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最終章 因縁に蹴りをつけること

30話 罪は罪

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 ひどい吐き気で目を覚ましたアリーヌは、天幕を出てそれを吐き出す。口元を拭いながら天幕へ戻り、水を飲み干した。
 少し落ち着いたところで目にしたのは、クツクツと悪い笑い声を上げながら何かを書き込んでいるローランの姿だ。
 体調の悪さを忘れ、ローランへと近づく。

「ローラン? 大丈……」

 言葉を飲んだのは、ローランの向かいで足を組みながら座っているエルフに気づいたからだ。

「ク、クルト・エドゥーラ!?」
「騒がしいぞ、アリーヌ・アルヌール。だが、まぁ安心したまえ。この天幕には私が術を施してある。誰かに見られることも、誰かに聞かれることもない。とはいえ、騒いでほしいわけではないがね」
「えぇ……。うん、分かった。なら安心ね」

 あるがままに見たものを受け入れる。気持ちを切り替えることに長けているアリーヌは、全てを受け入れた。
 だが、分からないことは多く、疑問を晴らそうとローランへと語り掛ける。

「事情の説明はしてくれるんだよね?」
「もちろんだとも。それより、体調はどうだ?」
「うん、あんまり良くはないかな」

 ローランは少しだけ眉をひそめる。自分の失敗で傷ついた2人。胸が痛んでいた。
 しかし、謝罪は後にするべきだと、ローランは言う。

「二度説明するのは面倒だ。マーシーが起きるのを待ってくれるか?」
「分かった」

 彼女はそれ以上を追求せず、ローランが書いている計画を見る。たまにクルトがアドバイスをしており、大体のことを理解したアリーヌも、それに参加した。

 数分後。マーシーが目を覚ます。
 すぐ近くでは悪そうに笑っている3人の姿があり、マーシーは回復魔法を掛けた後に、もう一度目を瞑った。どうやら、まだ夢の中にいると勘違いしたらしい。

 しかし、少し経ってから目を開けても状況は変わっていなかった。
 困惑したままマーシーが聞く。

「クルトさんだよね? どうしてこうなったの?」
「起きたか、マーシー。体調はどうだ?」
「まーまーかなー」

 先ほど、回復魔法を掛けてから横になり直したのが良かったのだろう。マーシーの顔色は良い。
 ローランはホッとした様子を見せてから、まず2人に頭を下げた。

「クローゼー家が動くことは分かっていた。想定より早かったとはいえ、2人があんな目に合ったのは俺の失敗だ。許してほしい」

 深々と頭を下げるローランを、アリーヌは簡単に許した。
 一等級冒険者であった彼女にとって、死は身近なものだ。ローランの失敗よりも、自分の力の無さを悔いている。旅へ同行するようになってから、あまり活躍出来ていないことも、彼女の尾を引いているようだった。

 マーシーも許すと思われていたのだが、彼はとても悲しそうな顔を浮かべる。

「分かっていたってことは、教えなかったってことだよね? もしかして、ボクは足手まといで、あんまり信用されてないのかな……?」

 マーシーが目に涙を浮かべている姿を見て、ローランの顔からサーッと血の気が引いた。
 彼にとってマーシーは、大事な仲間であり、友であり、弟分であり、守るべき存在だ。
 自分が大きな失敗をしたことを理解したローランは、珍しく慌てた姿を見せた。

「ち、違うんだ。俺の読みが甘かっただけで、信用していないわけではない。いや、伝えなかったことが悪いんだな。事前に相談する時間もあった。やはり俺の失敗だ。本当にすまない」

 これまでを共に過ごして来たからこそ、狼狽しているローランの姿を見て、その言葉に嘘が無いことが分かる。
 マーシーはニッカリと笑って見せた。

「うん、ならいいかな。全部許すよ」

 この時のことをローランは、旅を始めてから一番追い詰められた瞬間だった、と後に語っている。
 2人が謝罪を受けいれてくれたことで、ローランは改めて説明を始めた。

「あのバ……愚かな弟は、同じく愚かな魔族エンギーユを連れ、この場に現れた。クローゼー家は協力者に見張られていたが、どうやらそれを出し抜いたらしい。今頃、両親も慌てているだろうな」
「つまり、クローゼー家の意向を無視して独断行動をしているってこと?」
「甘やかされて育ったバカは、自分を中心に世界が回っていると勘違いしている。全てうまくいき、両親も感謝するとでも思っているのだろう。バカだからな」

 バカということを憚らなくなったローランは、1通の報告書を取り出す。

「しかし、バカでも行動には理由がある」

 受け取った2人は報告書へ目を通す。
 そこに書かれていた内容は、端的に言えばこうだ。


 ローランの元婚約者と婚約しようとしたが断られた。
 だが、まるで自分の女のように話しかけている。とても嫌われている。
 そんな様を見られているので、周囲からの評価も低い。
 今までにもそんなことを何度もしでかしている。腫物扱い。
 両親が隠していた、次期勇者の計画についてを盗み聞きした。
 次期当主である自分が進めてやれば、さらに評価は高くなるだろう。(自身の評価が両親からも低いことに気づいていない)
 ついでに、大したことがないのに優遇されていた兄を跪かせたい。


 こんなところだ。
 それを読み終えたアリーヌは、なんとも言えない顔で聞いた。

「どうするの? 性根を叩き直せるとは思えないけど」
「後ろ盾となっている魔族を殺し、愚弟を捕えれば、クローゼー家にも罪が及ぶ。国に裁いてもらえばいい。どうせ、必要の無い家だ」

 いい機会だと、特に抑揚なく伝えていたローランだったが、そこで顔を顰めた。

「……そうだな。隠すのは良くない。正しく伝えておこう」
「なにか言うことがあるの?」
「全てが終わった後、クローゼー家の一人として、俺も罪を問われるだろう。今回の件を明るみにしたことを考慮し、ある程度は軽減されるはずだが、無罪とはいかないからな」
「お、おにいさんは悪いことをしてないじゃん!」
「それを判断するのは国だ。俺が知らなかったとしても、なにもしていなかったとしても、クローゼー家の人間であったことに違いはない。だから、俺は正しく裁かれたい」

 国へ反逆していたのだ。他の家族は死罪になるだろう。軽減されたとしても、ローランも収監される。国は例外を認めるわけにはいかない。奇跡のような力が働かない限りは、この未来が変わることはなかった。

 それを理解した上で、ローランはその身の潔白を訴え、綺麗な身になりたいと思っていた。

 旅を始める前ならば、一人で逃げ出していたかもしれない。だが、今は違う。ローランは成長した。そして、共にいてくれる仲間たちがいる。

 彼らに背を向けるような行為は、絶対に選ぶつもりがなかった。

 高潔で、生真面目過ぎる決断。
 それを止めるべく2人は口を開こうとしたが、先にクルトが制した。

「まずは魔族エンギーユと弟のルウ。そして率いている騎士団を打破する必要がある。後のことを考えるのは、それが終わってからだ」

 まだなにも終わっていないどころか、始まってすらいない。先のことを考えるには早すぎる。
 2人もそれが分かっているので、今は頷く。
 どうにかしたい気持ちはあれど、それをどうにかする方法が浮かんでいないことも、理由の1つだったのかもしれない。
 一行は、計画を詰めることに専念するのだった。
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