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第12話 孤児院に来ました

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 子どもって本当に元気! 院長と話をしているのに、遊ぼう遊ぼうってひっきりなしに手やドレスを引っ張られます。アーサー様に対しては遠慮があるのか何も言わないのに。子どもってこういうところ敏感なんですよね。

 子どもたちをいなしながら聞き出せた内容としては、支援を続けたおかげで、今日訪問したこの孤児院をはじめとして王都の多くの孤児院で健全かつ良心的な経営ができているようです。子どもたちの衣類も清潔だし、食材にも困っていないそう。確かに、みんな血色のいい頬っぺたですものね。

 ただし最近は増税の影響か物価が上昇しており、少しずつ食べ物の質を落としたり、洗濯の回数をちょっとだけ減らしたりしているとか。また、食べ物を分けて欲しいと院内に立ち入る人もいるというので、対策が必要だとも。

 多少であれば支援額を増やすのは難しいことではありませんが、他に困窮する民がいる以上、子どもたちの安全と秤にかけなければなりません。それに我々の支援だっていつ減額せざるを得ない状況になるか、ちょっと読めませんし。
 というわけで、まずは現状維持で難しいお話は終わりです。

 大人たちの話が終わったのを察知したのか、子どもたちが一斉に私を囲んでしまいました。私の背中に飛びつこうとした子を、間一髪でアーサー様がキャッチします。素晴らしい……。腰をいわせるところでしたよ!

「エメリナ! 駆けっこしようぜ!」

「えめりなさま、ご本読んで!」

「みんなでできる遊びがいいよー」

 私が聖徳太子だったらもっと多くの声を拾えたのに。あ、でも拾えても結局身体はひとつなので、ひとつの意見しか実現してあげられないんですけど。

 さて何をしようかと悩んでいると、年長の少年が口を開きました。彼はクベルクと言って、孤児院で子どもたちの面倒を見てくれるしっかり者です。

「ケードロしようよ、小さい子もできるし!」

「ケー……ドロ?」

 アーサー様が困惑しています。それはそうですよね、日本の伝統遊戯であって、この世界にはなかった遊びですから。

 簡単にルールを説明すると、アーサー様は満面の笑みで頷きました。

「では、俺とエメリナは別のチームになるようにしよう。まずは、俺が警察だ」

 子どもたちはくじ引きでチームを分けてゲーム開始です。


 ……いやアーサー様が強すぎる。
 警察と泥棒の役割を入れ替えたり、メンバーをシャッフルしたりもしたのですけど、何度やっても彼がいるチームが勝利してしまうので、最終的にはアーサー様対その他、みたいになってしまいました。
 それでもアーサー様が勝つんですけど。どういう身体能力してるの……。

 子ども相手に容赦なさすぎではって思ったんですけど、子どもたちは楽しそうだったので良しとします。私も花祭りぶりにお腹を抱えて笑い転げましたし!

 楽しい時はあっという間に過ぎてしまうもので。私とアーサー様は城へと戻る時間となりました。報告の必要があるので、私もいったん城へ向かうのです。

 そう、これは公務であり、民に対する王太子とその婚約者の好感度を上げるための施策でもあります。
 喧伝するわけではないですが、アーサー様が孤児院を訪問しているという事実はすぐに近隣へ広まりました。そもそも、王家のものとわかる馬車で多くの護衛をつけて移動していますからね、それが喧伝だと言えばそうなのですけど。

「すごい人の数ですね」

 孤児院の敷地内に馬車留めはありません。
 門の前に停まる馬車を民衆が囲んでいます。もちろんそう見えるというだけで、実際は護衛によって規制されているのですが。
 その多くは笑顔を浮かべ、手には国旗を持っています。やはり、反王妃を標榜する人は少数なのだと思ってホッとしました。

「最近、こういった人前に出るような公務がなかったし、昨日のようなことがあったから身構えてたんだけど、何事もなさそうでよかった」

 目を細めながら孤児院の外を見回して、アーサー様もそうおっしゃいました。
 子どもたちに見送られ、私たちは門のほうへと向かいます。

「あの年長の子、クベルクって言ったっけ? エメリナのことが好きみたいだよ。『お前はエメリナのなんなんだ』って何度も聞かれた」

「まぁ! 王太子を相手になんてこと!」

「未来の夫だって言ったら地団駄踏んでたね」

「子どもを相手になんてこと……」

 門を抜けると、人々の声が一層大きく聞こえます。手を振り、国旗を掲げ、アーサー様や私の名を呼ぶ民。
 私が手を振り返しながら、周囲にエメリナの美しすぎる微笑みを……自分で美しすぎるとか言うのアレですけど仕方ありません、私は客観的な視点も持ち合わせていますから。はい、美しすぎる微笑みを振り撒きました。

 その時です。嫌な言葉が空気を凍らせたのは。

「売国王子め!」

 誰もが声の主を探し、護衛たちが走り出しました。
 私の目はなぜか、このたくさんの人の波の中に彼らを見つけてしまったのです。憤怒を叫び、手に石を握る男たちを。

 咄嗟に腕を広げながらアーサー様の前へと躍り出ます。後先なんて考えられません。ただ、彼を守らなければという一心でした。

「エメリナ!」

 アーサー様が叫んで私の身体を抱き締めます。私を抱きかかえながら民衆に背を向けようとなさるのがわかりました。
 それじゃ駄目なのにと言おうとしたとき、私の額を激痛が襲います。目の前がチカチカと明滅するような感覚。

 背後からアーサー様にぎゅっと抱き締められて、「大丈夫か」と声を掛けられます。周りを護衛が取り囲む気配にホッとして息をついたとき、こめかみを冷たいものが流れ落ちました。

 返事をしようとしたのですが声にならず、ぽたりと赤いものが垂れてアーサー様の腕を汚すのを見ながら、私は意識を手放してしまったのでした。



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