転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

文字の大きさ
上 下
74 / 83
三章 薄藍の魔導書(アルファルド編)

19.侵入者(後編)

しおりを挟む
 何が原因で勘づかれたのか分からない。ただ、分かったのは部屋の中にアルファルドがいるとこの女が気付いてしまったということだけだ。

「この部屋に入ったら、ただじゃおきません」

 俺は凄んでみせる。

 しかし、所詮、俺は可憐で華奢なご令嬢だ。女は俺を簡単に突き飛ばす。身長はそこまで大きく違わないはずなのに、女の力は強かった。
 俺はよろけて強かに体を打ち付ける。鈍い痛みが肩に走る。内出血ぐらいはしているかもしれない。

 肩を押さえ、痛みを堪えながら、俺は笑った。暴力を振るってくれたから、こっちも漸く実力行使ができる。
 俺は本を振り上げて投げるモーションに入る。

「アル?」

 後ろから声がした。

 俺は投げるのをやめて振り返った。
 薄く開いた扉の向こうで、青い顔をしたアルファルドがこちらを見ていた。一瞬、時が止まったかのような錯覚に陥る。

「ア、アルファルド……」

 思わず俺はそう呟いてしまった。慌てて口を本で隠すが、漏れた言葉は戻らない。

 女は俺をもう一度突き飛ばした。今度は床に尻もちをつく。痛みを感じる余裕なんてなかった。

「アルファルド!」
 掠れた声がアルファルドを襲う。

 俺は女の足にしがみつこうと手を伸ばす。しかし、それよりも早く女の足は動いていた。俺の手は空を切る。

「何処? アルファルド!」

 叫びながら女は目の前のアルファルドを突き飛ばした。ごろりとアルファルドは転がった。女はそれを無視して中へと進んだ。目の前にいるのは求めていた自分の息子だというのに。
 どうやら女はアルファルドのことをアルファルドだと認識できていないようだ。

「アルファルド! どこ? どこなの?」

 女は辺りにある物を手当り次第手に取り、投げる。まるで子どもの癇癪だ。

 俺はその隙にアルファルドに近付くと、アルファルドを抱き起こした。

「アルファルドを隠したのはお前か!」

 女は気配に気付いたのか、こちらを向くと、俺をめがけて飛びかかってきた。
 襲われると思った瞬間、アルファルドは俺の前に飛び出る。
 二人はもつれるようにして床を転がった。力のないアルファルドをねじ伏せ、女はあっという間に馬乗りになった。

 とても恐ろしい形相だった。
 女のやせ細り、頬骨の目立つ顔は光の加減でその凹凸がやけに強調されていて、血走った眼が見開かれ、ぎらぎらと憎しみに輝く。唇は左右に大きく裂かれ、そこからは鈍い白が覗いた。それはまるで恨みや憎しみに満ちた般若のようだ。

「やめろ!」

 カサカサとした艶のない指がアルファルドの白い首に絡みつく。アルファルドは女の両手を握り、必死に抵抗する。しかし、女の指はどんどん白くなるばかりで、けして力を緩めることはなかった。

「ぐっ……」

 アルファルドの唇からは曇った音が漏れる。爪を立て、女の腕を掻き毟るのを見て、女はうっとりと笑った。

 自分が絞められたときの記憶が蘇った。背筋が凍る。

「やめろって!」

 俺は女に蹴りを入れた。ご令嬢とか、何だとかそう言うのを構っている暇なんてない。このままだとアルファルドが死んでしまう。

「アルファルドを離せ!」

 俺は叫んだ。

 すると女ははっとしたように手を離す。そして、顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回す。

「アルファルド? いるの?」

 今だ。俺は女の両腕に自分の腕を絡めた。そして、アルファルドから女を引き剥がす。

 俺は女を押さえつけるのに必死だった。女は俺の腕の中で暴れまわる。本当に力が強い。こんなとき、俺が男だったら、もう少し上手く抑えることができるのに。

「早く、逃げて!」

 叫ぶがアルファルドからの反応はない。もしかしたら意識がないのかもしれない。早くアルファルドを逃がしたいのに、こうなってはどうにもできない。

「アルファルドはどこ!」

 女はなおも暴れる。俺の顎に女は自身の後頭部をぶつけた。視界が歪み、意識が遠のく。奥歯を噛みしめていたおかげで舌を噛み切ることはなかったが、頭へのダメージは相当なものだ。俺は床に仰向けになって倒れた。

「アルファルド! アルファルド!」
 女の叫び声が遠くに聞こえた。

 違う。白く滲んだ視界の中に女の足が目の前にあった。

 早く立たなきゃ。この女を止めなきゃ。そう思うもののぼんやりとした意識が、吐き気が、邪魔をする。

 本当に役立たずだ。なんでこんなときに上手く動けないんだ。いつも誰かに助けてもらって、それが当然でたまるか。俺は身も心もお姫様になったつもりはない。こんなの我慢できるだろうが。

 俺はふらふらと立ち上がった。

「貴女は、何も分かっていない。アルファルドが、目の前にいても気づかないくせに」

 俺は女を睨みつけた。

 女の目に殺意の色した憎悪が宿る。

 俺は笑った。

「ふざけるなよ! そんな顔ができるならなんで分からないんだ。そんな奴にアルファルドは渡さない」
「お前に何が分かる!」
「何度も何度も言わせるな。知らないし、分かりたくもない。俺は一生お前のことなんか理解しねえ!」
「うるさい!」

 女は俺に掴みかかる。

 俺は隠し持っていた靴下を取り出す。ビー玉を詰めた例の靴下だ。頭はさすがにまずいから、腕を狙ってそれを振り抜く。嫌な音ともに手に伝わる衝撃。たぶん、骨にひびぐらいいったと思う。最初からこれを使っておけばよかった。

 女は腕を押さえ、よろめくように後ろに二、三歩下がる。

 どうにかアルファルドからあの女を遠ざけなければ。俺は女を誘き寄せるようにじりじりとアルファルドから離れた。

「お嬢様!」

 扉の向こうからメリーナの声がした。ようやく応援が呼べる。

「メリーナ、アントニスを呼んでください。お仕事がたくさんありますよとでも言えば喜んでついてきてくれるでしょう!」
「分かりました、すぐに」

 ただならぬ気配を感じたのか、メリーナの足音が遠ざかる。

 良かった。これでアルファルドをこの女から守ることができる。
 俺は安堵のため息を吐くところだった。

 影が俺の目の前に迫る。俺は驚いて後ろに下がった。ゴツンという音がした。背中に壁が当たる。

(壁? いやこの明るい光は窓だ。)

 俺は目を瞠る。

 影は女が投げた椅子だった。造りはしっかりとしていて、重さだってそれなりにあるはずなのに、やけに高く飛んでいた。
 それは、俺の遥か上に吸い込まれていき、音を立てて何か壊れた。
 キラキラと頭上に輝くものが見えた。ゆっくりと落ちてくるそれはとても美しくて、俺は目を細めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

猫かぶり令嬢は王子の愛を望まない

今井ミナト
恋愛
【あざとい系腹黒王子に鈍感干物な猫かぶり令嬢が捕まるまでの物語】 私、エリザベラ・ライーバルは『世界で一番幸せな女の子』のはずだった。 だけど、十歳のお披露目パーティーで前世の記憶――いわゆる干物女子だった自分を思い出してしまう。 難問課題のクリアと、外での猫かぶりを条件に、なんとか今世での干物生活を勝ち取るも、うっかり第三王子の婚約者に収まってしまい……。 いやいや、私は自由に生きたいの。 王子妃も、修道院も私には無理。 ああ、もういっそのこと家出して、庶民として生きたいのに! お願いだから、婚約なんて白紙に戻して! ※小説家になろうにも公開 ※番外編を投稿予定

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...