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二章 碧緑の宝剣(リゲル編)
26.降りた先には(前編)
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「なんだ。この匂いは……」
地下へ降りていくと、徐々に甘ったるいお香のような匂いが強くなっていく。何となく息苦しさを感じるような匂いに俺は鼻を覆いながら歩いた。
地下に降りきると、薄暗い空間が広がっていた。天井から薄い布がいくつも垂れ下がり、視界が悪い。床には空の木箱や食べ残しのようなゴミが転がっている。
俺たちは足元に注意しながら布を掻き分けて奥へと向かった。
「これは……!」
いくつもの檻の中には子どもたちがいた。赤い髪の子、青い瞳の子、肌の色が黒い子……ざっと十人はいる。どの子も身なりがよく、鮮やかな色彩の衣装を着ていた。誘拐された子どもたちに間違いない。
「カストル! ポルックス!」
ランブロスは叫ぶ。
子どもたちはどろりと濁った目で俺たちを見た。
「大丈夫ですか? 助けに来ました」
俺はそう言ったが、子どもたちの反応は悪かった。皆一様にぼんやりとしている様子だ。
「今、出してあげるからね」
そう言いながらリゲルも檻に近づく。
やはり反応は乏しく、ぼんやりとした様子でこちらに目をやるだけだ。
「様子がおかしいですね。もしかしたら薬でも盛られたのかもしれない。早く出してやりましょう」
アントニスの言葉に俺たちは頷いた。
しかし、檻には鍵がかかっているようだ。俺たちは檻の扉に手をかけて引いたり、押したりしたが、冷たく固い扉は開くことがなかった。
辺りを見回すが鍵の束のようなものはない。運良く鍵が置きっぱなしなっているはずもない。上にいた奴らの中の誰かが鍵を持っているのだろう。
「上に行って鍵を見つけな……きゃあ!」
リゲルに掴まれたのとは逆の腕が酷く痛んだ。俺の体は後ろに引き寄せられる。
そして、誰かの腕の中に収まった。首に蛇のように何者かの腕が絡みつく。ぐっと首が締め付けられた。急に声が出なくなる。
「アルキオーネ!」
リゲルが焦ったように叫ぶ。
「お前たち、何をしている」
「何者だ!」
アントニスは叫ぶ。そして、緊張した顔をしながら、手を腰の方に持っていく。剣を構える気でいるらしい。
俺のこの体勢、そしてこの反応。
(まさか、俺、もしかして人質になってませんか?)
「答えになってないな。こいつがどうなってもいいってことか?」
低い声は笑うような声色だった。
どうやら、俺はやはり人質のようだった。
腕に力が入り、ぐぐっと首が締め付けられる。気管が押し潰されているようだ。苦しい。俺はその腕を掻きむしったり、叩いたり、必死にもがいた。しかし、腕はビクともしなかった。
「やめろ!」
ついにアントニスが剣を抜く。
俺の視界はじわじわとぼやけてきて、黒に染まっていく。失うことができるならさっさと意識を手放してしまいたかったが、そうもいかないようだ。
(本当に苦しい。死ぬ。苦しい。いっそ一思いに殺してほしい。いや、死にたくない。まだ、死にたくないんだ。俺は何も出来ていない。何もしていないんだぞ。いやだ。絶対にいやだ。死なないために努力しようとしてきたのにあんまりだ。絶対に死なない! 死んでたまるか、クソ野郎!)
そう思った瞬間、肺が空気で満たされた。俺の体はいきなり入り込んできた空気に驚いたように咳を何度もした。
「危ない危ない殺すところだった」
低い声は愉快そうに笑う。
「お前……」
リゲルが低く唸りながら剣を抜く。
ゴホゴホと噎せこみながら俺は首を振った。大丈夫だと伝えたかったが、口からは涎と咳が出るばかりだった。汚い。
「で、何をしている?」
「こども……助けに……」
俺は呼吸を整えながらそう呟いた。
「嗚呼、なるほど。人助けか。お前たちの好きそうなことだ」
そう言って低い声は笑った。
(お前たち? もしかして、コイツ、俺たちのことを知っているということか?)
俺は顔を上げた。
リゲルは侯爵家の長男だし、俺は伯爵家令嬢でレグルスの婚約者だ。確かに顔は知られているのかもしれない。
もしくはだ。今は俺の護衛とは言え、アントニスも元ごろつきだ。こういう奴ならアントニスの顔も知っているのかも。
だが、奴の口ぶりでは顔を知っているというレベルではないことが感じられた。
俺は肩越しに後ろを覗く。男は片手でフードを外していた。
「アクアオーラ……!」
リゲルが呟いた。
そう、この顔はレグルス誘拐事件の主犯の男、アクアオーラだった。確か、捕まったはずなのに、何故ここにいるんだ。
「憲兵たちが言っていた逃げた罪人ってお前のことだったのか!!」
アントニスが叫ぶ。
そう言えば、犯罪者が逃げたとか言ってた。まさか、こいつのことだったのか。
「あのときは世話になったな」
アクアオーラは喉を鳴らして笑う。
「何故、貴方がここに……?」
「何故? お前がそれを聞くのか?」
アクアオーラは俺を睨んだ。
もう一度腕に力が込められ、首が締まる。
「ガランサスになると、要人警護が増えるからな。牢では警備が手薄になるんだよ。だからその日を狙って脱獄したのさ」
そう言いながら、アクアオーラはふうっと俺の耳に息を吹きかけた。
「ひっ」
ぞわぞわと怖気が走る。気持ち悪いが、身動きが取れない。俺は涙目になりながら身を捩った。
「お前たちが私を捕まえたせいで、私の家は潰された。だから、お前たちに復讐しようと思ったんだが……生きていくにはまず金だ。手っ取り早く、用心棒を探していたこいつらの仲間になったのだが、本当に私は運がいい! ここで見張りをしていたら、お前らが入ってきたんだ!」
「馬鹿なことを! 貴方の家門が違法行為に手を染めていたから潰れただけなのに……」
「違法? 他人を蹴落とし、愚者から金を絞り取る……そんなのどこの家門だってやっていることだろう!」
そう言って、じわじわと首を締めていく。喉が潰れ、俺の唇からは短い呻きが漏れる。俺は両手でアクアオーラの腕を引っ掻いた。
「やめろ!」
「おっと、またやるところだった」
アクアオーラはわざとらしくそう言うと、力を緩めた。俺の首を絞めることを楽しんでいるらしい。
「次やったら殺す!」
アントニスが叫んだ。ちゃんと護衛らしいことも言うんだなんて、当たり前のことなのに俺は妙に感心した。
「おお、怖い。こっちには人質がいるんだぞ? 分かっているのか?」
「貴方のほうこそ、余裕ぶってますけど、そのうちここにも憲兵が来ますよ?」
半分、はったりだった。確かに憲兵が来ることになってはいるが、来るのは他の場所を回ってからなのでもっと後だろうし、きっと少人数のはずだ。それに、今のところ、人質のいるこちらのほうが分が悪い。
アクアオーラはぐっと腕に力を込める。
「心配してくれるのか? 大丈夫だよ、憲兵たちが来る前に、さっさとお前たちを殺して出ていくからな」
アクアオーラは自信満々にそう言って、ナイフを俺に近づける。
鋭く光るナイフを見ても、俺はちっとも動揺しなかった。それよりも緩くキツく気まぐれに締めてくる腕の方が死を意識させる。
アクアオーラは俺の首をじわりと絞めた。
「ぐっ……」
喉が締まり、短い声が漏れた。また締めてきやがって。
俺は睨みつけるようにアクアオーラを見上げる。
「なんだ。この匂いは……」
地下へ降りていくと、徐々に甘ったるいお香のような匂いが強くなっていく。何となく息苦しさを感じるような匂いに俺は鼻を覆いながら歩いた。
地下に降りきると、薄暗い空間が広がっていた。天井から薄い布がいくつも垂れ下がり、視界が悪い。床には空の木箱や食べ残しのようなゴミが転がっている。
俺たちは足元に注意しながら布を掻き分けて奥へと向かった。
「これは……!」
いくつもの檻の中には子どもたちがいた。赤い髪の子、青い瞳の子、肌の色が黒い子……ざっと十人はいる。どの子も身なりがよく、鮮やかな色彩の衣装を着ていた。誘拐された子どもたちに間違いない。
「カストル! ポルックス!」
ランブロスは叫ぶ。
子どもたちはどろりと濁った目で俺たちを見た。
「大丈夫ですか? 助けに来ました」
俺はそう言ったが、子どもたちの反応は悪かった。皆一様にぼんやりとしている様子だ。
「今、出してあげるからね」
そう言いながらリゲルも檻に近づく。
やはり反応は乏しく、ぼんやりとした様子でこちらに目をやるだけだ。
「様子がおかしいですね。もしかしたら薬でも盛られたのかもしれない。早く出してやりましょう」
アントニスの言葉に俺たちは頷いた。
しかし、檻には鍵がかかっているようだ。俺たちは檻の扉に手をかけて引いたり、押したりしたが、冷たく固い扉は開くことがなかった。
辺りを見回すが鍵の束のようなものはない。運良く鍵が置きっぱなしなっているはずもない。上にいた奴らの中の誰かが鍵を持っているのだろう。
「上に行って鍵を見つけな……きゃあ!」
リゲルに掴まれたのとは逆の腕が酷く痛んだ。俺の体は後ろに引き寄せられる。
そして、誰かの腕の中に収まった。首に蛇のように何者かの腕が絡みつく。ぐっと首が締め付けられた。急に声が出なくなる。
「アルキオーネ!」
リゲルが焦ったように叫ぶ。
「お前たち、何をしている」
「何者だ!」
アントニスは叫ぶ。そして、緊張した顔をしながら、手を腰の方に持っていく。剣を構える気でいるらしい。
俺のこの体勢、そしてこの反応。
(まさか、俺、もしかして人質になってませんか?)
「答えになってないな。こいつがどうなってもいいってことか?」
低い声は笑うような声色だった。
どうやら、俺はやはり人質のようだった。
腕に力が入り、ぐぐっと首が締め付けられる。気管が押し潰されているようだ。苦しい。俺はその腕を掻きむしったり、叩いたり、必死にもがいた。しかし、腕はビクともしなかった。
「やめろ!」
ついにアントニスが剣を抜く。
俺の視界はじわじわとぼやけてきて、黒に染まっていく。失うことができるならさっさと意識を手放してしまいたかったが、そうもいかないようだ。
(本当に苦しい。死ぬ。苦しい。いっそ一思いに殺してほしい。いや、死にたくない。まだ、死にたくないんだ。俺は何も出来ていない。何もしていないんだぞ。いやだ。絶対にいやだ。死なないために努力しようとしてきたのにあんまりだ。絶対に死なない! 死んでたまるか、クソ野郎!)
そう思った瞬間、肺が空気で満たされた。俺の体はいきなり入り込んできた空気に驚いたように咳を何度もした。
「危ない危ない殺すところだった」
低い声は愉快そうに笑う。
「お前……」
リゲルが低く唸りながら剣を抜く。
ゴホゴホと噎せこみながら俺は首を振った。大丈夫だと伝えたかったが、口からは涎と咳が出るばかりだった。汚い。
「で、何をしている?」
「こども……助けに……」
俺は呼吸を整えながらそう呟いた。
「嗚呼、なるほど。人助けか。お前たちの好きそうなことだ」
そう言って低い声は笑った。
(お前たち? もしかして、コイツ、俺たちのことを知っているということか?)
俺は顔を上げた。
リゲルは侯爵家の長男だし、俺は伯爵家令嬢でレグルスの婚約者だ。確かに顔は知られているのかもしれない。
もしくはだ。今は俺の護衛とは言え、アントニスも元ごろつきだ。こういう奴ならアントニスの顔も知っているのかも。
だが、奴の口ぶりでは顔を知っているというレベルではないことが感じられた。
俺は肩越しに後ろを覗く。男は片手でフードを外していた。
「アクアオーラ……!」
リゲルが呟いた。
そう、この顔はレグルス誘拐事件の主犯の男、アクアオーラだった。確か、捕まったはずなのに、何故ここにいるんだ。
「憲兵たちが言っていた逃げた罪人ってお前のことだったのか!!」
アントニスが叫ぶ。
そう言えば、犯罪者が逃げたとか言ってた。まさか、こいつのことだったのか。
「あのときは世話になったな」
アクアオーラは喉を鳴らして笑う。
「何故、貴方がここに……?」
「何故? お前がそれを聞くのか?」
アクアオーラは俺を睨んだ。
もう一度腕に力が込められ、首が締まる。
「ガランサスになると、要人警護が増えるからな。牢では警備が手薄になるんだよ。だからその日を狙って脱獄したのさ」
そう言いながら、アクアオーラはふうっと俺の耳に息を吹きかけた。
「ひっ」
ぞわぞわと怖気が走る。気持ち悪いが、身動きが取れない。俺は涙目になりながら身を捩った。
「お前たちが私を捕まえたせいで、私の家は潰された。だから、お前たちに復讐しようと思ったんだが……生きていくにはまず金だ。手っ取り早く、用心棒を探していたこいつらの仲間になったのだが、本当に私は運がいい! ここで見張りをしていたら、お前らが入ってきたんだ!」
「馬鹿なことを! 貴方の家門が違法行為に手を染めていたから潰れただけなのに……」
「違法? 他人を蹴落とし、愚者から金を絞り取る……そんなのどこの家門だってやっていることだろう!」
そう言って、じわじわと首を締めていく。喉が潰れ、俺の唇からは短い呻きが漏れる。俺は両手でアクアオーラの腕を引っ掻いた。
「やめろ!」
「おっと、またやるところだった」
アクアオーラはわざとらしくそう言うと、力を緩めた。俺の首を絞めることを楽しんでいるらしい。
「次やったら殺す!」
アントニスが叫んだ。ちゃんと護衛らしいことも言うんだなんて、当たり前のことなのに俺は妙に感心した。
「おお、怖い。こっちには人質がいるんだぞ? 分かっているのか?」
「貴方のほうこそ、余裕ぶってますけど、そのうちここにも憲兵が来ますよ?」
半分、はったりだった。確かに憲兵が来ることになってはいるが、来るのは他の場所を回ってからなのでもっと後だろうし、きっと少人数のはずだ。それに、今のところ、人質のいるこちらのほうが分が悪い。
アクアオーラはぐっと腕に力を込める。
「心配してくれるのか? 大丈夫だよ、憲兵たちが来る前に、さっさとお前たちを殺して出ていくからな」
アクアオーラは自信満々にそう言って、ナイフを俺に近づける。
鋭く光るナイフを見ても、俺はちっとも動揺しなかった。それよりも緩くキツく気まぐれに締めてくる腕の方が死を意識させる。
アクアオーラは俺の首をじわりと絞めた。
「ぐっ……」
喉が締まり、短い声が漏れた。また締めてきやがって。
俺は睨みつけるようにアクアオーラを見上げる。
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