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第一章 新たな目標
7話 約束を守れなくなったことへの痛み
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老人の名はパラネスと言った。
融和教会の司教であるが、勇者を補佐するという特殊な立場にあり、その存在は教会内だけでなく、世界的にもごく一部の者にしか存在を周知されていない。
この世界には多くの宗教が存在するが、融和教会はその中でも最大の勢力を誇っている。その理由は、あらゆる神を認めているからであった。
広い神殿には様々な神に対応した礼拝堂が用意されており、誰もが気楽に訪れることができるという、変わった宗教組織でもあった。
パラネスの護衛として共にあった男の名はドゥーク。王家直属の近衛騎士である。
近衛騎士は、騎士団長には劣るものの、万騎士長に等しいほどの権限を有しており、まだ三十代前半と歳は若いが、それだけの実力を秘めている騎士であった。
今現在、3人は今後の計画について話している。
まず重要なのは、勇者らしき人物が深手を負ったという噂を、嘘だと思わせること。そのためにも、できるだけ早く準備を終え、ローランに旅立ってもらう必要があった。
事情を理解したローランは、事前に伝えてあったいくつかの頼みごとを口にする。
「聖剣と見紛うほどの強力な剣を用意してください。装飾も全く同じ物を」
神託を受けし勇者には、胸に光る痣が浮かび上がる。
痣の代わりとなるものはパラネスたちも用意をしてあったのだが、聖剣となれば話は別だ。難色を示す。
「もちろん準備させてもらいますが、すぐに用意するのは難しいかもしれませんね」
ドゥークの言葉に、ローランは頷く。
「まずはそっくりな物を用意していただくだけで構いません。完成次第、後で届けてもらえればと思います」
「なるほど、それならば。すぐに準備させましょう」
冒険者や商人の伝手を頼り、強力な剣を用意し、装飾だけを変える方法も考えられたが、その過程で情報が漏れる可能性を危惧し、一から剣を打つことが決まった。
一本目は性能を重視していないとはいえ、3~5日は時間を要する。ローランが旅立つのは、早くとも三日後ということに決まった。
一見すれば聖剣と見紛うほどの剣に関してだが、こちらは素材や製造に時間が掛かるため、いつ用意できるかは見通しが立っていない。可能な限り早く進めるつもりだという、パラネスたちの言葉を信じるしかなかった。
この世界にはいくつかの神器が存在する。4つの大国が所持しているそれを授かるために、勇者は各国を目指して旅を行う。封印が施されていることもあり、勇者にしか解除できないという事情もあった。
メルクーア王国が所持している神器は、《水の聖剣メルクーア》。
水の大国メルクーアにちなんだ力があり、持ち主を強化する加護と、水を自由自在に操るといった能力などを有している。
当然、ローランに用意される聖剣と見紛う剣にも、そういった力を付与しなければならない。簡単に用意できるはずはなく、時間がかかるのも仕方のないことだった。
次に、仲間の話となる。
神託を受けし勇者の仲間は、導かれて仲間になると言われているが、ローランは替え玉。なにかを導けるようなことはない。
「こちらで優秀な人材をご用意するのはどうでしょうか?」
パラネスの言葉に、ローランは眉根を寄せる。
「それは悪手かと思われます。先に申し上げておきますが、パラネス様たちのことを疑っているわけではありません。自分が剣聖を所望すれば、あなたがたは剣聖を呼び寄せてくれるでしょう」
「なにか問題が?」
「自分はあくまで代わり。実力のある方々は、真の勇者であられるエリオット様の力になるべきです。例え導かれていなかったとしてもです」
至極真っ当なローランの考えに、パラネスが別の案を出す。
「では、優秀な若手の一覧を作成いたします。それを元に、ローラン様が声を掛けていくというのはいかがでしょうか?」
仲間になる者もいれば、仲間にならない者もいるだろう。その偶然性は相手を惑わすことにもなり、勇者として誤認させるのに悪くない案だった。
「しかし、印はどうしますか?」
ドゥークの疑問は、導かれし仲間の胸にも、淡く光る痣が浮かび上がるということについてだ。
それに対して、パラネスが答えた。
「すぐに浮かび上がらないこともあると誤魔化すか、事情を打ち明けるかになりますね」
パラネスはチラリとローランを見る。行うのは自分たちではないため、どうやら決断は彼に委ねるつもりらしい。
ローランはしばし悩んだ後に頷いた。
「情報はできるだけ秘匿したほうが良いと思われます。誤魔化す方向で進めましょう」
次に話し合われたのは期間である。真の勇者たるエリオットが活動を始め、名前が知れ渡れば、ローランはお役御免。元の生活に戻ることができる。もちろん、生き残っていればの話だが。
パラネスは申し訳なさそうな顔で言う。
「最低でも1年。可能であれば、エリオット様が魔族へ打ち勝てるほどの実力を持てるであろう、2~3年が理想的だと考えております」
「1年以上、か」
ローランは旅をしながら鍛えねばならない。だが、エリオットにはその期間も用意してやりたい。皮肉な話ではあるが、そういった事情をローランは理解した上で引き受けていたので、1年以上生き延びることを目標と定めた。
「全力を尽くしますが、1年も経たずに死ぬ可能性も高いです。その場合の備えはお任せしてもよろしいですか?」
「えぇ、もちろんです。ローラン様が1年生き延びることに、そして万が一のときの備えはこちらでやらせていただきます」
パラネスもドゥークも、ローランを死なせたくないと心の底から思っている。だが、替え玉としての期間が長くなればなるほど、死亡率は上がっていく。備えておくのは当然のことでもあった。
長い話し合いを終え、ローランは登録したばかりの冒険者として三日後に旅立つことが決まる。それまでに準備を済ませなければならないため、パラネスたちは忙しい日々を送ることになるだろう。
最後に、ローランはもう1つの頼みごとを口にした。
「いくらか金銭を融通してもらえますか?」
「旅の資金でしょうか。それとも、褒賞ということですか?」
予想していなかった頼みに、パラネスは首を傾げる。
ローランは苦笑いを作りながら答えた。
「メルクーア王立騎士学院に在学中の、アリーヌ・アルヌールに金を借り受けております。今後返せるか分からなくなったため、清算を済ませておきたいと考えました」
「分かりました。責任もって自分がお届けしましょう。しかし、アリーヌ・アルヌール? 一等級冒険者の彼女ですか?」
ローランが頷くと、ドゥークは目を見開いた。
メルクーア王国が貴族主義とはいえ、それほどに高名な冒険者が、学院に入学しても噂すらされていなかったことへ驚いたからだ。
「あぁ、それと1つ伝言もお願いします。約束は果たせそうにない、と」
「約束、ですか?」
どのような内容かを気にするパラネスへ、ローランは首を横に振る。
「話せば悔いとなります。どうか聞かないでください」
そう言われてしまえば、パラネスとしてもこれ以上聞くことは躊躇われる。大人しく引き下がった。
ローランとしては、ただ説明が面倒なだけだったのだが、その胸に僅かな痛みが走る。
一瞬で消えた痛みの正体に気づかぬまま三日が過ぎ、ローランは勇者の替え玉として旅立った。
目指す先は東。風の国ユーピター。
融和教会の司教であるが、勇者を補佐するという特殊な立場にあり、その存在は教会内だけでなく、世界的にもごく一部の者にしか存在を周知されていない。
この世界には多くの宗教が存在するが、融和教会はその中でも最大の勢力を誇っている。その理由は、あらゆる神を認めているからであった。
広い神殿には様々な神に対応した礼拝堂が用意されており、誰もが気楽に訪れることができるという、変わった宗教組織でもあった。
パラネスの護衛として共にあった男の名はドゥーク。王家直属の近衛騎士である。
近衛騎士は、騎士団長には劣るものの、万騎士長に等しいほどの権限を有しており、まだ三十代前半と歳は若いが、それだけの実力を秘めている騎士であった。
今現在、3人は今後の計画について話している。
まず重要なのは、勇者らしき人物が深手を負ったという噂を、嘘だと思わせること。そのためにも、できるだけ早く準備を終え、ローランに旅立ってもらう必要があった。
事情を理解したローランは、事前に伝えてあったいくつかの頼みごとを口にする。
「聖剣と見紛うほどの強力な剣を用意してください。装飾も全く同じ物を」
神託を受けし勇者には、胸に光る痣が浮かび上がる。
痣の代わりとなるものはパラネスたちも用意をしてあったのだが、聖剣となれば話は別だ。難色を示す。
「もちろん準備させてもらいますが、すぐに用意するのは難しいかもしれませんね」
ドゥークの言葉に、ローランは頷く。
「まずはそっくりな物を用意していただくだけで構いません。完成次第、後で届けてもらえればと思います」
「なるほど、それならば。すぐに準備させましょう」
冒険者や商人の伝手を頼り、強力な剣を用意し、装飾だけを変える方法も考えられたが、その過程で情報が漏れる可能性を危惧し、一から剣を打つことが決まった。
一本目は性能を重視していないとはいえ、3~5日は時間を要する。ローランが旅立つのは、早くとも三日後ということに決まった。
一見すれば聖剣と見紛うほどの剣に関してだが、こちらは素材や製造に時間が掛かるため、いつ用意できるかは見通しが立っていない。可能な限り早く進めるつもりだという、パラネスたちの言葉を信じるしかなかった。
この世界にはいくつかの神器が存在する。4つの大国が所持しているそれを授かるために、勇者は各国を目指して旅を行う。封印が施されていることもあり、勇者にしか解除できないという事情もあった。
メルクーア王国が所持している神器は、《水の聖剣メルクーア》。
水の大国メルクーアにちなんだ力があり、持ち主を強化する加護と、水を自由自在に操るといった能力などを有している。
当然、ローランに用意される聖剣と見紛う剣にも、そういった力を付与しなければならない。簡単に用意できるはずはなく、時間がかかるのも仕方のないことだった。
次に、仲間の話となる。
神託を受けし勇者の仲間は、導かれて仲間になると言われているが、ローランは替え玉。なにかを導けるようなことはない。
「こちらで優秀な人材をご用意するのはどうでしょうか?」
パラネスの言葉に、ローランは眉根を寄せる。
「それは悪手かと思われます。先に申し上げておきますが、パラネス様たちのことを疑っているわけではありません。自分が剣聖を所望すれば、あなたがたは剣聖を呼び寄せてくれるでしょう」
「なにか問題が?」
「自分はあくまで代わり。実力のある方々は、真の勇者であられるエリオット様の力になるべきです。例え導かれていなかったとしてもです」
至極真っ当なローランの考えに、パラネスが別の案を出す。
「では、優秀な若手の一覧を作成いたします。それを元に、ローラン様が声を掛けていくというのはいかがでしょうか?」
仲間になる者もいれば、仲間にならない者もいるだろう。その偶然性は相手を惑わすことにもなり、勇者として誤認させるのに悪くない案だった。
「しかし、印はどうしますか?」
ドゥークの疑問は、導かれし仲間の胸にも、淡く光る痣が浮かび上がるということについてだ。
それに対して、パラネスが答えた。
「すぐに浮かび上がらないこともあると誤魔化すか、事情を打ち明けるかになりますね」
パラネスはチラリとローランを見る。行うのは自分たちではないため、どうやら決断は彼に委ねるつもりらしい。
ローランはしばし悩んだ後に頷いた。
「情報はできるだけ秘匿したほうが良いと思われます。誤魔化す方向で進めましょう」
次に話し合われたのは期間である。真の勇者たるエリオットが活動を始め、名前が知れ渡れば、ローランはお役御免。元の生活に戻ることができる。もちろん、生き残っていればの話だが。
パラネスは申し訳なさそうな顔で言う。
「最低でも1年。可能であれば、エリオット様が魔族へ打ち勝てるほどの実力を持てるであろう、2~3年が理想的だと考えております」
「1年以上、か」
ローランは旅をしながら鍛えねばならない。だが、エリオットにはその期間も用意してやりたい。皮肉な話ではあるが、そういった事情をローランは理解した上で引き受けていたので、1年以上生き延びることを目標と定めた。
「全力を尽くしますが、1年も経たずに死ぬ可能性も高いです。その場合の備えはお任せしてもよろしいですか?」
「えぇ、もちろんです。ローラン様が1年生き延びることに、そして万が一のときの備えはこちらでやらせていただきます」
パラネスもドゥークも、ローランを死なせたくないと心の底から思っている。だが、替え玉としての期間が長くなればなるほど、死亡率は上がっていく。備えておくのは当然のことでもあった。
長い話し合いを終え、ローランは登録したばかりの冒険者として三日後に旅立つことが決まる。それまでに準備を済ませなければならないため、パラネスたちは忙しい日々を送ることになるだろう。
最後に、ローランはもう1つの頼みごとを口にした。
「いくらか金銭を融通してもらえますか?」
「旅の資金でしょうか。それとも、褒賞ということですか?」
予想していなかった頼みに、パラネスは首を傾げる。
ローランは苦笑いを作りながら答えた。
「メルクーア王立騎士学院に在学中の、アリーヌ・アルヌールに金を借り受けております。今後返せるか分からなくなったため、清算を済ませておきたいと考えました」
「分かりました。責任もって自分がお届けしましょう。しかし、アリーヌ・アルヌール? 一等級冒険者の彼女ですか?」
ローランが頷くと、ドゥークは目を見開いた。
メルクーア王国が貴族主義とはいえ、それほどに高名な冒険者が、学院に入学しても噂すらされていなかったことへ驚いたからだ。
「あぁ、それと1つ伝言もお願いします。約束は果たせそうにない、と」
「約束、ですか?」
どのような内容かを気にするパラネスへ、ローランは首を横に振る。
「話せば悔いとなります。どうか聞かないでください」
そう言われてしまえば、パラネスとしてもこれ以上聞くことは躊躇われる。大人しく引き下がった。
ローランとしては、ただ説明が面倒なだけだったのだが、その胸に僅かな痛みが走る。
一瞬で消えた痛みの正体に気づかぬまま三日が過ぎ、ローランは勇者の替え玉として旅立った。
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