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二章 碧緑の宝剣(リゲル編)
19.一方的な暴力
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*
老婆に教えて貰った場所は三ヶ所。どれも町外れにあった。中心地ではあんなに人で溢れていたのに、近づくにつれ、人通りも少なくなり、何となく空気が重くなっていく。
早まったかもしれないと俺は思った。
そんな場所に突撃して何も無いはずがない。怪しい空き家には怪しい男たちがいて、良からぬことを企んでいることが大前提なのだ。
まずは一軒目。それは見るからに怪しげで荒れ果てた屋敷だった。過去は貴族か豪商の屋敷だったのだろう。頑丈そうな門扉をくぐり、荒れた庭園を歩けば、そこら中に意味ありげに石像のようなものが並ぶ。屋敷の中に入ると、薄暗く埃やカビのような匂いがした。床が所々腐っているようだが、煌びやかなころを思わせるような装飾品が無造作に転がっている。
ここはすでに人が引き払った後だったのか、誰もいなかった。残されていたのは、ロープや錆びたナイフ。どんな人がいて何を企んでいたのかも推測することすらできない。
「ミモザ……」
リゲルは呆然とした顔で何もない部屋を見ていた。
「次の場所へ。きっとミモザ様は見つかりますから」
ゲームの中ではミモザが生きていたのだから無事なはずだと言ってしまいたかった。しかし、リゲルにそれを言うことはできなかった。言ったらきっと頭のおかしい奴扱いをされるに決まっている。
リゲルは焦点の合わない目で俺の方を見る。心臓が飛び跳ねた。なんて顔でこっちを見るんだ。
「そうだ、きっと大丈夫、大丈夫……」
リゲルの顔は泣きそうなのに唇を歪め、笑顔をつくっていた。
「まだ二軒ある」
リゲルは自分に言い聞かせるように呟いた。
「ええ。急ぎましょう」
俺は静かに首を縦に振る。
そして、俺たちは次の空き家に急いだ。
二軒目の空き家は一軒目に比べて小さいが、傷み具合はさほど変わらないように見えた。
アントニスは力加減を間違えれば穴を開けてしまいそうなくらい傷みの激しい扉をノックした。すると、中から見るからに頭の悪そうな男が出てくる。これは当たりかもしれないと思った。
アントニスは男と話を始める。最初はアントニスが穏便にことを進め、無理そうなら力で押し切るという作戦だ。こんなことをしでかしといて何だが、護衛であるアントニスも貴族のご令息、ご令嬢をできるだけ危険な目にあわせたくないという配慮があったように思う。
アントニスと男が話しているとき、リゲルはじっと男を睨みつけていた。
「何睨んでんだよ」
それに気付いた男がリゲルを怒鳴りつけ、手を上げた。パンという弾かれるような音とともにリゲルの頬に男の拳がめり込んだように見えた。
「リゲル!」
俺は叫んだ。
リゲルは俺の方を振り返るとにっこりと笑う。よく見ていると、男の拳はめり込んだわけではなく、リゲルの掌に受け止められているようだった。
そして、リゲルは笑顔のまま、男に殴りかかった。
あっという間のことだった。リゲルは殴った勢いのまま、その男を蹴り、部屋の中に押し込むと、剣を抜いた。そして、思い切り斬りかかる。
赤い液体が舞った。
血の気の多い男たちだ。向こうだって仲間が急に殴られ、斬られたとあっては黙ってもいられない。中にいた十人ばかりの男が一斉にこちらを見た。じりじりと殺気が肌を焼く。
俺はその空気に一瞬怯んだ。しかし、リゲルはたじろぐことなく部屋の中に踏み込む。
剣を抜く者、ナイフを振りかざして向かってくる者、などなど敵意剥き出しで戦いを仕掛けてくる。
リゲルはぐっと足に力を込めると、弾かれたように走り出した。リゲルは旋風のように素早かった。低い姿勢で滑るように動いて人を次々と斬りつけていったかと思えば、長い脚が男の腹を捉え、次々と壁の方へ吹っ飛ばす。
素早いリゲルには敵わないと思ったのか、敵の攻撃が俺やアントニスに向く。アントニスは俺を守ろうとするのだが、どうしても自分を守ることが優先になる。
結果、弱っちいくせに俺も戦う羽目になる。
俺も必死で剣を振り、自分の身を守りながら、目眩ましに風を吹かせ、相手の隙をつくる。隙が出来たところをアントニスが斬りつけた。
おお、何とかなるかも。そう思ったのも束の間、男がナイフを持って襲い掛かる。
アントニスは間に合わない。
俺は咄嗟に左に回り込んで避けようとするが、後ろに下げた左足が血か何かで滑る。足がもたついた。
(ヤバい。避けきれない。)
そう思った瞬間、男が俺の右側に吹っ飛んでいった。男の後ろでリゲルが右足を上げていた。どうやら、リゲルの蹴りが入ったようだった。
「大丈夫、アルキオーネ?」
「あ、ありがとうございます」
どうやら、さっきの男が最後の一人だったようだ。立っている者は俺たち以外にはおらず、辺りには十人ばかりの男たちが転がっていた。リゲルとアントニスでほとんど片付けたようなものだ。
リゲルは辺りを探し始めた。俺もそれに続いて部屋の中を探る。すると、奥に続く扉を見つけた。
俺たちは奥の部屋に急いだ。しかし、そこにミモザはいなかった。
代わりに四人の子どもを見つけた。どの子も俺たちよりも幼く、色とりどりの衣装を着ていた。憲兵の言っていた行方不明になっていた子どもたちのようだ。
どうやら、倒した奴らは誘拐犯であることは間違いないらしい。
俺たちが戻ってくると、アントニスは男たちを動けないように縛ってくれていた。
「アントニス、奥に幼い子どもがいました。どうやら誘拐犯のアジトに間違いないようです」
「では、ミモザ様もいたんですね」
アントニスは明るい声を上げた。
「いや……」
そう言うと、リゲルは横に首を振った。
アントニスは悲しげな表情で答えた。
「まだ、大丈夫。まだ一軒ある……」
「リゲル?」
リゲルの様子はおかしかった。思い詰めた様子でどこかを見つめている。リゲルの気持ちを思うと、早くここから出てミモザを探したい。
しかし、ここをこのままにして立ち去るわけにはいかない。
「ごめんなさい、アントニス。憲兵を呼んできてくれませんか?」
子どもだけで憲兵を呼びに行くといたずらと思われる可能性がある。大人のアントニスが呼びに行く方が良いように思えた。
「嗚呼、そう、そうです。そうですね。憲兵を呼んできます」
アントニスは動揺しているらしく、何度も「そう」を繰り返してから、慌てて部屋から走り出た。
空き家は静寂に包まれる。リゲルは徐に歩き出していた。
「リゲル様?」
リゲルは俺の声を無視して歩く。そして、無表情で縛り上げられた奴らのうちの一人を蹴りつけた。ごろりと腹を上に向けて男が転がる。リゲルはその男に馬乗りになった。
「なあ、他にも仲間がいるよな? 教えてくれる?」
リゲルは恐ろしい顔をして微笑む。まるで悪鬼羅刹のようだった。
俺は恐ろしくて動けなかった。
リゲルは男を殴る。殴る。殴る。何度も殴る。リゲルのものか男のものか分からない血がリゲルの拳から滴るが、構わず拳を振り下ろす。
男は意識が朦朧としているのか途切れ途切れに音を吐くが、言葉になっていない。
「あ? 分からないから」
リゲルは胸倉を掴み、自分の顔を男の顔に近づけて呟く。
男は既に気絶しているのか、何の音も発さなくなっていた。
(まさか、殺してないよな。)
よく見ると男は呼吸をしているようだ。まだ、リゲルは人殺しではないようだ。
俺はほっと息を吐く。
「ちっ、仕方ない。次はお前だ」
リゲルは男を手放し、立ち上がる。そして、その横にいた男を蹴り飛ばした。馬乗りになり、単純作業をしているかのように黙々と殴り始める。安心している場合じゃなかった。
「リゲル! やめてください!」
「ごめんね、アルキオーネ。聞こえないから静かにしていて?」
リゲルは男を殴り続ける手を止めずにそう言った。その間も殴られ続けている男の呻き声や短い叫び声が聞こえてくる。
「お願いします。そんな、酷いことはやめて……」
「だから、静かにしてよ、ね?」
リゲルは低い声で返す。
怖い。こんなリゲルは知らない。リゲルはもっと穏やかで、冗談も言えば、キラキラと目を輝かせて憧れの騎士の話をするそんな少年だ。
(この男は誰だ?)
「ねえ、聞こえてる? 聞こえてるよな。他の仲間の場所、知ってるだろ。何で言えないんだ?」
「あ、あ……あ」
「聞こえない。聞こえないな。どうして言えない? 嗚呼、もう少し口が軽くなるようにしてあげようか?」
「や、め……」
「そうだ。人間の骨ってさ、二百本くらいあるんだってね。何本折ったら軽くなるかな? もう何本かは折れてそうだけど、まずは一本目、いこうか?」
まるで暴力を楽しむようにリゲルは呟く。
「いーち」
「言、う! い、うから……」
男の声を無視して、リゲルは拳を振り上げた。それから、何かが砕けるような嫌な音がした。
「っ!」
「あれ? まだ折れないんだ。しぶといね。ほら、早く言わないと……」
リゲルは拳を上げて下ろした。嫌な音がもう一度する。
「っっ!」
「やっと折れたかな?」
俺はもう止めることも出来ず、ただその場に立ち尽くしていた。
「じゃ、二本目いこうか」
「あ……ああ! きょ、かいっ……教会だ!」
男は吐き出すようにそう言った。
街はずれの廃教会。それは三軒目に行こうとしていた場所と同じだった。
「なーんだ。ちゃんと言えるんだ。もっと早く言ってたらこんなことにならなかったのにね。で、仲間って何人くらいいるの?」
「知らな、知らない……っ」
「知らないわけないでしょ?」
リゲルはもう一度拳を握る。
「ひっ!」
男は小さく悲鳴をあげてからたどたどしくリゲルの質問に答える。時折、言葉に詰まるとリゲルは拳を振り上げ、幾度も叩きつけてみせた。
「ありがとうね」
全てを聞き出したころにはリゲルの手袋は真っ赤に染まっていた。
「嗚呼、汚いな」
リゲルはぼそっと呟く。そして、手袋を脱ぎ捨てる。床にびちゃっという音ともに手袋が転がった。
「じゃあ、アルキオーネ、次に行こうか」
リゲルは立ち上がる。ポケットから新しい手袋を取り出すとそれをはめながら振り返った。そして、いつもの笑顔を浮かべる。それは騎士に憧れていると話していたときのような屈託のない笑顔と同じだった。
鳥肌が立った。俺はゲームの設定を思い出した。
リゲル・ジェードは「妹のミモザやスピカがピンチになると容赦なく敵を殲滅」し、「血を見ないと気分が済まない」性格だった。
(まさか、これが本当のリゲルなのか。)
俺は不安になりながらリゲルを見つめた。
老婆に教えて貰った場所は三ヶ所。どれも町外れにあった。中心地ではあんなに人で溢れていたのに、近づくにつれ、人通りも少なくなり、何となく空気が重くなっていく。
早まったかもしれないと俺は思った。
そんな場所に突撃して何も無いはずがない。怪しい空き家には怪しい男たちがいて、良からぬことを企んでいることが大前提なのだ。
まずは一軒目。それは見るからに怪しげで荒れ果てた屋敷だった。過去は貴族か豪商の屋敷だったのだろう。頑丈そうな門扉をくぐり、荒れた庭園を歩けば、そこら中に意味ありげに石像のようなものが並ぶ。屋敷の中に入ると、薄暗く埃やカビのような匂いがした。床が所々腐っているようだが、煌びやかなころを思わせるような装飾品が無造作に転がっている。
ここはすでに人が引き払った後だったのか、誰もいなかった。残されていたのは、ロープや錆びたナイフ。どんな人がいて何を企んでいたのかも推測することすらできない。
「ミモザ……」
リゲルは呆然とした顔で何もない部屋を見ていた。
「次の場所へ。きっとミモザ様は見つかりますから」
ゲームの中ではミモザが生きていたのだから無事なはずだと言ってしまいたかった。しかし、リゲルにそれを言うことはできなかった。言ったらきっと頭のおかしい奴扱いをされるに決まっている。
リゲルは焦点の合わない目で俺の方を見る。心臓が飛び跳ねた。なんて顔でこっちを見るんだ。
「そうだ、きっと大丈夫、大丈夫……」
リゲルの顔は泣きそうなのに唇を歪め、笑顔をつくっていた。
「まだ二軒ある」
リゲルは自分に言い聞かせるように呟いた。
「ええ。急ぎましょう」
俺は静かに首を縦に振る。
そして、俺たちは次の空き家に急いだ。
二軒目の空き家は一軒目に比べて小さいが、傷み具合はさほど変わらないように見えた。
アントニスは力加減を間違えれば穴を開けてしまいそうなくらい傷みの激しい扉をノックした。すると、中から見るからに頭の悪そうな男が出てくる。これは当たりかもしれないと思った。
アントニスは男と話を始める。最初はアントニスが穏便にことを進め、無理そうなら力で押し切るという作戦だ。こんなことをしでかしといて何だが、護衛であるアントニスも貴族のご令息、ご令嬢をできるだけ危険な目にあわせたくないという配慮があったように思う。
アントニスと男が話しているとき、リゲルはじっと男を睨みつけていた。
「何睨んでんだよ」
それに気付いた男がリゲルを怒鳴りつけ、手を上げた。パンという弾かれるような音とともにリゲルの頬に男の拳がめり込んだように見えた。
「リゲル!」
俺は叫んだ。
リゲルは俺の方を振り返るとにっこりと笑う。よく見ていると、男の拳はめり込んだわけではなく、リゲルの掌に受け止められているようだった。
そして、リゲルは笑顔のまま、男に殴りかかった。
あっという間のことだった。リゲルは殴った勢いのまま、その男を蹴り、部屋の中に押し込むと、剣を抜いた。そして、思い切り斬りかかる。
赤い液体が舞った。
血の気の多い男たちだ。向こうだって仲間が急に殴られ、斬られたとあっては黙ってもいられない。中にいた十人ばかりの男が一斉にこちらを見た。じりじりと殺気が肌を焼く。
俺はその空気に一瞬怯んだ。しかし、リゲルはたじろぐことなく部屋の中に踏み込む。
剣を抜く者、ナイフを振りかざして向かってくる者、などなど敵意剥き出しで戦いを仕掛けてくる。
リゲルはぐっと足に力を込めると、弾かれたように走り出した。リゲルは旋風のように素早かった。低い姿勢で滑るように動いて人を次々と斬りつけていったかと思えば、長い脚が男の腹を捉え、次々と壁の方へ吹っ飛ばす。
素早いリゲルには敵わないと思ったのか、敵の攻撃が俺やアントニスに向く。アントニスは俺を守ろうとするのだが、どうしても自分を守ることが優先になる。
結果、弱っちいくせに俺も戦う羽目になる。
俺も必死で剣を振り、自分の身を守りながら、目眩ましに風を吹かせ、相手の隙をつくる。隙が出来たところをアントニスが斬りつけた。
おお、何とかなるかも。そう思ったのも束の間、男がナイフを持って襲い掛かる。
アントニスは間に合わない。
俺は咄嗟に左に回り込んで避けようとするが、後ろに下げた左足が血か何かで滑る。足がもたついた。
(ヤバい。避けきれない。)
そう思った瞬間、男が俺の右側に吹っ飛んでいった。男の後ろでリゲルが右足を上げていた。どうやら、リゲルの蹴りが入ったようだった。
「大丈夫、アルキオーネ?」
「あ、ありがとうございます」
どうやら、さっきの男が最後の一人だったようだ。立っている者は俺たち以外にはおらず、辺りには十人ばかりの男たちが転がっていた。リゲルとアントニスでほとんど片付けたようなものだ。
リゲルは辺りを探し始めた。俺もそれに続いて部屋の中を探る。すると、奥に続く扉を見つけた。
俺たちは奥の部屋に急いだ。しかし、そこにミモザはいなかった。
代わりに四人の子どもを見つけた。どの子も俺たちよりも幼く、色とりどりの衣装を着ていた。憲兵の言っていた行方不明になっていた子どもたちのようだ。
どうやら、倒した奴らは誘拐犯であることは間違いないらしい。
俺たちが戻ってくると、アントニスは男たちを動けないように縛ってくれていた。
「アントニス、奥に幼い子どもがいました。どうやら誘拐犯のアジトに間違いないようです」
「では、ミモザ様もいたんですね」
アントニスは明るい声を上げた。
「いや……」
そう言うと、リゲルは横に首を振った。
アントニスは悲しげな表情で答えた。
「まだ、大丈夫。まだ一軒ある……」
「リゲル?」
リゲルの様子はおかしかった。思い詰めた様子でどこかを見つめている。リゲルの気持ちを思うと、早くここから出てミモザを探したい。
しかし、ここをこのままにして立ち去るわけにはいかない。
「ごめんなさい、アントニス。憲兵を呼んできてくれませんか?」
子どもだけで憲兵を呼びに行くといたずらと思われる可能性がある。大人のアントニスが呼びに行く方が良いように思えた。
「嗚呼、そう、そうです。そうですね。憲兵を呼んできます」
アントニスは動揺しているらしく、何度も「そう」を繰り返してから、慌てて部屋から走り出た。
空き家は静寂に包まれる。リゲルは徐に歩き出していた。
「リゲル様?」
リゲルは俺の声を無視して歩く。そして、無表情で縛り上げられた奴らのうちの一人を蹴りつけた。ごろりと腹を上に向けて男が転がる。リゲルはその男に馬乗りになった。
「なあ、他にも仲間がいるよな? 教えてくれる?」
リゲルは恐ろしい顔をして微笑む。まるで悪鬼羅刹のようだった。
俺は恐ろしくて動けなかった。
リゲルは男を殴る。殴る。殴る。何度も殴る。リゲルのものか男のものか分からない血がリゲルの拳から滴るが、構わず拳を振り下ろす。
男は意識が朦朧としているのか途切れ途切れに音を吐くが、言葉になっていない。
「あ? 分からないから」
リゲルは胸倉を掴み、自分の顔を男の顔に近づけて呟く。
男は既に気絶しているのか、何の音も発さなくなっていた。
(まさか、殺してないよな。)
よく見ると男は呼吸をしているようだ。まだ、リゲルは人殺しではないようだ。
俺はほっと息を吐く。
「ちっ、仕方ない。次はお前だ」
リゲルは男を手放し、立ち上がる。そして、その横にいた男を蹴り飛ばした。馬乗りになり、単純作業をしているかのように黙々と殴り始める。安心している場合じゃなかった。
「リゲル! やめてください!」
「ごめんね、アルキオーネ。聞こえないから静かにしていて?」
リゲルは男を殴り続ける手を止めずにそう言った。その間も殴られ続けている男の呻き声や短い叫び声が聞こえてくる。
「お願いします。そんな、酷いことはやめて……」
「だから、静かにしてよ、ね?」
リゲルは低い声で返す。
怖い。こんなリゲルは知らない。リゲルはもっと穏やかで、冗談も言えば、キラキラと目を輝かせて憧れの騎士の話をするそんな少年だ。
(この男は誰だ?)
「ねえ、聞こえてる? 聞こえてるよな。他の仲間の場所、知ってるだろ。何で言えないんだ?」
「あ、あ……あ」
「聞こえない。聞こえないな。どうして言えない? 嗚呼、もう少し口が軽くなるようにしてあげようか?」
「や、め……」
「そうだ。人間の骨ってさ、二百本くらいあるんだってね。何本折ったら軽くなるかな? もう何本かは折れてそうだけど、まずは一本目、いこうか?」
まるで暴力を楽しむようにリゲルは呟く。
「いーち」
「言、う! い、うから……」
男の声を無視して、リゲルは拳を振り上げた。それから、何かが砕けるような嫌な音がした。
「っ!」
「あれ? まだ折れないんだ。しぶといね。ほら、早く言わないと……」
リゲルは拳を上げて下ろした。嫌な音がもう一度する。
「っっ!」
「やっと折れたかな?」
俺はもう止めることも出来ず、ただその場に立ち尽くしていた。
「じゃ、二本目いこうか」
「あ……ああ! きょ、かいっ……教会だ!」
男は吐き出すようにそう言った。
街はずれの廃教会。それは三軒目に行こうとしていた場所と同じだった。
「なーんだ。ちゃんと言えるんだ。もっと早く言ってたらこんなことにならなかったのにね。で、仲間って何人くらいいるの?」
「知らな、知らない……っ」
「知らないわけないでしょ?」
リゲルはもう一度拳を握る。
「ひっ!」
男は小さく悲鳴をあげてからたどたどしくリゲルの質問に答える。時折、言葉に詰まるとリゲルは拳を振り上げ、幾度も叩きつけてみせた。
「ありがとうね」
全てを聞き出したころにはリゲルの手袋は真っ赤に染まっていた。
「嗚呼、汚いな」
リゲルはぼそっと呟く。そして、手袋を脱ぎ捨てる。床にびちゃっという音ともに手袋が転がった。
「じゃあ、アルキオーネ、次に行こうか」
リゲルは立ち上がる。ポケットから新しい手袋を取り出すとそれをはめながら振り返った。そして、いつもの笑顔を浮かべる。それは騎士に憧れていると話していたときのような屈託のない笑顔と同じだった。
鳥肌が立った。俺はゲームの設定を思い出した。
リゲル・ジェードは「妹のミモザやスピカがピンチになると容赦なく敵を殲滅」し、「血を見ないと気分が済まない」性格だった。
(まさか、これが本当のリゲルなのか。)
俺は不安になりながらリゲルを見つめた。
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