を踏み入れた。もう戻れないかもしれないと覚悟して。
 それからはもう、生きるか死ぬかの綱渡りだった。こちらに向かってくるさかな人間達に向け、思いっきり撃ちまくった。
 こちらは片腕なのだ。それに捕食される可能性もある、弱者の立場。遠慮はいらない。
 当然のように飛び散る血潮。時々失敗して眼球を吹っ飛ばす時もあった。
 背後をとるのは困難であったからだ。
 それでも、死体を足蹴にしてでも、生きたかったのだ。討ちたかったのだ。
 戦い始めて数分、残りは遡名硫黄、ただ一人だけとなった。部下達が倒されるのには目もくれず、手の中にあるグラスを揺らし、鮮やかな赤い液体に見蕩れる。
「おい、さかな」
 その姿に怒りを覚えた賢は、強めに硫黄を睨む。異様にその液体には見覚えがあったのだ。
「若いものはいい……特に女子おなごのモノは。瑞々しくて滑らかで、酸味の中に少し甘味がある、この味わいは。この芳醇な香りは。……この女子、恋をしていたのだな? 素直になりたくてなれない、思春期の初々しい恋、か。やはりこの女子にしてよかった」
 口元を緩め、その液体に口を付ける。
「さかなァッ! ッ……、それは染香だろがああああッ!」
「この女子の事か? そうか、センカか……いい名だな」
「あれが……染香ちゃんッ!? そんな……ッ」
 宇生太の言葉を遮るように、左腕を伸ばし、硫黄へと標準を変える。
「さかなあッ! 今ここで死ねえ!」
 怒りに身を任せ、ステージに飛び乗る。優雅な背後へ回り込み、その背骨へ向けて銃口を向ける。何度も何度もトリガーを引くが、
「クソッ……! クソッ……!」
 戦いの中、あれだけ弾を使っていれば、マシンガンではないのだから、すぐに無くなるのは当然の事。ヤケになって使用済みの拳銃を投げる。
「私を倒すというのか? 貴公が?」
 口元に拳を当てて笑い出す、硫黄。
「……笑わせるなよ若僧」
 笑から一転して、冷却な瞳に変わった。硫黄のその瞳に睨まれた賢は、背筋が凍ったように動かなくなる。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。
「貴公のような若僧に、私が倒せるとでも? そんな戯言は一人前以上になってから申せ!」
「くっ……!」
 あまりの圧力に、尻込む。
 だが気後れしては駄目だと、本能に抗い、反発し、賢はもう一歩前へ出る。
「俺は確かに一人前じゃない。三人前以下かもしれない。だが、それでも……お前を倒す!」
「面白い……やってみろ!」
「うおおおおおおおおおおッ!」
 叫びながら、特攻する賢。勿論素手だ。何度も何度も殴り、殴り、殴った。
 だが全て回避され、逆に溝落に何発も食らった。
 三発貰ったところで、遂に膝から崩れ落ち、頭を靴底で地面に叩き付けられる。ぐりぐりとやられながら、誇りなど糞にされながらもその目は死んでいない。
「……その目は嫌いじゃない、が」
 倒れてもなお、それでも闘志を燃やし続けている。
「……どれほど想いが強かろうが、貴公は三流以下なのだ。これは遊びゲームではない! 現実を……敗北を知るがいい!」
「う……るせ……」
 それだけ残したが、厚い靴底の踵で踵下ろしを受けると、力尽きたようで、賢は気を失った。
「……やれやれ、賢はしょうがないなあ」
 残ったのは、宇生太。
「……まだ、居たのか。貴公もその血……捧げてもらおうか?」
 先程までの緩い雰囲気が、変わった。
「この俺に楯突くつもりか、無礼者」
「貴公の方が無礼であろう? 人間。私は軍備、財力、全てにおいて人間を上回る技術を持つさかな人間……軍の頂点である最高司令官を支える右腕、遡名硫黄であるぞ」
「これでも、か?」
 髪の毛を耳にかけ、を見せつける。揺れるを見た瞬間に、優勢だった顔色が、ぐんぐん悪くなっていく。
「なぜ貴公がそれを持っているッ? その飾りは、その紋章は……ッ! まさかッ!」
「分かったか? この紋章の持ち主が一体どんな家柄なのか……」
「では貴公がッ? ならば何故その様な体を──いや、まさかあのは成功しているのかッ?」
 驚愕を隠そうとせず、自身でどうにか納得しようとする硫黄の側へ歩いて行く。ステージをよじ登り、腰から拳銃を抜きながら、安全装置を外しながら近寄る。
「そんなこと……関係ないだろう」
 準備万端の拳銃を、その眼前に突きつける。彼の表情は、硫黄のそれよりも冷酷だった。
「……これから死にゆくものには、な」
 銃声がして間もなく、何かが倒れた音と、何かが割れた音が館内に響いた。


  エコーがかかったようなぼやけた声が、何処からか聞こえてくる。そして段々大きくはっきりしてきて……。
「賢ッ!」
 目が覚めると、目の前に心配そうな宇生太の顔があった。もう目と鼻の先だ。
「宇生太。……どうし、たんだ?」
「よかった、気が付いて……」
「あつっ……」
 どうやら気絶していたらしい。頭が締め付けられているかのような痛みが走る。
「ここは? ッアイツは? 硫黄アイツはどこだ!」
「落ち着いてッ! ここは、体育館。それで、アイツは、その」
「え? 倒したのか……?」
「いや……」
「……?」
「……いきなりね! 仮面を被った誰かがやって来て、スパーッんってやっつけたんだ! いやぁー凄かったよ! アニメみたいでさ! すんごい鳥肌立った!」
 ステージ上には、自分と宇生太、そして違う影が倒れて見えた。
「……そうか、俺は……負けたんだな」
「賢……」
「くっ……」
 悔しい。どうしようもなく悔しい。大切な人を、その仇を、取ることが出来なかった。
「……強く……なりたい」

「……強く! なりたいッ!」

 いきなり立ち上がり、叫ぶ賢を目の当たりにして、戸惑っていた宇生太だったが、次第に口角を上げ、高らかに笑った。
「ん、なんだよ」
「いや、漫画とかならここで『俺達の冒険はまだまだ続く!』とか言ってそうだなーって、思って」
「……ははっ。違いねえや」
「始まってもないんだけどね」
 だから、彼等の冒険は、これから始まる。
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