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1巻
1-2
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……ちっ。結構時間かかったな。しっかり数えてみたら、五十三体もいたぞ。
「うっし! これで終わりだ。ちょっと聞きてぇことがあるから、分かることがあったら教えてくれっか」
おぉ、にこにこしながら首が取れそうな勢いで頷いてやがる。本当に可愛いな。
俺をぐるりと囲むちっこい奴らを見渡して、質問する。
「そうだな。まず、お前らはなんだ? 小人か?」
……どうやら違ぇみてぇだ。一斉に首を横に振った。
「えーっと。人間か?」
首、横に振ってるな。そりゃまぁ違ぇよな。明らかに小せぇし。
「じゃぁ、どっか町とかある場所、知ってっか?」
おぉ、全員揃って同じ方向を指差したぞ。しかもちょっと誇らしげな顔してやがる。頭でも撫でてやるか。なでなで。
「とりあえず、もう夕暮れになってっからなぁ。町は近ぇか?」
ふむ。どうやら近くねぇみてぇだな。
「しょうがねぇな。どっか寝れるとこあるか? あとは飯とか食える場所があれば、教えて欲しいんだけどよ」
なんか少し困ってんな。段々こいつらの考えてることも分かってきた。
ん? こっちに来いってか。いいぜ、俺はお前らを信じたからな。この先が崖でも怒らねぇぜ。
俺は立ち上がって、手招きされた方向に歩き出した。
なんか、周りをぴょんぴょん飛び跳ねてる奴らと一緒に進むって楽しいな。和むわ。
何体かは俺の頭や肩に乗ってやがるが、別に嫌な感じはしねぇ。
とりあえず気になることは、肩に乗っかってる奴に聞いてみっか。
「これ、どこに向かってんだ? なんかいい場所知ってんのか?」
首を縦に振ってるってことは、知ってるみてぇだな。
そういや、こいつらって何食うんだ? やっぱ俺がその辺で鳥とか捕まえないといけねぇのか? でも、ナイフも何もねぇんだよなぁ。
少し歩くと、森の中でもやや開けた場所に着いた。洞窟もある。
「ここ、お前らの家か?」
首を横に振ってんな、家じゃねぇのか。ってことは、俺のために案内してくれたのか。
「悪ぃな。これなら雨が降っても大丈夫だわ、ありがとな」
おぉ、全員ピョンピョン両手上げて跳ねてやがる。くっそ可愛い。写真にでも撮りてぇな。俺、カメラマンになりてぇって今初めて思ったわ。
ん? なんかいい匂いがすんな。
洞窟の入口に近づいてみると、火にかけられた丸いもんが見えた。
ありゃ鍋か? もしかして飯か?
確認するため、洞窟に向かって進む。近寄ってみると、やっぱ鍋だった。野菜(?)みてぇなもんがごろごろ入ってて、すんげぇ旨そうだ。
「お前ら、飯作ってたのか。ん? 皿? 俺も食っていいのか? そうか、ならなんか手伝わないといけねぇな。鍋は俺が混ぜてやんよ」
俺が鍋をかき混ぜだすと、チビ共は嬉しそうにした。
何体かはうまいこと石に乗って、そっから鍋に色々山菜みたいなのを入れてる。器用なもんだ。あー、いい匂いがすんな。腹が減ってきやがった。
すると完成したのか、水滴の被り物をしたチビが喜びながら俺に器とスプーン(?)みたいなもんを差し出してきた。
じゃぁ食わせてもらうか……ってあれ? 器持ってるのは俺一人じゃねぇか。
「おい、お前らの器も持ってこい」
俺の言葉に反応して、慌てて全員器を持ってきやがった。どっから出したんだが分からんが、まぁいい。やっぱり飯はみんなで食わねぇとな。
うっし、全員に行きわたったか。
「じゃぁ、いただきますっと」
スプーンで軽くすくって口に運ぶ。
……なんだこれ、くっそうめぇ。
「なんだこれ! くっそうめぇな!」
思ったことが口から出るってのは、こういうことか。チビ共も大はしゃぎだ。
とりあえずその日はみんなで飯食って、チビ共が用意してくれた寝床で横になった。
明日は町に向かってみるしかねぇかなぁ。
そんで……やべぇ、考えられねぇわ。すげぇ眠ぃ。
そうやって意識が落ちる中、俺は一つのことを考えていた。
……あれ? こいつらってどうなるんだ? 町に連れてけるのか?
答えは出ねぇまま、俺は幸せな気持ちで眠りに落ちた。
第三話 てめぇら調子くれてんじゃねぇぞ!
――おぉ、今日もいい天気だな。
洞窟から顔を出し、空を見上げると、眩しいお日様が見えた。
あれから五日経って、森での生活にも慣れてきた。今日は兎でも捕まえて、晩飯を豪勢にしてやるか。いや、魚を釣るのも悪くねぇなぁ。
チビ共が色々教えてくれっから、食料調達もどうにかできるようになってきたぜ。
さて、今日も頑張るとすっかな!
出かける準備をしようと振り返ると、足元でチビ共が何かしてるのが目に入った。
「ん? あんだチビ共。おぉ、絵を描いたのか。うめぇじゃねぇか。三角に四角か、家みてぇだな」
絵を見ながら、俺はそれを描いた花の被り物をしたチビを撫でてやった。
頬っぺたはぷにぷにしてるし、撫でると喜ぶしで、たまんねぇな。
「新しい家が欲しいのか? なら、造り方教えてくれたら俺がやるからよぉ。いい場所が他にあるか? それともここに……違うのか?」
首を横に振ってやがんな。何が言いてぇんだ?
他のチビ共も一緒になって、たくさん家みてぇのを描きだした。
家、たくさんの家。……たくさんの家?
「あ」
そうか、町だ。俺は町に行くって、こいつらに言ってたんだったな。
「いやでも、もういいんじゃねぇか? 俺はここで一生過ごすわ」
そして零は森の中でチビ共と幸せに暮らしましたとさ。完。
――で、いいと思ったんだがなぁ。
どうやら、チビ共はそれじゃ駄目らしい。
もしかしたら外の世界が見たいのかもしれねぇな。俺の服を引っ張って、必死に町へ連れて行こうとしてやがる。
まぁ、こいつらが言うなら仕方ねぇか。
「おし、分かった。じゃぁ町に行ってみるかぁ」
俺とチビ共は身支度を整え、森を出ることにした。
くそっ。五日間だけだったのに、天国みてぇな場所だったな。ここから離れると思うと、少し泣けてくるぜ。
俺はチビ共に案内されながら森の中を進んだ。なるべく歩きやすい道を選んでくれてるらしくて、さくさく進む。こいつら本当に気が利きやがるな。
「なんだかよぉ、ピクニックみてぇだよな! こういうのも悪くねぇ」
俺の言葉に、チビ共は大喜びで飛び跳ねてやがる。
そうか、そうだよな。よく考えたら、町ってのもこいつらの町かもしれねぇ。
ってことは、だ。そこに行けば、こいつらの仲間がたくさんいんのか! いいじゃねぇか!
俺はこのとき、こんな勝手な想像をしていた。そんなわけねぇのになぁ……。
少し進むと、森を抜けた。目の前には草原(?)がすげぇ広がってる。
その草原の中には、長ぇ道が通っていた。
「あんだこれ、石で舗装してあんのか? 街道ってやつか」
チビ共は俺のことを考えて、石畳み(?)の道のほうが、森よりも楽だと思ったのかもしれねぇ。これまでも歩きやすい道を選んでくれてたからな。
だが、俺としては森の中のほうが歩きやすかった。何より、この道の固ぇ感触がアスファルトを思い出させやがる。
つい、振り返って森を見ちまう。まぁ、でも新しいチビ共に会うためだからなぁ。
っと、そこで俺を囲ってたチビ共の動きが変わった。
道の先を見てるみてぇだな。何か変わったもんでもあるのか?
ありゃ……人、か? 赤い髪をふり乱した女が、必死な様子で走っている。
おい、段々近づいて来てねぇか。いや、間違いなくこっちに向かってきてやがる。
ちっ。ここはフレンドリーに接してみるか。この五日で、俺がこいつらとの異文化交流で学んだ技術を見せてやんよ!
あっという間に目の前にきた女。赤い目に、赤い髪……なんだ、セミロングっつーのか? 身長は少し低めだな。シャツにミニスカート、さらにマントを羽織ってて、俺よりちょっと年下に見える。
うっし、笑顔でしっかり挨拶してやるか。
「おう! ちょっと止まれや。こんなとこで何してんだ、てめぇ」
「に、逃げてくださ……ひいいいいいいい! ごめんなさいごめんなさい! 私、悪い者じゃないんです! どうか見逃してください!」
俺の顔を見るなり、女はすげぇ勢いで何度も頭を下げた。
あれ? なんかめっちゃビビられてねぇか。親しみやすく話しかけたつもりなんだが……。
「ちっ。待て待て、俺はてめぇに危害を加える気はねぇ。ただ話しかけただけだ、安心しろ」
「すいませんすいません。お金なら持ってるだけ渡しますから!」
だめだ、話にならねぇ。参ったな。
ため息をつきながら顔を上げ、前を見たんだが……。
ん? なんだありゃ? 緑色の変なのが二つ、こっちに向かってきてんな。
「おい、なんだあれ」
「ごめんなさいごめんなさ……はっ。追いつかれた! 逃げてください! 私はあれに追われてたんです!」
俺が聞くと、女は思い出したかのように緑色の奴の方を振り返り、突然慌てだした。
「なんだ、悪い奴なのか」
「なんで落ち着いてるんですか!? 早く逃げましょう!」
いや、逃げるのはいいんだけどよ。俺と目を合わせないようにしてる奴に言われるのもなぁ。
あ、なんか少し悲しくなってきたわ。日本にいた頃はみんなこうだったんだが、こっちに来て忘れかけてたぜ。やっぱり森にいれば良かったなぁ。
「何してるんですか! 逃げないと! あ、だめです。もう目の前にいる」
お、おぉ? 騒ぐだけ騒いで、へたりこみやがった。
で、なんなんだよ、この緑の奴はよぉ。石斧(?)みたいの持って、こっちをニヤニヤ見てやがる。
まぁフレンドリーにだ、フレンドリーに。
「おう! おめぇら何か用か? こいつビビッてるからよぉ、ちょっと待ってくれねぇか」
「グルルルル」
こいつら、俺のことをちっとも見てねぇ。別にいいけどよ。
人と話すときは目を合わせろって教わらなかったのかよ、このダボ共が。
「に、逃げてください。こいつらは私が足止めします!」
這いつくばっていた女が、足をガクガクさせながら立ち上がる。
おいおい、そんな震えてんのに俺の前に出てどうすんだ。
手に持ってる木の棒みてぇな……杖ってやつか? そんな弱そうな鈍器じゃ、こいつらに勝てねぇだろ。向こうは斧だぞ。
それに、人間話せば分かるってもんだ。身振り手振りでも十分。俺はそれをチビ共から教わったからな。人間、日々成長ってやつだろ。
「まぁ落ち着けって。まずは話をしてからでもいいだろ」
「モンスター相手になんで落ち着いて話そうとしてるんですか!? 逃げてくださいって!」
モンスター? モンスターってなんだ。ゲームとかにいるあれか?
確かにこの緑の奴は、それっぽいが。
「グガアアアアアアア!」
いきなり緑の奴の片方が、斧を振りかざして俺に向かって……。
「あぁ?」
止まった。
俺と目が合った瞬間に。
やっぱりこれはあれか、誠意ってやつが伝わったに違ぇねぇな。
……そんなわけねぇよな。この反応は、俺に喧嘩売ってきてたチンピラ共と一緒だ。
チンピラ共は自分からガン飛ばしてくるくせに、俺と目が合うと一瞬止まるんだ。じっと睨んでるから動きが止まるのか、俺の目にビビッてんのかは知らねぇ。
そのチンピラ共と同じってことは……こいつら、俺に喧嘩売ってんのか?
……だったら買うしかねぇ。
少なくとも睨みつけてきてる目が反抗的ってことは、間違いねぇよなぁ!!
「てめぇら調子くれてんじゃねぇぞ!!」
俺は緑の奴の片方に勢いよく突っ込んで、前蹴りをぶち込んでやった。
おぉ、ボールみたいに吹っ飛びやがった。
「ギ!?」
残った緑の奴は、目ん玉むいて飛んでいった仲間を見てやがる。
「よそ見してんじゃねぇぞ、こらぁ!!」
喧嘩の最中にやられた奴の心配とか、舐めてんじゃねぇぞ!
俺はもう一体の緑色の斧を左手で掴んで、思いっきり……右ストレートだおらぁ!!
「おらあああああああああ!」
「グギイイイイイイ!?」
右ストレートは、気持ちいいくれぇに綺麗に決まった。
うっし。両方ぶっ倒れてピクピクしてやがる。
「え? え?」
赤髪はぽかーんと眺めている。喧嘩慣れしてねぇ奴は、大体こんな反応だ。
さてっと。
俺はぶっ倒れた緑二体に近づくことにした。
「ち、近づいたら危険です! まだ動けるかもしれません。逃げるなら今のうちです!」
これだからトーシロは……。
俺は赤髪の言葉を無視して緑の奴らに近づいた。
そして、そいつらに……蹴り! 蹴り! 蹴り! 蹴り! 蹴り!
「おらおらおらおらおらおら!! 寝たふりしてんじゃねぇぞこら!! やんのかおらぁ!!」
「ガフッ、ゲフッ」
「ひいいいいいいいいいいい!!」
緑共を交互に蹴っていると、うめき声が聞こえやがる。赤髪の悲鳴も交じってる気がするが、そんなことはどうでもいい。
やられたフリをするなんて、喧嘩の常套手段だからな。
「きっちり地獄に送ってやらあああああああああ!!」
「待って待って待ってください!! 本当お願いします待ってください!! だって泡噴いてますよ!? もういいですって! 本当ごめんなさい! あ、もう無理……」
ちっ。うざってぇな。
俺は仕方なく、なぜか謝ってる赤髪に従って蹴りをやめてやった。まぁこれだけやっておけば、すぐには立てねぇだろ。
振り返ると赤髪は気絶してやがる。ちっ。これだから慣れてねぇ奴は面倒くせぇ。
……そういや、チビ共は大丈夫か?
俺が周りを見渡すと、チビ共は楽しそうに泡噴いて伸びてる緑の上で飛び跳ねていた。
ははっ、分かってんじゃねぇか。やっぱりこいつらは最高だな。
このまま放置もできねぇから、俺は赤髪を抱えてチビ共とその場を離れることにした。
おっと、ついでに便利そうだから、この石斧は一本もらってくぜ。
第四話 で、魔法ってなんだ?
しばらく歩いた俺とチビ共は、街道から外れた草っぱらの上に赤髪を寝かせて、起きるのを待った。
……待った、ものすげぇ待った。声もかけた、肩を揺すったりもした。
「なんだこいつ、全然起きないじゃねぇか」
むしろ、少し幸せそうな顔で涎を垂らしてやがる。
「えへ、えへへへ。駄目ですよぉ。私とこんなにたくさん契約したいだなんてぇ。えへへへへ」
駄目だ、話にならねぇ。
諦めた俺はチビ共と相談し、ここで野営をすることにした。
ふざけやがって。もう夕暮れだぞ。
俺は焚き火のために木を集めて組み、火打ち石をカチカチ鳴らし始める。
その音に反応したのか、赤髪が目を覚ました。
「はっ。精霊! 精霊? ここ? え?」
体を起こしてきょろきょろしながら、わけ分かんねぇこと言ってる。
完全に寝ぼけてやがるな。面倒くせぇ……。
だがまぁ、フレンドリーだ。今度こそ、うまく話さないといけねぇな。
「おう。落ち着け。もう危険は……」
その時、赤髪と目が合った。
目を逸らされた。
二度見。
「ひいいいいいいいいいいい!! すいませんすいません! 売らないでください!」
「お、おい」
「私、結構いいとこのお嬢様です! でもお金になりませんから! なんでもしますから! いえ、なんでもはできないです。あ、お金なら払います! ですからお願いです、何もしないでください!」
駄目だ、完全にテンパってやがる。とりあえずなんとか落ち着かせないといけねぇなこりゃ……。
「落ち着けって、俺ぁ別にお前に何かしようとは……」
「何かしたんですか!? 嘘っ! わ、私そんな寝てる間に……。いや、そんなの嫌……。だって私、最初は白馬の王子様とって決めてたのに……」
赤髪の奴、頭抱えて横に振り始めたぞ。全然聞いてねぇな。段々イライラしてきたわ。
いや、異文化交流だからな。もうちょい我慢だ……。
「だから聞けって。俺は別にお前に何も……」
「私、もうダメなんですね。このまま売られちゃうんですね。穢れちゃったんですね……。そんな、私はただみんなに認めてもらいたかっただけなのに、こんなことになっちゃうなんて……」
はははっ。
ははははっ。
悪ぃ、もう無理だわ。
「ちょっと黙れやこらああああああああ! 俺の話を聞けこのダボがぁ!」
「ひゃい!」
ふぅ。怒鳴ったら、やっと静かになりやがった。これで落ち着いて説明ができんな。
なんかプルプル震えてるが、それはもうこの際置いとくか。
「ちっ。よく聞け、俺は何もしてねぇ。てめぇが気絶したから連れてきただけだ。縛ったりもしてねぇだろうが。まぁ信じられねぇだろうからもういい。さっさと失せろ、くそが」
よし、なるべく抑えて言えたな。フレンドリーだっただろう。
やっぱりチビ共以外は信用ならねぇな。さて、俺は野営の準備でもすっか。
俺は火打ち石をまたカチカチとやりだした。もうちょっとで点きそうなんだが、これが中々うまくいかねぇ。
だがまぁ、こういうのもチビ共と楽しむ時間の一つだからな、悪くねぇ。
カチッカチッカチッカチッ。
「あ、あの……」
「うるせぇ。俺は忙しいんだ。見て分からねぇのか」
「は、はい……」
赤髪はなぜか立ち去ろうとしねぇ。まぁいい。俺には関係ねぇことだ。
カチッカチッカチッ。今日は点きが悪ぃなぁ。最近は大分コツを掴んだつもりだったんだが。
「火を点けたいんですか?」
「見りゃ分かるだろ」
なんなんだ、こいつはさっきからよぉ。さっさと行きたいとこに行けばいいだろうが。
だがその時、赤髪は俺の想像とは違うことを言いやがった。
「つ、点けましょうか?」
「あ?」
「ひいいいいい! すいません! すいません!」
俺が顔を向けると、赤髪は座ったままぺこぺこし始めた。
ちっ。面倒くせぇ。
だが今、なんて言った? 点ける? こんな小奇麗な格好した奴がか?
「別に怒ったわけじゃねぇよ。なんだお前、ライターでも持ってんのか」
「ら、らいたー? あの、それは持ってませんが、火なら点けられます」
何言ってんだこいつ。マッチがあるのか?
まぁ点けてくれるなら助かる。ちょっとやらしてみるか。
「おう。じゃぁちょっと頼めるか」
「は、はい」
赤髪が、人差し指を薪に向ける。
それだけだ。それだけで火が点いた。
なんだこりゃ? 今こいつ何したんだ?
「あ、あの、これでいいでしょうか……?」
「おう。助かった。でも今のはなんだ? どうやって火を点けたんだ」
「え?」
なんでこんな不思議そうな顔してんだ、こいつは。わけが分からねぇ。
それとも、実は指先を向けたら火が点くってのは常識だったのか? いや、それならライターを持ち歩く必要はねぇよな。どういうことだ?
「あの、魔法で点けたんですけど」
「魔法? なんだそりゃ。手品か?」
「いえ、そうではなくて……。もしかして、魔法が使えないんですか?」
魔法? ゲームとかのあれか?
そういやメガネが、そんなようなことを言っていた気もするが……。だめだ、覚えてねぇ。
「なんだ、魔法って」
「え? えええええええええええ!? あ、あなた魔法が使えないんですか!?」
「おう」
思いっきり上半身を引いて、すげぇ驚かれた。
「い、いや、だってそんな人、見たことありませんよ!? あなたの周りの人は、みんな使っていたと思うんですけど……」
「俺の周りにそんな不可思議な奴は、一人もいなかったぞ」
「えええええええええええ!?」
やべぇ、本当に分からねぇぞ。素直に話を聞いたほうがいいのかもしれねぇなぁ。
だが、こいつここにいていいのか?
「なぁ、魔法ってのがなんなのかは聞きてぇけどよ。お前、ここにいて大丈夫なのかぁ? どっか行くとこがあるんなら、引き止めたら悪ぃからな」
「あ、はい。大丈夫です。あれ? なんか見た目と違って、案外常識的な人なのかな? すごい怖い目つきなのに。それとも騙そうとしてる?」
おい、小声で言ってるつもりだろうが聞こえてるぞ。くそが。
だがまぁ、俺は分からねぇことを教えてもらう立場なんだ。ここは我慢するとこか。
「うっし! これで終わりだ。ちょっと聞きてぇことがあるから、分かることがあったら教えてくれっか」
おぉ、にこにこしながら首が取れそうな勢いで頷いてやがる。本当に可愛いな。
俺をぐるりと囲むちっこい奴らを見渡して、質問する。
「そうだな。まず、お前らはなんだ? 小人か?」
……どうやら違ぇみてぇだ。一斉に首を横に振った。
「えーっと。人間か?」
首、横に振ってるな。そりゃまぁ違ぇよな。明らかに小せぇし。
「じゃぁ、どっか町とかある場所、知ってっか?」
おぉ、全員揃って同じ方向を指差したぞ。しかもちょっと誇らしげな顔してやがる。頭でも撫でてやるか。なでなで。
「とりあえず、もう夕暮れになってっからなぁ。町は近ぇか?」
ふむ。どうやら近くねぇみてぇだな。
「しょうがねぇな。どっか寝れるとこあるか? あとは飯とか食える場所があれば、教えて欲しいんだけどよ」
なんか少し困ってんな。段々こいつらの考えてることも分かってきた。
ん? こっちに来いってか。いいぜ、俺はお前らを信じたからな。この先が崖でも怒らねぇぜ。
俺は立ち上がって、手招きされた方向に歩き出した。
なんか、周りをぴょんぴょん飛び跳ねてる奴らと一緒に進むって楽しいな。和むわ。
何体かは俺の頭や肩に乗ってやがるが、別に嫌な感じはしねぇ。
とりあえず気になることは、肩に乗っかってる奴に聞いてみっか。
「これ、どこに向かってんだ? なんかいい場所知ってんのか?」
首を縦に振ってるってことは、知ってるみてぇだな。
そういや、こいつらって何食うんだ? やっぱ俺がその辺で鳥とか捕まえないといけねぇのか? でも、ナイフも何もねぇんだよなぁ。
少し歩くと、森の中でもやや開けた場所に着いた。洞窟もある。
「ここ、お前らの家か?」
首を横に振ってんな、家じゃねぇのか。ってことは、俺のために案内してくれたのか。
「悪ぃな。これなら雨が降っても大丈夫だわ、ありがとな」
おぉ、全員ピョンピョン両手上げて跳ねてやがる。くっそ可愛い。写真にでも撮りてぇな。俺、カメラマンになりてぇって今初めて思ったわ。
ん? なんかいい匂いがすんな。
洞窟の入口に近づいてみると、火にかけられた丸いもんが見えた。
ありゃ鍋か? もしかして飯か?
確認するため、洞窟に向かって進む。近寄ってみると、やっぱ鍋だった。野菜(?)みてぇなもんがごろごろ入ってて、すんげぇ旨そうだ。
「お前ら、飯作ってたのか。ん? 皿? 俺も食っていいのか? そうか、ならなんか手伝わないといけねぇな。鍋は俺が混ぜてやんよ」
俺が鍋をかき混ぜだすと、チビ共は嬉しそうにした。
何体かはうまいこと石に乗って、そっから鍋に色々山菜みたいなのを入れてる。器用なもんだ。あー、いい匂いがすんな。腹が減ってきやがった。
すると完成したのか、水滴の被り物をしたチビが喜びながら俺に器とスプーン(?)みたいなもんを差し出してきた。
じゃぁ食わせてもらうか……ってあれ? 器持ってるのは俺一人じゃねぇか。
「おい、お前らの器も持ってこい」
俺の言葉に反応して、慌てて全員器を持ってきやがった。どっから出したんだが分からんが、まぁいい。やっぱり飯はみんなで食わねぇとな。
うっし、全員に行きわたったか。
「じゃぁ、いただきますっと」
スプーンで軽くすくって口に運ぶ。
……なんだこれ、くっそうめぇ。
「なんだこれ! くっそうめぇな!」
思ったことが口から出るってのは、こういうことか。チビ共も大はしゃぎだ。
とりあえずその日はみんなで飯食って、チビ共が用意してくれた寝床で横になった。
明日は町に向かってみるしかねぇかなぁ。
そんで……やべぇ、考えられねぇわ。すげぇ眠ぃ。
そうやって意識が落ちる中、俺は一つのことを考えていた。
……あれ? こいつらってどうなるんだ? 町に連れてけるのか?
答えは出ねぇまま、俺は幸せな気持ちで眠りに落ちた。
第三話 てめぇら調子くれてんじゃねぇぞ!
――おぉ、今日もいい天気だな。
洞窟から顔を出し、空を見上げると、眩しいお日様が見えた。
あれから五日経って、森での生活にも慣れてきた。今日は兎でも捕まえて、晩飯を豪勢にしてやるか。いや、魚を釣るのも悪くねぇなぁ。
チビ共が色々教えてくれっから、食料調達もどうにかできるようになってきたぜ。
さて、今日も頑張るとすっかな!
出かける準備をしようと振り返ると、足元でチビ共が何かしてるのが目に入った。
「ん? あんだチビ共。おぉ、絵を描いたのか。うめぇじゃねぇか。三角に四角か、家みてぇだな」
絵を見ながら、俺はそれを描いた花の被り物をしたチビを撫でてやった。
頬っぺたはぷにぷにしてるし、撫でると喜ぶしで、たまんねぇな。
「新しい家が欲しいのか? なら、造り方教えてくれたら俺がやるからよぉ。いい場所が他にあるか? それともここに……違うのか?」
首を横に振ってやがんな。何が言いてぇんだ?
他のチビ共も一緒になって、たくさん家みてぇのを描きだした。
家、たくさんの家。……たくさんの家?
「あ」
そうか、町だ。俺は町に行くって、こいつらに言ってたんだったな。
「いやでも、もういいんじゃねぇか? 俺はここで一生過ごすわ」
そして零は森の中でチビ共と幸せに暮らしましたとさ。完。
――で、いいと思ったんだがなぁ。
どうやら、チビ共はそれじゃ駄目らしい。
もしかしたら外の世界が見たいのかもしれねぇな。俺の服を引っ張って、必死に町へ連れて行こうとしてやがる。
まぁ、こいつらが言うなら仕方ねぇか。
「おし、分かった。じゃぁ町に行ってみるかぁ」
俺とチビ共は身支度を整え、森を出ることにした。
くそっ。五日間だけだったのに、天国みてぇな場所だったな。ここから離れると思うと、少し泣けてくるぜ。
俺はチビ共に案内されながら森の中を進んだ。なるべく歩きやすい道を選んでくれてるらしくて、さくさく進む。こいつら本当に気が利きやがるな。
「なんだかよぉ、ピクニックみてぇだよな! こういうのも悪くねぇ」
俺の言葉に、チビ共は大喜びで飛び跳ねてやがる。
そうか、そうだよな。よく考えたら、町ってのもこいつらの町かもしれねぇ。
ってことは、だ。そこに行けば、こいつらの仲間がたくさんいんのか! いいじゃねぇか!
俺はこのとき、こんな勝手な想像をしていた。そんなわけねぇのになぁ……。
少し進むと、森を抜けた。目の前には草原(?)がすげぇ広がってる。
その草原の中には、長ぇ道が通っていた。
「あんだこれ、石で舗装してあんのか? 街道ってやつか」
チビ共は俺のことを考えて、石畳み(?)の道のほうが、森よりも楽だと思ったのかもしれねぇ。これまでも歩きやすい道を選んでくれてたからな。
だが、俺としては森の中のほうが歩きやすかった。何より、この道の固ぇ感触がアスファルトを思い出させやがる。
つい、振り返って森を見ちまう。まぁ、でも新しいチビ共に会うためだからなぁ。
っと、そこで俺を囲ってたチビ共の動きが変わった。
道の先を見てるみてぇだな。何か変わったもんでもあるのか?
ありゃ……人、か? 赤い髪をふり乱した女が、必死な様子で走っている。
おい、段々近づいて来てねぇか。いや、間違いなくこっちに向かってきてやがる。
ちっ。ここはフレンドリーに接してみるか。この五日で、俺がこいつらとの異文化交流で学んだ技術を見せてやんよ!
あっという間に目の前にきた女。赤い目に、赤い髪……なんだ、セミロングっつーのか? 身長は少し低めだな。シャツにミニスカート、さらにマントを羽織ってて、俺よりちょっと年下に見える。
うっし、笑顔でしっかり挨拶してやるか。
「おう! ちょっと止まれや。こんなとこで何してんだ、てめぇ」
「に、逃げてくださ……ひいいいいいいい! ごめんなさいごめんなさい! 私、悪い者じゃないんです! どうか見逃してください!」
俺の顔を見るなり、女はすげぇ勢いで何度も頭を下げた。
あれ? なんかめっちゃビビられてねぇか。親しみやすく話しかけたつもりなんだが……。
「ちっ。待て待て、俺はてめぇに危害を加える気はねぇ。ただ話しかけただけだ、安心しろ」
「すいませんすいません。お金なら持ってるだけ渡しますから!」
だめだ、話にならねぇ。参ったな。
ため息をつきながら顔を上げ、前を見たんだが……。
ん? なんだありゃ? 緑色の変なのが二つ、こっちに向かってきてんな。
「おい、なんだあれ」
「ごめんなさいごめんなさ……はっ。追いつかれた! 逃げてください! 私はあれに追われてたんです!」
俺が聞くと、女は思い出したかのように緑色の奴の方を振り返り、突然慌てだした。
「なんだ、悪い奴なのか」
「なんで落ち着いてるんですか!? 早く逃げましょう!」
いや、逃げるのはいいんだけどよ。俺と目を合わせないようにしてる奴に言われるのもなぁ。
あ、なんか少し悲しくなってきたわ。日本にいた頃はみんなこうだったんだが、こっちに来て忘れかけてたぜ。やっぱり森にいれば良かったなぁ。
「何してるんですか! 逃げないと! あ、だめです。もう目の前にいる」
お、おぉ? 騒ぐだけ騒いで、へたりこみやがった。
で、なんなんだよ、この緑の奴はよぉ。石斧(?)みたいの持って、こっちをニヤニヤ見てやがる。
まぁフレンドリーにだ、フレンドリーに。
「おう! おめぇら何か用か? こいつビビッてるからよぉ、ちょっと待ってくれねぇか」
「グルルルル」
こいつら、俺のことをちっとも見てねぇ。別にいいけどよ。
人と話すときは目を合わせろって教わらなかったのかよ、このダボ共が。
「に、逃げてください。こいつらは私が足止めします!」
這いつくばっていた女が、足をガクガクさせながら立ち上がる。
おいおい、そんな震えてんのに俺の前に出てどうすんだ。
手に持ってる木の棒みてぇな……杖ってやつか? そんな弱そうな鈍器じゃ、こいつらに勝てねぇだろ。向こうは斧だぞ。
それに、人間話せば分かるってもんだ。身振り手振りでも十分。俺はそれをチビ共から教わったからな。人間、日々成長ってやつだろ。
「まぁ落ち着けって。まずは話をしてからでもいいだろ」
「モンスター相手になんで落ち着いて話そうとしてるんですか!? 逃げてくださいって!」
モンスター? モンスターってなんだ。ゲームとかにいるあれか?
確かにこの緑の奴は、それっぽいが。
「グガアアアアアアア!」
いきなり緑の奴の片方が、斧を振りかざして俺に向かって……。
「あぁ?」
止まった。
俺と目が合った瞬間に。
やっぱりこれはあれか、誠意ってやつが伝わったに違ぇねぇな。
……そんなわけねぇよな。この反応は、俺に喧嘩売ってきてたチンピラ共と一緒だ。
チンピラ共は自分からガン飛ばしてくるくせに、俺と目が合うと一瞬止まるんだ。じっと睨んでるから動きが止まるのか、俺の目にビビッてんのかは知らねぇ。
そのチンピラ共と同じってことは……こいつら、俺に喧嘩売ってんのか?
……だったら買うしかねぇ。
少なくとも睨みつけてきてる目が反抗的ってことは、間違いねぇよなぁ!!
「てめぇら調子くれてんじゃねぇぞ!!」
俺は緑の奴の片方に勢いよく突っ込んで、前蹴りをぶち込んでやった。
おぉ、ボールみたいに吹っ飛びやがった。
「ギ!?」
残った緑の奴は、目ん玉むいて飛んでいった仲間を見てやがる。
「よそ見してんじゃねぇぞ、こらぁ!!」
喧嘩の最中にやられた奴の心配とか、舐めてんじゃねぇぞ!
俺はもう一体の緑色の斧を左手で掴んで、思いっきり……右ストレートだおらぁ!!
「おらあああああああああ!」
「グギイイイイイイ!?」
右ストレートは、気持ちいいくれぇに綺麗に決まった。
うっし。両方ぶっ倒れてピクピクしてやがる。
「え? え?」
赤髪はぽかーんと眺めている。喧嘩慣れしてねぇ奴は、大体こんな反応だ。
さてっと。
俺はぶっ倒れた緑二体に近づくことにした。
「ち、近づいたら危険です! まだ動けるかもしれません。逃げるなら今のうちです!」
これだからトーシロは……。
俺は赤髪の言葉を無視して緑の奴らに近づいた。
そして、そいつらに……蹴り! 蹴り! 蹴り! 蹴り! 蹴り!
「おらおらおらおらおらおら!! 寝たふりしてんじゃねぇぞこら!! やんのかおらぁ!!」
「ガフッ、ゲフッ」
「ひいいいいいいいいいいい!!」
緑共を交互に蹴っていると、うめき声が聞こえやがる。赤髪の悲鳴も交じってる気がするが、そんなことはどうでもいい。
やられたフリをするなんて、喧嘩の常套手段だからな。
「きっちり地獄に送ってやらあああああああああ!!」
「待って待って待ってください!! 本当お願いします待ってください!! だって泡噴いてますよ!? もういいですって! 本当ごめんなさい! あ、もう無理……」
ちっ。うざってぇな。
俺は仕方なく、なぜか謝ってる赤髪に従って蹴りをやめてやった。まぁこれだけやっておけば、すぐには立てねぇだろ。
振り返ると赤髪は気絶してやがる。ちっ。これだから慣れてねぇ奴は面倒くせぇ。
……そういや、チビ共は大丈夫か?
俺が周りを見渡すと、チビ共は楽しそうに泡噴いて伸びてる緑の上で飛び跳ねていた。
ははっ、分かってんじゃねぇか。やっぱりこいつらは最高だな。
このまま放置もできねぇから、俺は赤髪を抱えてチビ共とその場を離れることにした。
おっと、ついでに便利そうだから、この石斧は一本もらってくぜ。
第四話 で、魔法ってなんだ?
しばらく歩いた俺とチビ共は、街道から外れた草っぱらの上に赤髪を寝かせて、起きるのを待った。
……待った、ものすげぇ待った。声もかけた、肩を揺すったりもした。
「なんだこいつ、全然起きないじゃねぇか」
むしろ、少し幸せそうな顔で涎を垂らしてやがる。
「えへ、えへへへ。駄目ですよぉ。私とこんなにたくさん契約したいだなんてぇ。えへへへへ」
駄目だ、話にならねぇ。
諦めた俺はチビ共と相談し、ここで野営をすることにした。
ふざけやがって。もう夕暮れだぞ。
俺は焚き火のために木を集めて組み、火打ち石をカチカチ鳴らし始める。
その音に反応したのか、赤髪が目を覚ました。
「はっ。精霊! 精霊? ここ? え?」
体を起こしてきょろきょろしながら、わけ分かんねぇこと言ってる。
完全に寝ぼけてやがるな。面倒くせぇ……。
だがまぁ、フレンドリーだ。今度こそ、うまく話さないといけねぇな。
「おう。落ち着け。もう危険は……」
その時、赤髪と目が合った。
目を逸らされた。
二度見。
「ひいいいいいいいいいいい!! すいませんすいません! 売らないでください!」
「お、おい」
「私、結構いいとこのお嬢様です! でもお金になりませんから! なんでもしますから! いえ、なんでもはできないです。あ、お金なら払います! ですからお願いです、何もしないでください!」
駄目だ、完全にテンパってやがる。とりあえずなんとか落ち着かせないといけねぇなこりゃ……。
「落ち着けって、俺ぁ別にお前に何かしようとは……」
「何かしたんですか!? 嘘っ! わ、私そんな寝てる間に……。いや、そんなの嫌……。だって私、最初は白馬の王子様とって決めてたのに……」
赤髪の奴、頭抱えて横に振り始めたぞ。全然聞いてねぇな。段々イライラしてきたわ。
いや、異文化交流だからな。もうちょい我慢だ……。
「だから聞けって。俺は別にお前に何も……」
「私、もうダメなんですね。このまま売られちゃうんですね。穢れちゃったんですね……。そんな、私はただみんなに認めてもらいたかっただけなのに、こんなことになっちゃうなんて……」
はははっ。
ははははっ。
悪ぃ、もう無理だわ。
「ちょっと黙れやこらああああああああ! 俺の話を聞けこのダボがぁ!」
「ひゃい!」
ふぅ。怒鳴ったら、やっと静かになりやがった。これで落ち着いて説明ができんな。
なんかプルプル震えてるが、それはもうこの際置いとくか。
「ちっ。よく聞け、俺は何もしてねぇ。てめぇが気絶したから連れてきただけだ。縛ったりもしてねぇだろうが。まぁ信じられねぇだろうからもういい。さっさと失せろ、くそが」
よし、なるべく抑えて言えたな。フレンドリーだっただろう。
やっぱりチビ共以外は信用ならねぇな。さて、俺は野営の準備でもすっか。
俺は火打ち石をまたカチカチとやりだした。もうちょっとで点きそうなんだが、これが中々うまくいかねぇ。
だがまぁ、こういうのもチビ共と楽しむ時間の一つだからな、悪くねぇ。
カチッカチッカチッカチッ。
「あ、あの……」
「うるせぇ。俺は忙しいんだ。見て分からねぇのか」
「は、はい……」
赤髪はなぜか立ち去ろうとしねぇ。まぁいい。俺には関係ねぇことだ。
カチッカチッカチッ。今日は点きが悪ぃなぁ。最近は大分コツを掴んだつもりだったんだが。
「火を点けたいんですか?」
「見りゃ分かるだろ」
なんなんだ、こいつはさっきからよぉ。さっさと行きたいとこに行けばいいだろうが。
だがその時、赤髪は俺の想像とは違うことを言いやがった。
「つ、点けましょうか?」
「あ?」
「ひいいいいい! すいません! すいません!」
俺が顔を向けると、赤髪は座ったままぺこぺこし始めた。
ちっ。面倒くせぇ。
だが今、なんて言った? 点ける? こんな小奇麗な格好した奴がか?
「別に怒ったわけじゃねぇよ。なんだお前、ライターでも持ってんのか」
「ら、らいたー? あの、それは持ってませんが、火なら点けられます」
何言ってんだこいつ。マッチがあるのか?
まぁ点けてくれるなら助かる。ちょっとやらしてみるか。
「おう。じゃぁちょっと頼めるか」
「は、はい」
赤髪が、人差し指を薪に向ける。
それだけだ。それだけで火が点いた。
なんだこりゃ? 今こいつ何したんだ?
「あ、あの、これでいいでしょうか……?」
「おう。助かった。でも今のはなんだ? どうやって火を点けたんだ」
「え?」
なんでこんな不思議そうな顔してんだ、こいつは。わけが分からねぇ。
それとも、実は指先を向けたら火が点くってのは常識だったのか? いや、それならライターを持ち歩く必要はねぇよな。どういうことだ?
「あの、魔法で点けたんですけど」
「魔法? なんだそりゃ。手品か?」
「いえ、そうではなくて……。もしかして、魔法が使えないんですか?」
魔法? ゲームとかのあれか?
そういやメガネが、そんなようなことを言っていた気もするが……。だめだ、覚えてねぇ。
「なんだ、魔法って」
「え? えええええええええええ!? あ、あなた魔法が使えないんですか!?」
「おう」
思いっきり上半身を引いて、すげぇ驚かれた。
「い、いや、だってそんな人、見たことありませんよ!? あなたの周りの人は、みんな使っていたと思うんですけど……」
「俺の周りにそんな不可思議な奴は、一人もいなかったぞ」
「えええええええええええ!?」
やべぇ、本当に分からねぇぞ。素直に話を聞いたほうがいいのかもしれねぇなぁ。
だが、こいつここにいていいのか?
「なぁ、魔法ってのがなんなのかは聞きてぇけどよ。お前、ここにいて大丈夫なのかぁ? どっか行くとこがあるんなら、引き止めたら悪ぃからな」
「あ、はい。大丈夫です。あれ? なんか見た目と違って、案外常識的な人なのかな? すごい怖い目つきなのに。それとも騙そうとしてる?」
おい、小声で言ってるつもりだろうが聞こえてるぞ。くそが。
だがまぁ、俺は分からねぇことを教えてもらう立場なんだ。ここは我慢するとこか。
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