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第21話 ひとりで踊るってなんでしょう
しおりを挟む多くの生徒が帰省して、学院内は閑散とした雰囲気です。
私とアーサー様は孤児院や診療所を訪問したり、ときには教会での炊き出しに参加したりする傍らで、マリナレッタさんのダンスのレッスンに付き合っています。
また、スラットリー男爵家の調査の進捗についてアーサー様とお話をするときには、お勉強を装って図書館で密談したり。そんな風にして静かに毎日が過ぎていきます。
鏡の前に立ち、夜会用のドレスをまとった自分の姿にひとつ頷きました。今日からはドレスを着た状態で踊る練習も混ぜていくことにしたのです。そのお手本として、私やアーサー様も正装で練習に参加します。
「何を着てもお美しいですが、やはりイブニングドレスは格別ですわ」
このためにわざわざタウンハウスから呼び寄せた侍女が、鏡越しにニコニコと笑いました。友人たちはみんな帰省してしまいましたからね。
「ありがとう。度々お願いすると思うけど、今後もよろしくね」
「もちろんです。レッスンが終わる頃にまた参りますね」
そう言って一礼する侍女に背を向けて、私はレッスンルームへ向かいました。
中へ入って目を引いたのは、マリナレッタさんのドレス。彼女の可愛らしい雰囲気によく似合う空色のドレスです。レースをふんだんに使ったふわふわした意匠。でも現在の男爵家に用意できるものとは思えませんが……。
そんな困惑が顔に出てしまったのかわかりませんが、マリナレッタさんは挨拶もそこそこに顔を真っ赤にしながら、それが伯爵令息ズからのプレゼントであることを教えてくれました。やりますね、令息ズ……。
最後にいらっしゃったアーサー様は、目を細めて私をふんだんに褒めてくださってからマリナレッタさんに「よく似合ってる」と一言。さすが王子さま、何もかもがスマートです。
先生のご指導のもと、いつも最初に行うホールドの姿勢の確認を済ませると、早速私とアーサー様とが踊ってみせることになりました。
レッスンルームの真ん中に立ち、曲に合わせていつもと同じようにステップを踏みます。
アーサー様とは昔からよく踊りました。婚約者ですからね。彼の癖を私が熟知しているように、彼もまた私のダンスの全てをご存知です。目をつぶっていても、伴奏がなくても、私たちは華麗に踊ることができるでしょう。
なのに。
「いつものことながら、エメリナのダンスは完璧と言っていい仕上がりだね」
「ありがとうございます。アーサー様ほどではありませんわ」
「だけど」
そこで言葉を切って、アーサー様がステップをほんの少し大きくとりました。その差は小指の先ほどの些細なものです。それで転倒するというようなことはありませんけれど、びっくりしました。
「なにを」
私があげた抗議の声は、彼の寂しそうな笑顔が受け流してしまいました。そう、寂しそうに笑っていたのです。私はもう言葉を続けられません。
「君はひとりで踊ってる」
「え?」
何を言っているのかわかりませんでした。たった今、彼の悪戯に驚かされたところなのに。
「君は昔から何事にも努力を惜しまず常に完璧だったね。面倒なことからは逃げ出したい性分の俺には理解しがたい人だったよ」
「必死だっただけです」
「今ならそれもわかる。……ある日、母上からそろそろ慈善事業を行うようにと言われた。でもまるで思いつかなくてね。そこへ君が孤児院の支援を始めたって聞いて、様子を見に行ったんだ」
初耳でした。
アーサー様の足運びはいつもの通りに戻っていて、私も彼のお話に集中できます。ターンの際にちらりと見えたマリナレッタさんたちは、私とアーサー様の間にある不思議な空気に気付いていないみたいでした。
私は視線で先を促します。
「孤児院での君は初めて見る表情をしていた。何て言うのかな、積極的義務感だ。礼法にダンスに勉学に、君がそれまで積み重ねて来た努力が『やらざるを得ない』消極的義務感なら、孤児院の支援は『やりとげてみせる』積極的義務感だと、そう感じた」
「積極的義務感……」
「それ以来、俺にとって君は『理解できない人』ではなくて『理解したい人』になったんだよ。だから俺は君の真似をして孤児院の支援を始めた。何かわかるだろうかと思ってね」
「そうだったのですか。それで、何かわかりましたか?」
まさか、誤差だと思っていた孤児院支援の後先が、こんなに影響を与えていただなんて。
原作において、アーサー様がエメリナに興味を持たなかった理由もなんとなくわかりましたね。理解の外にいるのでは興味の持ちようがないというか、最初から自分とは違う思考なんだと分けてしまったんだわ。
「わかったことも、一層わからなくなったこともあるけど……。いま俺が伝えたいのはただひとつだ」
「はい?」
曲はもうすぐ終わります。
ランニングフィニッシュからナチュラルターンと続くこのタイミングで、なんとアーサー様の手が離れました。
それはもちろん彼が後退の動きをするほんの一瞬のことで、はた目には何の問題もなくステップを踏めたように見えたことでしょう。私も手が離れたことに驚いただけで、困りはしませんでした。そもそもステップの確認のためにひとりで踊ることなど度々ありますしね。
「君はこの手をずっと掴まなくても、きっと踊り切れただろうね」
曲が終わり、互いに礼をとりました。マリナレッタさんが「きゃー」と言いながら拍手をします。
でも私の耳は、彼の言う「ひとりで踊ってる」という言葉が離れません。身体をすべて預けることだってあるのに、なぜそんなことを?
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