転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

文字の大きさ
上 下
37 / 83
二章 碧緑の宝剣(リゲル編)

11.少女を救え

しおりを挟む
「マリア!」
 俺は咄嗟に少女に向かって声を掛けた。

 少女はびっくりとした顔でこちらを見た。可哀想に涙目でふるふると震えている。

 ふと、その顔が妹の面影に重なった。途端に怒りの炎が勢いを増す。こんな可愛い子を泣かせるなんて、どんなとんでもないやつだ。俺は睨みつけたい気持ちを堪え、少女の元へと駆け寄った。

「探したよ、マリア。一人で行ってはダメと言ったでしょう」
 俺はそう言うと、少女と男の間にさっと入る。そして、少女を後ろに押しやると、男と少し距離をとった。

 いつもご令嬢のふりをしているから演じていることには慣れている。俺はマリアの従姉妹で、姉妹で街を案内するはずだったのだが、はぐれてしまったという設定。勿論、姉はメリーナ、妹は俺だ。よし、行ける。

 あとはメリーナが上手く演技に乗ってくれると助かるのだが、打ち合わせをしていない。そこだけが不安要素だった。

「あ、あの……っ、わたし……」
 少女は首を振る。

 うんうん。混乱してるよな。その反応を見る限り、マリアって名前じゃなさそうだもんな。落ち着かせてあげよう。

「ねぇ、マリア。姉さんだって心配していたのよ」
 俺はさっと少女の手をとり、少女の耳元にそっと顔を寄せた。

 そして、小さい声で囁く。
「悪いようにはしないから、少し黙って付き合ってくれませんか?」

 少女は驚いたような顔をしてから、俺の言わんとすることが分かったのか、こくりと頷く。

「分かってくれたのね。ありがとう」
 俺は満足そうに微笑んで見せた。

「おい、お前、この子の知りあ……」
「あら、親切なおじ様、マリアを見つけてくれてありがとう!」
 俺は男の言葉をぶった切って、満面の笑みで振り返る。

 男はびっくりしたような顔で硬直した。

 なんだコイツ。そう思いながら、笑顔とは裏腹にじりじりと男から離れるように少女と後退りをした。

「姉さん、マリアをみつけたよ!」
 俺は大袈裟にメリーナに向かって手を振る。

 メリーナは一瞬、怪訝そうな顔をするが、すぐに俺の意図に気づいたようで、笑顔を作った。そして、慌てたように息を切らして駆け寄ってくるふりをする。

「嗚呼、ご親切にありがとうございます!」
 メリーナは満面の笑みを浮かべ、お辞儀をした。

 メリーナの奴、ノリノリじゃないか。さてはこういうの嫌いじゃないな。俺はにやにやしそうになりながらメリーナを見つめた。

「お……おお、この子の保護者が姉ちゃんか?」
 男は少し引き気味で尋ねる。

「ええ。なにかご迷惑を?」
「迷惑も何も、この子がぶつかってきたんだよ! 慰謝料貰おうか? 払えないなら姉ちゃん、分かっているだろうな……」
 女ばかりで調子に乗ったのか、そう言いながら、男はメリーナの肩にぐっと手をのせた。

 嘘つけ。ずっと見てたからこっちは分かってるんだ。この少女はただ立っていただけ。ぶつかってきたのはお前の方だろう。ふざけるな。

 俺は男を睨みつけた。

「あの……っ、分かっているとは?」
 メリーナはそう呟きながら、驚いたような顔で硬直していた。目にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。

 涙? 貴様、その汚い手はなんだ。こっちは穏便に済ませてやろうとしてやったのに。犯罪者がメリーナを触るなんて許せん!

 俺はついカッとなって、男の股間を蹴り飛ばす。

 バシリオス直伝のきっついやつをかましてやった。バシリオス曰く、「男でこれの効かないものはいない」とのこと。効果の程は、前世が男であった俺もない玉がヒュンとなりそうなくらいよく分かっていた。というか、分かっているからやってやった。

「うっ!」

 男は股間を押さえ、飛び跳ねたかと思うと、ゆっくりと地面に膝をつける。そして、男はぶるぶると震えたと思いきや、地面に倒れ込み、転げ回り、悶え苦しんでいる。あれは入ったな。滅茶苦茶痛いヤツだ。自分のせいなんだから甘んじて受け入れろ。

「アントニス!」
 俺が叫ぶと、慌てたようにアントニスが現れる。

 護衛のくせに肝心な時にどこにいたんだ。そう怒ってやりたいのをぐっと堪える。

「こいつ、メリーナに暴力を振ろうとしました。突き出してやってください」
「俺は……まだなにも……」
 男は息も絶え絶えになりながら股間を押さえ、涙目で俺を睨んだ。

 うるせえ、クズ。お前に人権などない。
 俺は男を睨むようにして見下ろした。

「ずっとみてたんだよ。いたいけな少女に自分からぶつかったくせに、何しれっと、金品要求してんだよ、クズ野郎!」

 ふざけやがって。メリーナは気安く触っていい人じゃないんだよ。俺とアルキオーネの大切な人なんだ。絶対に許さない。

 メラメラと怒りの炎は燃え上がる。

「お嬢様……」
 メリーナが呆気にとられたように呟く。

 俺はハッとする。ご令嬢らしくないことを叫んでしまった。まずい。

「ほら、早く! アントニス! 捕まえて、憲兵を呼んでください!」

 ごまかすように慌てていつものような敬語に戻すが、メリーナの表情は変わらない。俺をぽかんとした顔で見つめる。

「あの……騒ぎに……」
 少女が呟く。

 その言葉を聞いて俺は周りを見回す。気付けば、辺りはザワザワと騒がしく、俺たちを遠巻きに見ている。

 やばい。このまま人が集まると、いずれ、俺がレグルスの婚約者のアルキオーネと知る人物が現れる可能性もある。レグルスの婚約者がこんなことをするご令嬢だなんて噂になったら、レグルスの名誉にも関わる。

 俺は焦り始めていた。

「嗚呼、メリーナ、しっかりしてください。ここはアントニスに任せて逃げましょう」
 俺は真っ青になってメリーナに言う。

 メリーナも事の重大さに気付いたのか青白い顔をしていた。

「あの……アルキオー……」
 アントニスが俺の名前を呼ぼうとする。 この状況が分かってないらしい。

 俺はアントニスの胸倉を掴む。そして、小さく囁いた。

「呼ばないの。とにかく、ここはアントニスに任せます。この男は憲兵に渡しておいてください。あとで、大広場で落ち合いましょう」

 アントニスは俺の言葉に首をガクガクと縦に振った。

「じゃあ、よろしく! さあ、行きましょう」
 俺はアントニスからぱっと手を離すと、メリーナと少女の手を引いた。

「え、ええ」
 少女は戸惑うような顔をしていたが小さく頷く。

 そして、その場を俺たちは逃げ出した。とにかく、何処か静かなところへ。俺はただひたすらそれだけを考えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

猫かぶり令嬢は王子の愛を望まない

今井ミナト
恋愛
【あざとい系腹黒王子に鈍感干物な猫かぶり令嬢が捕まるまでの物語】 私、エリザベラ・ライーバルは『世界で一番幸せな女の子』のはずだった。 だけど、十歳のお披露目パーティーで前世の記憶――いわゆる干物女子だった自分を思い出してしまう。 難問課題のクリアと、外での猫かぶりを条件に、なんとか今世での干物生活を勝ち取るも、うっかり第三王子の婚約者に収まってしまい……。 いやいや、私は自由に生きたいの。 王子妃も、修道院も私には無理。 ああ、もういっそのこと家出して、庶民として生きたいのに! お願いだから、婚約なんて白紙に戻して! ※小説家になろうにも公開 ※番外編を投稿予定

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで商売をして生計を立てていく〜

西館亮太
ファンタジー
「お前は今日でクビだ。」 主に突然そう宣告された究極と称されるメイドの『アミナ』。 生まれてこの方、主人の世話しかした事の無かった彼女はクビを言い渡された後、自分を陥れたメイドに魔物の巣食う島に転送されてしまう。 その大陸は、街の外に出れば魔物に襲われる危険性を伴う非常に危険な土地だった。 だがそのまま死ぬ訳にもいかず、彼女は己の必要のないスキルだと思い込んでいた、素材と知識とイメージがあればどんな物でも作れる『究極創造』を使い、『物作り屋』として冒険者や街の住人相手に商売することにした。 しかし街に到着するなり、外の世界を知らない彼女のコミュ障が露呈したり、意外と知らない事もあったりと、悩みながら自身は究極なんかでは無かったと自覚する。 そこから始まる、依頼者達とのいざこざや、素材収集の中で起こる騒動に彼女は次々と巻き込まれていく事になる。 これは、彼女が本当の究極になるまでのお話である。 ※かなり冗長です。 説明口調も多いのでそれを加味した上でお楽しみ頂けたら幸いです

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

処理中です...