転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

文字の大きさ
上 下
66 / 83
三章 薄藍の魔導書(アルファルド編)

11.ミモザがやってきた

しおりを挟む
 ***

 空は澄み渡り、気温も寒くもなく暑くもない。運動するには絶好の清々しい天気だった。

「アルキオーネ様!」
 俺たちがお母様に剣を習っていると、屋敷の方から少女の声がした。この声はミモザだ。

 俺は驚いて剣を振る手を止めた。

「あ!」

 アルファルドが振った剣がガツンと俺の頭に当たる。

「痛い!」

 幸いなことに練習用の木製の剣だったので、血が出ることはなかったが、木の棒で殴られたのと一緒なので、痛いのは変わらない。相手が華奢なアルファルドで本当に良かったと思いつつ、俺は頭を押さえた。

「アル、ごめん。だいじょうぶ?」

 アルファルドとお母様が俺の顔を覗き込む。

 アルファルド、お前、ついに済まなそうな顔もできるようになったのか。少し感動しながら俺は頭を振った。

「だ、大丈夫です。驚かせてすみません」

 しかし、痛いのは事実だ。俺は涙を流しながら頭をさする。

 スイカ割りのスイカの気持ちが今ならよく分かる。本当に割れたかと思った。中身が出なくてよかった。

「アルキオーネ様!」

 もう一度、ミモザの声がする。
 顔を上げると、ミモザがアルファルドをぐいぐい押しながら俺の顔を覗いていた。

「ミモザ様?」
「はい!」
「どうしてここに?」
「それは勿論、害虫駆除に!」

 ミモザはそれはそれはいい笑顔をつくる。

(ん? うちに害虫なんているのか? いるんだとしたら使用人たちがもう駆除しているだろう。)

 俺はミモザの言っている意味が分からず首を傾げた。

「あら、ミモザ様」
「お久しぶりです、プレイオーネおば様」
 ミモザは人懐こい笑みを浮かべる。

「あら、今日は約束を? 聞いていなかったから……ごめんなさいね」
「いえ、近くまできたのでアルキオーネ様にお会いしたくて。兄と一緒にご挨拶に参りました。お約束もなく、不躾に来てしまったことをお許しください」

 害虫駆除……そうか。リゲルの護衛ということか。ようやく俺はミモザの言っていることを理解する。

 俺の阿婆擦れ疑惑はまだ晴れていなかったらしい。せっかく、「阿婆擦れ」から「アルキオーネ様」と呼び方が変わったのに、まだ信用してくれていなかったのか。そろそろ信用してくれてもいいのに。

 ミラに言ったように一度しっかりと「お慕いしてるのはレグルス様だけ」と宣言しておいた方がいいのかもしれない。リゲルのことを好きだと勘違いされたままっていうのは、いい状況じゃない。レグルスだって親友と婚約者がいい仲だと噂されてるのは気分が悪いだろうし。

 そうなってくると、皆の前で宣言しておくか。いや、それって逆に不自然だろう。やっぱり聞かれたら訂正していく方が自然だ。でも、ずっと噂になるのも良くないし……

 俺が悶々と考えている間も二人の会話は続く。

「そんなことはないわ。うちは大歓迎よ!」
「ありがとうございます。歓迎していただけるなんて嬉しいです」
「だって、アルキオーネとミモザ様はお友だちなんですもの。お友だちの家に行くことは普通のことだし……そうだ、美味しい焼き菓子があるの。召し上がっていかない?」
「兄も私もお菓子は大好きです」
「本当に? そういえば美味しい茶葉が手に入ったのよ。それも一緒にお出しするわ。あ、それともハーブティのほうがいいかしら?」
「私はどちらも好きです。迷いますわ」
「じゃあ、両方もお出ししようかしら? あ、でもそうしたらお茶だけでお腹がいっぱいになっちゃうわね」
「焼き菓子に合うのは……」
「今日のはミルクティがよく合うと思うわ」
「それなら、ミルクティが良いですわ」

 長い。やっぱり女子の会話は長すぎる。俺はいい加減二人の会話に飽きてきた。

 頭の打った場所もなんとなく膨らんできて痛い。たんこぶになっているかもしれない。吐き気や目眩はないから大丈夫だとは思うけど、気になる。

(こういうとき、どうしたらいいんだっけ? 確か、氷で冷やせばいいんだよな。)

 魔法で氷を作ることができたら今すぐ冷やすことが出来るのに、残念ながらそこまでの魔法は教えてもらっていない。そういえば、ゲームの中のアルファルドは魔法が得意だったはずだ。

「アルファルド、氷は作れますか?」
「こおり? もらってくる?」
「いえ、魔法で作れませんか?」
「やってみる」

 アルファルドは目を瞑り、手のひらに力を込めてみせる。しかし、顔が真っ赤になるだけで氷どころか水すら出ない。

「……ごめん」
「いえ、わたくしこそ無理を言いましたね」
「べんきょうする」
「いいんですよ」

 アルファルドは悲しそうな顔をする。どうやら、俺のせいで悲しませてしまったらしい。ゲームの中と現実は違うことを俺は充分に理解していた。だから、もしかしてとは思ったが、できなくても仕方ないと思っていた。

 俺はアルファルドの頭を撫でてやる。アルファルドは嬉しそうに目を細めた。まるでペットのようだ。

「べんきょうするから」
「ありがとう」

「あら……アルキオーネ、まだいたの? 怪我をしたならミモザ様と先に戻って冷やしてらっしゃい」
 急にお母様が俺に話を振る。

 ヤバい。あんまり聞いてなかった。えっと、この話の流れは屋敷に戻ったらどうかということでいいのだろうか。

「え、ええ……」

 俺は戸惑いながら頷く。

「では、ミモザ様をお連れして。片付けは私とアルファルド様でやるから」

 片付けをやってくれるのはありがたいが、アルファルドを残して大丈夫なのだろうか。ちらりとアルファルドの方を見ると、何だか困ったような悲しそうな物言いたげな表情で俺を見ていた。

(だから、何でそんな可愛い顔しているんだ。)

 アルファルドは置いて行かないでというような表情で俺を見る。

 対照的にミモザは微笑みを湛えていた。

「嗚呼、アルファルド様は任せて! 私がちゃんと監督するわ」

 お母様は笑顔でそう言う。

 大人が怖いとはいえ、アルファルドもそろそろお母様に慣れてきたし、大丈夫だろう。でも、やはり少し心配だ。

「おばさまもそう言っていますし、さ、行きましょ?」

 ミモザが俺の背中を押す。体つきは華奢でアルファルドとそんなに変わらないのにミモザの力は強かった。流石はリゲルの妹。思った以上に馬鹿力だ。

「でも、アルファルドが……」
「大丈夫よ。お兄様を待たせる気? 全く、アルキオーネ様ったら」

 ミモザは拗ねたような声を出す。

 リゲルが来ているのか。確かに待たせるのも悪い。

「アルファルド、一人でも大丈夫ですか?」
「や」

 アルファルドは激しく頭を横に振った。無理みたいだ。

「アルファルド様はまだできるでしょう? いいところだからもう少しやって、それから上がりましょう」

 お母様は幼子をあやすように優しく言う。

 アルファルドはうるんだ瞳で俺を見つめてから、首を横に振った。

「大丈夫! さあ、剣を取って」

 お母様は楽しげにそう言いながら剣を構えた。どうやら、お母様はお祖父様以上にスパルタらしい。

 アルファルドは怯えたような顔をして俺を見つめる。

「アルキオーネ様、ずっとアルファルド様と一緒にいることが彼の為になると思う? 獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすとか、可愛い子には旅をさせよって言葉を知らないの?」

 ミモザは俺の耳元で囁く。相変わらず、お子様にしては難しい言葉を知ってる。

 確かに、ミモザの言っていることも分かる。アルファルドと一生ずっと一緒にいることなんてできないし、甘やかすことはアルファルドの為にならない。ここは可哀想だけど、お母様に任せるか。

「アルファルド、ごめんなさい。わたくし、頭を冷やしに先に戻ってます。しっかり練習してくださいね!」
「アル!」

 アルファルドが叫ぶ。

 ごめんな、アルファルド。後ろ髪をひかれる思いがしたが、俺は心を鬼にして聞かないふりをした。

「さあ、アルキオーネの為にも練習ですよ!」
 お母様の張り切った声がした。

 ズルズルと俺はミモザに押され、俺は庭を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

猫かぶり令嬢は王子の愛を望まない

今井ミナト
恋愛
【あざとい系腹黒王子に鈍感干物な猫かぶり令嬢が捕まるまでの物語】 私、エリザベラ・ライーバルは『世界で一番幸せな女の子』のはずだった。 だけど、十歳のお披露目パーティーで前世の記憶――いわゆる干物女子だった自分を思い出してしまう。 難問課題のクリアと、外での猫かぶりを条件に、なんとか今世での干物生活を勝ち取るも、うっかり第三王子の婚約者に収まってしまい……。 いやいや、私は自由に生きたいの。 王子妃も、修道院も私には無理。 ああ、もういっそのこと家出して、庶民として生きたいのに! お願いだから、婚約なんて白紙に戻して! ※小説家になろうにも公開 ※番外編を投稿予定

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

貧乏で凡人な転生令嬢ですが、王宮で成り上がってみせます!

小針ゆき子
ファンタジー
フィオレンツァは前世で日本人だった記憶を持つ伯爵令嬢。しかしこれといった知識もチートもなく、名ばかり伯爵家で貧乏な実家の行く末を案じる毎日。そんな時、国王の三人の王子のうち第一王子と第二王子の妃を決めるために選ばれた貴族令嬢が王宮に半年間の教育を受ける話を聞く。最初は自分には関係のない話だと思うが、その教育係の女性が遠縁で、しかも後継者を探していると知る。 これは高給の職を得るチャンス!フィオレンツァは領地を離れ、王宮付き教育係の後継者候補として王宮に行くことになる。 真面目で機転の利くフィオレンツァは妃候補の令嬢たちからも一目置かれる存在になり、王宮付き教師としての道を順調に歩んでいくかと思われたが…。

処理中です...