転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

文字の大きさ
上 下
63 / 83
三章 薄藍の魔導書(アルファルド編)

8.ユークレース家の秘密(後編)

しおりを挟む
「何度も許してきたが、もう許せない! 自分の子どもを、あいつはアルファルドを何だと思っているんだ!」
 
 ユークレース伯爵からは今にも誰かを殺してしまいそうなそんな殺気すら感じた。

 今までの二人の言葉や表情からは嘘を言っているようには見えない。全てが真実のように思える。

「そして、誘拐されたアルファルドをわたくしが見つけたということですか?」
「ええ。メイドから全てを聞いたあと、プルーラを探し出したときにはもうアルファルドはプルーラの元から逃げ出していたのです」

 そういえば、ミラの屋敷でアルファルドが暴れていたとき、周りにいたのは大人の女性だった。もしかして、アルファルドは大人の女性が怖くて暴れていたのではないだろうか。

(リゲルは大人の女性扱い……ってことはさすがにないだろうから、単純に大人が怖いって可能性もあるな。母親と付き合っていた男に虐待されていたらしいし)

 アルファルドが俺にこうして懐いているのも大人には見えないからかもしれない。

「ようやく、アルファルドがうちにも馴染んできて心を開いてきたというときに……」

 ユークレース伯爵夫人はハンカチを握りしめ、目頭に押し付けた。

「いや、この子は記憶を失くしてよかったのかもしれない。苦しいことも悲しいことも全て忘れてしまいたかったんだろう」

 ユークレース伯爵は夫人を抱きしめながらそう呟いた。

「……もしかして、レグルスは全てを知っていたんですか?」
「嗚呼。それで、ヴィスヴィエン家の令嬢が銀髪の少年の情報を探していると聞いてすぐにピンと来たんだ」

 なるほど。レグルスが早くアルファルドを連れ帰りたかった理由が分かった。心配しているアルファルドの両親にアルファルドが無事であることを見せたかったんだ。

「レグルス様、そんなこととは知らず、責めてしまい申し訳ありませんでした」
「いや、わたしも焦りすぎていた。すまない」

 レグルスは頭を下げた。王子なのに素直に頭を下げることができるレグルスを俺はすごいと思った。その素直さがレグルスのいいところなのだろう。やり方は不器用だけど、やっぱりレグルスはいい奴なのだ。

「ユークレース伯爵、伯爵夫人、申し訳ございません。わたくしはとんだ勘違いを……貴方がたが彼を傷つけたのではないかと疑っておりました」

 俺はもう一度頭を下げた。

 ユークレース伯爵の名誉を考えると謝っても許されないことだ。

「いえ、謝ることではありません。私たちがアルファルドを守りきれなかったのは事実ですから」
「しかし……」
「それに、アルファルドも貴女に懐いているようです。きっと貴女は心の優しい方。アルファルドを心配してくれたんでしょう?」
 ユークレース伯爵夫人は柔らかく微笑んだ。

「確かにアルファルド様のことは心配でしたが、それでもお二人のことを考えると……」
「いえ、保護してくださったのが貴女でよかった」

 俺は戸惑いながらアルファルドを見る。
 同じ歳に思えないほど小柄なアルファルドは俺のドレスを掴んで、じっと俺を見つめていた。

「もしも……もしも、気にしていただけるのでしたら、図々しいお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、わたくしにできることであればなんでも仰ってください」
「勿論、正式に貴女のお父様やお母様にお願いをするつもりなのですけど、その前に貴女に聞いていただきたいのです。貴女はアルファルドのことを真剣に心配してくれてますし、アルファルドも貴女を慕っているようですから」
 ユークレース伯爵夫人は微笑む。

 俺は大きくしっかりと頷いた。

「暫くの間、オブシディアン家でアルファルドを預かっていただけないでしょうか?」

 俺はユークレース伯爵夫人の言葉に驚いた。てっきりアルファルドを返して欲しいというお願いだと思っていたからだ。

「それでいいのでしょうか?」
「ええ。今回の一件で、アルファルドにとってユークレース家の中は安全でないことが分かりました。使用人の多くは代々、ユークレース家に仕えてる者、ユークレース家に縁のある貴族のご令嬢やご令息などがほとんど。皆、信頼していたのですが、その中にはプルーラの境遇に同情的な者もまだいるようなのです」

 まあ、ずっと仕えてきた者からすればユークレース伯爵の妹は、腐っても「お嬢様」なのだろう。その「お嬢様」が泣きついてきたとあれば、心が動く人間の一人や二人いてもおかしくない。

「私たちはアルファルドの怯える姿を見て、このままではいけない。プルーラに同情的な者を一掃してからアルファルドを迎えた方がいいと判断しました。お願いできますでしょうか?」

 俺はオブシディアン家からユークレース家への道のりを思い出す。ユークレース家と我が家は政治的にも物理的にも近くない。また、アルファルドを見つけた場所からもオブシディアン家は離れている。アルファルドの母親がアルファルドを闇雲に探したとして見つけ出すのはなかなか難しいはずだ。

 仮にユークレース家の使用人がアルファルドが帰ってきたことやアルファルドがこの屋敷から離れたことを告げ口したとしてもだ。レグルスの馬車を使ってユークレース家からオブシディアン家に移動すればどうだろう。匿われているのが王宮なのか我が家なのか分からなくなるはずだ。

 アルファルドの安全を考えるなら我が家は隠れ家としてなかなかよい場所のように思えた。

「話は分かりました。父も母もアルファルド様のことを気に入っておりましたし、我が家のことなら大丈夫ですわ」
「ありがとうございます。勿論、アルファルドを預かるのは、王都いる間の話で結構です。社交界のシーズンが終われば、プルーラはユークレース家の領まで追ってくることはないでしょうし、その前に色々ユークレース家で策は講じておくつもりですので……」
「アルファルド!」

 ものすごい勢いで扉を開いたのは銀髪の男だった。このシチュエーション、今日も見たような気がする。

「嗚呼、アルファルド! アルファルド! お兄ちゃんだよ!」

 そのままの勢いでアルファルドを抱きしめようとする男にアルファルドは嫌悪の目を向けた。

「だれ?」
「お兄ちゃんだって!!!」
「しらない」
「アルファルド!!」

 アルファルドは怯えるように俺に抱きついた。すると、男は俺ごとアルファルドを抱きしめようとする。何故、俺までとばっちりを受けなければならない。

「アルゴラブ、わたしの婚約者を巻き込むな!」
 レグルスの言葉にアルゴラブと呼ばれた男は慌てて姿勢を改める。

「これは、殿下! 天使のような私の弟の横にいるのは殿下の婚約者様でしたか! それは失礼を!」

 どうやらレグルスに指摘されたことで俺に気付いたようで何よりだ。不審者だと思って危うく腕を捻りあげるところだった。

「相変わらず義弟を愛しているのは何よりだが、盲目的すぎるのはどうかと思うぞ?」
「は、失礼しました!」
「レグルス様、彼は?」
「アルゴラブ・ユークレース。アルファルドの義兄だ。優秀な文官なのだがいつもあの調子だ」
「なるほど……」

 確かに銀の髪、淡い空色の瞳をした眼鏡の男はユークレース伯爵によく似ていた。黙っていれば知的な美男子なのに残念すぎる。

「アルゴラブ、お前がいたらまとまる話もまとまらなくなる……」
「私が帰ってくる前にアルファルドを何処かにやろうとしていたんでしょう。分かっています。分かっていますとも。我が家はアルファルドにとっては安全では無い。そうなると、外に出す必要がある。でもね、私はアルファルドに会いたかった! 私のマイエンジェル!」

 まったく残念だ。リゲルといい、兄弟愛が強いのはこの国の特徴なのだろうか。ここまで弟馬鹿だとドン引きだ。

「……やだ。アルキオーネ、かえろう?」
「や、やだ?」
「ん、この人、やだ」

 アルファルドは頭を振ってアルゴラブを拒否する。 

 アルゴラブはよろよろとよろめくと、自分の目頭を押さえた。よほどショックだったのだろう。

「あ、アルファルドが長文を喋ってる! しかも、家族以外と話すだなんて!」

 アルゴラブは顔を上げると叫んだ。アルファルドの拒絶にショックを受けるどころか喜んでいるようだ。

「は?」
「失礼。アルファルドは非常に無口で。家族にも『ああ』とか『うん』くらいしか言わないのに……」
 
(おい、そこはゲームの設定通りなのかよ。トラウマとか関係ないじゃん。)

「オブシディアン伯爵令嬢」
 アルゴラブは瞳を潤ませて俺に迫る。

「アルファルドを任せられるのは貴女しかいない! どうか、アルファルドをよろしくお願いします」

 アルゴラブは深々と頭を下げた。

「私たちからもどうか……よろしくお願いします」

 ユークレース伯爵夫妻も頭を下げる。大人がこんな子どもの伯爵令嬢に頭を下げるだなんて。

「あ、はい……」

 俺は驚いて固まった。そして、そのまま謹んでお受けすることしかできなかった。

 こうして、俺はアルファルドのお世話係になったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

猫かぶり令嬢は王子の愛を望まない

今井ミナト
恋愛
【あざとい系腹黒王子に鈍感干物な猫かぶり令嬢が捕まるまでの物語】 私、エリザベラ・ライーバルは『世界で一番幸せな女の子』のはずだった。 だけど、十歳のお披露目パーティーで前世の記憶――いわゆる干物女子だった自分を思い出してしまう。 難問課題のクリアと、外での猫かぶりを条件に、なんとか今世での干物生活を勝ち取るも、うっかり第三王子の婚約者に収まってしまい……。 いやいや、私は自由に生きたいの。 王子妃も、修道院も私には無理。 ああ、もういっそのこと家出して、庶民として生きたいのに! お願いだから、婚約なんて白紙に戻して! ※小説家になろうにも公開 ※番外編を投稿予定

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした

赤白玉ゆずる
ファンタジー
【コミックス第1巻発売中です!】 皆様どうぞよろしくお願いいたします。 【10/23コミカライズ開始!】 『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました! 颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。 【第2巻が発売されました!】 今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。 イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。サクヤとポンタ超可愛いですよ。ゾンダールもシブカッコイイです! 素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。 【ストーリー紹介】 幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。 そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。 養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。 だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。 『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。 貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。 『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。 『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。 どん底だった主人公が一発逆転する物語です。 ※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...