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二章 碧緑の宝剣(リゲル編)
18.映画のような
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アントニスに連れてこられたのは、映画で出てくるような「見るからにいかがわしい」店でもなければ、「普通のお店なのは仮の姿。符丁を言えば裏の店に繋がっている」なんて店でもない。ごくごく普通のカフェだった。
そういう情報が聞けるお店と聞いて、不謹慎だが、映画みたいでわくわくしていた俺が馬鹿みたいじゃないか。
俺たちは四人のテーブル席に座っていた。
俺はちらりとアントニスに目をやる。アントニスは平然と、コーヒーを啜っていた。全く似合わない。
「あの……まさかとは思いますが、休憩をしにきた……とかではないですよね?」
俺は恐る恐る尋ねる。
「そんな馬鹿なこと言わないでくださいよ」
アントニスは人懐っこい笑顔をこちらに向ける。
いや、信じていないわけじゃない。でも、ここはただのカフェのようだ。怪しい情報が転がってそうな気配なんてない。
リゲルもそう思っているのだろう。不安と怒りがごっちゃになった表情でアントニスを見つめている。
「じゃあ、なんでここに?」
「勿論、情報収集ですよ。あ、もしかして、情報ってのは怪しい店にあるとか思ってませんか?」
アントニスは馬鹿にするように笑う。
「……違うんですか?」
「いやいや、違わないですけど。今、昼間ですよ? こんな時間にそんなお店がやってるわけないじゃないですか」
「は? まさか、その店が開くまで暇潰しをしてるとか言うんじゃないだろうな」
リゲルは低く唸るように言った。
(あ、ヤバい。リゲルがキレた。)
リゲルの目つきは鋭く、アントニスを親の仇でも見るかのように睨む。
そんなリゲルを見ながらアントニスは呑気に笑う。
「いやいや、違いますって。俺が言いたいのは、情報っていうのは怪しい店じゃなくてもわんさか転がっているってことです」
リゲルと俺はイマイチ、ピンと来てなかった。得心いかないような顔でアントニスを見る。
アントニスはそれを見てため息を吐く。
(あ、これ、察しが悪いって思われてるな。)
「例えば、俺たちだって昼間に数人で動くとしたら、どこかで待ち合わせするでしょう? 誘拐なんて悪いことを働く奴らだって一緒なんですよ。どこかで待ち合わせをする。でも、今から悪いことをするって人間が広場や路地なんて分かりやすいところで待ち合わせしますか? 今はガランサスの真っ最中、街には憲兵が歩いていて目を光らせているんです。とても目立つでしょう?」
分かるような分からないような理論だ。
「つまり?」
「俺が悪いことをする予定で、どこかで仲間を待つなら、カフェを選ぶと思うんです。多くの人が待ち合わせに選ぶ場所がカフェです。だから、待ち合わせしていても目立たないでしょう」
「確かに」
「それに、ここなら勤務中の憲兵は立ち寄りにくいでしょうし、仮に立ち寄ったとしても気が緩んでいるでしょう。そういう意味でもここを待ち合わせ場所にしてもおかしくないと思いませんか?」
なるほど。木を隠すなら森の中というやつだ。カフェは多くの人が出入りし、休憩や待ち合わせに使う場所だ。待ち合わせするなら目立たないだろう。
それに、カフェでは気も緩みがちになるし、周りをそんなにじっくり見る者だってなかなかいないように思える。こんなに人の目があるのだから、まさか悪い事を考えている奴がいるなんて誰も思わないもんな。
確かに「今から悪いことするぞ」と意気込んでる人間が逆に出入りしやすい空間ではある。
「それに、カフェではぼんやり外を眺めていたり、噂話に耳を傾けたりする暇人がいるから情報収集には都合がいいんですよ、ね?」
アントニスは目線を左にずらした。
「わたしのことだね」
リゲルの後ろで声がした。
「そう、噂好きの人間観察好きのこういうババアに聞けば話は早い」
ゆっくりとそちらを向くと、老婆と呼んでもいいくらいの歳の女がニヤリと笑っていた。老婆はどかっと空いていた椅子に座る。
「ちょっと、アントニス。彼女の機嫌を損ねたら何も教えてくれなくなってしまいませんか?」
「いいんですよ、ババアなんだから」
「口を開けば暇人にババアって……悪口ばかりじゃないか」
老婆は大きな口を開けて笑う。どうやらそこまで気を悪くしてはいないようだ。
「うちの従者がすみません」
「従者? なんだい、アントニス、就職が上手くいったのかい」
「おかげさまで」
「そりゃあよかった。アンタは腕はいいのに乱暴者の粗忽者でいけない。職にありつけたなら何よりだよ。で、なんの用だい?」
「妹が誘拐されたんだ。居場所を知りたい」
リゲルが真っ先にそう言った。
あくまで誘拐されたかもしれないと言う話なのだが、リゲルの中ではほぼ確定事項らしい。
「誘拐……なるほど」
老婆は小刻みに頷く。
「黄色のドレスを着た少女なんです。年齢はわたくしより一つ下、瞳は緑で、身長はわたくしと同じくらいです」
「うんうん。怪しい奴は確かにいたな。ただ、そういう奴が黄色い服の女の子を連れていたというところは見ていない」
老婆の言葉にリゲルは肩を落とす。そして、真っ青になった唇をきつく結んだ。
「でも、何軒か怪しい者が出入りしているって噂の空き家なら知っているぞ」
老婆の言葉にリゲルは頭を上げる。その顔は泣きそうな顔をしていた。
「何処だ、教えてくれ!」
「待て待て。全部回るには時間がかかる。場所にそぐわないような身なりのよい子どもが歩いていたという情報、不振な男に声を掛けられていたという情報を足していくと疑わしい場所が二、三に絞れるんだが……」
老婆はそう言ってアントニスをちらりと見る。
「コーヒーでもケーキでもお好きなものをどうぞ」
アントニスは肩を竦めてやれやれという表情でそう言った。
「おお、有難い! ここの店主はケチだから一杯で何時間も粘ると追い出されるからな」
老婆はそう言って、コーヒーとドーナツ、焼き菓子を注文した。きっと、この代金は多分俺が払うことになるんだろう。
「で? 早く教えてくれ」
リゲルは期待と不安の入り混じった顔で老婆を見つめた。
「そうだった。そうだった。えーっと……」
老婆は説明しようとするもののなかなか言葉が出てこない。
準備のいいアントニスはすかさず王都の地図を老婆に渡す。アントニスは護衛としては時々ポンコツだが、見た目以上に仕事ができるときがある。護衛に選んだお父様はやっぱり見る目があるな。
老婆は老眼をかけ直し、地図を近づけたり遠ざけたりして見つめた。
「あった。あった。ここと、ここと、ここだ」
老婆はそう言って、三ヶ所ばかり指で示す。
アントニスはそれを見て「うん、うん」と頷く。
リゲルは不安そうな顔でアントニスと老婆を見つめた。
「場所は分かりました。急ぎますよ」
アントニスは、そう言って机の上にお金を置いた。
俺とリゲルは頷くと、立ち上がった。
そういう情報が聞けるお店と聞いて、不謹慎だが、映画みたいでわくわくしていた俺が馬鹿みたいじゃないか。
俺たちは四人のテーブル席に座っていた。
俺はちらりとアントニスに目をやる。アントニスは平然と、コーヒーを啜っていた。全く似合わない。
「あの……まさかとは思いますが、休憩をしにきた……とかではないですよね?」
俺は恐る恐る尋ねる。
「そんな馬鹿なこと言わないでくださいよ」
アントニスは人懐っこい笑顔をこちらに向ける。
いや、信じていないわけじゃない。でも、ここはただのカフェのようだ。怪しい情報が転がってそうな気配なんてない。
リゲルもそう思っているのだろう。不安と怒りがごっちゃになった表情でアントニスを見つめている。
「じゃあ、なんでここに?」
「勿論、情報収集ですよ。あ、もしかして、情報ってのは怪しい店にあるとか思ってませんか?」
アントニスは馬鹿にするように笑う。
「……違うんですか?」
「いやいや、違わないですけど。今、昼間ですよ? こんな時間にそんなお店がやってるわけないじゃないですか」
「は? まさか、その店が開くまで暇潰しをしてるとか言うんじゃないだろうな」
リゲルは低く唸るように言った。
(あ、ヤバい。リゲルがキレた。)
リゲルの目つきは鋭く、アントニスを親の仇でも見るかのように睨む。
そんなリゲルを見ながらアントニスは呑気に笑う。
「いやいや、違いますって。俺が言いたいのは、情報っていうのは怪しい店じゃなくてもわんさか転がっているってことです」
リゲルと俺はイマイチ、ピンと来てなかった。得心いかないような顔でアントニスを見る。
アントニスはそれを見てため息を吐く。
(あ、これ、察しが悪いって思われてるな。)
「例えば、俺たちだって昼間に数人で動くとしたら、どこかで待ち合わせするでしょう? 誘拐なんて悪いことを働く奴らだって一緒なんですよ。どこかで待ち合わせをする。でも、今から悪いことをするって人間が広場や路地なんて分かりやすいところで待ち合わせしますか? 今はガランサスの真っ最中、街には憲兵が歩いていて目を光らせているんです。とても目立つでしょう?」
分かるような分からないような理論だ。
「つまり?」
「俺が悪いことをする予定で、どこかで仲間を待つなら、カフェを選ぶと思うんです。多くの人が待ち合わせに選ぶ場所がカフェです。だから、待ち合わせしていても目立たないでしょう」
「確かに」
「それに、ここなら勤務中の憲兵は立ち寄りにくいでしょうし、仮に立ち寄ったとしても気が緩んでいるでしょう。そういう意味でもここを待ち合わせ場所にしてもおかしくないと思いませんか?」
なるほど。木を隠すなら森の中というやつだ。カフェは多くの人が出入りし、休憩や待ち合わせに使う場所だ。待ち合わせするなら目立たないだろう。
それに、カフェでは気も緩みがちになるし、周りをそんなにじっくり見る者だってなかなかいないように思える。こんなに人の目があるのだから、まさか悪い事を考えている奴がいるなんて誰も思わないもんな。
確かに「今から悪いことするぞ」と意気込んでる人間が逆に出入りしやすい空間ではある。
「それに、カフェではぼんやり外を眺めていたり、噂話に耳を傾けたりする暇人がいるから情報収集には都合がいいんですよ、ね?」
アントニスは目線を左にずらした。
「わたしのことだね」
リゲルの後ろで声がした。
「そう、噂好きの人間観察好きのこういうババアに聞けば話は早い」
ゆっくりとそちらを向くと、老婆と呼んでもいいくらいの歳の女がニヤリと笑っていた。老婆はどかっと空いていた椅子に座る。
「ちょっと、アントニス。彼女の機嫌を損ねたら何も教えてくれなくなってしまいませんか?」
「いいんですよ、ババアなんだから」
「口を開けば暇人にババアって……悪口ばかりじゃないか」
老婆は大きな口を開けて笑う。どうやらそこまで気を悪くしてはいないようだ。
「うちの従者がすみません」
「従者? なんだい、アントニス、就職が上手くいったのかい」
「おかげさまで」
「そりゃあよかった。アンタは腕はいいのに乱暴者の粗忽者でいけない。職にありつけたなら何よりだよ。で、なんの用だい?」
「妹が誘拐されたんだ。居場所を知りたい」
リゲルが真っ先にそう言った。
あくまで誘拐されたかもしれないと言う話なのだが、リゲルの中ではほぼ確定事項らしい。
「誘拐……なるほど」
老婆は小刻みに頷く。
「黄色のドレスを着た少女なんです。年齢はわたくしより一つ下、瞳は緑で、身長はわたくしと同じくらいです」
「うんうん。怪しい奴は確かにいたな。ただ、そういう奴が黄色い服の女の子を連れていたというところは見ていない」
老婆の言葉にリゲルは肩を落とす。そして、真っ青になった唇をきつく結んだ。
「でも、何軒か怪しい者が出入りしているって噂の空き家なら知っているぞ」
老婆の言葉にリゲルは頭を上げる。その顔は泣きそうな顔をしていた。
「何処だ、教えてくれ!」
「待て待て。全部回るには時間がかかる。場所にそぐわないような身なりのよい子どもが歩いていたという情報、不振な男に声を掛けられていたという情報を足していくと疑わしい場所が二、三に絞れるんだが……」
老婆はそう言ってアントニスをちらりと見る。
「コーヒーでもケーキでもお好きなものをどうぞ」
アントニスは肩を竦めてやれやれという表情でそう言った。
「おお、有難い! ここの店主はケチだから一杯で何時間も粘ると追い出されるからな」
老婆はそう言って、コーヒーとドーナツ、焼き菓子を注文した。きっと、この代金は多分俺が払うことになるんだろう。
「で? 早く教えてくれ」
リゲルは期待と不安の入り混じった顔で老婆を見つめた。
「そうだった。そうだった。えーっと……」
老婆は説明しようとするもののなかなか言葉が出てこない。
準備のいいアントニスはすかさず王都の地図を老婆に渡す。アントニスは護衛としては時々ポンコツだが、見た目以上に仕事ができるときがある。護衛に選んだお父様はやっぱり見る目があるな。
老婆は老眼をかけ直し、地図を近づけたり遠ざけたりして見つめた。
「あった。あった。ここと、ここと、ここだ」
老婆はそう言って、三ヶ所ばかり指で示す。
アントニスはそれを見て「うん、うん」と頷く。
リゲルは不安そうな顔でアントニスと老婆を見つめた。
「場所は分かりました。急ぎますよ」
アントニスは、そう言って机の上にお金を置いた。
俺とリゲルは頷くと、立ち上がった。
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