稀代の悪女が誘拐された

伊賀海栗

文字の大きさ
上 下
7 / 15

第7話 結界を、ですか

しおりを挟む

 さらに三ヶ月。ミケちゃんが当初おっしゃっていた通り、確かに三ヶ月でわたくしは治癒魔法をいくつか習得いたしました。聖女様はみんな長い修行をなさると伺うけれど、それをたった三ヶ月でやらせようというのはどうかと思います!

 結界を張るとか対象を特定しない範囲型の治癒とかそういった高度な魔法はまだ難しいですが、そもそもわたくしに本当に聖女の適性があったことに驚いています。

「これで……怪我や病気に苦しむ民を助けてあげられるのね」

「ふぁっふぁ! 民とな! ピエリナちゃんはまだ王妃になるつもりでおるのかの!」

「あっ、いえ、そういったわけでは」

「いやいや、素晴らしい心構えと思うよ。リージュ王国は得難い宝を手放した大馬鹿者どもよ」

「そうでしょうか」

 ミケちゃんの部屋の窓から外を眺めますが、見晴らしはわたくしの部屋と変わりません。ここまでの高さになると基本的に雲しか見えないものね。

「感情を表に出すのはまだ難しいのかの」

「と言いますと?」

「帝国に来て半年。笑顔は増えたが、寂しい悲しい悔しい腹が立つ……そういった表現を少しでもしたかね。王国に対して思うことはあるだろうに」

 でもそれは品がないことだと聞かされてきました。怒りを見せる、寂しい悲しいと愚痴を言う、我がままを言うのは良くないことだと。それを言われた相手が困ってしまいますよ、と。

 感情をあらわにされたら困るのは周囲の方なのに、ミケちゃんはなぜそんなことを言うのかしら。

「きっと、受け止められる人がいないからですわ。わたくし、感情が普通より大きいのかもしれません。みなさん困ってしまうんですって」

「感情はなぁ、大きくていいのよ。お前さんが人を困らせたのはその身分のせいじゃろうて。試しにジルドに怒りをぶつけてみるといい」

「ふふ、怒る理由もないのに」

「偏執的な変態ぞ? 突然連れて来られて、怒りしかなかろう?」

「誰が変態だクソジジイ!」

 またジルドの怒鳴り声。今度は扉がばたんと大きく開いて、そちらから入って来ました。お隣の部屋で偉い人たちと会議をしていたみたい。
 わたくしが帝国へ来たばかりの頃と比べ日に日に忙しくなっていったジルドだけど、最近は魔術塔にいることのほうが少ないくらいでした。塔にいてもこんな風に会議ばかりで……。

「会議はもういいの?」

「ん。反対者なしの全会一致で決まったから早かった」

 ジルドが珍しくわたくしと目を合わせてくれません。それにいつもと比べてちょっと口数が少ないような気も。

「何が決まったの?」

「んー。俺の出張」

「どこに?」

「ピエリナ、これ以上は言えないよ。機密ってやつさ」

 機密では仕方ないけれど……。
 ちらっとミケちゃんを見ると、彼はニヨニヨと楽しそうに笑っています。

「リージュじゃよ」

「ジジイ! てめぇ!」

 ジルドがミケちゃんの口を押さえようと手を伸ばしますが、老人とは思えない軽やかさでそれを避けました。ていうかこのふたりが追いかけっこを始めると縦横無尽に動くので、わたくしは部屋の隅っこで小さくならないといけません。

「帝国が提供する魔物避けの防御結界の対象地域からリージュを外すこととなった、そうじゃろ」

「ジジイ!」

「本件はジルドに任せておるが、報告くらいはくるもんじゃ。なんてったって、わし魔術塔の主じゃもん。それにわし、機密とか聞いとらんしのー」

「黙れジジイ!」

「待ってください! それはリージュ王国を帝国の保護から外すということですか?」

 例えば帝国が他国へ侵攻する、または強大な魔物を討伐するなどしようとしたとき、リージュ王国のような従属国はあらゆる労役を提供する決まりとなっています。
 代わりに結界で魔物から保護したり、通信具のような高度な術式の刻まれた魔道具を貸与したりするわけです。
 にもかかわらず保護対象から外すということは……。

「……オルランド領で採掘された硝石、今も他国に輸出してるんだ。今度は王国が主体になって」

「えっ、だってあれは」

「硝石の販売先は組織的犯罪集団、いわゆるマフィアだ。意味がわからないよ。なんで国がマフィアの支援をしてるんだ? で、その国は大激怒というわけ。自国の治安が脅かされている、いやめちゃくちゃ悪化してるんだもんな」

「だからリージュを切って当事者同士で解決しろということね?」

 実際、ジルドの話が本当なら帝国にとってはとばっちりですものね。対立する国に攻撃の口実を与えてしまったのですから。

「いや、リージュはこちらで締め付けておくからそっちは内政に専念しろと水面下で話をつけたのさ。賠償金のほか、マフィアを掃討するために魔道具もいくらか贈ってね」

 王妃教育の中で学んだ社会情勢というものを再び思い返して、なるほどと頷きました。もし帝国がリージュを放り出せば、リージュが相手国に奪われるのは必至。それは帝国としても大問題ですから回避しなければなりません。
 一方、相手国は相手国でいくら理由があっても帝国と戦争をするのは高リスクであり、できればリージュを直接叩きたくはない。けれどメンツの問題もある……。

「大きな問題にはしないまでも帝国が一部の非を認め、あとは双方で火種を潰すということですか」

「そ。で、リージュをちゃんと叩いてますよと見せるには結界を外すのが手っ取り早いよねって」

 結界はリージュ王国の国土すべてを覆っているわけではなく、主要な土地に限られています。結界の外には魔物も多く存在しますから、これが外れたら……。ダーチャはどうなるの?

「わたくしも行きます」

「はいぃ? ごめん聞こえなかったなぁ!」

「わたくしも連れて行って! お願い、ジルド」

「『お願い』かぁー!」

 ジルドはしゃがみ込んで頭を抱えてしまいました。大丈夫かしら?



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。

メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい? 「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」 冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。 そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。 自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。

【完結】毒殺疑惑で断罪されるのはゴメンですが婚約破棄は即決でOKです

早奈恵
恋愛
 ざまぁも有ります。  クラウン王太子から突然婚約破棄を言い渡されたグレイシア侯爵令嬢。  理由は殿下の恋人ルーザリアに『チャボット毒殺事件』の濡れ衣を着せたという身に覚えの無いこと。  詳細を聞くうちに重大な勘違いを発見し、幼なじみの公爵令息ヴィクターを味方として召喚。  二人で冤罪を晴らし婚約破棄の取り消しを阻止して自由を手に入れようとするお話。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

恋愛戦線からあぶれた公爵令嬢ですので、私は官僚になります~就業内容は無茶振り皇子の我儘に付き合うことでしょうか?~

めもぐあい
恋愛
 公爵令嬢として皆に慕われ、平穏な学生生活を送っていたモニカ。ところが最終学年になってすぐ、親友と思っていた伯爵令嬢に裏切られ、いつの間にか悪役公爵令嬢にされ苛めに遭うようになる。  そのせいで、貴族社会で慣例となっている『女性が学園を卒業するのに合わせて男性が婚約の申し入れをする』からもあぶれてしまった。  家にも迷惑を掛けずに一人で生きていくためトップであり続けた成績を活かし官僚となって働き始めたが、仕事内容は第二皇子の無茶振りに付き合う事。社会人になりたてのモニカは日々奮闘するが――

断罪されて婚約破棄される予定のラスボス公爵令嬢ですけど、先手必勝で目にもの見せて差し上げましょう!

ありあんと
恋愛
ベアトリクスは突然自分が前世は日本人で、もうすぐ婚約破棄されて断罪される予定の悪役令嬢に生まれ変わっていることに気がついた。 気がついてしまったからには、自分の敵になる奴全部酷い目に合わせてやるしか無いでしょう。

悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!

Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。 転生前も寝たきりだったのに。 次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。 でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。 何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。 病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。 過去を克服し、二人の行く末は? ハッピーエンド、結婚へ!

処理中です...