次期勇者として育ててくれた家から絶縁されたのですが、勇者の替え玉として生きることにしました

黒井 へいほ

文字の大きさ
上 下
35 / 40
最終章 因縁に蹴りをつけること

32話 対照的な兄弟

しおりを挟む
 崖上での戦闘が始まる。その激しい音から、エンギーユがこちらへ来られないことをルウも理解した。
 しかし、その顔にはまだ余裕があった。

「それで? どうせエンギーユが勝ちますし、こちらには数十の騎士もいます。たった2人で相手にできるとでも?」

 ローランは不敵に笑う。

「あぁ、王都でぬくぬくと暮らしていた、実戦のなんたるかも知らない雑魚のことを言っているのか? 俺たち2人でも十分なのだが、生憎と手は抜かない主義でな」

 言い終わると同時に、ルウたちを取り囲むように協力者たちが姿を見せる。その数は、ルウの配下である騎士たちの倍にも及んだ。
 今のローランに油断は無い。準備の時間もあった。確実な勝利を得るために、十分な状態を用意してあった。

「愚弟は俺とマーシーで相手取る。他をお任せしたい」

 協力者たちは一礼し、行動を開始する。個の質でも、数の上でも勝っている戦い。彼らが勝つまでに、そう時間は掛からないだろう。

 ローランとマーシー、そしてルウを無視した状態で戦闘が始まる。
 背後から聞こえる戦闘音を聞きながら、ルウは不快そうに顔を歪めた。

「さっきも言いましたが、直にエンギーユが来ます。兄上たちに勝ち目はありません」
「俺の仲間を見くびるな。アリーヌ・アルヌールは必ず勝つ。疑いの余地はない」

 仲間を信じている澄んだ目をした兄と。
仲間を信じているわけではないが、自身の思い通りに進むと勘違いしている澱んだ目をした弟。
 両者は対照的だ。
 ローランはいくらかの哀れみすら覚えながら、ルウへと言った。

「どうした? 泣き叫び、地面に頭を擦り付け、許しを請わないのか?」
「私が勝つのに、なぜ懇願する必要が? あぁ兄上は、本当に愚かですね。昔からそうだった。自分の思い通りに進むと勘違いしている。勝ったつもりでいるのが、その証拠です」

 どちらが勘違いしているのか。主観でしか物事が見えていない弟を、ローランは鼻で笑った。

「ハッ。まさか、そんなつもりはない。いくら愚弟とはいえ、切り札の1つくらいは用意してあるはずだと思ってのことだ。惜しまず手札を切れ。その全てを、兄が打ち砕いてやろう」
「……減らず口の代償は、その命で払ってもらいましょうか!」

 ローランは剣を抜き、ルウも短剣を抜く。
 違ったところは、ローランが構えたのに対し、ルウはその短剣を自分の胸へと突き刺したことだろう。
 短剣を刺した部分が波打ち、全身を土の鎧が覆う。背にも2本の腕が増える。歪な4本の巨腕を生やしたゴーレムのような存在。それが、ローランたちの眼前に立ち塞がっていた。
 その邪悪な気配は、人よりも魔族に近い。
 自身を魔族へと近づける、エンギーユから譲り受けた魔剣。それが、ルウの切り札だった。

 ローランは空いた手の指に挟みこみ、3本の小瓶を取り出す。
 それを放り投げようとしたが止まり、背のマーシーへと語り掛けた。

「マーシー、背中は任せた」
「で、できるだけのことはするよっ」

 マーシーの声は震えている。緊張しているのだろう。
 ローランは優しい声色で、マーシーへと言った。

「俺にアリーヌの背は守れない。実力に差がありすぎるからだ」
「そんな、ことはないよ」

 否定してくれるマーシーの優しさへ、ローランは首を横に振る。

「事実は正しく受け止めるべきだ。しかし、マーシーには俺の背を任せられる。それだけの修練を積んでいた。君の努力を、俺はちゃんと見ていたよ」

 マーシーの体の震えが僅かに収まる。期待に応えられるかという不安を、期待に応えたいという気持ちが勝ったからだ。
 1度深呼吸をし、マーシーは強く答えた。

「任せて、おにいさん。ボクが守るから」

 ローランは安心した顔を見せた後に、小瓶を全て宙へ放った。それを同時に、剣の一撃で割り砕けば、周囲に無数の泡が広がる。
 剣を握った手を伸ばしたまま、空いた手を胸に当て、ローランは道化師のような素振りで深々と頭を下げた。

「この旅で培った我が妙技、ぜひご堪能ください。ルウ・ル・クローゼー

 ローランの煽り文句と共に、兄弟の戦闘は幕を上げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

異世界転移した町民Aは普通の生活を所望します!!

コスモクイーンハート
ファンタジー
異世界転移してしまった女子高生の合田結菜はある高難度ダンジョンで一人放置されていた。そんな結菜を冒険者育成クラン《炎樹の森》の冒険者達が保護してくれる。ダンジョンの大きな狼さんをもふもふしたり、テイムしちゃったり……。 何気にチートな結菜だが、本人は普通の生活がしたかった。 本人の望み通りしばらくは普通の生活をすることができたが……。勇者に担がれて早朝に誘拐された日を境にそんな生活も終わりを告げる。 何で⁉私を誘拐してもいいことないよ⁉ 何だかんだ、半分無意識にチートっぷりを炸裂しながらも己の普通の生活の(自分が自由に行動できるようにする)ために今日も元気に異世界を爆走します‼ ※現代の知識活かしちゃいます‼料理と物作りで改革します‼←地球と比べてむっちゃ不便だから。 #更新は不定期になりそう #一話だいたい2000字をめどにして書いています(長くも短くもなるかも……) #感想お待ちしてます‼どしどしカモン‼(誹謗中傷はNGだよ?) #頑張るので、暖かく見守ってください笑 #誤字脱字があれば指摘お願いします! #いいなと思ったらお気に入り登録してくれると幸いです(〃∇〃) #チートがずっとあるわけではないです。(何気なく時たまありますが……。)普通にファンタジーです。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...