5 / 6
1-5 そして日常へ帰れると思っていた
しおりを挟む
――数日後。俺は、旦那様の元を訪れた。
「失礼いたします」
「あぁ、ご苦労だったね」
ソファヘ座るよう示されたが、首を横へ振り、そのまま立っている。旦那様は苦笑いを浮かべ、自分だけソファヘ座った。
「さて、では話をしよう。どこまで分かったんだい?」
「ナイトクロウはダライア家を狙っており、丁度良い囮が見つかったので、情報を流して利用した。後、旦那様は親バカで、お嬢様を守らせていた、ということは分かっています」
「ふむ。なら大体分かっているじゃないか」
感心したように頷く旦那様へ、額に手を当てながら聞く。
「たぶん最初の情報からして利用する気でしたよね? 正面玄関へ向かわせたのは、そちらで騒ぎを起こすためですか? で、その間にナイトクロウ一号は自分の目的を達成し、外の見張りを昏倒させ、お嬢様の脱出ルートを確保。俺はナイトクロウ二号の相手をして時間稼ぎを行い、その後に合流した二人がイングを拿捕。……ここですよ。なんであのバカは、俺だと分かっていながら突っかかってきたんですか? 頭おかしいですよね?」
唯一分からなかったことに対し、旦那様はザックリ答えた。
「そりゃ、バカだからだよ。無駄だが注意はしておくことを約束しよう」
「無駄って言いきっちゃうんですね……」
あのバカのせいで、と釈然としない気持ちになる。だが任務は無事遂行され、イング=ダライアは逮捕された。一味たちも、誰一人逃がさなかった。ならば、あの戦いにも意味はあったと思いたい。
しかし、もっと良い方法が……いや、忘れよう。すでに義賊ごっこは無事終わり、元の日常を取り戻した。忘れるのが一番だ。
一人頷いていると、旦那様にお嬢様のことを聞かれた。
「それで、レイシルは懲りていたかい?」
「どうやら効果はあったようです。脱出の最中になにがあったのか分かりませんが、深窓の令嬢さながらに大人しくなっております」
聞いても教えてくれず、なにがあったかは想像がつかない。あの身体能力に追いつけるやつも少なさそうだし、戦って勝てる相手も少ないだろう。怖い思いをしたとは思えない。
なのに、お嬢様は大人しくなっている。さっぱり理解できない。ちょっと怖い。
……だがまぁ、これで終わったのだから良いだろう。一礼して下がろうとしたのだが、旦那様に声を掛けられた。
「そういえば、娘の護衛を任せている三号くんは、今後どうするつもりなのかな?」
足を止め、静かに答える。
「ナイトクロウたちがどうするかは、あなたが決めることですよ。違いますか? 初代ナイトクロウ」
数百年の時を生きている初代ナイトクロウ、ブルード=シュティーアが穏やかな笑みを浮かべる。
今や個人ではなく、組織となったナイトクロウ。その末端の一人である俺がどうするのかは、自分で決められることではない。ナイトクロウの頭である初代の決めることだ。
前と同じように暗躍しろ、と言われれば暗躍をする。
今と同じように護衛を続けろ、と言われれば護衛を続ける。それだけだ。
ギシリ、とソファが音を立てた。
「そうだね。とりあえずは現状維持でいくとしよう」
「仰せのままに」
今度こそ、部屋を後にする。永劫の時を生きている旦那様に、結論を焦る必要は無いのだろうと思える答えだった。
――仕事を終え、とある宿へ向かう。安宿ではなく、要人の宿泊する高いところだ。
調べのついている一室には鍵がかかっておらず、どこぞの迂闊な豚貴族を思い出しながら中へと入る。とてつもなく酒臭い。
眉をひそめながら室内を進むと、ベッドではなくソファに、とても迂闊そうな大男が寝ていた。
「……」
無言のまま近づき、ソファから蹴り落とす。男は無様に床へと転げ落ち、声を上げた。
「ふごっ!? 誰だおらぁ! 殺すぞ!」
「俺だ」
「あぁ!? ……おぉ! 飲むか?」
「いきなり酒を勧めるなバカ」
俺は呆れていたのだが、ガストは気にせず笑い、瓶に口をつけ、酒を飲みだす。細かいことは気にしないガストらしい。
どうせすぐに帰るつもりだったので、その様子を見ながら話を始める。
「昨日の一件は片付いたのか?」
「おうよ。イングと一味は鉱山へ送られ、毎日退屈な穴掘り生活だ。前線送りじゃないとか可哀想だよな?」
「いや、どう考えても前線のほうが嫌だろ」
「そうかぁ?」
戦闘狂の考えに頭を抱えていると、窓から残る一人が音も無く入って来る。
金色の髪を翻し、彼が口を開いた。
「あら、グラス。わたくしに会いに来ましたの? それなら屋敷のほうへ来てくださればいいのに」
「事の顛末を聞きに来ただけだ、すぐに帰る。後、屋敷には行かない。前、睡眠薬を盛ろうとしたこと、忘れてないからな」
あのときは気付いて良かった。そのまま飲み干していたら、一体どうなっていたことか……。いや、本当にどうなっていたんだろう。いまだに狙いも分からず、とても怖い。
しかし、彼はまるで気にした様子を見せず、ガストへ言った
「ちょっとガスト。あなたが喧嘩を売ったせいで、グラスの機嫌が悪くなっていますわよ」
「いやいや、オレは軽い運動をしただけだろ? 薬を盛ろうとしたやべぇやつと一緒にすんなよ。……まぁ、グラスが本気になりそうだったときは、ちょっと楽しくなったけどな!」
「こいつ、本当にダメですわね……」
全く持ってその通りだと同意しかけたが、どちらもダメだなと思い直し、双方へ何度も頷いておいた。
結局のところ、ガストは演技をしたわけではなく、ただ時間を稼ぐのは暇だから、俺と遊ぼうと考えたらしい。本当にいい迷惑だ。
そしてもう一人はこちらの手伝いを行った後、俺たちが戦っている間に、必要なブツを入手したり、お嬢様の脱出を援護したとのこと。イングは別に迂闊じゃなかった。もう会うことは無いがすまんな。
こういった感じにあらましを聞き終えたので、別れの挨拶を告げた。
「次は、ガストのいる任務にだけは当てないでもらうように頼んでおく。こちとら執事と護衛だけで手いっぱいだからな。じゃあ、そういうことで帰らせてもらう。元気でな、一号と二号」
「お前、酒も飲まずに帰るのか? なにをしに来たんだよ」
「蹴りを入れに来たに決まってるだろ」
すでに俺は満足したので帰るつもりだったのだが、持参したタマゴサンドを食べている彼が言った。
「どうせ、またすぐ会うことになりますわ。執事さんもそう思いません?」
「……」
何も答えず、そのまま部屋を出る。
予感はともかくとし、厄介ごとは護衛に支障を来すためお断りだよ、というのが本心だった。
――夜。屋敷へ戻ると、すぐにお嬢様へ呼び出された。執事に休みは無いらしい。辛い。
「お呼びでしょうか、お嬢様。こんな時間に呼び出すとかやめてください。もう眠いです。なんてことはおくびにも出さず、笑顔で訪れた自分を褒めていいですよ?」
「それも仕事の内でしょ」
「確かに」
人とは事実を言われれば弱いものだ。言い返せなくなったので、さっさと用事を済ませて帰ります、というスタンスを見せていると、お嬢様は足を組み替え、薄い笑みを浮かべた。
嫌な予感がする。
「わたし――」
「お待ちください。これ、ダメな流れですよね? 明日やり直しませんか?」
「……わたし」
「お肌の手入れをして寝たほうが良いです。まだ顔に疲れが残っていますよ? 今度、友人から良い化粧水を――」
「知り合いって、あの女のことでしょ」
「えぇ、そうです、あの女です。あの女?」
誰だよ、と思っていたのだが、不機嫌そうな顔で、お嬢様が言った。
「ナイトクロウの仲間よ」
「ナイトクロウの仲間?」
「あの夜、廊下で会ったでしょ。脱出中にも助けられたわ」
声でも聞かせてしまったのだろう。
珍しく迂闊だなと思いつつも首を傾げる。
「あの夜? なぜそのナイトクロウが、自分に関係あるのですか? 友人というのは貴族ですよ。貴族と義賊は一文字しか違いませんが、相容れないと思われます」
「なら、その女の正体はナイトクロウの仲間ね。隠したって無駄よ。全部分かっているんだから」
どうやら、お嬢様の中では結論が出ているらしい。こうなってしまえば、俺がなにを言っても無駄。お嬢様の頑固さは鉄より固いのだ。
お嬢様はムスッとした顔のまま、続きを口にする。
「わたし、本物のナイトクロウに助けられたことがあるって言ったわよね。あの細身の女は本物じゃないわ。ううん、本物だとしても、わたしの知っているナイトクロウじゃない」
「はぁ」
知らぬ存ぜぬを通すつもりでいたのだが、お嬢様はこちらへ近づき、右手へ触れた。
「中肉中背。性別は男。そして、わたしを庇った際に、右の手の平を剣で貫かれていたわ」
「そうですか」
「そうですか、じゃないわよ! 手袋を外して、手の平を見せろと言ってるの!」
「え、言っていませんよね? それといきなり脱げとかセクハラですか?」
「手袋を外せと言っただけでしょ!?」
鼻息荒く言われ、ついからかいたくなってしまうが、手袋を外すだけで納得してくれるのなら、それでいいだろう。
俺は言われた通りに右手の手袋を外し、手の平をお嬢様に翳した。
顔を近づけたお嬢様が目を見開く。
「……えっ? 傷が無い?」
「どうして自分がナイトクロウだと思ったんですか? さすがに短絡的すぎますよ」
「いや、だって、その……あれぇ?」
首を傾げているうちに、手袋を元に戻す。……やれやれ。こういったときのために備えておいて良かった。パッと見では分からない薄手の手袋さまさまだ。
しかし、これでもう疑われることはないだろう。残念ながら、俺のほうが一枚上手でしたね、お嬢様! 二枚重ねの手袋と同じく!
と、心の中で笑っていたのだが、下唇を噛んでいるお嬢様を見て、やり過ぎたかもしれないと気付いた。マズい傾向だ。
「あ、あの」
「――る」
「少し、言い過ぎたといいますか」
「――わたし、義賊を続けるわ! それで助けてくれたナイトクロウの正体を突き止める! ついでに、あの女ナイトクロウも捕まえて話を聞き出してやるんだから!」
完全に失策だった。後、女ナイトクロウにこだわっている理由が気になって仕方ない。あいつ、なにをしたんだよ。
しかし、とりあえずそのことは置いておこう。
今は考え直してもらえるよう、お願いするのが最優先……いや、違うな。そういえば、旦那様に許されたあれをまだ行使していなかった。
「どんなにお願いしても絶対に続けるんだから!」と、ふんぞり返っているお嬢様の後ろへ静かに回り込む。
そして、握った拳へ息を吐きかけ、高く振り上げるのだった。
「失礼いたします」
「あぁ、ご苦労だったね」
ソファヘ座るよう示されたが、首を横へ振り、そのまま立っている。旦那様は苦笑いを浮かべ、自分だけソファヘ座った。
「さて、では話をしよう。どこまで分かったんだい?」
「ナイトクロウはダライア家を狙っており、丁度良い囮が見つかったので、情報を流して利用した。後、旦那様は親バカで、お嬢様を守らせていた、ということは分かっています」
「ふむ。なら大体分かっているじゃないか」
感心したように頷く旦那様へ、額に手を当てながら聞く。
「たぶん最初の情報からして利用する気でしたよね? 正面玄関へ向かわせたのは、そちらで騒ぎを起こすためですか? で、その間にナイトクロウ一号は自分の目的を達成し、外の見張りを昏倒させ、お嬢様の脱出ルートを確保。俺はナイトクロウ二号の相手をして時間稼ぎを行い、その後に合流した二人がイングを拿捕。……ここですよ。なんであのバカは、俺だと分かっていながら突っかかってきたんですか? 頭おかしいですよね?」
唯一分からなかったことに対し、旦那様はザックリ答えた。
「そりゃ、バカだからだよ。無駄だが注意はしておくことを約束しよう」
「無駄って言いきっちゃうんですね……」
あのバカのせいで、と釈然としない気持ちになる。だが任務は無事遂行され、イング=ダライアは逮捕された。一味たちも、誰一人逃がさなかった。ならば、あの戦いにも意味はあったと思いたい。
しかし、もっと良い方法が……いや、忘れよう。すでに義賊ごっこは無事終わり、元の日常を取り戻した。忘れるのが一番だ。
一人頷いていると、旦那様にお嬢様のことを聞かれた。
「それで、レイシルは懲りていたかい?」
「どうやら効果はあったようです。脱出の最中になにがあったのか分かりませんが、深窓の令嬢さながらに大人しくなっております」
聞いても教えてくれず、なにがあったかは想像がつかない。あの身体能力に追いつけるやつも少なさそうだし、戦って勝てる相手も少ないだろう。怖い思いをしたとは思えない。
なのに、お嬢様は大人しくなっている。さっぱり理解できない。ちょっと怖い。
……だがまぁ、これで終わったのだから良いだろう。一礼して下がろうとしたのだが、旦那様に声を掛けられた。
「そういえば、娘の護衛を任せている三号くんは、今後どうするつもりなのかな?」
足を止め、静かに答える。
「ナイトクロウたちがどうするかは、あなたが決めることですよ。違いますか? 初代ナイトクロウ」
数百年の時を生きている初代ナイトクロウ、ブルード=シュティーアが穏やかな笑みを浮かべる。
今や個人ではなく、組織となったナイトクロウ。その末端の一人である俺がどうするのかは、自分で決められることではない。ナイトクロウの頭である初代の決めることだ。
前と同じように暗躍しろ、と言われれば暗躍をする。
今と同じように護衛を続けろ、と言われれば護衛を続ける。それだけだ。
ギシリ、とソファが音を立てた。
「そうだね。とりあえずは現状維持でいくとしよう」
「仰せのままに」
今度こそ、部屋を後にする。永劫の時を生きている旦那様に、結論を焦る必要は無いのだろうと思える答えだった。
――仕事を終え、とある宿へ向かう。安宿ではなく、要人の宿泊する高いところだ。
調べのついている一室には鍵がかかっておらず、どこぞの迂闊な豚貴族を思い出しながら中へと入る。とてつもなく酒臭い。
眉をひそめながら室内を進むと、ベッドではなくソファに、とても迂闊そうな大男が寝ていた。
「……」
無言のまま近づき、ソファから蹴り落とす。男は無様に床へと転げ落ち、声を上げた。
「ふごっ!? 誰だおらぁ! 殺すぞ!」
「俺だ」
「あぁ!? ……おぉ! 飲むか?」
「いきなり酒を勧めるなバカ」
俺は呆れていたのだが、ガストは気にせず笑い、瓶に口をつけ、酒を飲みだす。細かいことは気にしないガストらしい。
どうせすぐに帰るつもりだったので、その様子を見ながら話を始める。
「昨日の一件は片付いたのか?」
「おうよ。イングと一味は鉱山へ送られ、毎日退屈な穴掘り生活だ。前線送りじゃないとか可哀想だよな?」
「いや、どう考えても前線のほうが嫌だろ」
「そうかぁ?」
戦闘狂の考えに頭を抱えていると、窓から残る一人が音も無く入って来る。
金色の髪を翻し、彼が口を開いた。
「あら、グラス。わたくしに会いに来ましたの? それなら屋敷のほうへ来てくださればいいのに」
「事の顛末を聞きに来ただけだ、すぐに帰る。後、屋敷には行かない。前、睡眠薬を盛ろうとしたこと、忘れてないからな」
あのときは気付いて良かった。そのまま飲み干していたら、一体どうなっていたことか……。いや、本当にどうなっていたんだろう。いまだに狙いも分からず、とても怖い。
しかし、彼はまるで気にした様子を見せず、ガストへ言った
「ちょっとガスト。あなたが喧嘩を売ったせいで、グラスの機嫌が悪くなっていますわよ」
「いやいや、オレは軽い運動をしただけだろ? 薬を盛ろうとしたやべぇやつと一緒にすんなよ。……まぁ、グラスが本気になりそうだったときは、ちょっと楽しくなったけどな!」
「こいつ、本当にダメですわね……」
全く持ってその通りだと同意しかけたが、どちらもダメだなと思い直し、双方へ何度も頷いておいた。
結局のところ、ガストは演技をしたわけではなく、ただ時間を稼ぐのは暇だから、俺と遊ぼうと考えたらしい。本当にいい迷惑だ。
そしてもう一人はこちらの手伝いを行った後、俺たちが戦っている間に、必要なブツを入手したり、お嬢様の脱出を援護したとのこと。イングは別に迂闊じゃなかった。もう会うことは無いがすまんな。
こういった感じにあらましを聞き終えたので、別れの挨拶を告げた。
「次は、ガストのいる任務にだけは当てないでもらうように頼んでおく。こちとら執事と護衛だけで手いっぱいだからな。じゃあ、そういうことで帰らせてもらう。元気でな、一号と二号」
「お前、酒も飲まずに帰るのか? なにをしに来たんだよ」
「蹴りを入れに来たに決まってるだろ」
すでに俺は満足したので帰るつもりだったのだが、持参したタマゴサンドを食べている彼が言った。
「どうせ、またすぐ会うことになりますわ。執事さんもそう思いません?」
「……」
何も答えず、そのまま部屋を出る。
予感はともかくとし、厄介ごとは護衛に支障を来すためお断りだよ、というのが本心だった。
――夜。屋敷へ戻ると、すぐにお嬢様へ呼び出された。執事に休みは無いらしい。辛い。
「お呼びでしょうか、お嬢様。こんな時間に呼び出すとかやめてください。もう眠いです。なんてことはおくびにも出さず、笑顔で訪れた自分を褒めていいですよ?」
「それも仕事の内でしょ」
「確かに」
人とは事実を言われれば弱いものだ。言い返せなくなったので、さっさと用事を済ませて帰ります、というスタンスを見せていると、お嬢様は足を組み替え、薄い笑みを浮かべた。
嫌な予感がする。
「わたし――」
「お待ちください。これ、ダメな流れですよね? 明日やり直しませんか?」
「……わたし」
「お肌の手入れをして寝たほうが良いです。まだ顔に疲れが残っていますよ? 今度、友人から良い化粧水を――」
「知り合いって、あの女のことでしょ」
「えぇ、そうです、あの女です。あの女?」
誰だよ、と思っていたのだが、不機嫌そうな顔で、お嬢様が言った。
「ナイトクロウの仲間よ」
「ナイトクロウの仲間?」
「あの夜、廊下で会ったでしょ。脱出中にも助けられたわ」
声でも聞かせてしまったのだろう。
珍しく迂闊だなと思いつつも首を傾げる。
「あの夜? なぜそのナイトクロウが、自分に関係あるのですか? 友人というのは貴族ですよ。貴族と義賊は一文字しか違いませんが、相容れないと思われます」
「なら、その女の正体はナイトクロウの仲間ね。隠したって無駄よ。全部分かっているんだから」
どうやら、お嬢様の中では結論が出ているらしい。こうなってしまえば、俺がなにを言っても無駄。お嬢様の頑固さは鉄より固いのだ。
お嬢様はムスッとした顔のまま、続きを口にする。
「わたし、本物のナイトクロウに助けられたことがあるって言ったわよね。あの細身の女は本物じゃないわ。ううん、本物だとしても、わたしの知っているナイトクロウじゃない」
「はぁ」
知らぬ存ぜぬを通すつもりでいたのだが、お嬢様はこちらへ近づき、右手へ触れた。
「中肉中背。性別は男。そして、わたしを庇った際に、右の手の平を剣で貫かれていたわ」
「そうですか」
「そうですか、じゃないわよ! 手袋を外して、手の平を見せろと言ってるの!」
「え、言っていませんよね? それといきなり脱げとかセクハラですか?」
「手袋を外せと言っただけでしょ!?」
鼻息荒く言われ、ついからかいたくなってしまうが、手袋を外すだけで納得してくれるのなら、それでいいだろう。
俺は言われた通りに右手の手袋を外し、手の平をお嬢様に翳した。
顔を近づけたお嬢様が目を見開く。
「……えっ? 傷が無い?」
「どうして自分がナイトクロウだと思ったんですか? さすがに短絡的すぎますよ」
「いや、だって、その……あれぇ?」
首を傾げているうちに、手袋を元に戻す。……やれやれ。こういったときのために備えておいて良かった。パッと見では分からない薄手の手袋さまさまだ。
しかし、これでもう疑われることはないだろう。残念ながら、俺のほうが一枚上手でしたね、お嬢様! 二枚重ねの手袋と同じく!
と、心の中で笑っていたのだが、下唇を噛んでいるお嬢様を見て、やり過ぎたかもしれないと気付いた。マズい傾向だ。
「あ、あの」
「――る」
「少し、言い過ぎたといいますか」
「――わたし、義賊を続けるわ! それで助けてくれたナイトクロウの正体を突き止める! ついでに、あの女ナイトクロウも捕まえて話を聞き出してやるんだから!」
完全に失策だった。後、女ナイトクロウにこだわっている理由が気になって仕方ない。あいつ、なにをしたんだよ。
しかし、とりあえずそのことは置いておこう。
今は考え直してもらえるよう、お願いするのが最優先……いや、違うな。そういえば、旦那様に許されたあれをまだ行使していなかった。
「どんなにお願いしても絶対に続けるんだから!」と、ふんぞり返っているお嬢様の後ろへ静かに回り込む。
そして、握った拳へ息を吐きかけ、高く振り上げるのだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる