転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

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二章 碧緑の宝剣(リゲル編)

7.爆弾のようなもの

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「ちょ、あの、レグルス様?」
 廊下に出てからも暫く止まる気配のないレグルスに俺は声を上げた。

 レグルスは俺の声を無視してどんどん歩いていく。
 レグルスの一歩はやたら大きくて早い。一緒に歩くとアルキオーネでは小走りになってしまう。出会ったころは大差ない身長だったなのに。

「レグルス、もう離してあげたら?」
「あ、嗚呼、すまない」

 リゲルはレグルスの肩を叩く。
 レグルスはハッとした顔をして俺の手を離した。

「いえ」

 俺は握られた方の自分の手をさすった。特に痣や痕は付いていないようだ。

「それで、大丈夫なのか?」

 顔を上げると、心配そうな顔をしたレグルスの顔が間近にあった。近い。近過ぎる。 

 俺は慌ててもう一度、自分の手に視線を落とした。

 レグルスはどれだけ自分の顔がいいのか分かっていない。こんなに近くにそんな顔があったら誰だって吃驚するだろう。

「え、嗚呼、腕は平気みたいです」
「違う!」
「……レグルス」

 レグルスを窘めるようにリゲルは名前を呼ぶ。まるで犬の躾のようだ。

「いや、あの、そうじゃなくて……ミモザに何か言われたんだろう?」
「なんで、それを?」
「それは、ミモザが真っ赤な顔をして暴れながら部屋に入っていくのを見たからだ」

 そっちのことか。察しが悪くて申し訳ないが、レグルスもちゃんと言ってくれればいいのに。

「それでミモザがアルキオーネに何か言ったんだと思って、レグルスはアルキオーネを探すって言って飛び出していったんだよね」
「婚約者を心配して何が悪い!」
「そこは悪くはないけど、先に飛び出していったくせになんで俺が先にアルキオーネを見つけるんだよ」
 リゲルはレグルスの言葉に苦笑した。

 なるほど。だから、あのとき、応接間に入ってきたリゲルは汗をかいていたんだ。

「それは……」
「愛の力が足りないんじゃないの? そんななら俺がアルキオーネをもらっちゃうよ」
「っ!」
 レグルスは絶句した。まさかそんなことリゲルに言われると思ってなかったのだろう。可哀想に真っ白な顔をしてぷるぷると震えている。

 リゲルと結婚だなんてとんでもない。考えただけでゾッとする。仲のいい友だちとはいえ、冗談が過ぎる。

 俺はリゲルを睨む。

「レグルス様を揶揄わないでください。レグルス様はあなたと違って真面目な方なので本気にしますよ」
「揶揄う?」
「あ、え、ごめん。レグルスってば、本気にしたの?」
「リゲル、貴様!」
「ごめん、ごめんって」

 レグルスはリゲルの背中をぽかぽかと叩くが、その様子を楽しそうにリゲルは見下ろしている。流石は強者として名高いリゲルである。

 一頻りレグルスが暴れ終わり、レグルスは肩で息をする。何故か、叩かれる側の方より叩いている側の方がダメージが多そうだ。やっぱり基礎の体力が違うのだろう。

「それより、アルキオーネ、本当に、大丈夫なのか?」
「大丈夫?」
「ミモザのことだ」
「嗚呼」

 俺は一瞬悩んだ。
 アルキオーネの性格やミモザのこと、色々総合して考えると、さっきの言い争いを誤魔化すことも出来る。

 でも、そんなことしたところで何の解決にもならない。

 ミモザを傷つけてまであんなことを言ったのは覚悟の上だし、乱暴者としてレグルスから婚約破棄になんてなったら寧ろ有難いくらいだ。揉めるかもしれないが、ここは素直に答えるのがいいだろう。

「レグルス様の予想通りです。阿婆擦れとまた言われました」
「なんだと!」
「でも、ご安心を。リゲル様には申し訳ありませんが、あまりにも言葉が過ぎると思いましたので、反撃して差し上げましたわ」

 リゲルの方をちらりと見る。リゲルは複雑そうな顔をした。

 無理もない。大切な妹が友人に喧嘩を吹っ掛けて反撃されたのだ。大切な妹といえど、非が妹にあるのが明白。友人はこの国の王子の婚約者であるし、リゲルにも時期侯爵という立場がある。

 俺がリゲルでもきっとそんな顔をするだろう。

「あと、差し出がましいとは思ったのですが、その反撃というのが、リゲルが言えなかったであろうことをズバリと言ってしまったのです。なので、わたくしより妹君をフォローした方がよろしいかと思います」
 俺はリゲルを見据えた。

「え、あ、何を、言ったの?」
 リゲルは言葉に詰まりながら分かりきったことを聞く。

「わたくしを阿婆擦れと罵ることはレグルス様の品位を貶めることになり、ジェード家に泥を塗るということになりますよと申し上げました」
「それは……っ!」

 言いすぎだと言いたいのだろう。
 でも、リゲルだって分かっているはずだ。分かっているから言葉に詰まるのだろう。

 ミモザは爆弾だ。レグルスの前でアルキオーネの悪口を堂々と言うということをすでにやらかしている。レグルスがこんな感じで寛大なので事なきを得ているが、あの調子でいれば、いつかとんでもないことを引き起こしてしまうだろう。

 今なら間に合う。今、言ってやらなければ、取り返しのつかないことになるかもしれない。

 ご令嬢であるなら自分の言動に責任を持つべきなのだ。

「そうですね。わたくしが申し上げては角が立つことでした。リゲル様が言うべきだったのにわたくしが言ってしまったのは謝ります。申し訳ございません。でも、わたくしはミモザ様には謝りませんよ」
「いや、俺の方こそ謝らなければならない。ごめん。ミモザ――妹に関しては、正直、どうしたらいいのか分からなくて……」
 リゲルは困ったような顔をした。

「そうですよね」
 確かに俺も女心がよく分からない類の人間だったので、リゲルの悩みは理解できた。

 コロコロと態度が変わるし、思っていることと反対のことを言ったかと思えば、思っていることをずけずけ言ってくるし、何が本音で何が裏があるのか本当に分からない。どんな行動をとっても『お兄ちゃんは分かってない』と免罪符のように叫ぶし、正直、何をしても正解なんてないんじゃないかと思うくらい、わがままなときすらある。

 俺は少し考えて、答える。
「今は、わたくしがきつく言ったので参っていらっしゃるかもしれません。ミモザ様を否定するのではなく、優しくしてはいかがでしょうか?」
「優しく?」
「ええ。リゲル様はミモザ様の味方であるようにお話しするのです。言いたいことがあればそのときに優しく言い含めてあげてください。きついことを言われた後ですから優しい言葉の方が効くでしょう」

 所謂、アメとムチというやつだ。俺が厳しく言った分、リゲルが優しく言えば多少聞き分けも良くなるだろう。

「なるほど。女であるアルキオーネに言われるとその方がいいような気がしてきたよ。ありがとう」
 リゲルは少し考え込むように腕を組んでから、大きく頷く。

 俺の意見は女の意見ではないんだが、本人がそう思っているのだ。要らないことは言わなくてもいいだろう。

「恐れ入りますわ」
 リゲルの言葉に俺は軽く返してから、俺はレグルスの方を向いた。

「……というわけなので、レグルス様が心配するようなことはございません。己に降りかかる火の粉はある程度は自分で払いますから。どうか御心を乱されませんように」
 俺はそう言って笑って見せる。

 早い話が、自分でできることは自分でするから心配して余計なことすんなよということだ。

 ミモザにはレグルスの権威を使って脅しをかけてやったが、実際はそういうものを使う気なんて一切ない。寧ろ、一刻も早く婚約解消したいくらいなのだ。

 それにしても、いつになったら婚約解消できるようになるのだろう。時々、自分がしなきゃいけないことを見失う俺は果たして婚約解消できるようになるのだろうか。

 それにだ。今のレグルスは嫌いじゃない。寧ろ、友としては好ましいくらいだ。
 婚約破棄が目標ということはレグルスを傷つけるということだ。俺にそれができるのだろうか?

 俺は心の底で不安になっていた。

「嗚呼、アルキオーネ! 流石はわたしの婚約者だ! アルキオーネは控え目で大人しく、思いやりのある優しい女性だと思っていたが、それだけではなかったんだな。私が誘拐されたときもそうだった。いざというときは勇敢で大胆なところもある魅力的な女性だ!」
 レグルスは興奮したように叫ぶ。

 おいおい、不安が的中してるじゃないか。ますます好かれてどうするんだ。

「レグルス様は誤解されています。わたくしは普通の令嬢です」

 実際は、「普通の令嬢」でも、レグルスのいう「控え目で大人しい、思いやりのある優しい女性」でも、「勇敢で大胆」なわけでもない。ただの元「自他ともに認めるシスコン兄貴」である。言わぬが花だ。

「いや、やはり、わたしの目に狂いはなかった。アルキオーネを婚約者に選んだことを誇りに思う」
 レグルスはしみじみと言う。

「ありがとうございます。では、ミモザ様の件はこれでお終いでよろしいですか?」
「嗚呼。アルキオーネがそう言うのならそれで」

 よし。これでミモザが俺に何を言っても不敬で処罰されることはないだろう。今回の件で俺ができることは全てしてやったつもりだ。

 あとは出来れば、リゲルが上手く、ミモザを操縦できるようになればいいんだが。

「さて、リゲル様。そろそろ、ミモザ様と仲直りしてくださいませ」
「嗚呼、優しく、ミモザの味方であるように話せばいいんだったね」
「そうです。まずはミモザ様のことを心配してることを伝えて、ミモザ様の口からゆっくり事情を聞いてあげてくださいね。それから、わたくしから聞いたなどと言ってはまた喧嘩の種になります。できるだけ、わたくしの名前は出さずにお話してください」

 少ない恋愛経験を振り返るに、どの女の子も他の女の子の名前を出すとあからさまに不機嫌になることが多かった気がする。
 妹にも『デート中は他の女の話はやめた方がいい』と言われていたし、多分良くないことなのだろう。
 きっと、目の前の自分に集中して欲しいってことなんだと思う。

 他人のことならこうもすらすらと対策ができるのに、何故か俺は自分のことになると、女心が分からないし、モテなかった。やはり他人のときと自分のときでは話が違うんだろうか。

「嗚呼、ありがとう。やってみるよ」

 嗚呼、そうだ。忘れてはいけない。

「それと、わたくしの侍女がミモザ様に失礼なことをしたのですが、わたくしのことを庇ってのことなのです。もしもそれに関して、何かあれば、まずはわたくしに言ってくださいませんか?」
「メリーナ殿がそこまで怒るということは余程のことを言ったのだろう。重ねてすまない」
「いえ、よろしくお願いします」

 俺の言葉にリゲルは頷く。

 何とかなりそうだと俺は内心安堵のため息を吐いた。
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