第六王子は働きたくない

黒井 へいほ

文字の大きさ
上 下
18 / 35

幕間 先代剣聖は考える

しおりを挟む
 ……カルトフェルン王国の王族はおかしい。これは、私の経験から導き出した答えだ。
 国王は必ず12人以上の子を成し、その妻は必ず一芸に秀でた人物で、種族すら問わない。王族がより良い血を残そうとするのは当然だが、彼らのそれは異常だとしか言えない。
 たった一人、国王となる者以外は捨て駒でしかなく、生き残った王族は王位継承権を剥奪される。そして、国王の直系だけが王位継承権を得ることが許され、また同じように争うのだ。

 この異常性には、娘のスカーレットを授かったときに気付いた。
 なんせ次の日には、次期国王の妻として迎え入れたいと、頭がおかしい使者を送ってきたのだから。
 このことから分かる通りに、私はカルトフェルンの王族が嫌いだ。
 それはセス殿下に救われた後も変わらず、むしろあの方への待遇を考えれば、より深まったと言えよう。
 だからこそ、とある一件で陛下へのお目通りが叶った際に聞いてしまった。

「カルトフェルンの王族は、一体どこを目指しているのですか? この国で王族が最強になろうとしているのであれば、すでに十二分な成果を出しているように思われます」

 上が強いからこそ、下を従えられる。その考えで行っているのだとすれば、最早必要があるようには思えなかった。
 私の問いに、陛下は静かに上を指差す。
 眉根を寄せると、真剣な声色で言った。

「――神へ至る」

 なるほど、と納得する。他国でもそういった考えの王族はおり、何度か会ったこともある。不老不死、世界最強、全知全能。自らが神へ成ろうとする者たちだ。
 顔に出してはいないつもりだったが、どこかに残っていたのだろう。陛下は薄く笑いながら言った。

「冗談では無い。我々カルトフェルンの一族は、ここへ国を築いたときから、神へ勝利しようとしている」
「……勝利? 神に成ろうとしているわけではなく、神殺しが目的だと?」
「残念ながら、あれ・・は殺せるようなものではないらしい。同等の場所へ至り、勝利することすら人の限界を超えている。普通ならば成し得ぬ所業だ」

 相手は神なのだから、と陛下は自嘲気味に笑う。
 私は、ただ困惑を隠せなかった。
 叶わぬ願いだが叶えねばならぬと、陛下は言っているように思われる。しかし、なぜ叶えねばならないのか? それが分からない。
 そんな思いが隠せなかったのか、ポツリと口から零れ出してしまった。

「なぜ?」

 陛下は、乾いた笑いを上げた。

「暇つぶし、らしい。神たちの暇つぶしから抜けるために、神へ勝利せねばならない。笑える話だと思わないか? ハハッ、ハハハハハハハッ」

 笑い続ける陛下を呆然と見ていると、ダンッと強く机が叩かれる。先ほどまで笑っていた顔は、とても歪んでいた。
 しかし、首を一度横に振ると、陛下は冷静さを取り戻し、椅子へ体を預けた。

「当事者のときは気付かず、ただ王位を目指し勝利し続けたが……あれは間違いだった。我が子が可愛くない親はいない。次の世代を全員生き残らせ、誰かを至らせて勝利する。それこそが、私の願いだ」
「……」
「下がれ。セスのことに関しては力を貸すことはできない。父として、全員に平等であらねばならん。……しかし、都合よく事が進む可能性もある。諦めず行動することだ」

 裏で手を回してやる、と言わんばかりの言葉を聞け、一礼して部屋を後にする。
 だが、帰り道に少し冷静に考えれば、やはり王族の異常性を再認識したように思えた。

 なぜなら、この世界に神と呼ばれる偶像はあろうとも、本物の神を見た者もいなければ、神に勝利した者もいない。
 神などというものは、存在しないのだから。


 ……当時はそう思っていた。
 しかし、今は少し違う。
 私が唯一心より敬愛している王族の青年は、信じられない速さで腕を上げていた。

 引き篭もり、部屋で自主鍛錬を続けていただけのセス殿下が、多少動けなくなる程度の筋肉痛だけで、日々の鍛錬を乗り越えられている。
 確かに手加減はしていたが、二、三日は動けないかもしれないと思ったことは数えきれないほどにあった。
 幼少期より剣だけに邁進していれば、ティグリス殿下に並ぶ強さを手に入れたのではないか? そんな期待を持ってしまうのは、贔屓目で見ているからかもしれない。

 もし、血で能力が決まるのであれば、セス殿下はカルトフェルン王族内で最弱だろう。なんせ、陛下が戯れで手を出したメイドの子だ。王族の血は半分しか流れていない。
 仮にその考えが正しいのであれば、王族とは最低でもこれほどの潜在能力を秘めているということになる。セス殿下が一番下で、他はこれ以上ということだ。

「どうした?」

 難しい顔をしてしまっていたのか、心配そうにセス殿下が覗き込んでくる。
 そもそも、セス殿下は王位に就こうとしていない。他の王族に害されることなく、自分が生き延びることが主な目的だ。

 で、あれば、戦力差については正しく認識しておくべきだろうと、正直に打ち明けることにした。
 それに対し、セス殿下は吹き出した。

「なにを悩んでいるのかと思えば……。あのなぁ、他の王族たちは十歳まで厳しい鍛錬や教育を受け、十歳からは学園でエリートたちと切磋琢磨する。俺みたいな引き篭もりより弱いやつなんて、現れるはずがないだろ」

 自分はそういったものを避けて生きてきた、学園にも通っておらず同世代の人脈なども持っていない。将来的に、最も弱い立場になることは決まっている、と。セス殿下は気に舌様子も見せずに笑っていた。

 ……本当にそうなのだろうか? 本格的に動き出したのが十五歳からだったとはいえ、その差は決
して埋めることはできないものなのか?
 口に出さず自問自答していると、セス殿下が剣を構えた。

「他から無視されたまま、呪いだけどうにかして、ここで静かに生きていければいいんだって。後はできれば、ティグリス殿下が王位に就くといいなぁ。あの人なら、本気で頼んだら放っておいてくれそうじゃないか?」

 確かに、もしかしたらそうなるかもしれない。第一から第三の王族は名も知れており、その誰かが王位に就くだろうというのは、専らの評判だ。
 今のところ、セス殿下の望みは叶う可能性が高い。……そうは思っているのだが、老婆心だろうか。一抹の不安を拭えぬまま、自分にできることをするのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

聖女召喚

胸の轟
ファンタジー
召喚は不幸しか生まないので止めましょう。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~

汐の音
ファンタジー
もしも、生まれ変わるときに神さまから一つだけ、なにか特別な力をもらえるなら? 女の子は「なにもいりません」と、答えましたがーー なぜか猫になったり、また転生して猫になったり。(作中でもさらっと割愛) やがて、“ヨルナ”という公爵令嬢に生まれ変わった女の子が、ちゃんと人としての幸せを掴みとるまでのお話。 ◎プロローグは童話風。〈つづく〉以降、転生ほんわかファンタジーで本人も回り(神様含む)も納得のハッピーエンドをめざします。全77話で完結します。 第一章「今生の出会い」 第二章「動き出す歯車」 第三章「運命の人」 エピローグ (タイトルがほぼあらすじです) (小説家になろう、エブリスタでも掲載しています)

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」 数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。 ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。 「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」 「あ、そういうのいいんで」 「えっ!?」 異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ―― ――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

処理中です...