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第30話 なんで原作通りにいかないの
しおりを挟む王都中の民が、いえもしかしたら近隣にお住いの人も王都へ集まっているかもしれませんが、それくらい多くの人がメインストリートに集まっています。
私とアーサー様が乗るのは特別にあつらえられた屋根のない馬車ですが、その熱気のおかげか寒さは感じません。もちろん、もっこもこの毛皮でしっかり防寒もしてありますけどね。
「君こそが王太子妃だと広くあまねく知らしめるために、濃厚なキスでも見せつけてみる?」
「なっなっなっ、なんてことを」
「あれ、おかしいな。それが目的だと思ったけどね?」
アーサー様の瞳は意地悪に細められました。
確かにパレードに参加させろと駄々をこねたのは、私という存在をヘリン公国のメイドたちに対してアピールしたいというのが表向きの理由です。
「だ、だからってこの観衆の中で……っ。は、破廉恥だと思いますっ!」
「アハハ! 破廉恥ね」
そう笑ってからアーサー様はふいと視線を外しました。私も周囲を見回して現在地を確認し、民に手を振り返します。
花屋までもう少し。先を行く国王陛下および王妃殿下の乗る馬車はそろそろ例のコーヒーショップに差し掛かる頃でしょう。
戦術に関して詳しくは聞かされていないのですが、武器を携帯してその場所に行こうとする者以外は拘束できないそうです。それはそうですよね、武器を持っていないのなら一般の人です。つまり、先んじて武器を花屋の二階なりコーヒーショップなりに隠していたら、彼らが行動を起こしてからじゃないと対応ができないということ。
先に押し入ると早々に集まって場所取りをしていた民に混乱を与え、最悪の場合パレードが中止になるとのことで直前まで対応を協議するのだと聞いていました。さて、結局どのような戦法をとったのか……。
注意深く花屋の周囲を見渡したとき、二階ではないどこか別のところで何かが光った気がしました。一瞬の混乱の後、私はそれが屋根裏からの光であったと気づいたのです。
「あ……!」
花屋とコーヒーショップとに分かれたのは、王太子と王妃とを同時に襲撃するため。つまりパレードの長さと行進順とが相手方に知れているということです。ならば、こちらが位置を知っているという事実が相手方に漏れる可能性も考慮すべきだった。いいえ、考慮したからこそ、アーサー様は前日になって私と近衛隊長を引き合わせたのでしょう。
相手が花屋の二階ではなく屋根裏に切り替えたのは恐らく、対応策としてそれが精一杯であったのだと思います。他の場所を準備する暇がなかったから。
でも、今はそんなことどうでもいい。事前に彼らを排除することはできなかった。それが全てです。
「アーサー様っ」
花屋の前に差し掛かって、私はアーサー様に覆いかぶさるようにし――。
「積極的だね」
「きゃっ!」
とんでもない力で抵抗されたと思ったら、あっという間に引っ繰り返されました。私が下になる形でアーサー様が私を組み敷いています。
どうして、って思うより早く銃声が響きました。
耳をつんざく音。一瞬遅れて人々の悲鳴。私の視界に舞う赤い飛沫。ぽたりと、私の頬に生温いものが垂れました。アーサー様の頬を薔薇よりも濃い赤が伝っています。
そっと手を伸ばして彼の頬に触れたとき、ふわりと鉄の匂いが鼻をかすめました。指先にはぬるりとした感触。
「アーサー……様?」
「君は、無事?」
彼のぎこちない笑みに私は叫びそうになりながら、でも声が出なくてただハクハクと口を動かしました。
周囲では近衛隊が一斉に動き出し、馬車を囲むような気配。
どうしてアーサー様が怪我をしてるの? 原作ではここで誰も怪我なんてしなかったじゃない。ヒロインじゃなくて私だったから? どうしよう、どうしたらいい?
ぼろぼろと涙が溢れ、パニックになる私の頬をアーサー様が手で拭いました。
「綺麗な顔を汚しちゃったね」
「そんなのっ!」
首を振って身体を起こすと、アーサー様が痛みに顔を歪ませます。
「アーサー様、アーサー様」
「大丈夫、掠っただけだよ」
ハンカチを差し出すと、彼は右の側頭部を押さえました。あとちょっとでもずれてたらと思うと、ぞっとして声になりません。次なる襲撃に備えて彼を守らないといけないのに、私は彼を抱き締めるので精一杯で。
「ああ、君にされるがままになってれば怪我をしないで済んだかもしれないのに。ハハ、これは俺のミスだね」
それは結果論です。または、私のためを思った優しい嘘。
何か言葉を発したら泣き叫んでしまいそうで、私は唇を噛みました。
「身体が勝手に動いたって言葉の意味がよくわかった」
孤児院での事件のことでしょうか。あの時は確かに考えるより先に身体が動いていました。たくさん叱られたけど、気持ちをわかってもらえて良かったです。だけど、だけど。
小さく頷いた私にアーサー様が続けます。
「しかし君は嘘が下手だ。俺を騙せると思ったら大間違いだね。こんなことだろうと思ってたよ」
わかってたから、難なく対応できたということでしょうか。確かに、いとも簡単に引っ繰り返されましたからね。
そこへ新たに別の近衛隊がやって来て、私たちは急遽用意された箱型の馬車へと移されました。パレードは中止、急ぎ王城へと戻ることになります。
馬車の中で私の身体にもたれかかるアーサー様が、深く息を吐きました。
「でも、やっぱり正直者だ」
「どういう意味でしょう?」
「ヘリンの女性に嫉妬したって話は嘘じゃない。だよね?」
ちらっとこちらを見上げたアーサー様のスミレ色の瞳が、イタズラに煌めいていました。思ったよりも元気そうなことに安堵して、私はぷいとそっぽを向きます。
「内緒です」
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