稀代の悪女が誘拐された

伊賀海栗

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第13話 帰還しましたがやっぱり我が家が一番ね?

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「なにを言ってるの。痛みは?」

「もう大丈夫だよ。我が帝国きっての治癒士が治してくれたんだからね」

 そう言ってジルドは身体を起こしました。ああ、本当に大丈夫そうです。良かった……! って安堵したらわたくしの腰が抜けてしまいました。その場にへたり込んでジルドを見上げます。

「立てなくなっちゃったわ……」

「あはは! 本当にどこまでも可愛いひとだな。ほら、俺の首に手をまわして、そう」

 屈んだジルドの首に手をまわすと、彼はわたくしの背と足とを支えて横抱きにしながら立ち上がりました。思ったより力持ちだったんですね。
 わたくしを抱えあげたジルドはホールの中を見回して小さく頷きました。

「簡単にぼろを出してくれたから一掃できてよかった。ピエリナのおかげだね」

「そうなの?」

「そうさ。王国領であるオルランドの硝石が出荷されていることや、会計を誤魔化していることはわかっても実際に儲けてる奴が誰かまでは……少なくとも証拠はなかったからね」

 そう話す間にも、視察団の皆さんがそれぞれに転移魔法を用いて帝国の兵士を呼び出しています。兵士は規律のとれた動きで拘束された者を移動させたり、新たにやって来た衛兵を無力化したり。
 城全体が制圧されるのも時間の問題でしょうね。……あら? 城が制圧されるということはもしかして。

「ねぇジルド。もしかして、結界は解除しなくても大丈夫になった……?」

 そもそも結界を外すのは魔物の対応に追われることで抵抗力を削ぎ、制圧を簡単にするためのものでした。もちろん、制裁を加えているぞという他国へのアピールの意味もありますけれど。

 ただそれは罪を隠蔽しようとするであろうという前提があってこその計画。王家の解体という最終目標を実現するための武器のひとつに過ぎません。ですから目標が達成されたのなら、もう必要のない手段なのです。

 ジルドは苦笑しつつ首肯しました。

「ほんっとに王族より民の心配してるんだもんなぁ。そこらの聖女より聖女っぽ――あっ!」

「どうしたの?」

「ピエリナ、いま治癒魔法使ったよね?」

「え、ええ。そうね」

 確かに使いました。だってジルドが死んでしまうところだったのよ?
 するとジルドは跳ねるようにわたくしを抱いたまま「ひゃっほう!」とその場でくるっと一回転しました。えっ、なに?

「結婚しよう、ピエリナ!」

「はっ?」

「だって外で治癒魔法を使っちゃっただろ。教会の奴らは目ざといからね、すぐに嗅ぎつけてくるよ」

 言いながら、ジルドは器用に転移魔法を発動させました。真っ白できらきらと輝く球が目の前に浮かび上がります。

 いまいち納得がいきませんが、でも確かにそういう話だったように思います。確か治癒魔法を使うなら俗世を捨てるか結婚するかの二択、でしたっけ。ええとだから、教会に縛り付けられたくなければ結婚しなければならない……ってことよね? え、そうなの?

「お嬢様!」

「あ、ダーチャ」

 ダーチャはホールの隅のほうからこちらへと駆けて来ました。彼女のことだから邪魔にならない場所で小さくなっていたのだと思います。わたくしを置いて逃げることはしないでしょうし。

「帝国へ……お帰りですか?」

「ええ、そうみたい。諸事情により早く帰らないといけない? みたいで」

 そんなに急ぐ必要があるのかは甚だ疑問ですけれどね!

「わたしも連れて行ってください! 帝国の市民権なんていりません、ただ、ただお嬢様のお側でこれからもお世話をさせていただきたいのです!」

 深く腰を折って頭を下げるダーチャに、わたくしはなんて言ってあげたらいいのかわかりません。だってわたくしも昨日になってやっと市民権を得たばかりで、自分の家さえ持っていないのです。ダーチャを連れて行ったところで、わたくしには彼女を幸せにしてあげることなんて。

「ダーチャ……」

「ピエリナ、俺を忘れてもらっちゃ困るよ」

「えっ?」

 深い思考に沈みかけたわたくしを現実に引き上げたのはジルドでした。ラベンダー色の瞳が優しく、けれども物言いたげにわたくしを見つめています。

 ――俺は君の願いならなんだって叶えてみせる。どんなに馬鹿げたことも、どんなに困難なこともだ。

 そうね、確かにそうおっしゃってた。

「ジルド」

「ん」

「わたくし、ダーチャを連れて行きたいわ。もし本人が望むなら家族も」

「ああ。もちろんだよ、よく言えたね」

 ジルドがダーチャについてくるよう言って、あらためて転移の光球へと足を踏み入れました。その際、わたくしたちの耳に男女の口喧嘩が聞こえて来たのです。

「あんたなんかと婚約したからこんなことになったのよ!」

「それは俺のセリフだ! 男に媚びることしか能のないつまらない女が」

 とんでもない罵り合いですね。あれで婚約しているというのだから不思議なものです。目が合ったジルドは小さく息をついて「お似合いだ」と言いました。ええ、わたくしもそう思います。

 二人の口論はまだ続いていたようですが、帝国へ戻ったわたくしたちは王国との境になっている光球を消してしまったので喧嘩の行く末はわかりません。

「ここは一体……」

 きょろきょろするダーチャの姿はきっと半年前のわたくしそっくりでしょうね。窓へふらふらっと近づいた彼女はふわふわの雲を見ながら首を傾げています。わたくしとジルドも彼女のそばへ。

「雲よ」

「くもって、空にぷっかり浮かんでいる雲だとおっしゃってます?」

「ええ」

「この部屋は空を飛んでいるのですか!」

 そう叫んだ彼女の足元をカワウソがくるくると身体をこすり付けるようにして回っています。ダーチャがしゃがんで撫でてやるとカワウソはおへそを天に向けるように転げました。

「わっ、えっ、この、えっ……可愛い」

「きゅるるる!」

「湯浴みの準備が整ったと言ってるわ。さっさと汚れを落として、ゆっくりしましょう?」

「えっと、まさかとは思いますがこの動物が湯浴みの準備を?」

「そのまさかね」

 目をつぶり指先でこめかみを揉んだダーチャは、洗練された魔法にどうにかついて行こうとしているみたい。

「つまり、わたしの仕事をこの動物がとったと!」

「あ、そっち?」

 お身体をお流しするのはわたしの仕事ですからね! と息巻いて、ダーチャはわたくしの手をとりました。が、数歩進んだところで立ち止まってカワウソを振り返ります。

「先輩、お風呂までご案内いただいても?」

「きゅー!」


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