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第三章 エルフの里

16話 エルフの派閥争い

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 数日後。エルフの里エドゥーラへ続く森の前へ2人は辿り着いていた。
 ここで待っていれば迎えが来るという話なのだが、一向にその姿は見えない。
 待ちくたびれたのだろう、マーシーは呆れた口調で言う。

「まさか、来ないってことはないよね? もしくはお迎えは魔獣ですみたいな話?」

 依頼の内容を考えれば、魔獣に襲われる可能性は高い。
 しかし、来てしまった以上は待つしかない。森の中へ入ることもできるが、それでは関係性を悪化させてしまう。ただ待つことが2人の最善だった。

 ポツリとローランが言う。

「最悪、野営の準備が必要になるかもしれないな」
「嘘でしょ。何日も待つつもり?」
「さすがにそこまではな。一日だけだ」

 マーシーはそれでも不服そうではあったが、口を尖らせながらも反論はしなかった。

 そろそろ昼食を考えねばならず、今日もあまりおいしくはない携帯食料で済ませようと2人が決めたころに、ようやく1人のエルフが姿を見せる。
 光の当たり方によって銀にも見える金色の髪。銀で作られたイヤーカフを着けた尖った耳。身長は平均より少しだけ高い。
 エルフらしく整った顔立ちをしたエルフの少女は、ふわりと笑った。

「依頼を受けてくださった冒険者の方々でしょうか。ワタシの名前はレンカ・エドゥーラ。長であるクルト・エドゥーラより案内を仰せつかりました」

 ローランが一覧から名前を消したエルフの少女は、片手を胸に、もう片手は伸ばし、両足を交差させながら頭を下げる。一般的なエルフの礼式だ。
 2人は女神マイムを信奉しているが、レンカに倣って同じ礼式を取る。見様見真似ではあるが、敵意が無いことを示すのにもっとも適した方法を選んでいた。
 それを見たレンカは、安堵の表情で森を手で示した。

「では、ご案内しますね。ワタシの後に続いてください」

 森の中へ入り、レンカの後を追って進む。

 少しすれば、風で揺れた木々が、葉を重なり合わせた小さな音が耳を打ち始めた。
 さざ波のようにも聞こえるそれには、隠蔽の魔法が掛けられている。エドゥーラの住人以外は、里へ辿り着けないようにするための処置だ。

 一見すれば分からないように隠されている、歩きやすく整えられた道を進むこと小一時間。
 突如として森は開かれ、その中心部には見上げられない高さの大樹が聳え立っていた。

「うわー! これが世界に数本しかないっていう世界樹かー。外からは見えなかったのに、ちゃんとあったんだ」
「見えていれば、誰でも辿り着けてしまいますからね」

 エルフはその整った容姿から、悪意ある者に狙われることも多い。
 大半は返り討ちに合うのだが、そういった問題を避けるために、エルフたちは隠蔽の魔法に長けていた。
 もちろん見抜くことも得意としており、冒険者となったエルフの多くは、長所を活かせる斥候スカウトを選ぶのがほとんどだ。

 レンカに里の中を案内され進んでいく。
 人間がいることに眉根を寄せる者もいたが、大部分はチラリと見るだけだ。時代と共に認識が変わっていったということだろう。

 案内された先は、世界樹の洞の中。
 少しヒンヤリとしている洞を進めば、先には広間があり、敷かれた布の上に数人が座していた。

「客人を――」
「レンカ! お主が依頼を出したのか! 勝手なことを!」

 年老いたエルフの一人に叱責され、レンカは固まる。
 だがそれを止めたのは、一番奥に座していた痩躯のエルフ。
 里長であるクルト・エドゥーラだった。

「待て。依頼を出したのは私だ」
「長が? なぜそのようなことを。妹であるレンカに唆されたのでは?」
「通例に従ったまでだ。多数の魔獣が出現した際は、外部に協力を求むことになっている。もちろん、我々だけで対処できる問題であり、客人には寝ていてもらうだけになるがな」

 これは、過去の勇者がエルフとの関係性を良くするために考えたことである。協力し合えば互いの理解も深まっていき、徐々に打ち解けていくはずだ、と。
 その甲斐あってか、若いエルフと他種族の関係は良くなっているが、年老いたエルフたちは不快に思っているようだった。何事も簡単には進まない。

 クルトの外見は20代後半から30代前半に見えるため、年老いたエルフを従わせていることへ違和感はある。だが、エルフは人の倍生きる種族だ。彼の年齢も、100には届かないが50を軽く超えていた。
 それでも、クルトの年齢はここにいるエルフたちの中で、レンカの次に若い。
 年老いたエルフたちが従っているのは、クルトが自分たちと同じく人間をあまり良く思っておらず、確かな才覚を持ち合わせているからであった。

 現状を維持したいと考える守旧派の代表でもある、里長のクルト。
 現状を変えたいと考える改革派の代表とされている、里長の妹レンカ。
 幼き頃は中の良かった兄妹の関係性も、今では人とエルフと同じくらい難しいものとなっていた。

 黙って話を聞いていたローランは、先ほどと同じようにエルフの礼式を取る。ほんの少しだけ遅れて、マーシーも同じ礼式をした。

「ローランと申します。こちらは仲間であるマーシー。魔獣退治のお力添えになれますよう尽力いたします」
「マーシーです。どうぞ、お見知りおきを」

 協力は必要ない、黙って寝ていろとまで言われた2人が平然としているのには、もちろん理由がある。
 そもそも、2人はこういったことに慣れているのだ。ローランは次期勇者として祭り上げられた子爵の長子。マーシーことミゼリコルドは元聖女。
 こういった扱いをされるのには慣れており、どう流せばいいかをよく理解していた。
 気にも留めていない様子を見て癇に障ったのか、年老いたエルフの一人が怒声を上げる。

「力添えだと? そんなものは必要ない!」
「仰る通りです。エルフの皆様方に、我々の力添えなどは必要ありません。しかし、こちらも依頼を受けて来ております。せめて、同行だけでもお許しいただないでしょうか?」

 これまで里を訪れた人間の中で、ローランたちのような態度を取った者は少ない。
 依頼を受けて来たのに、なぜそんな言われ方をしなければならないのだと、怒るのが普通だ。

 明らかに下からお願いされれば、年老いたエルフたちも悪い気はしない。咳ばらいを一つし、我を取り戻した様子で言った。

「そこまで言うのならば、まぁいいだろう。他の者はどう思う?」
「邪魔をせんのなら良いのではないか」
「同じく。長はいかがですかな?」

 長であるクルトは、品定めをするようにジッとローランを見る。
 だが折り合いがついたのか、静かに頷いた。

「滞在を許可する。依頼についても、こちらの指示に従ってくれるのであれば許そう」
「ありがとうございます」

 深々と頭を下げた2人は、客室へとレンカに案内される。
 里の中心である世界樹からは離れているが、そう悪くない部屋だった。

「お夕食はこちらに運ばせますので、本日はゆっくりとお過ごしください」
「外出は許されているのだろうか」
「えっと……確認しておきます」

 外出の許可を取られたことに、レンカは驚いた様子を見せる。
 冒険者とは好奇心が旺盛なものだ。一生に一度入れるかも分からぬエルフの里を訪れれば、勝手に里内を見て回り始めてしまう。実際、過去に訪れた冒険者のほとんどはそうであった。
 しかし、ローランたちは確認をしてくれた。
 もしかしたら、今回は当たりの冒険者なのかもしれない。そんなことを考えながらレンカは退出していった。

 窓から外を眺めるローランに対し、マーシーはいつものようにベッドへ体を投げ出す。

「久々にベッドが2つじゃん!」
「苦労をかけて悪いな」
「いや、あれはあれで寒い日に助かってるけどね」

 自分専用のベッドへ喜ぶマーシーを尻目に、面倒なことにならず依頼を終えられれば良いがと、ローランは息を吐くのだった。
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