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婚約破棄されたばかりのあの第一王子に、新たに婚約者が出来たという話は、瞬く間に世間に広まった。第一王子、ルズシードが地味というのは、もう世間に定着している。そんな人と婚約をするなんて、と今度はどんな方なのだろうと、婚約披露宴に招待された人々は皆、こぞって参加した。メリアンネやジュディも、辱めてやろうという魂胆を隠し、参加することにした。
「……はあ」
一方、重苦しい胸中のフィリア。ウィルトン家宅の自室の、ドレッサーの前で椅子に座り、肩を落としてあからさまに落ち込んでいた。
フィリアが地味目で良いと言ったのに、メイドがつい張り切ってかなり綺麗に美しく仕上げたことにも原因はあるかもしれない。フルアップのお団子の下にある項が、色気を出している。青いドレスは銀髪や彼女の雰囲気によく似合っていて、黒いイヤリングが片耳にぶら下がる。揺れる。その存在だけで異性も同性も誘惑してしまう。気だるげな溜息も、また一段と彼女を飾る、装飾品とまでなるのだ。
だが、それよりも大きな原因は、やはりこの婚約披露宴であった。
「久々のパーティでしたので……あ、あの、すいません、あの、張り切ってしまって……すぐに直します!」
メイドがフィリアの髪を解こうと慌てたが、首を横に振って止める。
「貴女のせいじゃない。ただ、人前に出たくないだけ」
「あ……」
メイドは目を丸くして、やがて優しく微笑んだ。
「そうでしたね、いつも堂々としてるように見えるので、いつも忘れかけてしまいます」
「……そんなに堂々としてるかしら」
「ふふ、ええ。同性の私ですら惚れてしまいそうなくらい、魅力的ですよ」
「……そう」
やはり変わらない表情。だが、声色が少し柔らかくなっている。主のため、緊張を少しでも緩めることが出来たのなら、それは何よりだ。また柔らかい笑みが出た。
壁にかかる時計は、婚約披露宴開始の四〇分前を指していた。
「そろそろですよ、お嬢様」
「分かっ……たわ」
フィリアはコミュ障だ。メイドや家族など、身近な人間になら普通に話せるのだが、全くの赤の他人とは絶対に話せない。話したくない。久々のパーティに加えて、今回は自分が主役に近しい存在。コミュ障なのに、これで怖くないという人はいないだろう。
幸い、王家からは馬車が来ただけで、婚約者は乗っていなかった。父に頼んでおいたお願いが、叶って良かった。
安堵したが、またすぐに気付かれない程度に震え出したフィリアは、メイドと一緒に馬車に乗り込んだのだった。
「……手、握ってくれる?」
「──ッええ、喜んで」
柔らかい柔らかい! ちょっと照れてるお嬢様可愛い! 暖かい……ちょっと小さい……柔らかいああもうそんな上目遣いしないで! 可愛すぎ……うちのお嬢様可愛すぎ……あっ軽く力込めた! かんわいいい……! 震えてる……震えが伝わってくる!
メイドは感極まって震えだした。
「どうしたの……アリサ」
「なんでもありませんよ、お嬢様」
「そう」
不思議に感じながらも、メイド……アリサと共に震えるフィリアであった。
「……はあ」
一方、重苦しい胸中のフィリア。ウィルトン家宅の自室の、ドレッサーの前で椅子に座り、肩を落としてあからさまに落ち込んでいた。
フィリアが地味目で良いと言ったのに、メイドがつい張り切ってかなり綺麗に美しく仕上げたことにも原因はあるかもしれない。フルアップのお団子の下にある項が、色気を出している。青いドレスは銀髪や彼女の雰囲気によく似合っていて、黒いイヤリングが片耳にぶら下がる。揺れる。その存在だけで異性も同性も誘惑してしまう。気だるげな溜息も、また一段と彼女を飾る、装飾品とまでなるのだ。
だが、それよりも大きな原因は、やはりこの婚約披露宴であった。
「久々のパーティでしたので……あ、あの、すいません、あの、張り切ってしまって……すぐに直します!」
メイドがフィリアの髪を解こうと慌てたが、首を横に振って止める。
「貴女のせいじゃない。ただ、人前に出たくないだけ」
「あ……」
メイドは目を丸くして、やがて優しく微笑んだ。
「そうでしたね、いつも堂々としてるように見えるので、いつも忘れかけてしまいます」
「……そんなに堂々としてるかしら」
「ふふ、ええ。同性の私ですら惚れてしまいそうなくらい、魅力的ですよ」
「……そう」
やはり変わらない表情。だが、声色が少し柔らかくなっている。主のため、緊張を少しでも緩めることが出来たのなら、それは何よりだ。また柔らかい笑みが出た。
壁にかかる時計は、婚約披露宴開始の四〇分前を指していた。
「そろそろですよ、お嬢様」
「分かっ……たわ」
フィリアはコミュ障だ。メイドや家族など、身近な人間になら普通に話せるのだが、全くの赤の他人とは絶対に話せない。話したくない。久々のパーティに加えて、今回は自分が主役に近しい存在。コミュ障なのに、これで怖くないという人はいないだろう。
幸い、王家からは馬車が来ただけで、婚約者は乗っていなかった。父に頼んでおいたお願いが、叶って良かった。
安堵したが、またすぐに気付かれない程度に震え出したフィリアは、メイドと一緒に馬車に乗り込んだのだった。
「……手、握ってくれる?」
「──ッええ、喜んで」
柔らかい柔らかい! ちょっと照れてるお嬢様可愛い! 暖かい……ちょっと小さい……柔らかいああもうそんな上目遣いしないで! 可愛すぎ……うちのお嬢様可愛すぎ……あっ軽く力込めた! かんわいいい……! 震えてる……震えが伝わってくる!
メイドは感極まって震えだした。
「どうしたの……アリサ」
「なんでもありませんよ、お嬢様」
「そう」
不思議に感じながらも、メイド……アリサと共に震えるフィリアであった。
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