転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

文字の大きさ
上 下
11 / 83
一章 真紅の王冠(レグルス編)

9.アルキオーネ改造計画(後編)

しおりを挟む
「急にどうしたんですか、お嬢様?」
「ねえ、メリーナ元気になったところで体力がなければ、また倒れてしまうでしょう?」
「ええ、確かにそうですけど……」
「だったらね、ないものは作り出せばいいと気付いたんです。そう、名付けて体力をつけて元気になっちゃうぞ作戦です!」
「なんて無茶苦茶な!」

 メリーナは顔を真っ青にして、今にも倒れそうな顔で叫ぶ。そして、頭を抱え、悩ましい気にうんうんと唸り出す。どうやら相当心配されているらしい。

「あの、無理はしませんよ?」
「勿論です! 私が心労で過労死してしまいます!!」

 可愛らしいメリーナの顔は歪み、必死の形相で叫ぶ。そんな顔になるほど負担をかけるつもりはないのにな。

「本当に、無理しませんか、ら……?」
「分かりました」
 そう言うと、すっとメリーナは背筋を伸ばし、扉の方へ歩き出した。

「メリーナ、どこへ?」
「お医者様に胃薬をいただきに」
「え?」
「お嬢様の意思は私には変えられません。ですが、このままだと、私の胃が持たなそうだと思いまして……」

 メリーナは遠くを見るような目をしていた。生気のない瞳。まるで、前世のバイト先の店長のようだ。
 店長、人不足で毎日十二時間労働して疲れきった顔をしてたよな……って、想像だけでメリーナにも同じくらいの負担をさせてるってことかよ。

 俺は慌ててメリーナに駆け寄る。

「本当に無理はしません。なんなら、わたくしもお医者様に相談します。相談して無理のない範囲で体力づくりをするので! 安心してください!」
「本当に?」
「本当です! 約束しますから!」

 俺の言葉にメリーナは顔を明るくした。

「では、早速、お医者様を呼んで参りますね。絶対、絶対、約束は守ってもらいますからね!」 
 そう言ってメリーナは嬉しそうに廊下に飛び出していった。

 俺の可愛い侍女様にはまったくかなう気がしない。
 俺は深くため息を吐いた。


 ***

 さて、メリーナとの約束通り、俺は医者との相談をして体力づくりの計画を立てることになった。

「お医者様、わたくし、まずはランニングから始めようと思いますの」
「ランニング?」
「そう。走り込みというやつです」
「急にそんな強い負荷を掛けたら身体が吃驚してしまいますね」

 運動の基礎といえばやっぱりランニングは基本だろう。
 それ以外となると、思いつくものは限られてくる。

「では、筋トレを……」
「筋トレ?」
「はい。腕立て伏せ、腹筋、バックエクステンション(背筋)、スクワット辺りの運動をしてみようかと思います」

 医者はやろうとしていた筋トレの詳細を尋ねる。
 俺はごく一般的な腹筋と腕立て伏せ、バックエクステンション、スクワットのやり方を説明する。
 何故だろう。俺の説明を聞いていたメリーナの顔が段々と曇っていく。

 医者は俺の説明を聞き終えると大きく息を吐いた。
「本当にご自身が出来ると思ってますか?」
 医者はあからさまに呆れたような顔をして言う。

 いくら体力がないとはいえ、流石にこの程度の運動が出来ない訳ないだろう。心外だ。

「出来ないのでしょうか?」
「試してみますか?」

 医者に促されるまま、俺はベッドに寝転んだ。
 まずは腹筋。そして、バックエクステンションからの腕立て伏せ。全て試してみようとするも、芋虫のようにベッドの上でのたうち回るだけで、残念ながらアルキオーネは全くそれらが出来なかった。こんな状態でスクワットなんて試そうものなら恐ろしいことになるだろう。

 俺は完全にアルキオーネの身体能力を見誤っていた。
 まさか、ここまで動けないとは思ってもみなかった。そりゃあ、ランニングがしたい、筋トレがしたいなんて言い出したら、医者でなくても止めるだろう。

「申し訳ごさいませんでした。どうかお勧めの運動を教えてください」
 こんな時は素直に徹するべきだ。俺は素直に教えを乞うことにした。

 俺の言葉に医者は大きく頷く。

 そして、医者に提案されたのは、筋肉を伸ばす運動――ストレッチだった。なるほど。これなら前世でも馴染みがある。
 俺はいくつか医者にお勧めのストレッチを教えてもらった。
 教えてもらったストレッチの中には肩凝りに効くものもあって、メリーナも真剣にメモを取っていた。

「あの、これはわたくしもメリーナも必要ないものでは?」
「いいえ、お嬢様。この体操は覚えていて損がないはずです。素晴らしい知識ですよ。今はまだ必要ないですが、今後使う時が来たら、仰ってくださいね。私がこうやって覚えておきますので」
 そう言ってメリーナは胸を張った。

「何の事だか分からないですけど、その時はよろしくお願いしますね」
「おまかせください!」
 まるで重要な任務を与えられたかのようにメリーナは真剣な顔をして頷く。
 パソコンもないこの世界で本当に肩凝りに効くストレッチなんて必要なのだろうか。俺は首を傾げた。

 さて、俺は医者の言う通り、さっそく、ストレッチを毎日行ってみた。
 たかがストレッチ。されどストレッチ。真剣にやってみると、意外にも運動になっているようで軽い疲労感があった。

 体力づくりのために始めたことだが、思いの外、別のところでも効果が現れる。今まではなかなか寝付けない日もあったのだが、最近、夜はぐっすり眠れるようになったのだ。体内リズムが整ってきたのだろう。やたらと身体の調子がいい。

 調子がいいと言えば、運動を始めたことでお腹が空くようになったおかげで、最近は特にご飯が美味しく、心なしか肌ツヤもよくなった気がする。

 そうなってくると、やはり気になるのが食事の内容だ。
 どうせなら筋肉を増やすようなものを摂取しようと、タンパク質多め、脂質少なめ、炭水化物少なめを意識したメニューを俺はリクエストすることにした。

 と言っても、この世界ではタンパク質だとか炭水化物という概念がないらしい。
 メリーナなんか、「トウモロシのポタージュよりブロッコリーのスープにしてください」と言ったら、「どちらも野菜なのは一緒でしょう? 好き嫌いはよくありません」とお説教をしてくれる。トウモロコシとブロッコリーでは糖質の量が違うのだが、炭水化物という概念がないのだから糖質と言っても通じない。
 なんとか厨房のシェフに説明しようとしてみたこともある。それでも、やはり説明が難しく、お願いするにも細すぎるお願いは我儘として映ってしまうようで聞き入れてもらえなかった。

 俺は、野菜の糖質に関しては諦めて、取り敢えず、ご飯は食べない、パンは食べないを突き通すことにした。
 その分、肉や魚介類、大豆製品、卵、乳製品は食べるからと約束をして。


 暫くそんな生活を続けていると、徐々に身体も慣れてきたのか、ストレッチだけでは何となく物足りなくなってきた。

 俺はメリーナに頼んで、もう一度医者を呼んで相談をすることにした。

「お医者様、何だか物足りなくなってきたので、他に何かわたくしでも出来る運動はありますか? 出来れば習慣化しやすいものがいいんですけど……」

 俺の言葉を受けて、次にお勧めされたのは散歩だった。
 週に一、二回、長い時間を歩くよりは毎日短い時間を歩いた方がいいらしい。
 俺は、毎日の日課に十分の庭園を散歩を追加した。
 十分という時間は非常に短く、気分転換にはよいものの、やはり運動としては少し物足りない。
 もう少し……とこっそり五分ばかり時間を増やそうものなら、目敏いメリーナに見つかって直ぐにガゼポか部屋送りにされてしまう。

 しかし、この身体はアルキオーネの身体だ。思っている以上に弱い。
 それに慣れない運動を沢山して倒れてしまってはメリーナに心労を掛けてしまう。無理は禁物だ。

 ランニングできる程度の体力になるまでは時間が掛かりそうだったが、腹筋すら一度も出来なかったスタートから考えれば、成長しているように思えた。

 未だに果たされぬ、剣の稽古をつけてもらうこと以外は全て順調だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

猫かぶり令嬢は王子の愛を望まない

今井ミナト
恋愛
【あざとい系腹黒王子に鈍感干物な猫かぶり令嬢が捕まるまでの物語】 私、エリザベラ・ライーバルは『世界で一番幸せな女の子』のはずだった。 だけど、十歳のお披露目パーティーで前世の記憶――いわゆる干物女子だった自分を思い出してしまう。 難問課題のクリアと、外での猫かぶりを条件に、なんとか今世での干物生活を勝ち取るも、うっかり第三王子の婚約者に収まってしまい……。 いやいや、私は自由に生きたいの。 王子妃も、修道院も私には無理。 ああ、もういっそのこと家出して、庶民として生きたいのに! お願いだから、婚約なんて白紙に戻して! ※小説家になろうにも公開 ※番外編を投稿予定

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで商売をして生計を立てていく〜

西館亮太
ファンタジー
「お前は今日でクビだ。」 主に突然そう宣告された究極と称されるメイドの『アミナ』。 生まれてこの方、主人の世話しかした事の無かった彼女はクビを言い渡された後、自分を陥れたメイドに魔物の巣食う島に転送されてしまう。 その大陸は、街の外に出れば魔物に襲われる危険性を伴う非常に危険な土地だった。 だがそのまま死ぬ訳にもいかず、彼女は己の必要のないスキルだと思い込んでいた、素材と知識とイメージがあればどんな物でも作れる『究極創造』を使い、『物作り屋』として冒険者や街の住人相手に商売することにした。 しかし街に到着するなり、外の世界を知らない彼女のコミュ障が露呈したり、意外と知らない事もあったりと、悩みながら自身は究極なんかでは無かったと自覚する。 そこから始まる、依頼者達とのいざこざや、素材収集の中で起こる騒動に彼女は次々と巻き込まれていく事になる。 これは、彼女が本当の究極になるまでのお話である。 ※かなり冗長です。 説明口調も多いのでそれを加味した上でお楽しみ頂けたら幸いです

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

処理中です...