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四章 深緑の髪飾り(領地編)
1.婚約破棄できない令嬢の憂鬱
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***
空を見上げる。鈍色に暗く垂れ込める雲は雨粒を落とさずに器用に這っていく。昼間だというのに思わず部屋の明かりをつけたくなるような天気だ。
設定が面倒だったのだろうか、乙女ゲーム『枳棘』の舞台である我がアンデシン王国は日本と同じく四季がある。
季節は移り変わり、ちょうど、今は日本で言う夏に当たる。記憶を取り戻したのが去年の夏だったので、アルキオーネが昴の意識を取り戻してから丸一年になる。
夏といえば、貴族はみなそれぞれの領地に戻っている季節でもあった。オブシディアン家も例に漏れず、今年は種まきの季節である春の終わり辺りから収穫祭を過ぎるまでは領地にいる予定だ。
今まで領地に篭もりきりだったのに王都の暮らしがほんの少しだけ恋しい。
王都での生活と比べてオブシディアン伯爵領での暮らしは穏やかの一言に尽きる。数か月前まではレグルスやリゲル、ミモザにアルファルドが俺の周りをうざったいくらいにまとわりついてきたのにそれがない。
心が休まるような、物足りないような複雑な心境だ。
勿論、教師や使用人の皆は優しいし、メリーナやアントニスだっていつも一緒にいるのだが、やっぱり友だちといるのとは訳が違う。
(俺ってば結構、寂しがり屋なのかも。)
俺はため息を飲み込んだ。今、ため息を吐いてしまえば色々なものが自分の中から出ていってしまいそうだと思った。
(なんだこのセンチメンタルな気分は。こんなの全然俺らしくない!)
俺は気合を入れるように自らの頬を叩く。
気分を変えよう。そうだ。婚約破棄計画を考えるのはどうだろう。
アルファルドの件もあって忘れていたけど、婚約破棄の件は全く進んでいない。それでも、俺はレグルスとの婚約破棄を諦めていなかった。
ご令嬢に生まれてしまったのは仕方ないとしても、やはり男と結婚することは俺にとっては大分ハードルが高い。
男としての自我が強すぎるのだ。
そうなると、俺としては悪役令嬢モノでよく言われる婚約破棄からの修道院ルートに入りたいところである。しかし、この乙女ゲームのライバル令嬢にはそんなルートは用意されていない。
用意された選択肢は二つ。デッドオアマリッジである。このままだと、俺は普通に死ぬか、レグルスと結婚しなきゃいけない羽目になる。
そんなの絶対嫌だ。
最早頼れるものは自分しかいない。ないものは自分で生み出すしかない。こうなったら、「都合のいいルートの用意がないなら、自分でルートを作ればいいじゃない」作戦だ。
自分で婚約破棄からの修道院ルートを生み出すのだ。
それにはまずはやっぱり婚約破棄からだ。
一番手っ取り早いのは嫌われることに違いない。しかし、一口に嫌われると言っても、死ぬほど嫌われるのも問題がある。相手は王族だ。俺の生命も危なくなる。
ともなると、上手い具合に嫌われないとならない。
さて、振り返りも兼ねて、俺は今まで試してきた嫌われるための努力のあとを紙に書き連ねてみることにした。
今までやってみたものは、手紙を素っ気なく返す、レグルスの嫌いなカエルをプレゼントする、化粧を滅茶苦茶派手にしてみる、会話をするとき「はい」しか言わない、目の前で大声で叫んでみるなどなど。
あまりにもやっていることは幼稚だが、幼稚さというのも嫌われるためには重要な要素になるだろう。
しかし、全て効果がなかった。レグルスの奴は全部いいように解釈するんだ。
手紙を素っ気なく返すのはシャイな性格だから。嫌いなものをプレゼントするのは好き嫌いをなくす為。派手な化粧は少しでも魅力的に見せたいから。会話が素っ気ないのは体調不良。目の前で叫ぶのは元気な証拠……って流石に解釈に無理があるんだよな。
(どう考えてもレグルスはアルキオーネのこと大好きじゃん。あばたもえくぼってやつじゃん。)
俺は紙をぐしゃぐしゃにしてごみ箱に投げ捨てた。
(ダメだ。ダメだ! ダメだ! ダメだ! 何しても幻滅してくれないやつに嫌われる方法なんて思いつくわけがない!)
嫌われる計画は完全失敗である。このまま頑張っても奇跡的な好意的解釈によっていいように取られるに決まっている。
婚約破棄だけでいいなら、悪役令嬢モノのド定番で行けば、別の女に気持ちが移ってというやつも残っているが、他の女に気持ちが移った瞬間から死ぬ可能性も上がるわけなのでおいそれとそのルートに乗るわけにもいかない。
あとは政治的な圧力とか国内外でトラブルが起きるとかで婚約破棄して別の婚約を結ぶルートが考えられるのだろうけど、残念ながらごくごく一般的な伯爵家であるオブシディアン家には特別な権力などない。誰かに圧力かけてもらうのも不可能だ。
俺は投げやりな気持ちになってきていた。
(もう、いっそ結婚してみるか。子どもをつくるとか無理だけど、それ以外なら仲良くやれそうな気もするし……)
今のレグルスは俺様じゃないし、虐めてこない。
寧ろ、未来の国王なわけだからお金も持っているし、包容力もあって、優しい。男であること以外は本当にいい婚約者だ。
(本当に、普通の悪役令嬢転生モノなら泣いて喜ぶ優良物件だよ。)
しかし、レグルスは王太子と言うやつだ。
レグルスは今の国王の唯一の子であり、今の国王の兄弟はすでに亡くなっている。勿論、何代か遡れば王族の血を継ぐ者もいるが、その血はやはり薄くなる。
レグルスが子どもをつくらないのは流石に無理がある。
キスだって無理だと思うのに子どもをつくるのなんてできるはずない。
俺がレグルスに抱くのは親愛の情。友だちとしての好きであって、恋愛感情ではないのだ。
(やっぱり上手くいかないな……)
俺は大きくため息を吐いた。結局、ため息を飲み込んだ意味がなかった。
空を見上げる。鈍色に暗く垂れ込める雲は雨粒を落とさずに器用に這っていく。昼間だというのに思わず部屋の明かりをつけたくなるような天気だ。
設定が面倒だったのだろうか、乙女ゲーム『枳棘』の舞台である我がアンデシン王国は日本と同じく四季がある。
季節は移り変わり、ちょうど、今は日本で言う夏に当たる。記憶を取り戻したのが去年の夏だったので、アルキオーネが昴の意識を取り戻してから丸一年になる。
夏といえば、貴族はみなそれぞれの領地に戻っている季節でもあった。オブシディアン家も例に漏れず、今年は種まきの季節である春の終わり辺りから収穫祭を過ぎるまでは領地にいる予定だ。
今まで領地に篭もりきりだったのに王都の暮らしがほんの少しだけ恋しい。
王都での生活と比べてオブシディアン伯爵領での暮らしは穏やかの一言に尽きる。数か月前まではレグルスやリゲル、ミモザにアルファルドが俺の周りをうざったいくらいにまとわりついてきたのにそれがない。
心が休まるような、物足りないような複雑な心境だ。
勿論、教師や使用人の皆は優しいし、メリーナやアントニスだっていつも一緒にいるのだが、やっぱり友だちといるのとは訳が違う。
(俺ってば結構、寂しがり屋なのかも。)
俺はため息を飲み込んだ。今、ため息を吐いてしまえば色々なものが自分の中から出ていってしまいそうだと思った。
(なんだこのセンチメンタルな気分は。こんなの全然俺らしくない!)
俺は気合を入れるように自らの頬を叩く。
気分を変えよう。そうだ。婚約破棄計画を考えるのはどうだろう。
アルファルドの件もあって忘れていたけど、婚約破棄の件は全く進んでいない。それでも、俺はレグルスとの婚約破棄を諦めていなかった。
ご令嬢に生まれてしまったのは仕方ないとしても、やはり男と結婚することは俺にとっては大分ハードルが高い。
男としての自我が強すぎるのだ。
そうなると、俺としては悪役令嬢モノでよく言われる婚約破棄からの修道院ルートに入りたいところである。しかし、この乙女ゲームのライバル令嬢にはそんなルートは用意されていない。
用意された選択肢は二つ。デッドオアマリッジである。このままだと、俺は普通に死ぬか、レグルスと結婚しなきゃいけない羽目になる。
そんなの絶対嫌だ。
最早頼れるものは自分しかいない。ないものは自分で生み出すしかない。こうなったら、「都合のいいルートの用意がないなら、自分でルートを作ればいいじゃない」作戦だ。
自分で婚約破棄からの修道院ルートを生み出すのだ。
それにはまずはやっぱり婚約破棄からだ。
一番手っ取り早いのは嫌われることに違いない。しかし、一口に嫌われると言っても、死ぬほど嫌われるのも問題がある。相手は王族だ。俺の生命も危なくなる。
ともなると、上手い具合に嫌われないとならない。
さて、振り返りも兼ねて、俺は今まで試してきた嫌われるための努力のあとを紙に書き連ねてみることにした。
今までやってみたものは、手紙を素っ気なく返す、レグルスの嫌いなカエルをプレゼントする、化粧を滅茶苦茶派手にしてみる、会話をするとき「はい」しか言わない、目の前で大声で叫んでみるなどなど。
あまりにもやっていることは幼稚だが、幼稚さというのも嫌われるためには重要な要素になるだろう。
しかし、全て効果がなかった。レグルスの奴は全部いいように解釈するんだ。
手紙を素っ気なく返すのはシャイな性格だから。嫌いなものをプレゼントするのは好き嫌いをなくす為。派手な化粧は少しでも魅力的に見せたいから。会話が素っ気ないのは体調不良。目の前で叫ぶのは元気な証拠……って流石に解釈に無理があるんだよな。
(どう考えてもレグルスはアルキオーネのこと大好きじゃん。あばたもえくぼってやつじゃん。)
俺は紙をぐしゃぐしゃにしてごみ箱に投げ捨てた。
(ダメだ。ダメだ! ダメだ! ダメだ! 何しても幻滅してくれないやつに嫌われる方法なんて思いつくわけがない!)
嫌われる計画は完全失敗である。このまま頑張っても奇跡的な好意的解釈によっていいように取られるに決まっている。
婚約破棄だけでいいなら、悪役令嬢モノのド定番で行けば、別の女に気持ちが移ってというやつも残っているが、他の女に気持ちが移った瞬間から死ぬ可能性も上がるわけなのでおいそれとそのルートに乗るわけにもいかない。
あとは政治的な圧力とか国内外でトラブルが起きるとかで婚約破棄して別の婚約を結ぶルートが考えられるのだろうけど、残念ながらごくごく一般的な伯爵家であるオブシディアン家には特別な権力などない。誰かに圧力かけてもらうのも不可能だ。
俺は投げやりな気持ちになってきていた。
(もう、いっそ結婚してみるか。子どもをつくるとか無理だけど、それ以外なら仲良くやれそうな気もするし……)
今のレグルスは俺様じゃないし、虐めてこない。
寧ろ、未来の国王なわけだからお金も持っているし、包容力もあって、優しい。男であること以外は本当にいい婚約者だ。
(本当に、普通の悪役令嬢転生モノなら泣いて喜ぶ優良物件だよ。)
しかし、レグルスは王太子と言うやつだ。
レグルスは今の国王の唯一の子であり、今の国王の兄弟はすでに亡くなっている。勿論、何代か遡れば王族の血を継ぐ者もいるが、その血はやはり薄くなる。
レグルスが子どもをつくらないのは流石に無理がある。
キスだって無理だと思うのに子どもをつくるのなんてできるはずない。
俺がレグルスに抱くのは親愛の情。友だちとしての好きであって、恋愛感情ではないのだ。
(やっぱり上手くいかないな……)
俺は大きくため息を吐いた。結局、ため息を飲み込んだ意味がなかった。
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