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二章 碧緑の宝剣(リゲル編)
21.貴方は違う
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「ミモザ!」
リゲルはミモザの名前を呼びながら扉を開けた。
扉の中は薄暗く、ひんやりとしていた。窓から入る僅かな光を頼りに辺りを見回す。奥にまだ部屋があるようだ。扉のようなものが見えた。
「ミモザ! 返事をしてくれ!」
リゲルはもう一度叫んだ。
「お兄様? お兄様いるの?」
姿は見えないがミモザの声がした。
「ミモザ、そっちに行く……」
リゲルがそう言いかけたときだった。リゲルの側でキラリと何かが光るのが見えた。
「危ない!」
俺はリゲルを突き飛ばした……つもりだったが、リゲルの体はぴくりともしなかった。手のひらにリゲルの硬い筋肉を感じた。
(お前、鍛えすぎだ。体幹が強すぎるだろ!)
俺は心の中で叫んだ。
「え?」
リゲルが振り向く。
立ち止まるなと叫ぶ間もなく、光がリゲルの前、ギリギリをかすっていった。
光の正体は剣だった。剣は床に当たり、木片を撒き散らす。突き飛ばしていたら、そのまま気づかず歩いていたら、リゲルは真っ二つになっていたところだろう。
思わず鳥肌が立った。
「ちっ!」
薄暗い部屋に舌打ちが響いた。
その音を聞くなり、リゲルの眼光が急に鋭いものになる。リゲルは剣に手をかけた。そして、体の方向を変え、低い姿勢になる。
俺は光が稲妻のように走るのを見た。
肉の断たれるような音の後に液体が飛ぶ。遅れて、何かが崩れ落ちるような音がした。
「ああああっ!」
男の悲鳴が聞こえた。
俺は怖くて声のする方を見ることができなかった。
「嗚呼、危なかったね。ありがとう、アルキオーネ」
リゲルがこちらを向く。顔は影になってよく見えなかったが、何となく笑っているような気がした。
鉛を飲んだように胸の奥が重い。体が強張る。俺はぎゅっと服の胸の部分を握った。
「リゲ……」
「お兄様? 何処なの?」
ミモザの声が俺の言葉を遮る。
「ここだ! 今行く!」
リゲルはそう叫ぶと、走り出した。
「あっああ……ああっ」
視界に黒いものが入る。思わず俺はそれを見てしまった。それは男が苦しそうに喘ぎながら、浅い水溜りの中を泳いでいる姿だった。
「ひっ!」
急に嗅覚が働き出す。噎せ返るような血の香りに吐き気がした。さっきまで何も感じていなかったのに。
俺は口を押えて窓を開けた。えずく。俺は窓の外に向かって何度も何度もえずいた。涙がじわじわと視界を滲ませた。訳も分からず、恐怖で体が震える。
先に進むことができる気がしない。俺は窓を背にずるずるとしゃがみ込んだ。
不意にくしゃりと俺は何かを踏んだ。それを俺は拾い上げる。それは質の良くない紙だった。何か文字が書かれている。
(奴隷?)
紙の中から気になる単語を見つける。俺はもっとよく見ようとしたときだった。
「いやあああああああ!」
少女の叫び声がした。
俺は顔を上げた。
聞き覚えのある声だった。この声はミモザだ。
俺は弾かれたように走り出した。
「ミモザ! ミモザ!」
リゲルの叫び声が何度も聞こえた。
「リゲル! ミモザ!」
俺は二人の名前を呼んだ。
部屋に駆け込む。急に光が差し、目を焼いた。どうやら屋根が壊れて剥き出しになっているようだ。くらくらする。
「ア、アルキオーネ……」
リゲルの声がした。
俺は薄く目を開いた。そこには膝を抱えて頭を隠し震えるミモザと、酷く傷ついたような顔をしたリゲルがいた。どう見ても感動のご対面という様子ではない。
俺は驚いて入口の前で立ち尽くす。
「どうしたんですか?」
俺は呟いた。
「ミモザが、ミモザが……」
うわ言のようにリゲルが何度もそう呟く。
「やだ! やだ、やだやだ! 助けて! 助けてお兄様!」
髪を振り乱し、半狂乱になりながらミモザが叫んだ。
「ミモザ、ここにいるよ」
リゲルは片膝を付き、ミモザにそっと手を伸ばす。
リゲルの声にミモザは僅かに顔を上げる。怯えた顔で、ぽろぽろと大粒の涙を流し、ミモザは首を振った。
「貴方は……違う!」
「ミモザ……?」
「違う! 違う! 違う違う違う!」
「ミモザ」
「助けて……お兄様」
「ミモザ!」
リゲルは叫ぶ。
その声に驚いたようにミモザは体をびくつかせた。
「助けて……やだ、やだやだやだ、もう嫌!」
ミモザはそう呟きながら頭を隠すように抱えた。
「ミモザ! ミモザ!」
リゲルの手はミモザに差し出されたまま、行き場をなくしていた。俺はリゲルに近づくと、それにそっと触れる。リゲルの手は震えていた。
罵られ、拒絶され、リゲルは酷く傷ついたに違いない。自分のことのように胸が痛む。
不意に頭の中で声が聞こえた。
『触らないで!』
女の子の声だった。妹の声だろうか、甲高く威圧するような声だった。きっと、俺も妹にこんなふうに罵られたことがあったのだろう。詳しく思い出せないが、その声とミモザの姿が妙に重なる。
俺は苦しくて胸を掻きむしった。
「リゲル!」
「ア、アルキオーネ……」
「落ち着いて。大丈夫。大丈夫ですから聞いてください」
俺の言葉にリゲルは頷いた。酷く傷ついたような不安げな顔を歪め、今にも泣きそうだった。
「少しだけ、わたくしに任せていただけませんか?」
俺はそう呟いていた。
リゲルが縋るような目で俺を見つめた。
俺は答えるように微笑む。
「大丈夫です。貴方はまず、顔を拭いてください。こんなに血に塗れて怖い顔をしていたら、お顔だって分かりませんよ」
そう言って俺はハンカチを取り出した。
返り血に塗れたリゲルの顔は正直言ってちょっとどころじゃなく怖い。まるで殺人鬼のような顔だ。
「ありがとう」
リゲルは憔悴しきったようにのろのろとそれを受け取ると顔を拭った。べっとりとついた血は既に乾いているところもあり、全てを落とすまでに時間が要るように見えた。
「あと、お願いがあります。外に紫色の包みを置いてきたので持ってきて貰えませんか?」
「え?」
「包みの中にわたくしのコートが入っているんです。ほら、ミモザ様のお洋服が汚れていますよね。このまま外は歩けないでしょう?」
俺はもっともらしく言った。
本当はただの気分転換だ。外に少し出て風にでも当たればリゲルの気分だっていくらか落ち着くだろう。
「嗚呼」
リゲルは頷くと、覚束無い足取りで外に向かう。
リゲルはミモザの名前を呼びながら扉を開けた。
扉の中は薄暗く、ひんやりとしていた。窓から入る僅かな光を頼りに辺りを見回す。奥にまだ部屋があるようだ。扉のようなものが見えた。
「ミモザ! 返事をしてくれ!」
リゲルはもう一度叫んだ。
「お兄様? お兄様いるの?」
姿は見えないがミモザの声がした。
「ミモザ、そっちに行く……」
リゲルがそう言いかけたときだった。リゲルの側でキラリと何かが光るのが見えた。
「危ない!」
俺はリゲルを突き飛ばした……つもりだったが、リゲルの体はぴくりともしなかった。手のひらにリゲルの硬い筋肉を感じた。
(お前、鍛えすぎだ。体幹が強すぎるだろ!)
俺は心の中で叫んだ。
「え?」
リゲルが振り向く。
立ち止まるなと叫ぶ間もなく、光がリゲルの前、ギリギリをかすっていった。
光の正体は剣だった。剣は床に当たり、木片を撒き散らす。突き飛ばしていたら、そのまま気づかず歩いていたら、リゲルは真っ二つになっていたところだろう。
思わず鳥肌が立った。
「ちっ!」
薄暗い部屋に舌打ちが響いた。
その音を聞くなり、リゲルの眼光が急に鋭いものになる。リゲルは剣に手をかけた。そして、体の方向を変え、低い姿勢になる。
俺は光が稲妻のように走るのを見た。
肉の断たれるような音の後に液体が飛ぶ。遅れて、何かが崩れ落ちるような音がした。
「ああああっ!」
男の悲鳴が聞こえた。
俺は怖くて声のする方を見ることができなかった。
「嗚呼、危なかったね。ありがとう、アルキオーネ」
リゲルがこちらを向く。顔は影になってよく見えなかったが、何となく笑っているような気がした。
鉛を飲んだように胸の奥が重い。体が強張る。俺はぎゅっと服の胸の部分を握った。
「リゲ……」
「お兄様? 何処なの?」
ミモザの声が俺の言葉を遮る。
「ここだ! 今行く!」
リゲルはそう叫ぶと、走り出した。
「あっああ……ああっ」
視界に黒いものが入る。思わず俺はそれを見てしまった。それは男が苦しそうに喘ぎながら、浅い水溜りの中を泳いでいる姿だった。
「ひっ!」
急に嗅覚が働き出す。噎せ返るような血の香りに吐き気がした。さっきまで何も感じていなかったのに。
俺は口を押えて窓を開けた。えずく。俺は窓の外に向かって何度も何度もえずいた。涙がじわじわと視界を滲ませた。訳も分からず、恐怖で体が震える。
先に進むことができる気がしない。俺は窓を背にずるずるとしゃがみ込んだ。
不意にくしゃりと俺は何かを踏んだ。それを俺は拾い上げる。それは質の良くない紙だった。何か文字が書かれている。
(奴隷?)
紙の中から気になる単語を見つける。俺はもっとよく見ようとしたときだった。
「いやあああああああ!」
少女の叫び声がした。
俺は顔を上げた。
聞き覚えのある声だった。この声はミモザだ。
俺は弾かれたように走り出した。
「ミモザ! ミモザ!」
リゲルの叫び声が何度も聞こえた。
「リゲル! ミモザ!」
俺は二人の名前を呼んだ。
部屋に駆け込む。急に光が差し、目を焼いた。どうやら屋根が壊れて剥き出しになっているようだ。くらくらする。
「ア、アルキオーネ……」
リゲルの声がした。
俺は薄く目を開いた。そこには膝を抱えて頭を隠し震えるミモザと、酷く傷ついたような顔をしたリゲルがいた。どう見ても感動のご対面という様子ではない。
俺は驚いて入口の前で立ち尽くす。
「どうしたんですか?」
俺は呟いた。
「ミモザが、ミモザが……」
うわ言のようにリゲルが何度もそう呟く。
「やだ! やだ、やだやだ! 助けて! 助けてお兄様!」
髪を振り乱し、半狂乱になりながらミモザが叫んだ。
「ミモザ、ここにいるよ」
リゲルは片膝を付き、ミモザにそっと手を伸ばす。
リゲルの声にミモザは僅かに顔を上げる。怯えた顔で、ぽろぽろと大粒の涙を流し、ミモザは首を振った。
「貴方は……違う!」
「ミモザ……?」
「違う! 違う! 違う違う違う!」
「ミモザ」
「助けて……お兄様」
「ミモザ!」
リゲルは叫ぶ。
その声に驚いたようにミモザは体をびくつかせた。
「助けて……やだ、やだやだやだ、もう嫌!」
ミモザはそう呟きながら頭を隠すように抱えた。
「ミモザ! ミモザ!」
リゲルの手はミモザに差し出されたまま、行き場をなくしていた。俺はリゲルに近づくと、それにそっと触れる。リゲルの手は震えていた。
罵られ、拒絶され、リゲルは酷く傷ついたに違いない。自分のことのように胸が痛む。
不意に頭の中で声が聞こえた。
『触らないで!』
女の子の声だった。妹の声だろうか、甲高く威圧するような声だった。きっと、俺も妹にこんなふうに罵られたことがあったのだろう。詳しく思い出せないが、その声とミモザの姿が妙に重なる。
俺は苦しくて胸を掻きむしった。
「リゲル!」
「ア、アルキオーネ……」
「落ち着いて。大丈夫。大丈夫ですから聞いてください」
俺の言葉にリゲルは頷いた。酷く傷ついたような不安げな顔を歪め、今にも泣きそうだった。
「少しだけ、わたくしに任せていただけませんか?」
俺はそう呟いていた。
リゲルが縋るような目で俺を見つめた。
俺は答えるように微笑む。
「大丈夫です。貴方はまず、顔を拭いてください。こんなに血に塗れて怖い顔をしていたら、お顔だって分かりませんよ」
そう言って俺はハンカチを取り出した。
返り血に塗れたリゲルの顔は正直言ってちょっとどころじゃなく怖い。まるで殺人鬼のような顔だ。
「ありがとう」
リゲルは憔悴しきったようにのろのろとそれを受け取ると顔を拭った。べっとりとついた血は既に乾いているところもあり、全てを落とすまでに時間が要るように見えた。
「あと、お願いがあります。外に紫色の包みを置いてきたので持ってきて貰えませんか?」
「え?」
「包みの中にわたくしのコートが入っているんです。ほら、ミモザ様のお洋服が汚れていますよね。このまま外は歩けないでしょう?」
俺はもっともらしく言った。
本当はただの気分転換だ。外に少し出て風にでも当たればリゲルの気分だっていくらか落ち着くだろう。
「嗚呼」
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