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2、赤頭巾ちゃんが人殺しをする話①

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 赤――髪の赤、瞳の赤、血の赤、肉の赤。
 俺の人生はいつだって赤に塗れていた。名前だって、緋衣ひごろも。緋色の衣だ。

 嗚呼、そう言えば、母親だと思っていた女の爪も、唇も真っ赤だったか。赤は娼婦の色、魔性の色だと養父は言っていた。確かに赤は身体を売って生きる俺にはお似合いの色だ。

 でも、俺にとって赤はそれ以上の意味を持つ大切なものだ。赤は、俺が俺でいるためのもので、俺が俺を見失わない為のこの世と俺を繋ぐ鎖のようなものだった。


 ◇◆◇


 ずっとずっと前の話だ。
 幾つのときからなのか正確な歳は分からない。でも、ある程度大きくなって、大人に近い体つきになってからだったと思う。いつの間にか、俺は沢山の誰かに抱かれていた。嗚呼、勿論、抱かれるというのは文字通りの意味じゃない。セックスの方だ。それが当然だと思っていたし、俺が母親だと思っていた女もそうだったから疑問にも思わなかった。

 母親だと思っていた女が母親でないと分かったのは、俺が女に犯されたときだった。初めてそこで目の前の女が母親でなかったことを知った。どうやら、俺は金を生む道具兼女のオナニーの為に拾われた玩具だったらしい。実際、女はそう言っていた。それでも、女は飯と寝る場所をしてくれる。ただそれだけで御の字だった。

 そんな女も、ある日、突然死んだ。よくある話で、女は客の男に殺されたのだ。

 俺も抱かれながら首を絞められたり、殴られたり、何度も死にかけたことがある。だから、真っ赤な匂いのする部屋で死んだ女を見つけたときも、これが俺の行く末かと無感動にソレを眺めていた。

 その後を引き継ぐように女の代わりに俺の面倒を見てくれたのは、その女の内縁の夫――俺の父親代わりの奴だった。

 全く関係ない俺を養ってくれるというのだから、普通なら土下座でもして喜ぶべきなのだろうが、俺は喜べなかった。親が変わってもやることは変わらない。誰かに買われて春を売るだけだ。

 俺は男のナニを咥え込むことも、女にナニをぶち込むことにも慣れ切っていた。ただ淡々と金を貰って、何処ぞのババアやジジイの性欲を発散させる為に生きていた。

 そんな生活の中で、一つ変わったことは、母親代わりの女に犯されることがなくなったことくらいだろうか。

 実際は女が男に変わっただけで、俺は父親代わりの男に抱かれることになったのは全く笑える話だろう。

 俺は初めて養父に抱かれた日なんて、犯されながら涙を流すほど笑いが止まらなかった。何処に行ったって、何をしていたって、俺はただの熱を持ったオナホで、ディルドなだけだと思い知らされた。


 養父は変態で俺を犯したり、俺を売った金で生活をしたりするようなクズだった。

 それに俺にとても執着していた。他の男と寝させて金をとるくせに、金以外のものを貰ったり、傷付けられると酷く怒る。怒りは何故か俺の方に向くことが多く、殴られたり、窒息プレイをさせられたり、怪我をすることも多かった。

 その度に俺はご機嫌取りのように這いつくばって養父の足を舐めたり、手足を絡ませて甘く囁いたり、自分から抱くことを強請ったり、色々と許してもらう努力をした。そうして、俺が身も心もアナタのものだと言ってやって、漸く養父の怒りは解ける。

 全く面倒な男だった。

 それでも、優しいところもあった。病気になれば看病してくれるし、機嫌が良ければ好きなものを買ってくれる。変わり者だったので、小難しい本を沢山持っていて読み聞かせをしてくれることもあった。

 そういうところがあったせいで、俺は養父を憎めずに、愛しいとさえ思っていた。

 そんな養父は肉が好きで、我が家では三日に一回、肉の日があった。

 女が生きていた頃からの習慣だ。

 俺が肉を買い、養父が調理する。調理と言ってもただ焼いて、塩をかけて食べるだけ。身体の繋がりだけなのにそのときだけは物語の中の家族みたいに仲良く食事をする。俺は肉の日が来るのを楽しみに過ごしていた。

 肉の日だけは俺は人並み、いやそれ以上の幸せを味わうことが出来た。

 肉の日は精液の味の残る舌で飯を食わなくてもいいし、セックス中に意識を飛ばすようにして眠ることも無い。お腹がいっぱいで幸福に浸りながら眠れる日が三日に一回もあることはとても幸せなことだと俺は思っていた。


 俺が肉の日を楽しみにしていたのは、それだけが理由じゃなかった。

 肉を買いに行く日は、あの人に会える日だった。

 あの人というのは、お肉屋さんの息子さんのことだ。あの人の歳は俺より上で、身長は随分と高い。黒髪で目の細い男の子。時折、開かれる瞳は男の部屋に飾ってあった琥珀のような色をしていた。

 あの人は、俺を見つけると、細い目を更に細めて口角を上げる。そして、俺を『赤ずきんちゃん』と呼ぶんだ。
 その顔を見るととても温かい気持ちになった。

 俺はあの顔がとても好きだった。あの顔になりたくて俺は何度も練習した。母親だと思っていた女の鏡台の前で暇さえあれば、何度も何度も表情を作る。

 暫くして、その顔が上手くできるようになったころ、それが笑顔と呼ばれるもので、嬉しいときや楽しいときにする表情だと知った。俺はますますその顔が好きになった。


 でも、それは誰にも秘密だった。養父は俺が自分以外の特定の人に懐くことを嫌っていたからだ。だから、俺はあの人のことを養父にできるだけ話さないようにしていた。

 一回だけ、あの人に初めて『赤ずきんちゃん』と呼ばれた日、俺はうっかり養父にそのことを報告した。そのときは女も生きていたし、養父も機嫌が良かったようで怒られたり、殴られたり、蹴られたりしなかった。養父は俺の頭を撫でて、「良かったな」と言ってくれた。

 そして、上機嫌のついでに、俺に名前をつけてくれた。そのときまで俺には名前らしい名前がなかったのだ。

 赤ずきんが着るのは緋色の衣。だから、緋衣ひごろもだと養父は言った。人の名前とは到底思えない響きだったが、俺はこの名前が気に入っていた。

 あの人と俺を繋ぐ細い細い糸みたいな名前。

 だから、俺はこの名前をいつまでも大切にしたいと思っていた。


 この頃の俺は、綺麗なものを夢見て、縋りたい年頃だった。この世界にはそんなものどこにもありはしないのに、あの人の笑顔だけはとっても綺麗で、それだけが俺の心の拠り所だった。


 それなのに、養父はそれを汚そうとしたんだ。
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