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第19話 勘違いだったようです
しおりを挟むマリナレッタさんは寂しそうに笑ってクッキーを摘まみました。
私はどのように問えば核心に近づけるだろうかと、懸命に言葉を探します。
「だ……男爵家にこれから男児が生まれるかもしれないでしょう? 長男か次男かなんて、気にしなくてもよくなるかも」
「アハハ。そうだといいんですけど、それはそれで伯爵家にお嫁にいけるほど礼儀作法がちゃんとしてないから」
「学ぶ前から何をおっしゃるの。そんなもの、努力してから言ってちょうだい。いいわ、私が教師を手配してあげる」
「え?」
「え?」
ついポロっと言ってしまいましたけど、私いま教師をどうにかするって啖呵を切っちゃいましたよね? あら、これアーサー様の役割なのに。
……まぁ、いっか。もうアーサー様とマリナレッタさんが恋仲になることってないんだわ。嬉しそうにソワソワしてるマリナレッタさんに、アーサー様をオススメなんてできないもの。そんなの、現実のヒロインにとっては幸せじゃないもの。
「あ、でも、弟ができることはないと思います。お父さん、あ、父はいま病気で先も長くないって」
「どんなご病気? 医師はなんて?」
「いえ、原因不明と言われました。何をしても悪くなる一方で手の施しようがないんだそうです」
ふむ、と心配そうな顔で頷いて見せました。心配していないわけではないですけど、アーサー様の調査隊がどうにかしてくれるはずですから、きっと大丈夫。
確か、食事を摂っても毒を混ぜられているから戻してしまったりして、栄養不足というのもあるのですよね。
私はどうにか調査に踏み切るに値する言葉を引き出したくて、じりじりと核心部分へ近づいていきます。
「以前からお身体は悪かったのかしら」
「それは……」
マリナレッタさんが口ごもりました。
前男爵夫人と長女の死亡事故についてはアーサー様のお耳にも届いていた通り、故意に引き起こされたものではないかと少し騒ぎになりましたからね。男爵の健康が損なわれ始めた時期を知るマリナレッタさんはきっと、心のどこかで後妻を疑っているはずです。
……って、原作で読みました。
テーブルの上に置かれた彼女の手に私の手を重ねます。
手はできるだけ膝へ、だなんてそんなことは後で教師に教わればいいことです。
「私に何か力になれることはない? こう見えて、結構いろんなことができるのよ。きっと、王家の次に」
「エメリナさま……。ありがとうございます。でも、大丈夫です。我が家のことですから、あたしがどうにか」
「どうにかできるの? できないまま、学院に押し込まれたのではなくて?」
男爵を殺害するのに、娘が同じ屋敷の中にいてはやりづらいですからね。マリナレッタさんを学院に入学させることをしきりに男爵へ勧めたのは後妻のはず。人を疑うことを知らない、いえ、人を疑うことを恥ずべきと考えるマリナレッタさんでは戦う前から勝敗が喫しているのです。
マリナレッタさんは泣くのを我慢して小鼻がひくひくと膨らみました。泣き顔まで可愛い!
「ごめんなさい、やっぱり助けてほしい、です。父の病状はすごく心配だし、それに領地のみんなも元気にしてるのか気になってて。お義母様は……」
「男爵夫人がどうしたの?」
「お義母様は元々メイドでした。ハウスメイドが三人だけの小さな屋敷に、数年前に執事が新しいメイドとして連れて来たのがお義母様です。領地経営はお義母様には少しだけ難しいと思います。あたしにも、まだちょっと難しいけど」
「領地の管理について、手伝ってほしい?」
ためらいがちに、小さく頷きました。
「執事がどうにかしてくれてるとは思うんですけど、それはそれで彼の負担が大きいから」
「そういうことなら、アーサー様にお願いしてみるわね。領地経営に公爵家は口を出せないけれど、アーサー様ならいい方法を見つけて対応してくださるはずよ」
モナ・リザをイメージした慈愛の微笑みを浮かべながらハンカチを差し出します。
助けてほしいという言質をとったんですから、これ以上ないほど上々の成果を得られたと思います! しかもちゃんとアーサー様に動いてもらうことも伝えましたし!
マリナレッタさんはハンカチを手に取ると、プシーと鼻を噛みました。飾らない女性って好きですよ、私、はい。
「ありがと、う、ございばす」
「他に、何か伝えたいことやしてもらいたいことはある?」
ぐしぐしと目元を拭ってから、涙に濡れたスカイブルーの瞳が私を見つめました。
「エメリナさまみたいになりたい、です」
「私?」
「はい。憧れてるんです、初めてお会いしたときからずっと」
……なんて?
なにか、嫌な予感がします。
「あの時ちゃんと叱ってくださったからハンカチ持ち歩くようになったし、」
そう言いながら思い出したようにご自身のハンカチを引っ張り出しました。次は持ってても使わなかったら意味がないと教えて差し上げる必要がありますね、これ。
「それに、大丈夫じゃなかったら助けを求めろって言ってくださったから、あたし」
「そうね、だから今ちゃんと助けてって言えたのね」
だいぶ冷えてしまった紅茶をぐびっと飲んで、マリナレッタさんが恥ずかしそうに笑いました。
「まえ、王太子殿下にエメリナさまのこと『憧れ』だって言ったんです」
「え」
「そしたら、『すごく嬉しい』っておっしゃってました。自分が誰かに好かれるより、エメリナさまが好かれるほうが嬉しいんだって」
やっぱり!
そういう話になりそうな気がしたんですよ、私。ぜんぶぜんぶ私の勘違いでした! ね!
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