次期勇者として育ててくれた家から絶縁されたのですが、勇者の替え玉として生きることにしました

黒井 へいほ

文字の大きさ
上 下
1 / 40
プロローグ

1話 先の見えた人生

しおりを挟む
 ローラン・ル・クローゼーは、水の大国メルクーア王国にある子爵家の嫡子として産まれた。
 貴族らしい金色の髪に碧眼は、物語の挿絵に描かれている勇者の自画像と瓜2つの姿。整った顔立ち。大抵のことは少し学べばそれなりにできるようになる器用さ。空気を読む力にも長けており、他よりも優れた才能を秘めているように見えた。
 将来を期待できるローランを見て、父親は嬉しそうな顔で言う。

「ローランこそが次期勇者である!」

 家族は歪な笑みを浮かべていたが、当の本人であるローランは胸中にある冷めた心情を、作り笑いで隠していた。
 息子が勇者となり世界を救えば、クローゼー家は王位にも手が届くかもしれない。そんな夢物語を真剣に話し合っている家族の姿は滑稽だった。

 すぐに歳の近い侯爵家の娘とローランの間で婚約が結ばれた。
 普通ならばうまくいくはずのない婚約。相手にどんな意図があったのかは分からないが、未来を見越しての投資だろうか。しかし、政略結婚の相手としては最良だった。

 ローランは、それなりに剣を振り、それなりに魔法を学び、それなりに勉学を修めた。
 道はすでに用意されてしまっている。勇者となることだけが望まれている。
 齢十歳にして、ローランの人生は決められており、最終目標も定められていた。
 地位も実力も才能も少しだけあってしまったために、先を決められてしまった人生。
 自分にそんな実力が無いことを、ローランだけは気づいている。だが、それを口に出したりはしない。彼は年齢よりも聡く、今の状況を受け入れるしかないと知っていた。
 ローランは作り笑いと共に日々を送る。彼が自分の人生を面白いと思うことは無かった。


 五年が経つ。十五歳となったローランは、親が望んだとおりに、メルクーア王立騎士学院の入学試験に合格した。
 金色の髪、蒼い瞳、スラリと伸びた体。誰もが彼に憧れの眼差しを向ける。
 そのことを理解しているローランは、いつも笑顔を作っていた。無能な父親を見て学んだことは、敵を増やすべきではないということ。彼は誰にでも分け隔てなく接した。
 だから、ローランは人気がある。爵位のある者たちからは平民にも慈悲深い人物だと言われ、平民たちからは公明正大な貴族だと好かれている。
 例え心中では平民を見下していようとも、それを表に出さない強かさしたたかさが、ローランにはあった。


 入学式の当日。
 合格者たちは従者を連れて入学することが許されておらず、自分で列に並び、制服や備品を受け取り、入寮しなければならない。それを不服に思っている貴族たちは多く、手続きを待つ者たちの空気は非常に悪い。
 大人しく並んでいる者の中でも、特に平民出身の入学者たちは小さくなっている者が多い。自分たちがどういう目で見られているかを、彼らはよく理解していた。

 王立騎士学院の門戸は広い。ただし、裏金で入学する者も多い。
 結局のところ世の中は金であり、高い受験料と難関と呼ばれるほどの試験を潜り抜け、入学できる平民は少ない。
 つまり、ここでも平民は貴族に蔑ろにされているのだ。才能ある者は誰でも受け入れると言いながら、この学院も社会の縮図に他ならなかった。

 もう少しでローランの順番というところで、少し前にある受付で言い争いが始まる。
 取り囲まれているのは、日を受けると燃えて見える赤茶の髪をした、決して身ぎれいとは言えない格好の少女。
 言いがかりをつけているのは、平民を見下している典型的な貴族の子息たちだ。
「分不相応だ」「汚い服装」「身の程を知れ」「今すぐ辞めろ」。
 好き放題言う彼らを、少女はなにも言い返さずに真っ直ぐな目で見ている。芯の強さが伺えた。

 ローランは列を押しのけて前に出ると、少女を守るように立った。守りたかったわけではない。そうすれば評価が上がると理解しての行動だ。
 ローランは彼らに言う。

「彼女は合格者だ。そのような物言いをすべきではない」

 何人かは苛立った様子を見せたが、その内の1人が気づき、小声で言った。

「ローラン・ル・クローゼーだ。やめておこうぜ」

 彼らは貴族だ。ローランに負けぬ爵位を持つ家の子息もいる。
 しかし、実力と人気ではローランに劣っており、分が悪いことを理解していた。
 気分を悪そうにしながら、彼らはその場を後にする。退いてやった、負けたわけではないと、悪態を吐きながら。
 ローランはその姿が見えなくなった後、少女に申し訳なさそうな笑顔を作って言った。

「彼らに変わって謝ろう。どうか気を悪くしないでもらいたい」

 少女は大丈夫よと朗らかに笑う。その目には僅かに熱が籠っている。
 ローランはそれに気づかず、列へと戻って行った。

 この先も、少女や平民にはあぁいった事態が付きまとう。
 学院内に蔓延るのは横領、不正、権力争いなど。誰もが憧れる騎士を目指している者は、その中で生き延びられる強さを持っていない。
 だからこの真っ直ぐな目をした少女も、いずれは腐敗した騎士の現状を理解し、学院を辞めていくだろうと、ローランは静かに思っていた。


 翌日。
 指定された教室に入ったローランは、窓側の最後尾へ腰を下ろす。
 彼にとって、学院で学ぶべきことはほとんどない。すでに修了した過程を、もう1度繰り返し学び、騎士となるために無駄な時間を過ごすのが、ローランにとっての学院生活だ。

 名の知れているローランとお近づきになりたい。そう考えた新入生たちが動き出すのよりも早く、1人の女子生徒が隣の席へ座った。
 ローランが笑顔を作ると、少女は満面の笑みで、なぜか筆記用具を見せつけながら話し始めた。

「アリーヌ・アルヌールです。わたしのこと分かる? 助けてくれてありがとねっ」

 特徴的な赤茶の髪で、列で絡まれていた少女だとすぐに分かったのだろう。ローランは小さく頷く。

「ローラン・ル・クローゼーだ。大したことはしていないさ。これからよろしく頼む」

 アリーヌは不思議そうに眼を瞬かせたが、見せつけていた筆記用具を机に置き、笑顔で言った。

「よろしくね、ローラン」

 ローランはいきなり呼び捨てにされ少し驚いたが、距離感の近いアリーヌのことを咎めたりはしない。
 どうせすぐいなくなる。その考えに変わりはなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

処理中です...