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第二章 双子の聖女
閑話 そして彼女も旅立つ
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アリーヌ・アルヌールは三ヶ月前にローランが旅立った街を訪れていた。
案内人は神殿騎士のドゥーク。パラネスに話を任せざるを得なくなった彼の顔は、苦虫を潰したように渋い。
隠れ家の一階へ入ると、全員がアリーヌを見た。
彼女は今、冷静さを少し失っていることと、中の者たちの実力を見抜いていたこともあり、強く圧を掛けていた。
「騙し討ち? 別にわたしはいいけどね」
「待ってください。そうじゃありません。ちゃんと理由は後で話します」
ドゥークは腰を浮かしかけていた全員を座らせ、アリーヌを奥へ案内する。
だがアリーヌは目を見開き、油断なく彼らを睥睨したまま通り過ぎていった。
二階へ上り姿が見えなくなった瞬間、全員の緊張が僅かに溶け、安堵の息が零れだした。
一等級冒険者アリーヌ・アルヌール。
《紅炎》の二つ名を持つ彼女と、ちょっとした誤解でやり合うことになるのはゴメンだと、この場にいる誰もが思っていたようだった。
二階の奥。部屋の前でアリーヌを待っていた老人パラネスは、恭しく頭を下げる。
「その立ち振る舞い、融和教会の人? 事情を話してくれるんだよね」
「もちろんです、アリーヌ・アルヌール様。こちらへ」
パラネスが手を掛けた扉は、勇者エリオット・ローランが眠っている部屋に続いている。
それに気づいたドゥークが声を上げた。
「お、お待ちください。説明をするだけならば、その部屋に入る必要は無いと思われます」
「隠すだけ無駄ですよ、ドゥークさん。彼女は一等級冒険者です。伝手も手段もいくらでもあります。時間は掛かるかもしれませんが、いずれ真実へ辿り着きます」
「別に、時間は掛からないと思うけど?」
伝手を頼るにしても、力尽くで押し通すにしても、すぐに調べ上げてみせる。
目を見開きながら断言するアリーヌへ、パラネスは笑みのまま首を横に振った。
「いいえ、掛かります。その理由も室内へ入っていただければ分かりますので」
アリーヌの目から見ても、パラネスが騙そうとしている風には見受けられない。
だが、その部屋からはなにか妙なものを感じており、彼女は室内へ入ることを決めた。
部屋で眠っている人物を視界に入れ、アリーヌは目を瞬かせる。
そして同時に、事態が想定よりも重いことを理解した。
「勇者? 下にいたのは警護? 融和教会に神殿騎士? 本物ってこと?」
アリーヌの言葉は誰かに問いかけているものではなく、自分に問いかけているものであった。
情報を整理し終わった彼女は、深く息を吐く。
落ち着いたのを待ち、パラネスは口を開いた。
「エリオット様は魔族の奇襲を受け深手を負いました。すぐには動くことができぬため、ローラン様には替え玉をお願いいたしました」
「……それは本人の意思ですよね?」
「責務であると引き受けてくださいました」
「本当にバカなんだから……」
アリーヌは渋い顔を見せていたが、一流の冒険者らしくすぐに気持ちを切り替え、決断し、パラネスを見た。
「ローランを追います。騎士学院に手を回してください」
「それは……」
パラネスにはかなりの権限が与えられている。アリーヌの希望を通すことは難しくない。
問題は、それが正しいことなのかだ。
個人で決められることではなく、パラネスは言葉に詰まる。
「――彼女の言う通りにしてください」
よく通る声が響き、全員が目を向ける。
ほとんどの時間眠っていた勇者エリオットは目を開き、上半身を起こす。
同時に、アリーヌの右手の甲に淡い光を放つ痣が浮かび上がった。
「これって、もしかして……わたしが選ばれたってこと?」
「導かれし者の痣が浮かび上がったということは、神も同じ意見みたいですね」
アリーヌ・アルヌールは勇者の仲間として選ばれた。彼女が望む、望まないは関係なく。
さらに顔を険しくしたアリーヌは、手の痣を擦る。だが、決して消えることはなかった。
パラネスは感嘆の声を上げながら言う。
「おぉ……。し、しかしエリオット様。となれば、彼女は行動を共にすべきなのでは?」
その意見へアリーヌが噛みつくより先に、エリオットが首を横に振った。
「いいえ、違います。僕と同じ意見だということは、ローラン・ル・クローゼーの元へ行かせるべきだと思ったのでしょう。勇者の傍に、導かれし者がいる。何もおかしなことではありません」
エリオットに穏やかな口調で説かれ、パラネスは頭を垂れる。異を唱えるつもりはないようだ。
「ドゥークさん。もう一本の聖剣は準備できましたか?」
「は、はい。なぜそのことをご存じなんですか?」
「実は、意識はあったんですよ。声だけ聞こえていました」
申し訳なさそうに答えたエリオットは、次にアリーヌを見た。
「アリーヌさん。あなたにもう一本の聖剣を預けます。ローランさんに届けてください」
納得はできずとも理解はできている。いまだ不服に思うことはあったが、アリーヌは頭を下げた。
「感謝します、勇者様」
「エリオットでいいですよ。ローランさんのことをよろしくお願いします。僕も怪我が癒え次第、後を追います」
アリーヌはもう一度頭を下げ、部屋を後にする。
そして旅の支度を手早く済ませ、もう一本の完成した聖剣を預かれば、すぐにローランを追いかけるべく街を旅立った。
案内人は神殿騎士のドゥーク。パラネスに話を任せざるを得なくなった彼の顔は、苦虫を潰したように渋い。
隠れ家の一階へ入ると、全員がアリーヌを見た。
彼女は今、冷静さを少し失っていることと、中の者たちの実力を見抜いていたこともあり、強く圧を掛けていた。
「騙し討ち? 別にわたしはいいけどね」
「待ってください。そうじゃありません。ちゃんと理由は後で話します」
ドゥークは腰を浮かしかけていた全員を座らせ、アリーヌを奥へ案内する。
だがアリーヌは目を見開き、油断なく彼らを睥睨したまま通り過ぎていった。
二階へ上り姿が見えなくなった瞬間、全員の緊張が僅かに溶け、安堵の息が零れだした。
一等級冒険者アリーヌ・アルヌール。
《紅炎》の二つ名を持つ彼女と、ちょっとした誤解でやり合うことになるのはゴメンだと、この場にいる誰もが思っていたようだった。
二階の奥。部屋の前でアリーヌを待っていた老人パラネスは、恭しく頭を下げる。
「その立ち振る舞い、融和教会の人? 事情を話してくれるんだよね」
「もちろんです、アリーヌ・アルヌール様。こちらへ」
パラネスが手を掛けた扉は、勇者エリオット・ローランが眠っている部屋に続いている。
それに気づいたドゥークが声を上げた。
「お、お待ちください。説明をするだけならば、その部屋に入る必要は無いと思われます」
「隠すだけ無駄ですよ、ドゥークさん。彼女は一等級冒険者です。伝手も手段もいくらでもあります。時間は掛かるかもしれませんが、いずれ真実へ辿り着きます」
「別に、時間は掛からないと思うけど?」
伝手を頼るにしても、力尽くで押し通すにしても、すぐに調べ上げてみせる。
目を見開きながら断言するアリーヌへ、パラネスは笑みのまま首を横に振った。
「いいえ、掛かります。その理由も室内へ入っていただければ分かりますので」
アリーヌの目から見ても、パラネスが騙そうとしている風には見受けられない。
だが、その部屋からはなにか妙なものを感じており、彼女は室内へ入ることを決めた。
部屋で眠っている人物を視界に入れ、アリーヌは目を瞬かせる。
そして同時に、事態が想定よりも重いことを理解した。
「勇者? 下にいたのは警護? 融和教会に神殿騎士? 本物ってこと?」
アリーヌの言葉は誰かに問いかけているものではなく、自分に問いかけているものであった。
情報を整理し終わった彼女は、深く息を吐く。
落ち着いたのを待ち、パラネスは口を開いた。
「エリオット様は魔族の奇襲を受け深手を負いました。すぐには動くことができぬため、ローラン様には替え玉をお願いいたしました」
「……それは本人の意思ですよね?」
「責務であると引き受けてくださいました」
「本当にバカなんだから……」
アリーヌは渋い顔を見せていたが、一流の冒険者らしくすぐに気持ちを切り替え、決断し、パラネスを見た。
「ローランを追います。騎士学院に手を回してください」
「それは……」
パラネスにはかなりの権限が与えられている。アリーヌの希望を通すことは難しくない。
問題は、それが正しいことなのかだ。
個人で決められることではなく、パラネスは言葉に詰まる。
「――彼女の言う通りにしてください」
よく通る声が響き、全員が目を向ける。
ほとんどの時間眠っていた勇者エリオットは目を開き、上半身を起こす。
同時に、アリーヌの右手の甲に淡い光を放つ痣が浮かび上がった。
「これって、もしかして……わたしが選ばれたってこと?」
「導かれし者の痣が浮かび上がったということは、神も同じ意見みたいですね」
アリーヌ・アルヌールは勇者の仲間として選ばれた。彼女が望む、望まないは関係なく。
さらに顔を険しくしたアリーヌは、手の痣を擦る。だが、決して消えることはなかった。
パラネスは感嘆の声を上げながら言う。
「おぉ……。し、しかしエリオット様。となれば、彼女は行動を共にすべきなのでは?」
その意見へアリーヌが噛みつくより先に、エリオットが首を横に振った。
「いいえ、違います。僕と同じ意見だということは、ローラン・ル・クローゼーの元へ行かせるべきだと思ったのでしょう。勇者の傍に、導かれし者がいる。何もおかしなことではありません」
エリオットに穏やかな口調で説かれ、パラネスは頭を垂れる。異を唱えるつもりはないようだ。
「ドゥークさん。もう一本の聖剣は準備できましたか?」
「は、はい。なぜそのことをご存じなんですか?」
「実は、意識はあったんですよ。声だけ聞こえていました」
申し訳なさそうに答えたエリオットは、次にアリーヌを見た。
「アリーヌさん。あなたにもう一本の聖剣を預けます。ローランさんに届けてください」
納得はできずとも理解はできている。いまだ不服に思うことはあったが、アリーヌは頭を下げた。
「感謝します、勇者様」
「エリオットでいいですよ。ローランさんのことをよろしくお願いします。僕も怪我が癒え次第、後を追います」
アリーヌはもう一度頭を下げ、部屋を後にする。
そして旅の支度を手早く済ませ、もう一本の完成した聖剣を預かれば、すぐにローランを追いかけるべく街を旅立った。
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