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三章 薄藍の魔導書(アルファルド編)
21.お茶会のあとで
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その後、俺とお母様は何食わぬ顔でお茶会に参加した。
お茶会の会場に戻ってみると、皆お喋りに夢中で例の騒ぎに気づかれていないようだった。俺の頑張りも無駄ではなかったようだ。
無事にお茶会が終わって、招待客が帰ってから、あの女はこっそりと裏口からユークレース家の騎士たちによって連れて行かれた。
俺とアルファルドはお母様やユークレース伯爵夫人たちに見守られながら、窓からあの女が屋敷から出ていく姿を見ていた。
あの女はもう暴れることはなく、大人しく馬車に乗せられていた。それでも、俺はあの女が家を出ていく最後の最後まで気が抜けなかった。
「母さん……」
ボロボロになった女を見て、アルファルドは小さく呟いた。
あの女に向かってアルファルドは「貴女の息子はもう死んだ」と言っていたが、やはりアルファルドにとってあの女はまだ母親だったのだろう。
あの女はユークレース家から絶縁された身。既に平民となっている。これから、貴族の命を狙った罪で裁かれることになるだろう。王族の婚約者にも危害を加えたのだ。よくて国外追放、下手をすれば死刑だってあり得るだろう。
俺は先日死刑を執行されたアクアオーラのことを思い出す。公開処刑ではなかったから詳しい状況は分からないが、この世を呪いながら死んでいったらしい。レグルスやリゲルたちを苦しめた相手だとはいえ、やはり知っている人間が死んだと聞くのは胸が痛んだ。
アルファルドは実の母親が死刑になるかもしれないのだ。アルファルドの気持ちを考えると、とても苦しい気持ちになる。
「アル、大丈夫だから」
アルファルドは俺の手を握って微笑む。
アルファルドの笑顔を見れて嬉しいはずなのに、俺の気持ちは深く沈んだままだ。
俺がもっと慎重になっていれば、こんな大事にしなければ、そうすればアルファルドと母親は分かり合えたかもしれない。
そう思う一方で、あんな恐ろしいものと和解できるわけないとも思っていた。あれは悪夢だ。母親の顔をしたアルファルドを飲み込もうとするおぞましい生き物なのだ。だから、俺はアルファルドを守ったんだ。
でも、もっとやり方があったのかもしれない。もしも、そのやり方が分かっていればアルファルドを苦しめずに済んだのかもしれない。
そんな思いがぐるぐると駆け巡る。
全て自分のせいだ。アルファルドを苦しめているのは俺のせいなのになんで笑えるのだろう。
「……ごめんなさい」
謝るだけでは済まないのは分かっていた。それでも俺はそう言わずにはいられなかった。
「ちがう」
「でも、わたくしのせいでこんな大事になったんです。わたくしにはもっとできることがあったかもしれないのに……」
「違います。これは、こんなことになったのは全て夫と私の責任です。だから、どうか気に病まないでください」
ユークレース伯爵夫人は頭を振った。それでも俺には到底そうとは思えなかった。
「アルキオーネ、貴女はそんなに大人が信用出来ない?」
「え?」
お母様はいつになく冷静だった。
いつもならきっと泣いてお説教をするところだっただろう。それなのに、とても静かに諭すように言った。
「だって、そうでしょう? 鍵を掛けて閉じこもって、大人を待つことだってできたでしょう? 今だってそう。自分のせいだと思っているのは、自分なら何とかできると思っていたのにそれができなかったからなんじゃない?」
お母様は痛いところを突いてくる。
確かにそうだ。俺は自分なら何とかできると思っていた。
そうして、手を出して、解決した気になって、俺はとんでもないことをしてしまう。
俺が死んだときだってそうだ。妹を助けるつもりで、自分が死んでしまった。助かった妹は兄が目の前で身代わりになって死んでどんな気持ちになったのだろう。
だめだ。考えたくもない。
「ごめんなさい」
死んでしまったら永遠に取り戻せないものがあることを知っていたのになんてことをしてしまったんだ。
どんなに罪深いことをしてもアルファルドの母親はあの女しかいない。分かっていて、俺は自分の正義のために二人の和解の機会を奪ってしまった。
「違うの。貴女を責めるつもりはなくて……」
お母様はそう呟いてから言い淀む。まるで何かを思い出しているようだ。
「そう、いつも悪いのは大人。頼りないからそうやって背負わせてしまったのね。あのときも……」
見開かれたお母様の瞳にアルキオーネの顔が映る。真っ青な顔をして怯えるような顔。どこかで見覚えのある顔。
「わたくしは……」
俺は信用されなくて当然だった。だから、誰よりもいい子でいなきゃならない。誰かを助けて、ちゃんと役立つところを見せないといけない。役立たないと意味がない。
(だって、俺は……)
「アルキオーネ!」
俺はハッとして顔を上げた。目の前にいたのは金髪に赤い瞳をした快活そうな少年だった。
「レグルス様?」
「無事だったか?」
レグルスは俺たちに駆け寄ると尋ねる。
俺とアルファルドは顔を見合わせた。今日はレグルスが来る日だっただろうか。
「ええ。でもなんでレグルス様がここに?」
「お茶会があると聞いたからな、その間アルファルドが暇だろうと思って来てみたのだ」
レグルスは気が利くだろうと胸を張る。気を回してくれたのだろうが、そもそも時間が違うし、先触れもなかったので驚いた。前もって連絡の一つもくれれば良いのに。
「それで、まあ、皆忙しそうにしていたから、そのままアルファルドの部屋に行ってみたんだ。そうしたら、部屋がすごいことになっているじゃないか」
なるほど。騒ぎの後始末で忙しくしているところを、勝手にうちに上がって勝手にアルファルドの部屋に行ったのか。マナー違反にもほどがあるだろう。
自国の王子の非常識さに何だか頭が痛くなってくる。俺は思わずこめかみを押さえた。
「で、何があったんだ?」
「それはあとで説明しますね」
俺の言葉にレグルスは嬉しそうに笑った。
その後、俺とお母様は何食わぬ顔でお茶会に参加した。
お茶会の会場に戻ってみると、皆お喋りに夢中で例の騒ぎに気づかれていないようだった。俺の頑張りも無駄ではなかったようだ。
無事にお茶会が終わって、招待客が帰ってから、あの女はこっそりと裏口からユークレース家の騎士たちによって連れて行かれた。
俺とアルファルドはお母様やユークレース伯爵夫人たちに見守られながら、窓からあの女が屋敷から出ていく姿を見ていた。
あの女はもう暴れることはなく、大人しく馬車に乗せられていた。それでも、俺はあの女が家を出ていく最後の最後まで気が抜けなかった。
「母さん……」
ボロボロになった女を見て、アルファルドは小さく呟いた。
あの女に向かってアルファルドは「貴女の息子はもう死んだ」と言っていたが、やはりアルファルドにとってあの女はまだ母親だったのだろう。
あの女はユークレース家から絶縁された身。既に平民となっている。これから、貴族の命を狙った罪で裁かれることになるだろう。王族の婚約者にも危害を加えたのだ。よくて国外追放、下手をすれば死刑だってあり得るだろう。
俺は先日死刑を執行されたアクアオーラのことを思い出す。公開処刑ではなかったから詳しい状況は分からないが、この世を呪いながら死んでいったらしい。レグルスやリゲルたちを苦しめた相手だとはいえ、やはり知っている人間が死んだと聞くのは胸が痛んだ。
アルファルドは実の母親が死刑になるかもしれないのだ。アルファルドの気持ちを考えると、とても苦しい気持ちになる。
「アル、大丈夫だから」
アルファルドは俺の手を握って微笑む。
アルファルドの笑顔を見れて嬉しいはずなのに、俺の気持ちは深く沈んだままだ。
俺がもっと慎重になっていれば、こんな大事にしなければ、そうすればアルファルドと母親は分かり合えたかもしれない。
そう思う一方で、あんな恐ろしいものと和解できるわけないとも思っていた。あれは悪夢だ。母親の顔をしたアルファルドを飲み込もうとするおぞましい生き物なのだ。だから、俺はアルファルドを守ったんだ。
でも、もっとやり方があったのかもしれない。もしも、そのやり方が分かっていればアルファルドを苦しめずに済んだのかもしれない。
そんな思いがぐるぐると駆け巡る。
全て自分のせいだ。アルファルドを苦しめているのは俺のせいなのになんで笑えるのだろう。
「……ごめんなさい」
謝るだけでは済まないのは分かっていた。それでも俺はそう言わずにはいられなかった。
「ちがう」
「でも、わたくしのせいでこんな大事になったんです。わたくしにはもっとできることがあったかもしれないのに……」
「違います。これは、こんなことになったのは全て夫と私の責任です。だから、どうか気に病まないでください」
ユークレース伯爵夫人は頭を振った。それでも俺には到底そうとは思えなかった。
「アルキオーネ、貴女はそんなに大人が信用出来ない?」
「え?」
お母様はいつになく冷静だった。
いつもならきっと泣いてお説教をするところだっただろう。それなのに、とても静かに諭すように言った。
「だって、そうでしょう? 鍵を掛けて閉じこもって、大人を待つことだってできたでしょう? 今だってそう。自分のせいだと思っているのは、自分なら何とかできると思っていたのにそれができなかったからなんじゃない?」
お母様は痛いところを突いてくる。
確かにそうだ。俺は自分なら何とかできると思っていた。
そうして、手を出して、解決した気になって、俺はとんでもないことをしてしまう。
俺が死んだときだってそうだ。妹を助けるつもりで、自分が死んでしまった。助かった妹は兄が目の前で身代わりになって死んでどんな気持ちになったのだろう。
だめだ。考えたくもない。
「ごめんなさい」
死んでしまったら永遠に取り戻せないものがあることを知っていたのになんてことをしてしまったんだ。
どんなに罪深いことをしてもアルファルドの母親はあの女しかいない。分かっていて、俺は自分の正義のために二人の和解の機会を奪ってしまった。
「違うの。貴女を責めるつもりはなくて……」
お母様はそう呟いてから言い淀む。まるで何かを思い出しているようだ。
「そう、いつも悪いのは大人。頼りないからそうやって背負わせてしまったのね。あのときも……」
見開かれたお母様の瞳にアルキオーネの顔が映る。真っ青な顔をして怯えるような顔。どこかで見覚えのある顔。
「わたくしは……」
俺は信用されなくて当然だった。だから、誰よりもいい子でいなきゃならない。誰かを助けて、ちゃんと役立つところを見せないといけない。役立たないと意味がない。
(だって、俺は……)
「アルキオーネ!」
俺はハッとして顔を上げた。目の前にいたのは金髪に赤い瞳をした快活そうな少年だった。
「レグルス様?」
「無事だったか?」
レグルスは俺たちに駆け寄ると尋ねる。
俺とアルファルドは顔を見合わせた。今日はレグルスが来る日だっただろうか。
「ええ。でもなんでレグルス様がここに?」
「お茶会があると聞いたからな、その間アルファルドが暇だろうと思って来てみたのだ」
レグルスは気が利くだろうと胸を張る。気を回してくれたのだろうが、そもそも時間が違うし、先触れもなかったので驚いた。前もって連絡の一つもくれれば良いのに。
「それで、まあ、皆忙しそうにしていたから、そのままアルファルドの部屋に行ってみたんだ。そうしたら、部屋がすごいことになっているじゃないか」
なるほど。騒ぎの後始末で忙しくしているところを、勝手にうちに上がって勝手にアルファルドの部屋に行ったのか。マナー違反にもほどがあるだろう。
自国の王子の非常識さに何だか頭が痛くなってくる。俺は思わずこめかみを押さえた。
「で、何があったんだ?」
「それはあとで説明しますね」
俺の言葉にレグルスは嬉しそうに笑った。
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