第六王子は働きたくない

黒井 へいほ

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4-1 本では分からないもの

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 俺は王族だ。王位に興味は無かろうとも、この国が戦争になり、蹂躙されるかもしれない可能性を是とは言えない。

 死ぬわけにはいかない。死にたくもない。目立ちたくもなく、手柄もほしくない。

 しかし、現状がそれを許さない。
 一人で解決できる状況ではないと分かっているからこそ、俺は頼むことにした。ただひっそりと生きるために、力を貸してほしい、と。
 最初に反応をしたのはエルペルトだった。

「お任せください」

 彼らしい言葉だ。
 次に、ジェイが言った。

「ハハッ、今さらなに言ってるんですか。命の恩は命で、ってね。地獄の底でもお供しますよ」
「自分もできる限り付き合わせてもらいます、でも大丈夫でしょうか……?」

 シヤの言葉に頷く。十分な返事だ。

「とりあえず呪いについては、長に聞いてみるのがええんちゃうか? なにかしら知ってるやろ。……あっ、わしらもセス殿下に付き合うで。あんたのお陰で、砦の中で生活できるようになったんやからな」

 リックも……え?

「そうなの?」
「陛下のお墨付きや。公にはできへんが、わしらはセス殿下直属の兵って扱いになっとる」

 いつの間にそうなったのかは知らないが、知らないところで許可を出していたらしい。
 まぁよろしく頼むな、と片手を上げれば、リックも片手を上げてくれた。
 ここまでは順調だ。恐る恐る最後の一人に目を向けると、首を傾げられた。
 反応が分からず、もう一度聞く。

「あの、できればスカーレットにも助けてほしいんだけど……?」

 彼女は目を瞬かせた後、なにかを考え込み、渋い顔で聞いてきた。

「あたし、言ったわよね? 助けてくれた弱者に惚れこんでる・・・・・・、って」
「うん、言っていたね。なんかすごい弱者に救われたんだろ? その話を聞いて、俺も勇気を振り絞れたんだ。あの時は、本当にありがとう」

 最近、重い心が軽くなっているのを感じる。打ち明けているからか、乗り越えようと思えたからかは分からない。だが、どちらにしろいいことに思えていた。
 そんな、少し前向きになれているという自負があったからかもしれない。俺は、まるで分かっていないものに気付いていなかった。

「すっごいモヤモヤするわ。とりあえず、このぶち破ろうと思っていた手紙の内容を受けてもいいと思うくらいにね」
「手紙?」

 スカーレットに渡された手紙はティグリス殿下からのもので、書かれている内容は……ほぼ恋文だった。
 端的に言うと、お前の腕も見た目も性格も気に入ったから、強い子を産んでくれないか、みたいな内容だ。
 なぜだろう、とてつもなく苛立つ。……だがそれを必死に抑え、笑顔で答える。

「えっと、困るね」
「困る?」

 なぜかちょっと嬉しそうな顔になる。
 俺は苛立ちを隠し、胃を撫でながら言った。

「でも、本人の意思に任せるしかない、かな」
「……そう」

 スカーレットは回収した手紙を握りつぶし、地面に穴を開けんばかりの勢いでダンッダンッと足音を鳴らしながら部屋を後にした。
 水を一口飲み、少しだけ落ち着きを取り戻した気持ちで、エルペルトへ言った。

「なにかマズかったかな……?」
「失礼ながら、セス殿下は女心に疎いように思われます」
「……今度、本で勉強することにするよ」

 俺の言葉に、なぜか室内の全員が深い溜息を吐く。
 また心が重くなり、分からぬまま胃の辺りを擦ることになった。


 深夜。今日もエルペルトへ鍛えてもらっている。
 しかし、今夜は少し趣が違う。
 普段は木剣だけなのだが、鍋の蓋にしか見えない丸い木の盾を、エルペルトが持って来ていたのだ。

「盾を使うのか?」
「はい。生き残ることを考えれば、剣よりも盾のほうが優秀ですので、扱いを覚えたほうがよろしいでしょう」
「なら、どうしてエルペルトは剣しか使わないんだ?」

 実際の戦場なども知らない俺からすると、盾は剣の腕に自信が無い者が使う、補助道具のような感じだ。
 しかし、エルペルトは苦笑いをしながら答えた。

「それは、私が剣士だからです。剣で殺し、剣で防ぎ、剣で戦う道を選んだのです。セス殿下は強くなりたいと仰りましたが、剣士になりたいのですか?」
「……そう言われると違うな。俺が強くなりたいのは、死にたくないからで、自分の身を守れるようになりたいからだ」
「でしたら、盾の扱いを覚えたほうがよろしいです。盾は持ち運ぶのが面倒なため、扱わない者が多いです。剣だけのほうが格好良い、という者もいますね。……しかし、小さめのラウンドバックラーなどを持っているだけで、生存率は遥かに上がります」

 持ち運ぶ面倒さはあるが、それ以外については盾を使わない理由が無い。矢を打たれたとき、剣で斬り落とすことは達人で無ければ成せないが、盾ならば比較的簡単にできる。
 エルペルトの説明を聞き、なるほどと納得してしまう。常に背負っているか、腕につけていなければならないのは、慣れるまで非常に重荷だろう。
 だが、生き残ることを考えれば、それ以上のものが盾にはあると、十二分に納得ができた。

「もう一つ疑問がある。それなら、両手とも盾を持つとか、大きな盾を一つ持つんでもいいんじゃないか?」
「お答えいたしましょう。盾は防御には向いておりますが、攻撃には向いておりません。戦いとは、攻撃こそが最大の防御です。殺すことこそが、身を守ることに繋がるのです」

 5人の敵に襲われたとき、盾で防いでいるだけではジリ貧になってしまう。
 しかし、剣も扱えれば、敵の数を減らし、受ける攻撃も減らせる。防ぐだけでなく、倒すことでも身を守ることができるのだ。

 これは結局のところ、バランスの問題だろう。剣だけで攻撃に100振るのか、剣と盾で攻撃と防御に50ずつ振るのか。技術的に難度が高いのは、もちろん前者だ。
 盾だけで防御100だと、敵の数を減らせないので、ひたすら耐えなければならない。増援が来なければ、いつかは確実に死ぬということだ。

「よく分かった。剣と盾を使えるようになろう。だが、盾について教えられるのか?」

 剣は得意だろうけど、大丈夫なの? と疑問を問う。
 エルペルトは、ハハッと笑った。

「私が剣を教えれば、剣の腕が上がります。そして、私の剣を防げるようになれば、必然的に盾の技術も上がるでしょう」
「今、無茶苦茶言ったよな!?」
「では、参ります」
「……ちょ、ちょっと待っ――ぎゃああああああああ!」

 剣を使っているのか、盾を使っているのか。よく分からないまま攻撃を防ぐ。
 いや、正確には防がせてもらっているのだ。エルペルトが本気なら、防ぐことなどできるはずがない。
 右なら剣で防ぐ? 左なら盾で防ぐ? 防御は盾? 攻撃は剣?
 混乱しながら、何度もボコボコにされ、少し休憩をしては立ち上がる。
 自分が強くなっているのかも分からないが、体力だけはつきそうだなと思った。

 ……翌朝、ひどい筋肉痛で動くことができなかったのは予想のつくことだ。
しかし、エルペルト直伝のとてつもなく痛い按摩で悲鳴を上げることになったのは、予想外のことだった。
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