上 下
30 / 32

第30話 なんで原作通りにいかないの

しおりを挟む

 王都中の民が、いえもしかしたら近隣にお住いの人も王都へ集まっているかもしれませんが、それくらい多くの人がメインストリートに集まっています。
 私とアーサー様が乗るのは特別にあつらえられた屋根のない馬車ですが、その熱気のおかげか寒さは感じません。もちろん、もっこもこの毛皮でしっかり防寒もしてありますけどね。

「君こそが王太子妃だと広くあまねく知らしめるために、濃厚なキスでも見せつけてみる?」

「なっなっなっ、なんてことを」

「あれ、おかしいな。それが目的だと思ったけどね?」

 アーサー様の瞳は意地悪に細められました。
 確かにパレードに参加させろと駄々をこねたのは、私という存在をヘリン公国のメイドたちに対してアピールしたいというのが表向きの理由です。

「だ、だからってこの観衆の中で……っ。は、破廉恥だと思いますっ!」

「アハハ! 破廉恥ね」

 そう笑ってからアーサー様はふいと視線を外しました。私も周囲を見回して現在地を確認し、民に手を振り返します。
 花屋までもう少し。先を行く国王陛下および王妃殿下の乗る馬車はそろそろ例のコーヒーショップに差し掛かる頃でしょう。

 戦術に関して詳しくは聞かされていないのですが、武器を携帯してその場所に行こうとする者以外は拘束できないそうです。それはそうですよね、武器を持っていないのなら一般の人です。つまり、先んじて武器を花屋の二階なりコーヒーショップなりに隠していたら、彼らが行動を起こしてからじゃないと対応ができないということ。

 先に押し入ると早々に集まって場所取りをしていた民に混乱を与え、最悪の場合パレードが中止になるとのことで直前まで対応を協議するのだと聞いていました。さて、結局どのような戦法をとったのか……。

 注意深く花屋の周囲を見渡したとき、二階ではないどこか別のところで何かが光った気がしました。一瞬の混乱の後、私はそれが屋根裏からの光であったと気づいたのです。

「あ……!」

 花屋とコーヒーショップとに分かれたのは、王太子と王妃とを同時に襲撃するため。つまりパレードの長さと行進順とが相手方に知れているということです。ならば、こちらが位置を知っているという事実が相手方に漏れる可能性も考慮すべきだった。いいえ、考慮したからこそ、アーサー様は前日になって私と近衛隊長を引き合わせたのでしょう。

 相手が花屋の二階ではなく屋根裏に切り替えたのは恐らく、対応策としてそれが精一杯であったのだと思います。他の場所を準備する暇がなかったから。
 でも、今はそんなことどうでもいい。事前に彼らを排除することはできなかった。それが全てです。

「アーサー様っ」

 花屋の前に差し掛かって、私はアーサー様に覆いかぶさるようにし――。

「積極的だね」

「きゃっ!」

 とんでもない力で抵抗されたと思ったら、あっという間に引っ繰り返されました。私が下になる形でアーサー様が私を組み敷いています。
 どうして、って思うより早く銃声が響きました。

 耳をつんざく音。一瞬遅れて人々の悲鳴。私の視界に舞う赤い飛沫。ぽたりと、私の頬に生温いものが垂れました。アーサー様の頬を薔薇よりも濃い赤が伝っています。
 そっと手を伸ばして彼の頬に触れたとき、ふわりと鉄の匂いが鼻をかすめました。指先にはぬるりとした感触。

「アーサー……様?」

「君は、無事?」

 彼のぎこちない笑みに私は叫びそうになりながら、でも声が出なくてただハクハクと口を動かしました。
 周囲では近衛隊が一斉に動き出し、馬車を囲むような気配。

 どうしてアーサー様が怪我をしてるの? 原作ではここで誰も怪我なんてしなかったじゃない。ヒロインじゃなくて私だったから? どうしよう、どうしたらいい?

 ぼろぼろと涙が溢れ、パニックになる私の頬をアーサー様が手で拭いました。

「綺麗な顔を汚しちゃったね」

「そんなのっ!」

 首を振って身体を起こすと、アーサー様が痛みに顔を歪ませます。

「アーサー様、アーサー様」

「大丈夫、掠っただけだよ」

 ハンカチを差し出すと、彼は右の側頭部を押さえました。あとちょっとでもずれてたらと思うと、ぞっとして声になりません。次なる襲撃に備えて彼を守らないといけないのに、私は彼を抱き締めるので精一杯で。

「ああ、君にされるがままになってれば怪我をしないで済んだかもしれないのに。ハハ、これは俺のミスだね」

 それは結果論です。または、私のためを思った優しい嘘。
 何か言葉を発したら泣き叫んでしまいそうで、私は唇を噛みました。

「身体が勝手に動いたって言葉の意味がよくわかった」

 孤児院での事件のことでしょうか。あの時は確かに考えるより先に身体が動いていました。たくさん叱られたけど、気持ちをわかってもらえて良かったです。だけど、だけど。
 小さく頷いた私にアーサー様が続けます。

「しかし君は嘘が下手だ。俺を騙せると思ったら大間違いだね。こんなことだろうと思ってたよ」

 わかってたから、難なく対応できたということでしょうか。確かに、いとも簡単に引っ繰り返されましたからね。

 そこへ新たに別の近衛隊がやって来て、私たちは急遽用意された箱型の馬車へと移されました。パレードは中止、急ぎ王城へと戻ることになります。

 馬車の中で私の身体にもたれかかるアーサー様が、深く息を吐きました。

「でも、やっぱり正直者だ」

「どういう意味でしょう?」

「ヘリンの女性に嫉妬したって話は嘘じゃない。だよね?」

 ちらっとこちらを見上げたアーサー様のスミレ色の瞳が、イタズラに煌めいていました。思ったよりも元気そうなことに安堵して、私はぷいとそっぽを向きます。

「内緒です」



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

【完結】転生したら脳筋一家の令嬢でしたが、インテリ公爵令息と結ばれたので万事OKです。

櫻野くるみ
恋愛
ある日前世の記憶が戻ったら、この世界が乙女ゲームの舞台だと思い至った侯爵令嬢のルイーザ。 兄のテオドールが攻略対象になっていたことを思い出すと共に、大変なことに気付いてしまった。 ゲーム内でテオドールは「脳筋枠」キャラであり、家族もまとめて「脳筋一家」だったのである。 私も脳筋ってこと!? それはイヤ!! 前世でリケジョだったルイーザが、脳筋令嬢からの脱却を目指し奮闘したら、推しの攻略対象のインテリ公爵令息と恋に落ちたお話です。 ゆるく軽いラブコメ目指しています。 最終話が長くなってしまいましたが、完結しました。 小説家になろう様でも投稿を始めました。少し修正したところがあります。

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

処理中です...