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三章 薄藍の魔導書(アルファルド編)
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キラキラ、キラキラ。硝子の欠片が光を反射しながら降り注ぐ。
あまりにも美しい光景にアルファルドは一瞬、我を失いかけそうになる。しかし、すぐさまアルファルドは意識を取り戻した。そして、アルファルドは腕の中の少女を庇うようにきつく抱きしめた。
「アルファルド!」
少女が名前を呼ぶ。
どのくらい経っただろう。もう上からは何も落ちてこないことを確認すると、アルファルドはそっと少女を解放した。
少女は酷く青ざめた顔をしていた。
そんな顔をさせたかったんじゃない。アルファルドの胸は酷く痛んだ。
こんなときはなんと言えばいいのだろう。あまりにも人と関わってこなかったせいで、こんな些細なことでもアルファルドは困ってしまう。
「大丈夫ですか?」
少女は体を震わせて、そう問う。
(嗚呼、そうか。こういうときは大丈夫と言えばいいのか。)
アルファルドは頷くと、唇を動かそうとした。
大丈夫と言ったつもりだったが声が出なかった。いつもこうだ。肝心なときに、唇は呪われ、閉ざされたままでいる。
言葉の代わりにアルファルドは口角を上げた。微笑んだつもりが、実際は口角がぎこちなく少し上がっただけで、アルファルドは己の表情筋に酷く落胆した。
「嗚呼、良かった」
それでも、目の前の少女には充分だったようだ。答えを目にした途端、花が咲いたような笑顔になる。
アルファルドの胸は小さく甘く痛んだ。それは初めての感覚だった。
「貴方、血が……」
何かを見つけたように少女の手が差し出される。ゆっくりと伸ばされた手は微かに震えながらアルファルドの顔に触れた。その手からは微かに血の匂いがした。硝子の破片で怪我でもしたのかもしれない。
自分の怪我よりも他人を優先させてしまう彼女にアルファルドは堪らなくなる。
アルファルドは黙って少女の手に自らの手を重ねた。少女の手は温かく、冷たいアルファルドの手とは違っていた。その手の柔らかさに戸惑いながら、そっと手を握る。
「ごめん」
ようやく漏れ出たのはその一言だった。
本当は他にも言葉にしたい感情が沢山あるはずだった。しかし、それらはアルファルドの胸に支えたまま、ぐるぐるとそこに留まっていた。
吐き出せば楽になれるのに、アルファルドは吐き出し方を忘れていた。かつて他人に投げかけた感情は返されたことがなかったから。だから、吐き出さないと、投げかけないと、望まないと決めたのだ。
かつての決意がアルファルドを苦しめた。
「アルファルド!」
その叫びにはっとしてアルファルドは顔を上げた。アルファルドの瞳に女の顔が映った。自分と同じ、銀の髪。
(嗚呼、この顔を知っている。)
「母さん……」
アルファルドの唇から漏れたのは女を呼ぶ声だった。
あまりにも美しい光景にアルファルドは一瞬、我を失いかけそうになる。しかし、すぐさまアルファルドは意識を取り戻した。そして、アルファルドは腕の中の少女を庇うようにきつく抱きしめた。
「アルファルド!」
少女が名前を呼ぶ。
どのくらい経っただろう。もう上からは何も落ちてこないことを確認すると、アルファルドはそっと少女を解放した。
少女は酷く青ざめた顔をしていた。
そんな顔をさせたかったんじゃない。アルファルドの胸は酷く痛んだ。
こんなときはなんと言えばいいのだろう。あまりにも人と関わってこなかったせいで、こんな些細なことでもアルファルドは困ってしまう。
「大丈夫ですか?」
少女は体を震わせて、そう問う。
(嗚呼、そうか。こういうときは大丈夫と言えばいいのか。)
アルファルドは頷くと、唇を動かそうとした。
大丈夫と言ったつもりだったが声が出なかった。いつもこうだ。肝心なときに、唇は呪われ、閉ざされたままでいる。
言葉の代わりにアルファルドは口角を上げた。微笑んだつもりが、実際は口角がぎこちなく少し上がっただけで、アルファルドは己の表情筋に酷く落胆した。
「嗚呼、良かった」
それでも、目の前の少女には充分だったようだ。答えを目にした途端、花が咲いたような笑顔になる。
アルファルドの胸は小さく甘く痛んだ。それは初めての感覚だった。
「貴方、血が……」
何かを見つけたように少女の手が差し出される。ゆっくりと伸ばされた手は微かに震えながらアルファルドの顔に触れた。その手からは微かに血の匂いがした。硝子の破片で怪我でもしたのかもしれない。
自分の怪我よりも他人を優先させてしまう彼女にアルファルドは堪らなくなる。
アルファルドは黙って少女の手に自らの手を重ねた。少女の手は温かく、冷たいアルファルドの手とは違っていた。その手の柔らかさに戸惑いながら、そっと手を握る。
「ごめん」
ようやく漏れ出たのはその一言だった。
本当は他にも言葉にしたい感情が沢山あるはずだった。しかし、それらはアルファルドの胸に支えたまま、ぐるぐるとそこに留まっていた。
吐き出せば楽になれるのに、アルファルドは吐き出し方を忘れていた。かつて他人に投げかけた感情は返されたことがなかったから。だから、吐き出さないと、投げかけないと、望まないと決めたのだ。
かつての決意がアルファルドを苦しめた。
「アルファルド!」
その叫びにはっとしてアルファルドは顔を上げた。アルファルドの瞳に女の顔が映った。自分と同じ、銀の髪。
(嗚呼、この顔を知っている。)
「母さん……」
アルファルドの唇から漏れたのは女を呼ぶ声だった。
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