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第一章

2-4 闇夜の襲撃者たち

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「な、なに!? なにが起きたの!?」
「なにがあったみたいですね。勇者様の勘が当たった、ってことでしょうか? あっはっはっ」
「笑いごとにならないのだけれど!?」

 冗談交じりに言っているが、かなりマズい状況になっているのだろう。でなければ、妖精さんが俺を起こしたりはしない。
 しっかりと鎧や剣を装着して、盾と槍を手にする。

「様子を見て来ます。待っていてもらえますか?」
「わ、わたしも行くわ。決して一人が嫌なわけじゃないからね!?」
「分かりました。では、自分の援護を頼みます。ふふっ」
「怖いわけじゃないわよ!? 本当だからね!?」

 妙に和んでしまいながら、ギィギィと音を立てる階段を下る。
 ここまでくれば、慌ただしい空気が伝わってきていた。かなりマズいことになっていそうだ。
 扉を押さえながら騒いでいる男たちに対し、声をかける。

「なにがあったんですか?」
「コ、コブリンだ! コブリンが襲って来た!」
「なんだ、コブリンですか」
「おい! 板を打ち付けろ! そうすれば開かれることはない! 窓も全部塞げ!」

 コブリンが襲って来ただけだ。なのに、やけに物々しい。
 勇者様も同じことを感じたのだろう。眉根を寄せながら聞いて来た。

「なにか変じゃない?」
「えぇ、自分もそう思います。……なぜ、コブリンを倒さないんですか!」
「倒せないからに決まってるだろ!? どんだけいると思ってんだ!」

 一瞬意味が分からなかったが、扉を、壁を、窓を叩く音が増えていくことに気付き、ようやく理解した。
 数えきれないほどのコブリンが、宿へ襲い掛かって来ている。妖精さんが起こしたのは、そのせいだったのか。

「ミサキお嬢様、二階へ」
「で、でも対策を考えないと――」
「そのためにも、一度二階から様子を窺いましょう」
「え、えぇ。確かにそうね。うん、それがいいわ」

 数えきれないほどのコブリンが襲って来た? バカげているにも程がある。そんな話は、過去に数回しか聞いたことがない。
 そしてその大体が、どうやってか大陸内へ入り込んだ魔族が先導していた、という話だ。

 二階の窓から外を覗く。黒く小さな影が、地面が見えないほどの数で蠢いていた。
 コブリンは弱い。簡単に倒せる。……だがそれは、あくまで少数の場合だ。
 あれだけの数がいれば、飛び掛かられれば身動き取れなくなる。そして蟻に全身が噛まれるかのように、少しずつ弱らせられ、嬲り殺されるのだ。

 どこか穴は無いのか? 撃退するのは無理がありすぎる。
 逃走経路は無いかと必死に考えていると、勇者様が言った。

「ねぇ、少し思いついたことがあるんだけど」
「はい、なんでしょうか」
「ここから魔法を撃って、撃退すればいいんじゃない? もちろん建物が狙われるから、一階部分をしっかり守らないといけないけれど」
「名案だと言いたいのですが、自分は数発しか魔法を撃てません。倒せたとしても数匹……いや、油をぶちまけて《フレイム》を使えば、もっと多くを……ダメですね。そんなことをすれば、建物が燃えてしまいます」

 勇者様も勇者様なりに、どうすればいいかを考えてくれている。なんと頼もしいことか。その勇気こそが勇者ですよ。もっと自分に自信を持ってください。
 何としても、この人を守り通さねばならない。決意を改め、強く拳を握った。

 一人やる気になっていたのだが、勇者様の話は終わっていなかったようだ。
 何度か肩を叩かれ、もう一度彼女へ目を向けた。

「あの、だからね? わたし、魔法ならたくさん撃てるじゃない? だから、どうにかできないかな、って思ったの」
「……さすが勇者様です!」
「そ、そう? そうかしら? ふふ、ありがとう」

 計画を話し合った後、一階の護衛たちにも話を通す。怪しんでいたが、他に方法も無かったのだろう。協力してくれると言ってくれた。
 俺たちは宿の屋根へ上り、眼下を見下ろす。なにかが蠢いているその光景は、背筋がゾッとするものだった。

「ねぇ、ラックスさん。使う魔法はわたしが決めていい?」
「周囲に被害が出るようなものを避けてもらえるのでしたら、お任せしますよ。土でも、風でも、水でも」
「えぇ、任せて。自信ありよ!」

 勇者様は両手を前に翳し、蠢く小さな影に向かい、魔法を唱えた。

「《アクアドロップ》!」
「えっ」

 大粒の雨がコブリンたちへ降り注ぐ。うざったさそうにしてはいたが、特に行動を阻害したりはしない。

「あの、勇者様? せめてアクアボールや、アイスニードルのほうがいいのでは……」
「《アクアドロップ》!《アクアドロップ》!」

 ダメだ、勇者様は冷静さを失っているようだ。意味のない魔法を連発しているだけで、なんの効果ももたらしていない。……と、普通ならば思うだろう。
 しかし、俺の考えは違った。
 勇者様は異世界から来た人だ。そして、頭の悪い人じゃない。なにか狙いがあって、コブリンたちを濡らして……気付いてしまった。
 これはマズいと、勇者様を止める。

「待ってください勇者様! 雷系の魔法はダメです! 雷は家屋に火を――」
「よし、いけるわ。《アース》!」
「あれ?」

 《アース》とは土系の基礎魔法で、土をちょっぴり操作する魔法だ。ダメージを与えるならストーンなどのほうが効果的である。
 しかし、ここで《アース》? 困惑していたのだが、その理由がすぐに分かった。

「あ……」
「名付けて、《マッド・ジャマー》! 意図的に作り出した泥沼で動きを邪魔するという、異世界物ではありがちなやつよ!」

 彼女が濡らしたかったのはコブリンではない。地面だ。
 そして、泥となった地面を操作することは容易く、動きを阻害することに成功していた。
 見れば理解できるが、それを思いつくというのがすごい。邪魔をするからジャマー。そのセンスもさすが勇者様だ。シンプルで誰にでも伝わりやすい。まるで勇者ではなく賢者のようだ。

「さすが勇者様……!」
「よし、これで予定通り、動けないやつらを倒せるわよね?」
「えぇ、もちろんです!」

 目論見通りに進んだことに気付いたのだろう。数人の護衛が外に出て……すぐに戻った。そして槍で届く範囲を突き刺したり、矢を射だした。

「あ、あれ?」
「あぁ、なるほど……」
「どうして積極的に倒しに行かないの!?」

 いや、そりゃ勇者様、当たり前ですよ。だって、今あそこは――。

「泥沼になっていますからね……」
「あっ」

 どうやらそこまでは考えていなかったのだろう。勇者様は両手で顔を覆い、恥ずかしそうにしている。
 しかし、この方法は有用だ。勇者様は次々と泥沼を作り出し、気付いた村人たちも槍や弓矢で攻撃を始めた。

 そもそも相手はコブリン。数の優位性はあれど、足が鈍れば大したことはない。
 少し経てば、自分たちが不利だと察したのか。コブリンたちが逃走を始める。
 それは、とても違和感のある行動だった。

「逃げて行くわね! 大勝利じゃない!」
「えぇ、逃げて行きますね。そんな知性、コブリンにはありませんので」

 まだ確証はないが、コブリンの姿が妙に少なかったのは、何者かがコブリンを集めていたからだろう。
 ゴブリンの可能性が高いとは思うのだけれど、魔族の可能性が無いとも言えない。

 ふと、気付いた。
 そもそも、どうやってベーヴェたちは王都へ侵入したのだろうか?
 だが考えても分かるはずはなく、俺は頭を抱えるのだった。

 ――翌朝。村人たちは泥となった箇所に土をかけ、踏み固めていた。見て歩くに、宿からかなり離れた範囲でも作業をしている。
 夜なので分かっていなかったが、勇者様の魔法は射程が長いようだ。力を籠めれば伸びるわ! と勇者様は言っていたが、魔力に余裕があるからこそだろう。

「ふーむ」
「どうしたの、ラックスさん?」
「いえ、昨日のコブリンたちはまだ近くに潜んでいるはずですよね? 指示もお粗末でしたし、撤退した理由も分からないし、一体どうしたものかと」
「なら、見つけ出して調べましょう」
「そうですね、ここは王都に手紙を送って……なんですって?」
「王都に手紙を送って、わたしたちで調べましょう! 原因が分かれば、後はなんとかしてもらえるわ!」

 なるほど、確かに良い案に思える。
 それにまぁ、急ぐ旅でもない。なんせ、勇者様がもう無理だと思ったら、王都に送り届ける旅だ。

「では、問題が解決するまで、テトラの村を拠点にして動きましょうか」
「えぇ、よくってよ!」

 勇者様は、満面の笑みで頷いていた。
 ちなみに「邪魔でジャマーは素晴らしいセンスですね!」と誉めまくったら、顔を真っ赤にして「二度と言わないから、二度とその話はしないで!」とお願いされた。
 夜のテンションがなんとかと言っていたが、勇者様にとっては失敗だったようだ。やはり異世界の基準は難しいな、と言わざるを得なかった。
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