転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

文字の大きさ
上 下
56 / 83
三章 薄藍の魔導書(アルファルド編)

1.水遊びには早すぎる

しおりを挟む
 ***

 ミラ・ヴィスヴィエンの屋敷に行くことになったのは、ガランサスが終わってすぐの頃だった。

 初めて参加したガランサスでは、異国の女の子と仲良くなったり、誘拐事件に巻き込まれたり、何だか色々あったけど楽しかった。しかし、唯一の心残りは友人であるミラのことだった。結局、ミラの体調は良くならず、一緒にガランサスに行くことができなかったのだ。

 ミラは気遣いのできるいい子なので、自分の体調不良のせいで一緒にガランサスに参加できないことを気にしていたらしい。それで、良ければと自宅でのお茶会を企画してくれたのだった。

 ミラのために俺はガランサスでたくさんのお土産を買っていた。少しでも参加した気分になってくれればいいのだが。

 ミラの屋敷まではもう少し時間がかかる。俺は馬車に揺られながら車窓から見える景色をぼんやりと眺めた。

 馬車は川沿いを走る。川の水面がキラキラと輝くのが見えた。

 この世界はご都合ファンタジーにありがちな現代的な価値観や世界観が採用されているらしい。勿論、ファンタジー要素もしっかりあって、魔法による下水処理の設備などがあると言う。だから、川の色は綺麗だった。

(夏になったら水遊びが出来そうだな。)

 無論、夏には領地にいるはずだ。王都の川で遊ぶこともないだろう。それでも、目の前の川を見ていると、レグルスやリゲルを誘って水遊びをしたい気持ちになってくる。

(リゲルは何でもこなすからきっと泳ぐのも、魚釣りも得意だろうし、レグルスは上手く出来なくてもきっと一生懸命になって遊んでくれるだろうな。二人と遊んだら楽しいんだろうな。)

 そんなことを考えていると、目の前の川の中に銀色の髪をした子どもがいるのが見えた。

(泳いでるのか? 楽しそうだな。いいな……って、あれ?)

 ガランサスが終わり、春を迎えたとは言え、まだまだ水は冷たい。水に入るような時期ではないはずだ。

 俺は立ち上がって、馬車の窓にかじりついた。よく見てみると、様子がおかしい。あれは泳いでいるのではない。溺れているんだ。

 俺は真っ青になって馬車の壁を叩いた。

「降ろしてください! 今すぐ!」
「お嬢様、どうしたんですか? そんなに叩いては手が傷つきますよ」
「メリーナ、そんなことより、あれ! 見てください! 人が溺れています!」

 俺の指す方を見てメリーナは青い顔をした。

「大変だわ! すぐにアントニスに助けてもらいましょう!」

 メリーナは外にいるアントニスに声を掛けるため、窓を開けようとする。しかし、焦っているせいかなかなか上手くいかないようだ。

 俺は馬車を止める方が早いと判断して、もう一度壁を叩いた。

 中の異変に気付いたのか、馬車はすぐに止まる。俺は止まったことを確認すると、転がり出るように扉を開けた。

 川の流れを目でなぞる。とぷんと何かが沈んだ。

(時間がない!)

 俺は慌てて駆け出した。その拍子に靴がポロポロと脱げる。ちょうどいい、脱ぐ手間が省けた。

「お嬢様!」
 メリーナの声が後ろで聞こえた。

 俺はドレスを脱ぎながら走った。アントニスに状況説明する余裕はない。

 こうなったら俺が助ける。

「アントニス! 早く! お嬢様を止めて!」
 メリーナの叫び声が聞こえた。

「え、何が?」
「いいから! 早くお嬢様を止めてください! 話はそれからです!」
「え?」

 後ろではアントニスとメリーナの声がした。やっぱり説明するには時間が惜しい。二人はほっといておこう。

 俺はドレスを脱ぎ捨て、コルセットとパニエの姿になる。淑女がこんな恰好はまずいが、ドレスをきて泳げるわけがない。

 俺は子どもの沈んだ辺りをじっと見つめた。水面の光とは違う。銀色の髪が見えた。あれだ。

 俺は川に飛び込んだ。

「ひっ!」

 水はやはり泳げるほどの温度ではなく、氷水のように冷たい。それに下着が水を吸うせいで体が重かった。しかし、思ったよりも川の流れは緩やかで、寒ささえ我慢できれば、俺でも泳げそうだった。

 一応、前世では水泳教室に通っていたし、速くも上手くもないが、一通りは泳げる。それに、川なら何度か泳ぎに行ったことがある。残念ながら今世では全く経験がないのだが、何故か自信だけは無駄にあった。

(確か、溺れた人を助けるときは前からじゃなくて、後ろから行く方がいいんだよな。)

 朧気な記憶を呼び起こしながら、俺は銀色の髪の子どものところへと水を掻きながら近づく。

 俺は子どもの背後までくると、羽交締めにした。子どもは大人しく、俺にされるがままだ。暴れられるよりもよいが、もしかしたら気を失っているのかもしれない。

 俺の顔から血の気が引いた。急いで岸に運ばなければならない。

「アルキオーネ様!」

 ようやく状況を理解したアントニスがざぶざぶと川に入ってくる。

「お願いします。なんだか反応がなくておかしいんです」

 そう言って、俺はアントニスの元まで子ども運ぶ。そして、子どもをアントニスに託した。俺の力では川岸まで上げることが出来そうもなかったからちょうどよかった。

 アントニスは子どもを抱きかかえた。

 水に濡れて銀色のドレスが光る。身なりのよいことから貴族のご令嬢であることがうかがえた。その綺麗な長い銀色の髪に固く閉じられた瞳、形の良い唇は真っ青で震えている。目を開いていれば、とても綺麗な顔をしているに違いない。

「大丈夫ですか? 聞こえていますか?」
 俺は少女に向かって叫ぶ。

 少女は声に反応したようにうっすらと目を開けるが、すぐに目を閉じた。その淡い青の瞳に俺はどきりとした。

「アントニス! ど、どうしましょう」
「アルキオーネ様、落ち着いてください。とにかく川から出て、早く暖めてやらないと」
「分かりました」

 俺は急いで川から出ると、メリーナの元に向かう。

 メリーナはすでにタオルを用意していた。流石は俺の侍女だ。準備がいい。

「お嬢様! 危ないことはもうやめてくださいと何度も言って……」
「お小言は後で聞きます。わたくしはいいからそれを貸してください!」

 俺に掛けようとしていたタオルをひったくるとそれを握り締め、アントニスの方に走った。

 既にアントニスは岸に上がっていた。

 俺はタオルを広げ、少女に被せる。真っ白なタオルと比べても、少女の顔は青白く見える。

 ふと、少女の掌から何かが落ちた。

 俺はそれを拾う。青い石のついたネックレスだった。どうやら古いもののようだ。もしかしたら、大事なものかもしれない。

 水の中で落とさなくて良かったと思った。俺はそれをなくさないようにしっかりと握りしめ、アントニスの後を追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

猫かぶり令嬢は王子の愛を望まない

今井ミナト
恋愛
【あざとい系腹黒王子に鈍感干物な猫かぶり令嬢が捕まるまでの物語】 私、エリザベラ・ライーバルは『世界で一番幸せな女の子』のはずだった。 だけど、十歳のお披露目パーティーで前世の記憶――いわゆる干物女子だった自分を思い出してしまう。 難問課題のクリアと、外での猫かぶりを条件に、なんとか今世での干物生活を勝ち取るも、うっかり第三王子の婚約者に収まってしまい……。 いやいや、私は自由に生きたいの。 王子妃も、修道院も私には無理。 ああ、もういっそのこと家出して、庶民として生きたいのに! お願いだから、婚約なんて白紙に戻して! ※小説家になろうにも公開 ※番外編を投稿予定

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで商売をして生計を立てていく〜

西館亮太
ファンタジー
「お前は今日でクビだ。」 主に突然そう宣告された究極と称されるメイドの『アミナ』。 生まれてこの方、主人の世話しかした事の無かった彼女はクビを言い渡された後、自分を陥れたメイドに魔物の巣食う島に転送されてしまう。 その大陸は、街の外に出れば魔物に襲われる危険性を伴う非常に危険な土地だった。 だがそのまま死ぬ訳にもいかず、彼女は己の必要のないスキルだと思い込んでいた、素材と知識とイメージがあればどんな物でも作れる『究極創造』を使い、『物作り屋』として冒険者や街の住人相手に商売することにした。 しかし街に到着するなり、外の世界を知らない彼女のコミュ障が露呈したり、意外と知らない事もあったりと、悩みながら自身は究極なんかでは無かったと自覚する。 そこから始まる、依頼者達とのいざこざや、素材収集の中で起こる騒動に彼女は次々と巻き込まれていく事になる。 これは、彼女が本当の究極になるまでのお話である。 ※かなり冗長です。 説明口調も多いのでそれを加味した上でお楽しみ頂けたら幸いです

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

処理中です...