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最終章 因縁に蹴りをつけること

33話 努力の差

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 まずは邪魔な泡を減らそうと、ルウは土の弾丸を放つ。地面が抉れていくことから、必要な土を足から吸い上げているようだ。
 土の弾丸に触れれば、脆い泡は割れていく。それを見て、ルウはニタリと笑った。

「どうですか? 兄上が水を得手としているから、私は土を選びました。相性の差もあります。絶対に勝てない勝負を挑んだ気持ちを教えてくださいよ!」

 楽しそうに笑うルウへ、ローランは小さく息を吐いた。

「なにを喜んでいるのかと思えば。まだ一発も届いていないのに、歯を見せるのは速すぎるんじゃないか?」
「当てないように気を遣ってやっていることも分からないんですね!」

 しっかりと狙いを定め、先ほどよりも多い土の弾丸が放たれる。
 同じように泡はパチンパチンと割れていったが、やはりローランたちまで届くことはなかった。

「……直接殴ればいいだけでしょう!」

 実戦経験の無いルウは、なにか仕掛けがあるなどとは考えない。自身のほうが力は勝っていると信じ、巨碗の一本で殴りかかる。
 その腕はローランへと真っ直ぐに伸びていったが、先ほどと同じように届かず、途中で砕けた。

「っ!?」

 理解できない様子で、ルウは一歩下がる。壊れた腕はすでに修復されていたが、混乱から次の行動へ移れなかった。
 ローランは特に感情を出さぬまま、淡々と告げる。

「水の魔法を得手としている? 俺と過ごした10数年のことを忘れたのか?」

 まるで分かっていなさそうなルウを見て、ローランは1つの泡を剣先で指した。

「炎」

 泡が割れ、炎が噴き出す。

「風」

 泡が割れ、風が渦巻く。

「土」

 泡が割れ、土の塊が弾ける。
 その光景を、ルウは呆然とした様子で見ていた。

「その目はなにを見て来た。いや、本当になにも見て来なかったのか」

 ローラン・ル・クローゼーは、大抵のことは少し学べばそれなりにできるようになる器用さを持ち合わせている。
 水の魔法を主としていたのは、勇者が水の聖剣メルクーアを所持していたからであり、その替え玉として動くことを考えた上で、水の魔法を使っていただけだ。
 生来のローランに、苦手な属性は特に無い。そして今この状況で、勇者の替え玉を演じる理由はなく、ローランは十全に力を発揮することができていた。

 もちろん、そんなことはルウも知っていたはずだ。そのはずなのに、ルウは覚えていなかった。
 ローランの顔が僅かに憂いを帯びる。
 家族を愛していたわけではない。歩み寄る努力をしたわけでもない。だが、記憶の片隅にすら残っていなかったという事実が、微かに胸を痛めていた。

 ほんの一瞬の静寂。その隙に、ルウは2本の巨腕を地面へ叩きつけた。背の2本だけが残り、両腕の巨腕が消える。
 身構えたローランの後ろで、マーシーが声を上げた。

「えっ?」

 マーシーの少し先の地面に、巨大な2本の腕が生えていた。それは指先をマーシーに向け、土の弾丸を放ち始める。
 慌てながらも、マーシーは守護魔法を発動させ、壁を出す。
 しかし、魔力の差は歴然だ。無数の土の弾丸に、壁は罅割れていった。

「ハハハッ! 兄上は防げても、後ろの小姓はどうですかね!」

 ローランは泡の展開を、前方を厚くしており、後方は僅かに薄くしていた。それを直感で見抜いたところは、ルウを褒めるべきところだろう。

 本来ならば後方に泡を増やすなり、マーシーを助けるなりするべきはずなのだが、ローランは前に駆け出した。

 驚きながらも、ルウは対応を始める。自然と、マーシーに向けていた攻撃の手は緩められた。

 真っ当に戦えば、ルウのほうが圧倒的に有利だ。強力な魔剣の補助で、圧倒的な魔力量を誇っている。
 しかし、ルウには経験が足りず、どうすればいいかが分かっていない。単純な手しか選べず、複数個所の魔法を制御する練度も足りていなかった。

 パキリと音を立て、マーシーの守護魔法が一部砕ける。そこへ吸い込まれるように、土の弾丸が入っていった。
 一体仕留めた。ルウはそう思ったが、マーシーは冷静に剣で土の弾丸を打ち落とし、守護魔法を張り直した。

 それを見たルウの顔が歪む。
 マーシーが打ち落とせたことは努力のお陰だろう。しかし、運の要素も強い。次も成功するとは言えない。

 だが、それに気づいていないルウの精神は惑い、その惑いは魔法へと反映された。
 どこを狙っているのかも分からない、制御を失った土の弾丸。
 防ぐ数が減れば、負担も減る。接近を試みていたローランは、泡の1つを操作し、ルウの顔横で破裂させた。

「ギッ、ギアアアアアアアアアアアアアアアア」

 突如現れた炎に、ルウの顔の半分が焼ける。

「火? どこから? 泡は無かった! どうして!」
「――隠蔽の魔法だ」

 ルウの疑問に答えたローランは、ほぼ景色と同化している隠蔽された泡を操作し、宙で破裂させる。

「見えない、泡? なんだよそれ! インチキじゃないか!」

 先ほども言ったが、精神状況と魔法の制御は綿密な関係にある。
 すでに、ルウの体からは、土の鎧も、巨大な腕も消えている。土の弾丸を放つこともできず、ただ焼けた顔を押さえながら地面を転がっていた。

「隠蔽の魔法を得手とする良き師に出会えてな。完全には程遠いが、お前には十分効果があったようだ」

 自身の弟の顔を焼き、地面をのたうち回っている姿を見ても、ローランの心は揺らがない。
 まだ終わったわけではないと、冷静に動きを観察しながら、失った泡を増やしていた。

「いつも、いつもそうだ。いつも! 兄上だけが特別だ! あの女だって私を拒否した! 兄上は受け入れたのに! ふざけるな! どうして誰も私を認めてくれないんだ!」

 あの女というのは、ローランの元婚約者であり、ルウが婚約をしようとしていた相手のことだ。自分を認めてくれる人はいない。両親も、婚約するはずだった女も、平民も、誰もが。
 そんなルウの嘆きに、ローランは息を吐いてから言った。

「なぜ痩せない」
「は? 体形は人の勝手だろ!」
「なぜ学ばない」
「誰でも勉強ができるわけじゃない!」
「なぜ剣を振らない」
「運動だって同じだ! できるやつもいれば、できないやつもいる!」
「なぜ人に優しくしない」
「誰も私に優しくなんてしてくれなかった! なのに、どうして優しくしなければならないんだ!」

 なんともクローゼー家の産物らしい弟の返答に、ローランは呆れた素振りすら見せず、淡々と話を続ける。

「お前の本心などはどうでもいい。甘えるな。人に好かれたいのであれば、澱んだ感情はひた隠して努力しろ。大抵の人はそうやって生きてきている」
「なら、兄上はやっていたって言うのかよ!」
「やっているつもりだった。だが足りていなかった。だから、

 ローランはアリーヌに負けたことを引きずっている。今は、彼女自身に暗い感情を向けているわけではない。ただ、あのときにもっと努力していればと、当時の自身の未熟さを悔いていた。

 それが分かったのか。もしくは、努力している姿を思い出したのか。
 ルウは口を噤み、胸から魔剣が零れ落ちる。
 こうして兄弟の戦いは、幕が下ろされた。
 
 ローランはルウを魔法で拘束し、水球を顔に押し当てる。
 それから、ルウだけに聞こえるように、小声で言った。

「家に囚われるな。

 ローランの言葉に、ルウは何も返さない。
 すでにやり直せる段階にないということだけは、愚かなルウにも分かっていた。
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