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第四章
68:エネルギーに革命を!(1)
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貧民街へ戻るパムとは一旦分かれ、錬は魔光石が詰まった箱を抱えて魔法学園へ帰った。
これまで寝泊まりしていた平民用の寮室はすでに引き払われており、今のジエットは貴族よりも更に上、王族専用の部屋があてがわれている。
平民舎の部屋数個分はある広々とした空間に赤い絨毯が敷かれ、家具や調度品も一式全部そろっている。窓は雲母板ではなく高価な板ガラスで、しかも天井には魔光石のシャンデリアがあった。
「こりゃまたすごい事になってるな……」
「それはこっちのセリフだよ」
ジエットは箱に詰まった魔光石の山をジト目で見つめてくる。
彼女の着るアカデミックガウンは、いつの間にかワンドのものになっていた。
「こんなに何を買ってきたの?」
「魔光石だ」
「これ全部……?」
「ああ」
そんなやりとりに、ジエットは苦笑した。
「レンが突然よくわからない事を始めるのはいつもの事だけど、こんなにいっぱいどうするの?」
「魔力源にするんだ」
錬は先ほど実験的に交換した魔光石入り魔石銃をジエットの前で一発撃って見せる。
すると驚きの表情を浮かべた。
「これはすごいね……。魔石がなくても魔石銃が撃てるなんて」
「ああ。ただ、今のところ魔光石の魔力量はクズ魔石程度と微々たるものだ。一発撃って弾切れじゃ連射もできない」
「問題は残ってるって事だね……」
話していると、ふとジエットが思い出したように顔を上げた。
「そういえば魔石の件なんだけど、さっき聖堂教会の使者が来たよ」
「聖堂教会の? テラミス王女派のか?」
「そうだけど、よく知ってるね?」
「雑貨屋巡りしてる時に聞いたんだ。それで使者はなんて?」
「封書を渡して帰ってったよ」
ジエットは開かれた手紙を差し出してくる。
この世界でよく見る木目紙とは違って羊皮紙が使われており、封蝋の跡があった。
「結構な長文だな……。だいぶ慣れてきたとはいえ読むのが大変だぞこれは」
「別に読まなくていいよ。大した事は書いてないし」
「そうなのか?」
「そうだよ」
ぶすっとした顔で不機嫌そうに封書を見るジエット。
「何が書かれてたんだ?」
「かいつまんで言うと、命が惜しければレンを寄越しなさい、だってさ」
「俺を?」
「ハーヴィンお兄様とテラミスお姉様が足並みをそろえるように王都中の魔石を買い占めて、今後魔石鉱山からの流通制限をする事になったから、私にはもう勝ち目がない。だから諦めてレンを引き渡せ。そうすれば命までは取らないであげてもいいって」
「えぇぇ……なんで俺? いやまぁ理由はわからないでもないけど」
今や錬は大賢者として名が通っている。前世の知識を活用して様々な魔法具を生み出した実績があるのだから、欲しがるのは当然と言える。
「まぁでも、大した事じゃないなら無視でいいだろ」
「正式な使者を寄越してきたから、一応返答はしておいた方がいいってエスリ先生が。今なんて答えるべきか考えてるところ」
「だったら普通にお断りしますでいいんじゃないか?」
「それはそうなんだけど……」
ジエットはうつむき、迷うようにして言った。
「レン……あのね、怒らないで聞いて欲しいんだけど。もしあなたがテラミスお姉様に付いたら、どうなると思う?」
「どうとは?」
「奴隷制度の廃止の事」
いきなりの話に錬は呆気にとられた。
しかし言われてみれば、何も考えずに拒絶するよりも想定くらいはしておいた方がいいかもしれない。
あごに手を当てて考え、しばらく唸った末に、考えても無駄だと気付いて錬はため息をついた。
「わからん。俺はテラミス王女の事を何にも知らないんだ。まぁ一度会った印象だけで判断すると、あのツンツン王女様が奴隷制度を廃止してくれるとはあんまり思えないけど」
「じゃあ……レンを差し出す交換条件として奴隷制度の廃止を提示したら、受け入れてくれると思う?」
どこか息苦しそうに、ジエットはガウンの胸元を強く握り締めた。
(そういう事か)
要するに、ジエットは不安なのだ。
実際、魔石の買い占めと流通規制は今の錬にとって致命的な一手だった。
王位を巡る三つの派閥の中でもジエッタニア派は支持基盤が最も脆弱で、しかも唯一魔石鉱山を保有していない。それに半獣の王女であるため、いつ暗殺者に命を狙われるかもわからない。
あらゆる面で不利な状況だからこそ、主導権を渡してでも目的を達成させるという選択肢が現実味を帯びてくるのだろう。
テラミスが信頼できる善人であればそれもありかもしれない。だがどんな人物かもわからない中では、もはやそれは博打の類いである。
「その交換条件を提示したとして、テラミス王女が約束を守らないリスクを君は受け入れられるのか?」
「それは……」
「主導権を渡すってのはそういう事だ。結果を相手に委ねる事、そしてどんな結果になろうと受け入れる事。それが嫌なら自分で戦うしかない」
ジエットはアラマタールの杖を胸に抱き、視線を落とした。
「レンの事だからきっと何か考えがあるとは思うんだけど……これからどうする?」
「再生可能エネルギーの研究をする」
「再生……?」
小首を傾げるジエットに、錬は不敵な笑みを返した。
「詳しくは夜になってのお楽しみだ」
これまで寝泊まりしていた平民用の寮室はすでに引き払われており、今のジエットは貴族よりも更に上、王族専用の部屋があてがわれている。
平民舎の部屋数個分はある広々とした空間に赤い絨毯が敷かれ、家具や調度品も一式全部そろっている。窓は雲母板ではなく高価な板ガラスで、しかも天井には魔光石のシャンデリアがあった。
「こりゃまたすごい事になってるな……」
「それはこっちのセリフだよ」
ジエットは箱に詰まった魔光石の山をジト目で見つめてくる。
彼女の着るアカデミックガウンは、いつの間にかワンドのものになっていた。
「こんなに何を買ってきたの?」
「魔光石だ」
「これ全部……?」
「ああ」
そんなやりとりに、ジエットは苦笑した。
「レンが突然よくわからない事を始めるのはいつもの事だけど、こんなにいっぱいどうするの?」
「魔力源にするんだ」
錬は先ほど実験的に交換した魔光石入り魔石銃をジエットの前で一発撃って見せる。
すると驚きの表情を浮かべた。
「これはすごいね……。魔石がなくても魔石銃が撃てるなんて」
「ああ。ただ、今のところ魔光石の魔力量はクズ魔石程度と微々たるものだ。一発撃って弾切れじゃ連射もできない」
「問題は残ってるって事だね……」
話していると、ふとジエットが思い出したように顔を上げた。
「そういえば魔石の件なんだけど、さっき聖堂教会の使者が来たよ」
「聖堂教会の? テラミス王女派のか?」
「そうだけど、よく知ってるね?」
「雑貨屋巡りしてる時に聞いたんだ。それで使者はなんて?」
「封書を渡して帰ってったよ」
ジエットは開かれた手紙を差し出してくる。
この世界でよく見る木目紙とは違って羊皮紙が使われており、封蝋の跡があった。
「結構な長文だな……。だいぶ慣れてきたとはいえ読むのが大変だぞこれは」
「別に読まなくていいよ。大した事は書いてないし」
「そうなのか?」
「そうだよ」
ぶすっとした顔で不機嫌そうに封書を見るジエット。
「何が書かれてたんだ?」
「かいつまんで言うと、命が惜しければレンを寄越しなさい、だってさ」
「俺を?」
「ハーヴィンお兄様とテラミスお姉様が足並みをそろえるように王都中の魔石を買い占めて、今後魔石鉱山からの流通制限をする事になったから、私にはもう勝ち目がない。だから諦めてレンを引き渡せ。そうすれば命までは取らないであげてもいいって」
「えぇぇ……なんで俺? いやまぁ理由はわからないでもないけど」
今や錬は大賢者として名が通っている。前世の知識を活用して様々な魔法具を生み出した実績があるのだから、欲しがるのは当然と言える。
「まぁでも、大した事じゃないなら無視でいいだろ」
「正式な使者を寄越してきたから、一応返答はしておいた方がいいってエスリ先生が。今なんて答えるべきか考えてるところ」
「だったら普通にお断りしますでいいんじゃないか?」
「それはそうなんだけど……」
ジエットはうつむき、迷うようにして言った。
「レン……あのね、怒らないで聞いて欲しいんだけど。もしあなたがテラミスお姉様に付いたら、どうなると思う?」
「どうとは?」
「奴隷制度の廃止の事」
いきなりの話に錬は呆気にとられた。
しかし言われてみれば、何も考えずに拒絶するよりも想定くらいはしておいた方がいいかもしれない。
あごに手を当てて考え、しばらく唸った末に、考えても無駄だと気付いて錬はため息をついた。
「わからん。俺はテラミス王女の事を何にも知らないんだ。まぁ一度会った印象だけで判断すると、あのツンツン王女様が奴隷制度を廃止してくれるとはあんまり思えないけど」
「じゃあ……レンを差し出す交換条件として奴隷制度の廃止を提示したら、受け入れてくれると思う?」
どこか息苦しそうに、ジエットはガウンの胸元を強く握り締めた。
(そういう事か)
要するに、ジエットは不安なのだ。
実際、魔石の買い占めと流通規制は今の錬にとって致命的な一手だった。
王位を巡る三つの派閥の中でもジエッタニア派は支持基盤が最も脆弱で、しかも唯一魔石鉱山を保有していない。それに半獣の王女であるため、いつ暗殺者に命を狙われるかもわからない。
あらゆる面で不利な状況だからこそ、主導権を渡してでも目的を達成させるという選択肢が現実味を帯びてくるのだろう。
テラミスが信頼できる善人であればそれもありかもしれない。だがどんな人物かもわからない中では、もはやそれは博打の類いである。
「その交換条件を提示したとして、テラミス王女が約束を守らないリスクを君は受け入れられるのか?」
「それは……」
「主導権を渡すってのはそういう事だ。結果を相手に委ねる事、そしてどんな結果になろうと受け入れる事。それが嫌なら自分で戦うしかない」
ジエットはアラマタールの杖を胸に抱き、視線を落とした。
「レンの事だからきっと何か考えがあるとは思うんだけど……これからどうする?」
「再生可能エネルギーの研究をする」
「再生……?」
小首を傾げるジエットに、錬は不敵な笑みを返した。
「詳しくは夜になってのお楽しみだ」
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