転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

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三章 薄藍の魔導書(アルファルド編)

4.謎の美少年

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 俺たちを見失ったアントニスたちに合流しつつ、無事に元の部屋に戻る。戻ってみて、いざ服を着せようとメイドが手伝おうとすると、少年は嫌がった。

 そこまで嫌がるのなら仕方ない。メイドたちは手伝うことを諦めて、少年自身にやらせてみた。すると、あまり慣れていないのか、少年はなかなか服を着ることができずにいた。見たところアルキオーネよりも小さい子どものようだし、貴族の子どもだから自分で着替えをしたことがないのかもしれない。

(嗚呼、やっぱりもうダメだ。我慢ができない。)

「貸してください」
 俺は少年からくしゃくしゃになったブラウスをひったくると、しわを伸ばす。

「失礼致しますね」
 俺はブラウスをきっちりと着せ、ボタンを止める。

 嗚呼、しまった。余計なこととは分かっていたが、長子のさがか、じれったくなって俺はついに手を出してしまった。そうは思うものの俺は手を止めることができなかった。

 すると、少年の奴、今度は自分で服を着ることを諦め、俺に全てを委ねてきたのだ。なんで俺が手伝うのは良くて、メイドはダメなんだ。俺はイライラしながら、黙々と少年に服を着せ、髪を整えてやった。

「これでよし。できましたよ」
 俺は少年の肩を叩いた。

「まあ、よくお似合い! 可愛らしい!」
 ミラは叫んだ。

 銀の長髪を一つに束ね、パンツにブラウスを着た少年が振り返る。ミラの言う通り、改めて見てみると、少年はお人形のように可愛らしい。抜けるような白い肌は、冬の空のような青の瞳や儚げな表情と相まって淡雪のようだった。

(でも、コイツ、男なんだよな。)

 俺は先ほど見たものを思い出してため息を漏らす。

 記憶喪失の美少女じゃなくて記憶喪失の美少年か。綺麗な顔をしているとはいえ、ちゃんと付いてるものが付いているのだから残念だ。

 少年はぼんやりとそんな俺を見つめた。

「どうしました?」

 少年は静かに首を横に振った。何でもないということなのだろうか。俺は少年の言いたいことが分からずに首を傾げた。

「……似合う?」
「え? ええ、素敵ですよ?」
「そう」

 少年は急に話したと思えば黙り込んで下を向いていた。どうやら自分の服を見つめているようだ。本当に何がしたいのか分からない。

「さて、服も着終わったところだし、お茶でもいかが?」

 ミラが手を叩いてそう切り出した。

 確かに、少年の身体は少し冷えていたし、俺も一息つきたかったところだ。俺はミラの提案に賛成した。

 *

 何故だろう。懐かれたのか少年は俺の横にピッタリとくっついてお茶を飲んでいる。

 何かしたかと思い返すが、特別なことなどしてないようにも思う。

(少し世話を焼いたくらいで懐くような性格ならミラの家のメイドさんにもすぐに懐いただろうし……強いて言うなら捕まえたことくらいか?)

 もしかしたら、俺が捕まえたことで俺には敵わないと認識しているのかもしれない。何にせよ、逃げ出さず、素直に座っていてくれるのならこちらはありがたい。

「で、聞きたいことは色々あるのよね。……そうね、何処から来たの? 名前は? お腹は空いてない? あ、食べれないものとかはあるかしら?」
 ティーカップから顔を上げると、ミラは矢継ぎ早に質問する。

 やはり、それか。噂好きの好奇心旺盛なミラだもの。この展開は予想がついていた。

 少年の方を見る。少年は全て頭を横に振って答える。銀色の髪がさらさらと揺れる。やはり覚えていることは何もないということらしい。

「ね、首を振ってばかりでなくて教えてよ」

 本人は喋る気がないようで黙って俺を見上げた。

(これは、「説明したんだから、お前が言ってくれ」ってことなのか?)

「いや、ミラ。それが、何も分からないらしいんです」
「なんですって?」

 ミラは音を立ててティーカップをソーサーに置いた。勿論、食器の音を立てるというのは、マナー違反だ。ご令嬢であるミラがそんな粗相をしてしまうだなんて、それほどショックだったのだろう。

「お名前も? 住んでいる場所も? 川にいた理由も?」
「ええ、全部分からないと仰っていました」

 俺は少年の顔を見ながら答える。

 俺の言葉に少年は小さく何度も頷いていた。俺に全てを任せずに、少しは喋ってくれるとありがたいんだが。

「そう、そうなの。それって記憶喪失ってことよね?」
「彼の言っていることが本当であればそういうことになりますね」
「手掛かりとか何かないのかしら?」

 ミラの言葉にはっとする。

「そういえば……」

 俺はポケットを探る。ポケットからは青い石のついたネックレスが出てきた。

「これを持っていたんですけど、何か覚えてませんか?」

 俺は掌にそれを載せると、少年に見せる。少年は首を傾げ、考え込んだような仕草をするが、すぐに首を横に振った。

「手掛かりなしってことね」
「そのようです」
 ミラも俺も深くため息を吐いた。

 溺れていても離さなかったものだから何か関係があると思ったのに。でも、俺が持っていてもしょうがない。もしかしたらただ覚えていないだけで大切なものかもしれないし、とりあえずネックレスは持たせておこう。俺は少年の首にかけた。

 少年はネックレスに目を落とし、それに触れる。だが、やはり覚えはないようですぐに顔を上げた。

「そう、じゃあ、この子……どうしましょう?」
 ミラは腕を組み、考え込むように下を向いた。

 憲兵たちを頼るという手もあるが、ガランサスでおきた誘拐事件のこともある。忙しい憲兵たちに全てを任せるというのは気が引ける。それにミラの家に迷惑をかけるわけにもいかない。

 俺の中で答えは決まっていた。しかし、俺一人で決めてしまっていいものでもない。

「何も分からないまま放って置くわけにはいかないし、傷のこともありますから……」

 俺は困ったようにメリーナを見上げた。

 メリーナは小さくため息を吐く。

「私を窺うように見ていますけど、お嬢様のお気持ちは既に分かっていますよ。保護するつもりなんでしょう?」
「流石はメリーナ、よく分かっていますね」
「それは褒め言葉ですか?」
「ええ、勿論」
「恐れ入りますわ」
 メリーナは呆れながらそう答える。

「では、聡明なメリーナ。彼をウチで預かることはできますか?」
「できなくてもするのがお嬢様です。私は十二分に理解してます」
「では……」
「屋敷の方ならお客様が一人増えるくらい大丈夫でしょう。奥様とご主人様への説得はご自身でお願いしますね」
「任せてください」

 俺は大きく頷いてみせる。

 うちのお父様もお母様も情に脆い人たちだからアントニスのとき同様、簡単に絆されてくれるに違いない。両親への説得なんて必要ない。頼めばすぐに頷くだろう。

「ね、わたくしのお家に来ていただいてもいいでしょうか?」

 俺は少年の顔を見つめて問いかける。

 こくり。少年は言葉を発することなく頷く。これは肯定なのだろうか。俺は図りかねて黙り込む。

 すると、少年は俺のドレスの裾をぐっと掴んだ。そして、俺のほうをじっと見る。

「おねがい……します」

「こちらこそ」
 少年の言葉に俺はほっとして微笑む。

「決まりました。この子はオブシディアン家が保護します」
「そう、よかったわ。私のほうも情報を集めてみるから。早く親元に返してあげないと。この子の親もきっと心配してるでしょうし」

 ミラが情報を集めてくれるなんて心強い。俺のしでかしたことに直ぐに気づいたミラならすぐに情報を掴んで来てくれるかもしれない。

「貴女が情報を集めてくれるだなんて心強いわ。ありがとう」
「そう? では、アルキオーネの期待に応えるために、二、三日中にはきっと有力な情報を手に入れてみせるわ」

 ミラは上品そうに口元を隠しながら笑う。

 少年はぼんやりとした様子で俺を見つめていた。さっきから全く表情が変わっていない。何を考えているのだろう。

「すぐに見つけ出して、会わせてあげますからね」

 俺の言葉に少年は小さく頷いた。
 
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