アウトサイダーサイダー

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1、お肉屋さんが赤頭巾ちゃんに恋する話①

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 その子は必ず三日に一度やって来る。定休日であれば必ず次の日に。
 大抵夕暮れ時、買うのは切り落としを五百グラム。父が品物を渡すと、お礼を言って帰っていく。それが決まりだった。

「お肉屋さん、お肉屋さん」

 今日もまた声がする。何年も何年も繰り返される日常。
 その子が大きくなって、声変わりをして、痣だらけになって、傷を作っても、必ずやって来る。

「今日も切り落とし五百でいいですか?」

 父の代わりに私が声を掛けるとその子は虚ろな目を向けてきた。
 今日も怪我をしているらしい。真っ白な包帯と、絆創膏が痛々しい。

「うん」

 鳶色の瞳に私の顔が映る。私の顔を見ているのに何も見ていないような瞳だった。

「少しだけおまけしてあげますね」
 私が言うと、虚ろだった瞳が僅かに輝く。

「ありがとう」
 あの子は小さく礼を言ってからお金を差し出す。

 私はそれを受け取ると、お釣りと品物を渡す。
 あの子が手を伸ばす。ちらりと服の中からいつもの青痣とは違う赤い小さな痣が見えた。首や鎖骨の辺りに広がるいくつかの赤。それの意味を私は知ってる。

「気を付けて」
 私はそう言って手を振った。

 あの子は振り返って手を振る。その綺麗な笑顔を私だけに向けてくれた。夕日に透ける緋色の髪は、まるで赤ずきんちゃんみたいだった。

 どうか、悪い狼に食べられてしまわぬように、私はそっと祈る。いつものおまじないだった。


 ◇◆◇


「お肉屋さん、お肉屋さん」
 いつものように声がした。今日は何だか声に張りがない。

 不審に思ってカウンターから顔を覗かせる。あの子は真っ赤な顔をしていた。

「どうしました?」

「お肉……」
 そう呟いて、あの子はガクンと地面に膝をついた。

 慌てて店の中から外に飛び出す。父が走るなだとか仕事中だとか何かを言っているが気などとめない。私はあの子の元に駆け寄る。体を支えてやる。
 体はとても熱く、呼吸も荒い。素人目に見てもおかしいことはすぐに分かった。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、いつもの……ください」

 とろんとした目つきであの子は呟く。そして、あの子はグッと自分のショートパンツを押さえると、体を二、三度痙攣させた。痙攣したあと、あの子はぼんやりとショーケースの中の肉を見つめていた。だらしなく口を開く。唇からは唾液が零れ、顎から滴った。目は蕩け、潤んだままだ。
 あの子の惚けた顔を見て、私の胸はじりじりとする。焦げ付くような胸の痛み。あの子がいつもと違う様子だと私もおかしくなってしまうようだ。

「大丈夫ですか?」 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 あの子はハッとした顔をする。私から離れて何度も謝る。あの子の顔は真っ青に変わっていた。不安や恐れといった表情で顔を歪め、涙を浮かべている。涙を湛える大きな鳶色の瞳は勿論、その涙すら綺麗だった。
  
「今日も切り落とし五百でいいですか?」
 私は淡々と尋ねる。

 あの子はぽろりと涙を零し、泣きべそをかいたまま頷く。
 私はカウンターの中に戻ると、肉を包む。そして、また外に出て、それをあの子に渡してやった。

「ありがとう」
 あの子は小さく礼を言ってからお金を差し出す。

 私は微笑んでからそれを受け取る。

 あの子はほっとした表情をしてから、帰っていった。

 私はあの子の背中に向かってお祈りをする。悪い狼に食べられてしまわぬようにと。

 ◇◆◇


 今日は雨が降っていた。

「お肉屋さん、お肉屋さん」

 父の代わりに私が声の方に近づく。カウンターの向こう側からひょこっと顔が覗く。空はどんよりと暗いのにあの子の髪はとても明るい。まるで太陽みたいだ。

「今日も切り落とし五百ですか?」

「お願いします」

 今日のあの子はいつになく、緊張している様子だった。私は少しだけ不思議に思いながらいつものように肉を用意する。

「あの……」

「何か他も?」

「いや……」


 あの子はそのまま下を向いた。私はいつものように品物を差し出す。あの子は手を伸ばし、お金を差し出す。お釣りはない。

「ちょうどですね」
「あの……ごめんなさい」

 あの子はそう言って俯く。私は謝られる意味が分からなかったが、この子の中では何かがあったのだろうと勝手に納得した。

「大丈夫です。また来てくださいね」

 あの子は顔を上げて笑う。どんな顔も綺麗だけど、やっぱり笑顔が一番だ。

 私は手を振ってあの子の背中を見送った。そして、いつものように祈った。

 ◇◆◇


「お肉屋さん、お肉屋さん」
「はい」

 店には私一人だった。いつもの声がして私は外を覗いた。包帯を頭に巻いたあの子が手を振っている。赤い髪に白い包帯がよく映える。今日もあの子は相変わらず綺麗だった。

「今日も切り落としを五百ですか?」

「今日は切り落としじゃないものがいい」

「じゃあ、何にします?」

「煮たり焼いたりしなくていいやつ」

「じゃあお惣菜……メンチカツやコロッケにしておきますか」

「なにそれ!」

「この辺ですね」
 私は指を差してやる。

 あの子はにこにこと笑って、ショーケースを眺めた。今日はやけに饒舌でやけに楽しそうだ。何か良いことでもあったのだろうか。

「とりあえず、これで買えるだけ買いたいんだけど」

 差し出されたのは十枚の紙幣だった。紙幣はポケットに無造作に突っ込まれていたおかげでくしゃくしゃだった。こんな大金、一体幾つ買うつもりなのだろう。

「何人で食べるつもりですか?」

「一人!」

「これだけあればここに置いてあるお惣菜を全部買ってもお釣りが出ます。日持ちもそこまでしませんし、一人で食べるには多すぎるのでは?」

「そう? うーん。でも、全部食べてみたいから……全部一個ずつください」
 あの子は私の言葉に頷いた。

 私は言われた通り包む。それでも一人で食べるには十分すぎる量になった。いつものようにお金と品物を交換する。

「いい匂い。これ全部食べていいんだ」
 あの子は嬉しそうにそう言うと、包みを見つめた。

「ありがとう。またね」

 あの子は微笑むと、手を振って帰っていく。

 私は少し驚いていた。あの子が「またね」と言ってくれた。今まで一度も言われたことがなかったのに。私は祈ることも忘れてあの子の背中を見つめ続けた。


 それから、あの子は来なくなった。あの子はきっと殺されたか、売られたのだろう。居なくなった者のことなど誰も気になど止めない。ゴミや屑の掃き溜めと揶揄されるこの街ではそれが日常だ。

 それでも、私はあの子が来るのを待ち続けた。何時までも何時までも待ち続けようと思った。
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